イヌと甘噛み(レンリン)
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「ねえねえ、こっちのワンピースとパレオのだったらどっちが可愛いと思う?」

 自分以外には女性客しかいない水着売り場の四角い箱、もとい試着室の前で居心地が悪そうに腕を組んで待っていた少年は、黄色いワンピース型の水着を身に纏った少女に一度だけ視線をやると、すぐに別の方向に逸らした。

 少し離れた場所からは「可愛い。姉弟かな?」「付き合いはじめのカップルかもよ?」などと勝手な憶測や笑い声が聞こえてきて、今すぐにここから立ち去りたい気分にさせられる。

「別にどっちでも……。リンが好きなほうにしろよ」

「もー! 自分じゃ決められないから聞いてるのにっ!」

 ぶっきらぼうなレンの返答に小さく頬を膨らませると、リンはもう一度試着室の中に戻って勢いよくカーテンを引いた。

 着ていた水着が試着室の床に落ちて、また別の水着に着替えようとする衣擦れの音が聴こえてくる。他にやることもなく試着室の壁に寄りかかっていたレンは無意識のうちに中の様子を想像してしまいそうになって、それを掻き消すために何度か頭を横に振ると、試着室の中にいるリンに声をかける。

「そういえば、明日プールに行くのって誰が来る予定になってたっけ」

「えっとね、ミク姉とクオ君、車を出してくれるのがカイト兄とメイコ姉でしょ。それからグミちゃんとグミちゃんのお兄さんに……、そうだミキちゃんとキヨテル先生とユキちゃんも来るって言ってたっけ」

「なんか思ったより……」

 男が多くないか。と眉を顰めていると、再びカーテンを引く音がして、新しい水着を身に纏ったリンが試着室の中から出てきた。

「ねえ、こっちはどう?」

 胸元に大きめのフリルをあしらった可愛らしいビキニ。白地に黄色の水玉がリンの髪の色や健康的な白い肌によく合っている。素直にそう思うけれど。

「……肌、見せすぎじゃないかな」

「えー? このくらい普通よ」

 くるりと試着室の中で一回転してみせると、太腿の付け根部分に少し食い込んでいる水着の布を指で軽く引っぱる。そのくらいの仕草にすら、これそっちの趣味の奴が見たら相当ヤバいんじゃないんだろうかと、そんなことばかり気になってしまう。

「ミク姉もルカちゃんもビキニにするって言ってたし……。うーん、やっぱりもうちょっと大人っぽいデザインのほうがいいかなぁ」

 そう言って、さらに布面積の少ない水着を手に取るリンを見ていると、訳の分からない苛立ちが募っていった。

「……つーかさ、リンの体型でビキニなんて着たって胸が小さいのが目立つだけなんだからやめとけって」

「なっ!!」

 いったい僕は何を言っているんだとレンはすぐに後悔したが、今さら止められるものでもなかった。

「何でレンにそんなこと言われなきゃいけないのよっ。何着ようとあたしの勝手じゃない!」

「う…………」

 そりゃそうだ。反論する余地もなくレンがしばし黙りこんでいると、リンは腕を胸の前で組んで、勝気な声で続ける。

「それに最近は、小さいほうが可愛くていいって言ってくれる人だっているんだから」

「……ちょっと待て。誰だそんなこと吹きこんだの」

 事と場合によっちゃ黙っていないぞ、とここにはいない相手を睨みつけるように向けられた視線など物ともせずに、リンはふいと顔を横に逸らす。

「レンには関係ないでしょ。やっぱりこっちの水着にしよっと」

 拗ねた口調でそう言って、何着もの水着が入ったカゴの中からリンが手にしたのは、本当に隠したい部分が隠れるのかどうか分からないくらいの小さな布に、何かあればすぐに取れてしまいそうな細い紐のついた、白く光沢のあるビキニだった。

