味見 |
「店主さん、キスの味ってどんなのでしょうか」
「それに答えるより前に聞いておきたいんだが、何で僕に聞くのかな?」
最近咲夜は外のマンガ本を買い求めるようになってきた。
外の少年向けの本なども読むが、一番に求めてくるのはやはり恋愛沙汰を主題とした少女漫画と呼ばれるものを好んでいる。
前々から大人びていた印象があったが、意外と少女らしい一面もあったのだと当然のことに驚いたりもした。
こんな事を聞かれるとは正直驚いた。
少し枯れていると自覚している自分なのだから尚更だ。
しかし今この時ほどの驚きではなかった。
この年頃の少女なら恋愛沙汰に興味をもつのはある意味健全と言える。
だがその手の話は自身の知り合いで済ませるものだと思っていたが、まさか僕に聞いて来るとは思いにもよらなかった。
しかし、よくよく考えてみたら彼女の周りにはそういった事を聞けるちょうどいい人物というのがいなかったのかもしれない。
そう考えればこの状況も彼女に客としてでなく信頼されているようで、名誉にも感じる。
「何でと言われたら・・・ちょうど近くにいたからでしょうか?」
前言をすべて撤回しよう。おそらく彼女は暇してるだけだ。
彼女はよく暇をすると買い物ついでにこのような答えにくいことを聞くことがよくある。
前にあったことで言えば女性の経験だとか好みだとか、答えにくい質問ばかりしてくる。
少し前にはやたら僕の料理の好みを根掘り葉掘り聞かれた。
別にそれ自体聞かれることは構わない、答えにくい質問でもあるまいから素直に喋った。
しかし結果が酷かった。
僕はその時に「やきとり」と「おでん」だと答えた。
そして数日して彼女はおすそ分けだと鍋を持ってきた。
中には甘辛のタレで煮こまれたおでんが入っていた。
別にそれ自体は味は悪くなかったし、そういうものだと納得して食べて普通においしかったから良しとするが、
おすそ分けだという事はあの料理と同じものを主のレミリアに食べさせたのだろうか?
それだけが心掛かりだ。
話を戻そう、今はこの問題だ。
「・・・またレミリアから暇を出されたのかい?」
「お答えしてくれないのですか?」
「デリケートな話題だからね、前にも言ったが興味本位だと言うならあまり簡単には答えたくはないな。」
咲夜は「ふむ・・・」と軽い唸り声を発しながら、頬に指をあてて首を捻った。
既にそういった仕草をする時点でダメだと思うのだが、まあこのぐらいは見逃してあげよう。
しかし毎度僕に聞いてくる理由がわからない。
色恋沙汰の話なら阿求や、見た目の偏見だが紅魔館の門番の方が話しやすそうに思うが。
こういつまでも聞かれていては僕もたまったものでは無い。
一つ探りを入れてみるか。
「どうしてそこまで気になるんだい?無理に僕から聞かなくたってそういう知り合いがいないのかな」
「いないわけじゃありませんよ、でも店主さんの口から聞きたいんです」
男性からの意見を聞きたいのだろうか。
今日の食いつき方からしたら、もしかすれば想い人でもできたのかもしれない。
先ほど考えたように彼女だって大人びているが少女だ。
悪魔の犬と呼ばれようが、人並みに恋だってする筈だ。
ならばヘタに探るのも無粋か。
「なるほど、なんとなくだが君のことも理解した」
「でしたら」
「しかしやっぱりダメだね」
熱意はある程度分かった、しかし先ほどの考えはあくまで僕の考察にすぎない。
「別に無理に僕ではいけないという感じでもないしね、悪いけれど別な人を当たってくれないかな」
「・・・わかりました、私もしつこすぎました。申し訳ございません。」
「いや、気にしないでくれ。それよりも珍しい宝石が手に入ったんだが、アレキサンドリと言って・・・」
「いえ、今日はもうこれで失礼いたします。」
「そうか・・・何だか悪いことをしたね」
「いえ、それでは」
何だか気まずい雰囲気になってしまった。
これは暫く店に来てくれなくなってしまうかもしれないな。
スカートの裾を少しだけ摘み上げ、軽い会釈をしてから扉に向かって行く。
おや、珍しいな。
いつもなら瞬く間に姿を消して帰るだが今日は素直に扉から出て行っている。
それほどまで知りたかったのだろうか・・・決めたこととはいえ、何だか悪い事をしてしまったように感じる。
「ところで店主さん」
「ん、何かまだ何かあったのかい」
開きかけた本を再び閉じて、まだ何かあったかと数瞬だけ考えてみる。
その数瞬、自分の顔に何か小さな違和感を一瞬だけ感じたが、その疑問はすぐに消えて行った。
「今日のお昼、何かタレか何かで失敗しませんでしたか?」
失敗?
