天外魔境掌編:傾キ団十郎との邂逅 |
『尾張に火の一族がいる』と聞いた時、はっとした。
火の一族はこの世に自分一人しかいない気になっていた。
しかし、火の一族は、民の中に血を移した……と、母は語った。それは、血の濃さが薄れて埋もれていくというだけでなく、火の血を受け継いだ者が各地に散らばった、ということでもある。自分と同じように、火の一族として立ち上がる者がいても、おかしくはない。
火多を一人で離れねばならない不安──それは認めがたかったが確かにあった──は、「仲間に会える」という希望と好奇心によって、うち消された。
火多と尾張をつなぐ縄文洞には、高山の暗黒蘭から現れた化物の内の一人が待ち構えていた。得物が刀らしい刀になったとはいえ、まだ扱いに慣れない。どうにか勝ったものの、化物の吐いた酸に冒された。痺れる身体を引きずるようにして洞窟を出てすぐに、近くに見えた城を目指した。
城門は開かれていた。華やかな城下の町並みに驚くよりも先に安堵した。酸も身体から抜けていた。
ふと、家並みの向こうから、規則正しい足音が聞こえてきた。その音の方に歩いていくと、ずらりと道沿いに列を作る群衆に行き当たったが、人々が何のために群れているのかが分からない。そっと人と人との間に身体を入れ、彼らが何を見ているのかを見ようとすると、背を押されて、前につんのめってしまった。
「そこの薄汚ねぇガキ、どけ!」
頭上から怒鳴られた。歩兵らしき隊列の先頭を行く真紅の輿が眼前に迫っていた。
周囲を見回して、自分がこの城下町の大通りに飛び出してしまったのだと気付く。兵隊を見送る人々の険悪な視線に、一歩退いて道を開けた。見送りの人々の中に何故か若い女性が多いのが不思議であった。
「待て、ガキ」
そのまま人混みに紛れて姿を消そうとしていた自分を、輿の上の男が呼び止めた。
「面、よ〜く見せな。……紫色の髪か。そうか、お前、卍丸だな?」
瞠目して男を見返す。再び輿の前に飛び出し、男の行く手を阻む。
「お前……誰だよ」
と訊きながらも、馬瀬村の女たちの噂話に聞いた、もう一人の火の一族の名を思い浮かべていた。
「口の聞き方に気ぃつけろ。俺様はカブキ団十郎様よ。そう! お前と同じ火の一族よ」
名乗った男の風体は異様だった。どう見ても戦場に赴く者のそれではない。極彩色の着物にたすきをかけ、髪を青と緑に染め上げて、紅の紐で結い上げた上にじゃらじゃらと簪までさしている。高山の祭にはしゃぐ男衆だって、ここまで型破りな格好はしない。でも、この男こそは、自分が求めていた同族、仲間だ。
団十郎へかけるべき言葉を見つけられずにいる卍丸を後目に、団十郎はべらべらと喋り出す。
「いいか、よく聞け。お前が地味にその辺の雑魚狩るのを俺様は止めやしねぇ。だがな、その手伝いをする気もない。この火の血で、ぱぁーっと根の一族どもを ぶっ倒して、どかーんとでっかい手柄立てて、派手に楽しく生きるんだよ。今からちょっくら鬼骨城の視察に行ってくるんだ、どきな」
だが、卍丸は、どかなかった。
「どけよ、ガキが」
団十郎は輿から身を乗り出した。卍丸はにらみ返すばかりで、何も言わないが……動こうとはしない。
「ちっ、強情なチビが。じゃ、力ずくだ。……おっと、手ぇ出すなって」
団十郎を守ろうとしてか、前に出かかった歩兵を手で制すと、団十郎は輿から飛び降りた。卍丸は反射的に刀を鞘走らせた。団十郎が着地するであろう地点へ、抜き打ちの一太刀を浴びせてやる。
だが、それは空を切った。間合いが足りなかったのだ。
「氷刃!」
団十郎の声と共に、がら空きになっていた卍丸の胴を、冷たく鋭い刃が斬った。斬られた衝撃で、卍丸は仰向けにどうと倒れた。左手で胴をまさぐると、裂けた布と肉、それにべっとりとした血が指にまとわりついた。
団十郎のからからと笑う声を遠くに聞きながら、卍丸は気を失った。
(二〇〇三.十一.三初稿/二〇〇九.九.二四改稿)
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ゲーム『天外魔境II 卍MARU』尾張国犬山町にて発生するイベントを踏まえた掌編小説です。 | ||
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