「サイズ合わせたらすぐにお会計するから、退屈ならレンは先に帰っても……きゃっ!」

 声は途中で悲鳴へと変わり、非難の言葉を発するよりも先に、リンは試着室の奥に押しこまれていた。

 シャッ、とカーテンの閉じる音。安っぽい造りの床がふたり分の体重に軋みを上げる。

「…………なんだよ」

 強く掴まれた肩が痛むのか、それともこんな狭い場所で身体を密着させていることが耐え切れないのか、リンはわずかに眉を寄せる。

「は? 何言って──…」

「僕が、嫌なんだよ!」

「っ!」

 いきなり大きな声を出されて驚いているリンの頬に影がかかる。それが目の前にレンの顔が迫っているのだと気付いたときには、もう遅かった。

「…………い、たあッッ!」

 鎖骨と胸の間の柔らかい部分に歯を立てられて、リンは痛みを感じるよりも先に、そんな行動を取ったレンに対して激しい憤りを感じていた。

「な、な……っ!!」

「……リンが言うこと聞かないから」

 ゆっくりと唇が離されて、白い肌にくっきりと残る歯の痕に、それまでは硬直していたリンの肩が怒りに震える。

「何するのよっ!」

「うわっ!?」

 ドタンとふたり分の身体が床に倒れる音が試着室の中に響く。押し倒された身体の上に水着姿のリンが跨り、今にも殴りかかってきそうな勢いで胸ぐらを掴まれる。

「レンの馬鹿っ!」

「っ……!」

 

 

 翌日。更衣室で着替えを済ませてプールサイドに出たミクは、先に来ていたリンとレンの姿を見つけると、不思議そうに首を傾げた。

「あれ。ふたりとも何で水着の上からTシャツ着てるの?」

 すると、レンからは距離を置いた場所で膝を抱えていたリンは、すぐに立ちあがってミクの傍まで歩いていくと、パールグリーンの縞模様のビキニをつけた胸元に顔を埋めた。

「……え? 昨日ケンカしたときの噛み痕がいっぱい残ってる?」

 呆れたようなミクの声に、リンは顔を埋めたままで何度も頷く。少し離れた場所ではレンが後ろめたい顔をしていた。

 あれから、自分が噛みついた場所と同じ場所に力いっぱい噛みついてきたリンに抵抗しているうちにまた違う場所に噛みつき返してしまって、騒ぎに気付いた水着売り場の店員に止められる頃にはお互いに噛み痕だらけになっていた。

「もー、何でそんな子犬のケンカみたいなこと……」

「だって……レンがっ!」

 今にも泣き出しそうな瞳に涙を滲ませて、いつの間にかミクの後ろに隠れてしまったリンに、さすがに昨日のことは自分が悪かったと完全に非を認める。

「あー…、悪かったって。本当にごめん」

 顔の前で手を合わせて謝罪の言葉を口にするレンに、リンは恐る恐るといった様子でミクの後ろから視線を向ける。

「何でもするから機嫌直してよ」

「……じゃあ、今日はずっとリンと遊んでくれる?」

 はじめからそのつもりだったレンは一瞬だけ呆気に取られ、そしてすぐに笑みを浮かべると、ミクの後ろからこっちを窺っている少女をエスコートするように手を差し出す。

「了解」

 そしてようやくミクの背中から離れると、リンはゆっくりとその手を取った。

 

「……あれで本当にケンカしてたのかしら」

「さぁ?」

 近くで一部始終を見守っていたルカが少しだけ疲れた様子で呟くと、ミクはどこか楽しんでいるような口調で、わずかに首を傾げた。

 

 

 

           End.

 

 

 

 

 

 

 

 一度と言わず何度でもやっておきたい水着ネタ。なんかもうお前らいいかげんにしろという感じの話ばかりですみません。

 某ゲームにてリンちゃんの着ている水着(あとレン君の着ている水着も)の露出度が大幅に下がっていた理由を考えていたらこんなん出ました。妄想乙。

 

 

 

説明
またしても夏ですね。夏と言えば水着ですね!ウヒョウ。もはや夏中毒です。
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