彼女の言うとおり、今日は罠に掛かっていた鳥を捌いてやきとりを食べていた。
しかし肝心のタレを途中で焦がしてしまい、食べる時にも焦がした苦味がしつこくまとわりついた。
焼き鳥の旨みがよく出ていたぶん、これに関してはすごく惜しいと思った。
その後も焦がした香りが店に残ってしまったので、商品の消臭スプレーを使って消したと思っていたのだが。
「ああ、たしかに今日はタレを焦がしてしまったね。もしかしてまだ臭ってたかな?」
「いえ、そういった訳では。それまた今度」
今度こそ彼女は行ってしまった。
願わくば彼女の恋の相談相手ができるといいが。
嫌、これは僕の勝手な想像だった。
まあ、行ってしまったものはしょうがないと再び本を読み進める事にした。
* * *
図書室に魔女が二人。
静かに本を読む二人の決定的な違いは片方が白黒であり、片方が紫色な事だけだ。
本をめくる音だけが響く広い図書室に、突如として紅茶のカップが二つ現れる。
「ただいま戻りましたパチュリー様。」
目だけジロリと追う紫色の魔女。
その雰囲気は知識の少女というよりも怠惰を感じる。
気だるそうなその動きで読んでいた本を閉じる。
その一瞬に栞が風に吹かれキチンと読んでいた場所を記録する。
「遅かったわね、人里まで本を取りに行っただけなのに随分と時間がかかったじゃない。」
「申し訳ございません、途中少し寄るところがありまして。おっしゃられていた品はそちらに置いてあります」
再びパチュリーが目だけ追うと、机の上には小さい小袋が置いてあった。
それを手に持ち少しだけ入り口を緩めた後に、手で扇いで直接吸わないようにし、匂いをかいだ。
別段、中身が危険なものであるというわけでもないのだが、普段から実験の時に多用する研究者の癖と言ったところだ。
「確かにあるわね。まあ別に急いでたものでも無いから構わないわ。」
「なーなーそんなのより、なんか忘れてるっていうか気づいてない事が無いか?」
大きな帽子にワンピースとエプロン、白黒のいかにもな格好の魔女が咲夜のエプロンを引っ張る。
伸びるといけないので、咲夜は手からエプロンを引き離した。
「あら、居たの?」
「おいおい。珍しくお前が態々相談があるっていうから来てやったていうのにその言い草かよ」
悪態をつきながら、紅茶を飲み干す。
様子からすれば、結構の間待っていたようだった。
白黒魔女の周りには何冊か読み終わった後なのか、本が高く積まれていた。
「相談に来たっていうならそのスカートに隠したもの全部出してから帰ってちょうだい」
紫の魔女も悪態を付く。
こちらもやはり紅茶を飲み干した。
時々荷物を気にするが、白黒の魔女の手癖の悪さを警戒してかなかなか行動に踏み切れないようだ。
何なのかはわからないが、きっと彼女はすぐにでもこの部外者達を追いだして荷物に触れたいのだろう。
「ああ、その件だったら済んだわ。態々悪かったわね」
「・・・済んだのか?」
「ええ、まあね」
カップを盆に集める咲夜に、目を丸くした魔女が追う。
よほど驚いたのが、口が動くのだが声が伴っていない。
紫色の魔女は何が何だか分からず、とりあえず荷物をテーブルの下に隠す。
後は使い魔に適当なタイミングで拾わせればいい。
「何の話だかわからないけど」
「ど、どうだったんだ」
「焦げたタレの味がしたわ」
「は?」
白黒の魔女は混乱してるようだが、紫の魔女はもっと訳がわからない。
メイドが珍しく白黒の魔女に相談をしたが、その相談内容は既に解決されており、
その解決の内容を今度は白黒の魔女が興味を持つ内容であり、その解決の内容は焦げたタレの味と来た。
とりあえず理解する必要の無い話題だという事は理解した。
何か珍しい料理レシピでも手に入れて試したのだろうか、だとしたら焦げたタレの味の料理はできれば避けたい。
紫の魔女はそんな事を考えながらも足で使い魔に袋を渡す。
「コレの話だよな」
顔をひょっとこのようにする、ぶっちゃけかなり面白い。
次の宴会にでもやってもらおうかと思う程だ。
「ソレの話よ」
「・・・訳がわからないぜ」
こっちはもっと訳がわからないわ、と魔女は心の中でつぶやく。
白黒の魔女は帽子を深くかぶってしまい、メイドもカップを片付けるためなのか用が無くなったからなのかは分からないが何時の間にか姿を消していた。
紫の魔女は焦げたタレの件はもはや考えないことにする、とりあえず今日の夕食は体調が悪いとでも言って適当にごまかそう。。
魔女達は再び手元の本に興味を写した。
図書室の中は時間が戻ったかのように、元の状態へと返った。
説明 | ||
某所に既に投稿してある「ファーストは焦げた味」と同じ内容となりますが、友人と強力して加筆修正を大幅にやってみました。 | ||
総閲覧数 | 閲覧ユーザー | 支援 |
657 | 579 | 1 |
タグ | ||
咲夜 霖之助 咲霖 東方 | ||
卵の中に雛がいたまま茹でるヤツさんの作品一覧 |
MY メニュー |
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。 |
(c)2018 - tinamini.com |