東方幻常譚第四話
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 幻想郷の一角で鬱蒼と多い茂る竹林の、そのまた奥にあるひときわ大きな診療所。そこはかつて、逃亡者達の隠れ家だった。しかし、結界が幻想郷を形作って暫くして、事情を知った診療所の主は、その技術と知識をそこに住む人達のために発揮する様になる。

 

東方幻常譚 The another memory 「〜命、その瞬間(とき)〜」

 

 永い月の夜が終わって暫くして、その診療所にはぽつぽつとだが、患者が足を運ぶようになった。その診療所〜永遠亭〜には、月の賢人とも呼ばれる天才、八意永琳と、その主の蓬莱山輝夜、そして永琳の弟子の二羽のウサギが住んでいた。

 永琳はその知識と技術を如何無く発揮して、様々な薬を作り、様々な人に提供してきた。

「しかし、死の恐怖を感じることの無い私が、薬で死の恐怖から他人を守るなんて、自分の事ながら皮肉な話ね」

 永琳は、薬の原料の入ったフラスコを掲げながら、独り言のつもりでぼそりと呟いた。

「皮肉かどうかは置いておいて、医者として働くことを決めたのだから、それが医者としての責任ではないかしら?」

「姫、聞いていらしたんですか?」

 永琳が声のしたほうに振り向くと、部屋の入り口のところで微笑みながら佇んでいた。

「ええ。始めからね」

「医者の責任ですか・・・。確かにそれは一理ありますね」

「そうよ。そして恐らくだけど、一番大切なことだわ。と、いうことで・・・」

「なんですか?」

 輝夜がもったいぶって次の言葉を口にしないことに痺れを切らして、永琳は聞いた。

「患者様が見えられたわ。症状は軽そうだけど、しっかり見て差し上げなさい。もう診察室にお通ししておいたわ」

「それはわざわざありがとうございます。因幡達は帰ってますか?」

「さぁ・・・。見てないわ」

 大方、言っておいた材料の採集がまだ終わっていないのだろうと見切りをつけた永琳は、輝夜に礼を言って、患者の待つ診察室に向かった。

 診察室に向かうまでの間に、永琳は、先ほどの輝夜の言葉を小さく反芻していた。言われてみれば確かにそんな気もしてくる。永琳は―医者が言うのもなんだが―「まさしく病は気からね・・・」と呟いた。

 少しもしないうちに、診察室として使っている部屋の入り口が見えてきた。

 中に入ると、少し顔色の悪い―恐らく風邪でもひいたのだろうが―患者が椅子に座って、永琳が来るのを待っていた。

「お待たせしてごめんなさい。今日ははどうされました?」

 患者の前に用意された、自分用の椅子に腰掛けると、挨拶もそこそこに、彼女は問診を始めた。

 

 

 始めの患者から数えて何人か診終わった時、二羽のウサギ達が帰ってきた。

「師匠ぉ、ただいま戻りましたぁ!」

「随分かかったのね。なにかあったの?」

「あ、いえ、大した事は無かったんですけど・・・その・・・」

 理由を言いかねる鈴仙をみて、横にいたてゐが助け舟を

「鈴仙ってば、途中ですっ転んで籠の中身ぶちまけたの。どじっこ鈴仙」

出さなかった。むしろ蹴落とした。

「ちょ、ちょっとてゐ!・・・師匠ごめんなさい。本当ならもっと早く終わっていた作業なのに・・・」

「別に気にしなくて良いわ。今度からはもっと早くお願いね?それより怪我は消毒したの?」

 今にも泣き出しそうな鈴仙に、永琳は優しく声をかけた。鈴仙の膝はすりむけ、二人とも服は土にまみれていた。いくらなんでも怒るに怒れない。

「し、師匠・・・はい、大丈夫です」

「そう、ならあとでバンソウコウ貼ってあげるから診察室に来なさい。てゐもね。」

「あ、やっぱりばれてた」

 そうして玄関口でのやりとりが一段落ついたころ、その声を聞いて、輝夜が奥から歩いてきた。

「あら、因幡たち泥だらけじゃない。今からお洗濯しちゃうから二人とも着替えなさい」

「姫様がなさらずとも私がしますのに」

 永琳がそう言っても、輝夜は「いいのよ別に。この位しかすること無いし」と言って、また奥に歩いていった。

「じゃあ今日のお昼は私が作ります。てゐも手伝ってね」

 鈴仙は担いでいた籠を置いて言った。

「えぇぇ。鈴仙いたら、私がすること別に無いもん。鈴仙一人でも大丈夫じゃん」

「姫様ですら働いてらっしゃるんだから、あなたも少しは働きなさいよ!」

 永遠亭の各々の段取りも決まった。鈴仙とてゐは、その汚れた服を着替えるために、それぞれの部屋に一度戻ってから昼食の準備をするように約束した。鈴仙は去り際に、てゐに向かって「逃げるんじゃないわよ」と念を押した。

