邪気払い
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 人間には、「邪気」が存在する。

 

 邪気とは、人を飲み込んでしまう負のオーラ。

 それに飲み込まれてしまった人間は狂気に取り憑かれ、傷害、殺人、あらゆる犯罪を引き起こす。

 

 邪気を打ち払う為に必要なもの。

 それは純真無垢な、「自然」の力。

 自然の気を邪気で狂ってしまった人間に放てば、狂気から解放される。

 

 さて、

 

 こういった邪気から人を解放させる仕事を生業としている人間がいる。

 それが、私たち「邪気払い」と呼ばれる者。

 だけど……厄介な事に、私たちは、ニコイチで邪気払いをやっている。

 私は、自然の気を溜める事しかできず、「彼」は、それを放つ事しかできない。

 二人で一つ。

 出来損ないの、邪気払いなのだ。

 

 

 

 

 

 

「ちょっとっ、授業中よっ」

 

 私の真後ろの席。

 だらしない相棒の金髪が、俯せて寝る体勢に入っていた。

 短いポニーテールを揺らして振り返ると、すでに寝息が聞こえてくる。

 腹が立ってペンで頭をつついてやった。

「った! 何すんねん! 香穂子っ」

「授業中だって、言ったの!」

「別にええやろ……今朝夜バスで帰ってきたんやで? 繊細な俺はちょっとも寝れへんかったわ」

「いびきかいてたくせにっ」

 私の隣でぐぅすかいびきをかいてた「快」の姿を思い出して、無性に腹が立ってきた。

 私の方が実際寝れていないのだ。

 なのに、なんでこいつはまともに授業を受けようという気が起こらないのだろう。

 

 確かに、昨日はわざわざ広島まで赴いた仕事だった。

 大阪支部がてんてこまいだったらしく、広島まで手が回らなく……ニコイチで邪気払いをやっている下っ端の私たちにお声がかかったのだ。

 群馬から広島は、流石に遠かった……。

 

「あぁ……俺帰りたい、もう。帰って寝る」

「だーめでしょっ! 高校ちゃんと卒業したら邪気払いの仕事も卒業できるんだからっ。ほら、前見て前!」

 代々邪気払いをやっていた私と快の家族は、邪気払いなら出来る事が一つしか出来ない私たちを見て、互いに酷く落胆した。

 普通だったら高校生ぐらいになると、一人前の邪気払いと認められ、そのまま定職するのだけれど……私たちはいつまで経っても「一つ」の事しかできない為……両親が見切りをつけて、高校を卒業したら邪気払いをしなくてもいいと言ったのだ。

 

 私たちの場合、大体東京での仕事が多いのだけれど──回される仕事はどうにも半端なものが多く……気付いたら邪気がなくなっていたケースもあった。

 

 正直、私は早くこの仕事を辞めたかったけど……快はどう思ってるのか、全く検討がつかない。

 いつもぼんやりとして、何を考えているのか分からないのだ。

 相棒をして既に八年。未だに、掴めない。

 

 

 

 

 

 

 昼休みになると、快はぐったりと机にうつ伏せたままいびきをたてていた。

「ちょっと快、ご飯は?」

 揺り動かすと寝ぼけた返事が返ってくる。

「三時間目に食った……」

 呆れてため息をつき、仕方なくその場でお弁当を広げた私を……じっと見つめている視線。

 なんだろうと思い、振り返ると──うちのクラスの学級委員長がこちらを見ていた。

 

 快か? 快が悪いのか?

 

 急に不安に感じた私は慌てて快を揺り起こした。

「なっ、なんやねんなっ。昼休みぐらいゆっくり寝かせ……──」

「ねぇ……アナタたち、邪気払いやってるって……ほんと?」

 私たちは思わず、ぽかん、と委員長を見つめる。

「払って、もらいたい友達がいるの……」

 

 

 委員長の話はおおまかに話すとこうだ。

 最近まで、面白半分でよくやっていた占いがあった。

 それはまるでこっくりさんに酷似した占いらしく、紙の上に五行──水、火、風、土、金を書き、それを線で繋いで、自分の名前を書いた一円玉を真ん中に書いた五星に置き、目を瞑りながら「五行様」と唱え、一円玉が動くのを待つ……といったものの様だ。

 一円玉が全て滑らかに五行を回れば、願い事が叶うと言われ、一つもかすりもしなかった場合、不幸がおこるとされていた。

 最初は冗談まじりでやっていたのだが、ある日その中の一人が急に学校に来なくなった。

 それが、隣のクラスの「佐藤由比」──みんながその遊びに飽きて、「もう止めよう」と言い出したにも関わらず、彼女だけは頑に「五行様」占いをやっていたらしい。

 