 部屋に戻って、新しい服をたんすから引っ張り出して身にまとい、汚れた服を出したついでに、鈴仙はその足で台所に向かった。

「あれ?」

 と彼女は割と素っ頓狂な声を出した。目の前の光景が信じられなかったからだ。なんと、台所の入り口のところで、てゐが壁にもたれかかって鈴仙を待っていたのだ。

「なによ。本当に逃げると思ったの?」

「いつもはそうじゃない。どうしたのよ、心境の変化でもあったの?」

「なんでもないよ。ただ気が向いただけで」

 それだけいうと、てゐはそそくさと台所に入っていってしまった。鈴仙もその後に続く。

「それじゃあ・・・」と、鈴仙とてゐはそれぞれの段取りを決めて、昼食作りに取りかかった。二人とも永琳や輝夜に仕込まれたせいか、それとも単に生きてきた年数が人間と違いすぎるからなのか、その手際には無駄が無かった。

「こういうのも、なんかいいね・・・」

「てゐ、なんか言った?」

「な、何も言ってないよ!幻聴でも聞こえたの?お師匠様に見てもらったらどう?」

「せっかく心配してあげたのに、そこまで言うこと無いでしょ?」

 まったく・・・と呟くと、鈴仙はまた自分の受け持った作業を始めた。

(こういうのもいいね・・・か。昔はあんなに警戒したのに。変わったのかしらね)

「あ!鈴仙!焦げそうだよ!」

「え?わ、わわ!」

 てゐの一言から物思いに耽ってしまっていた鈴仙は、てゐの一言で我に返った。気がつけば、握っていたフライパンの上で、卵が焦げかけていた。

「危ない危ない・・・。てゐ、もうすぐ出来るから、お師匠様たちをお呼びして。お皿は私が持っていくわ」

「うん、わかった」

 そういうとてゐは、鈴仙の言い付けを守るために台所を出て、廊下を駆けていった。まもなく居間に永琳と輝夜が来て、鈴仙の作った晩御飯を待つ事になるんだろう。きっと明日も、明後日もそうだ。そう考えると、鈴仙の顔にも自然と笑みが浮かんだ。

「れいせーん、まだー?」

 どうやら待ちきれなくなった二人が、てゐに鈴仙への催促を任せたのだろう。その時ちょうど、料理も出来上がった。

「今盛り付けるから、てゐ持ってって?」

「早くしてね。二人とも待ってるんだからね」

「ねぇてゐ・・・」

「ん?なに?」

 皿を持ち上げ、台所を出て行こうとしたてゐに、鈴仙はおもむろに声をかける。てゐが振り向くと、鈴仙は

「なんかいいよね、こういうの」

 と、きっと月から逃げてきて以来最高の笑顔で、言った。

 居間で待っていた連中は、確かに鈴仙の晩御飯が待ち遠しい様だった。各々自らの食器の目の前に座り、今や遅しと皿の到着を待っていた。鈴仙も空いている席に座る。

「さて、じゃあ頂きましょうか」

 姫のその一言で、みな思い思いの料理を取り、そして食べていく。たまに酒の入った器に口をつけ、少しずつではあるが確実に酔っていく。

「ねぇ師匠。こういう生活、いいですよねぇ。みんながいて、師匠やてゐと患者さんを見ながら、夜にはこうして同じ食卓について・・・なんか『生きてる』って感じします」

 酒のせいか、頬をすこし火照らせた鈴仙が、そう呟いた。

「・・・そうね。私は生も死も無いけれど、確かに月にいた頃よりは『生きてる』って感じがするかもしれないわね」

「生も死も無くても、みんな『いのち』はちゃんとあるんだから。肩肘張らないで、『あぁ、生きてる』って感じられる生き方が、生命にとって一番自然なの。ね、永琳?」

 向かいに座る永琳に、輝夜がそう言って微笑みかけると、当の永琳は昼間の輝夜とのやりとりを思い出してハッと

して、そして微笑み返した。

 微笑の絶えない食卓。これも、月にいた頃は得られなかった「いのち」だ。鈴仙はふとそう感じて、自らも自然と頬を緩ませた。

 

東方幻常譚第四話 了

 

〜後書きなんだってばよ〜

 

 各話とも見てくださっている方がいらっしゃるので、気をよくして4話うpです。

 今回は永遠亭のお話な訳ですが、ほっこりまったりな感じでカキタカッタダケー。そんな感じで書いたらこんな感じになりました。

 月から逃げ―記憶が確かなら、厳密には少し違いますが、意味合い的に―老いることも死ぬこともなく、幾年も隠れて暮らしていたら、生きた心地もしなかったろうと思います。そんな永琳が生きていると実感できるとき、というのをカキタkあ、もういいですねすいません。

 「生きてる」って事を実感するって、意外と難しいんですよね。

 後書きがいつも長くなっちゃって申し訳ないです。今回はここまで。次回もお楽しみに。

 

 

※「こんなシチュで書いて!」と言うようなリクエストお待ちしております。ツイッターやスカイプ、ブログでもお待ちしております。ご自由にお寄せください。

説明
相変わらずのクオリティで第四話。どんどんいくよ。
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