 まさしく、それは、邪気に飲まれ始めているサイン。

 

 邪気が生まれるタイミングは、大体は人間の負の感情からが多いのだけれど……こういった自己暗示に近いものも邪気を生む一つだ。

 呪(まじな)い、新興宗教など暗示にかかりやすい「負」のものに手を出してしまうと邪気を生む。

 人間の正のバランスが崩れてしまうのだ。

 

 

「大体五行使った遊びをやっとる事が間違っとんねん」

 快は口をとがらせて眉根を寄せていた。

 夕焼けに照らされたあぜ道。自転車を押しながら、快を見遣る。

「あら。自分は自然の気を集められもしないくせに、でかい事言うわね」

 快の整った顔は、途端にふてくされた。

「うっさぃわぃ! お前かて放つ事できんくせに!」

「ま、お互い様という事でっ」

「お前が言い出したんやろ?!」

 邪気払いとして教わる事は幼い頃から一通り学んではきたけれど、バランスの悪い私たちは特に「自然の気」について耳にたこができるぐらい説かれてきた。

「自然の気を犯そうとする者、そこからも邪気は生まれるっ──でしょ?」

「……つまり踏み込んだらあかん領域に入ってしもたって訳やな」

 二人の足が、同時に止まる。

 田んぼの回りにぽつぽつ立てられた中の一つの家──そこに、「佐藤」の表札。

「ここか……」

 二階のカーテンが閉められた窓。そこから、不穏なものを感じ取る。

 まさに、邪気が充満している様だった。

「こっから邪気の系統分かるか?」

「ううん。家に入ってみないと、きっと分からない」

 邪気にも系統がある。

 自然の気を放って邪気を払う訳だけれど、どの気が一番有効か──例えば、風、土、水……どれが一番欠乏してるかによって、溜める自然の気が決まってくる。

「感じとったら、すぐに溜めに走れよ」

「うん。その間に邪気引き出して飲まれない様にね」

 仕事の前に必ず言う言葉を互いに言い合い、インターホンを押した。

 お母さんだろうか?──暗い声が、応答した。

『はい』

「すいません、私、由比さんの友達で……学校のプリント持ってきたんですけど──」

 続けようとしたら、ドアがきぃと開いた。

 そこから、邪気が溢れ出てくる。

「快、これ……」

「こーんな田舎でここまでのもんに出くわすとは思わんかったな……」

 その邪気は、「全て」が欠乏していた。

「応援……呼ぶ?」

 少したじろいだ私を睨んで、快が叫んだ。

「いや、走れ! 香穂子っ!」

「わ、分かった……っ」

 全てが欠乏していると言う事は、全てを集めなければいけないのだ。

 これは、相当走り回らなくてはならない。

 快の愛想笑いを聞きながら、私は自転車を走らせた。

 

 

 

 

 

 空が段々と紫色になっていく。

 暗くなる前に、「清世(きよ)の泉」へと走る。

 大体の邪気払いはこの泉で気を集めればなんとかなる。

 だけど……──

「今回はここだけじゃ、きっとダメだ……」

 清世の泉で集められる気は、緑、風、水、土……光は、まだ夕日でなんとかなるかもしれない。

 着いてから邪気払い用の布、「気布(きふ)」を取り出す。

 大体は一枚で事足りるのだけれど、今回は三、四枚あった方がいい。

 そんなに多くの気を、この場所から取ってしまっては土地が枯れてしまうので、せめて、二枚。

「残り二枚は、なんとかしようっ」

 気布を二枚垂らすと、それに火をつける。

 気布は最初に人間の気を込めてあるので、燃えはしない。まず火の気を閉じ込めてから残りを集める。

「緑よ、風よ、水よ、土よ……そして輝く陽の光よ、今ここに、力を貸したまえ……」

 まばゆい光が泉から放たれて、一気にスパークする。

 そして、オレンジ色の気布が出来上がった。

「できた……。残りは、二枚」

 清世の泉だけに頼ってるだけじゃダメだと感じていた私は、一つ、開拓していた場所があるのを思い出した。

「でも……あの場所、大丈夫、かな──」

 そこは、小さな洞窟を抜けた所にあったのだ。

 

 

 

 

 

 真っ暗になってしまった森の中。

 快の事も心配だ。時間が、ない。

 懐中電灯で照らしながら洞窟の中を歩いていく。

 まだ確認はしていなかったけれど、もしかしたら……抜けた先で月が見えなかったら、光の気を集める事ができないかもしれない。

 心臓が、きゅっと痛くなった。

「大丈夫……大丈夫──」

 言い聞かせながら、抜け出た先。

 目に飛び込んできた、光の海。

「わ……まん、げつ」

 満月が、小さな池に反射して輝いていた。

 自然の力は、本当にこんな時偉大だと感じる。

「ん?っ、大感謝っ!」

 嬉しい気持ちを抑えながら、気布を出す。

 今度の気布は、まばゆいばかりの黄金色だった。

 

 

 

 

 

 佐藤さんの家に戻ってみると、事態は思ったよりも深刻だった。

 慌てて二階に上げてもらうと、快がぐったりと部屋の壁によりかかっていた。

「快っ! ちょっ……大丈夫?!」

「ぁーほっ、遅いんじゃぼけぇ。早よ気布渡さんかい」

 邪気を吸収する為の邪気布が何枚も真っ黒になって散らばっている。

 快が、よく戦った証拠だ。

「ごめん、遅くなって」

 集めてきた気布を快に渡すと、快はよろけながらも立ち上がった。

「これで終わりにしたる。覚悟、せぇよ、邪気……」

 佐藤さんから立ち上っている邪気。

 それは、入道雲の様に大きく、部屋いっぱいに満ちあふれている。

 こんな大きくて真っ黒い邪気は……私も初めて、見る。

「眠りし全ての気よ、今こそ目覚めよ……我に力を貸したまえ──」

 四枚の気布を握りしめている快の手から、邪気に負けない光がどんどんと広がっていく。

 

「邪気、消滅!!」

 

 強い光が部屋全体を飲み込んでいく。

 眩しくて目を閉じていると、柔らかく、暖かい風が頬をかすった。

 自然の気が、邪気を飲み込み、浄化した証。

 ほっとして、へたれこんだ私に、快が倒れ込んできた。

「……ぁかん。疲れた」

「お疲れさま」

 膝枕状態になっている快の髪を、私は優しく撫でてあげた。

 

 

 

 

 

 

 後に聞いた所、佐藤さんは相当なところまで追い込まれていたらしい。

 五行様占いを何度やっても一円玉はかすらず、自分には不幸しか訪れないと自分に暗示をかけてしまっていた様だ。

 何日も食事も取らず……最終的に、自分の家ごと燃やして一家心中を図ろうとまで考えていたらしい。

 邪気を払ってからの佐藤さんの顔は、占いをやる前の晴れやかなものに戻ったそうで、委員長も泣きながらお礼を言ってくれた。

 

 

「自己暗示っていうのも恐いもんだねぇ……」

 昼休み。お弁当をもぐもぐさせながら呟いた私を、快は軽く睨んだ。

「まあ、邪気なんてもんは、大体が自業自得やで」

「でもそうじゃない人もいるじゃない。快ってホントひねくれてる」

「お前なぁ! 今回どんだけ俺が苦労したか分からんからそんな事言えんねんで!」

「私だって苦労したわよー! 今回は清世の泉の他にも行ったんだから!」

「やから遅かったんやな……」

 はぁ、とため息をついて快は牛乳を飲み干した。

「でも、こんなに苦労したのに、やで?」

「何?」

 

「今回収入ゼロやんな?」

 

 固まった。

「……あ。あー!!!!!!」

「しかも気布四枚、邪気布は何枚使ったか分からんときた……」

「お、怒られる……」

「一応、商売、やからな……」

 自分達の普段の収入から今回の分をさっぴかれるのは明白だ。

 穏やかな緑溢れる町を見渡せる窓を眺めながら、私たちが大きなため息をついたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

********+********

 

こないだ見た夢の設定を起こしてみました。

なんか初めて少年漫画テイストのお話を書きましたよ。

意外と書けるもんだな(小説の質は別として)

ちなみに快君にはモデルがいますが……分かる人だけほくそ笑んでて下さい(笑)

 

 

 

説明
人間の邪悪な心、病んだ心を取り払う者

──邪気払い

本当ならそんな邪気を払う為、自然の浄化エネルギーを「吸収」する力と、
その力を放つ「放出」という力──
二つができて一人前なのだが……

この若い邪気払いは、二人で、一つだった。
一人は「吸収」しかできず、
一人は「放出」しかできない──

そんなニコイチの二人が奮闘するお話です。
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タグ
現代ファンタジー 高校生 関西弁 幼なじみ 邪気 

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