愛別離苦1 |
Gが私に面と向かって「見合いをしろ」と命じた時の惨めさ、悲しさったら無かった。
毎日毎日ボスと右腕という垣根を越えて、Gが好きである事をアピールしてきたのに。何の意味も無かった。本当にG、いやボスは私が嫌いだったらしい。
好かれようとして、頑張って仕事をした。化粧をしたり、新しい服を買ったり、料理を勤しむ時間を割いて仕事をした。
頑張ったら、いつか見てくれると思ってたのに。幼なじみ、ボスと右腕以上の関係に私はなりたかった。
でもあんな事を言われたら、私はどうする事も出来ない。ただ辛くて、部屋に戻って静かに泣いた。
明日には私はG以外の男と結婚を踏まえた話をしなければいけないのだ。私の求愛など、結局邪魔だった。
……早く放り出したかったんだな、G。気付かなくてごめん。されど私はお前以外の人間と一緒になりたくない。
そうなるぐらいならいっそ、一人でいた方がいい。
「……そうだ。」
机に寄り、引き出しから護身用で置いてあったナイフを取り出す。布のカバーから刀身を抜き、そのまま姿見の前へ。
………結婚したくないなら、出来ないようにすればいい。なんだ簡単じゃないか。私は右頬にナイフを当てた。
なるべく傷が残るように。誰も寄り付かず、一人だけで暮らせるような。そんな傷を作ればきっと……。
躊躇い無くナイフで裂いた。
痛い、熱い……、痛覚のせいなのかどうか、涙が自然と流れて来る。私はおしまいだ。私は死んだ。Gに愛されない私は、今夜死ぬ。
その甲斐があってか、見合いは破談となった。良家だったのか傷物はいらんと言ってきたらしい。良かった。いい機会になったよ。
今までGの右腕をやってきた癖に、女として色恋に夢中になっていた事を反省出来た。自分しか見ていなかった、その愚かさ。この傷は戒め。そして愚かな「女」の私を捨てた証。
これからはもう何も求めない。求めてはいけない。優秀な右腕として生きよう。
もうGを、ボスを困らせないように。
……が、流石に傷だけだと不気味か。入れ墨でも彫ろう。ボスの炎のような入れ墨を。
完治した傷の上から、私は赤い入れ墨を入れて貰った。頬、首筋、鎖骨の辺りまで。これなら傷は目立たない。……そして嫁の引き取り手もないだろう。
何だか吹っ切れた。何もかも。もうどうでもいい。いや仕事だけはしなければ。仕事だけを。
「ジョット、それは少し派手だな……。」
「そうか?」
「派手だよ!女の子なのに!」
同僚の雨月、ランポウには毎日心配される日々だが何が困るというのか。
「似合うだろ?」
「恐いよ!」
弟のようなこいつを慰めつつ書類に眼を通していると、ボスが会議室に入ってきた。
もうボスは私と眼を合わせない。見苦しいのだろう。それでいいんだ。嫌ってくれれば尚更いい。守護者が揃った事を確認し、会議を始める。私もボスを見ないようにして。
私とGは、部下とボス。これからこの関係は、もう揺るがない。
入れ墨を入れたせいか、しばらく高熱が続いた。昼はなんとか耐える事が出来たが、何故か夜になると墨を入れた場所がひどく痛み寝られない程だった。
これは罰。部下でありながら女として、ボスと結ばれたいと思った事に対しての罰なんだ。ボスの美しい炎を真似た入れ墨をした所が文字通り燃えるように痛み私を罰する。
ごめんなさい、ごめんなさい……。私は必死にボスに謝った。迷惑を掛けて、好きになって、勝手に押し付けてごめんなさい。優秀な右腕じゃなくてごめんなさい………。
霞がかった意識の中、最後に誰かが入れ墨が入っている頬、首筋、鎖骨の辺りを撫でてくる。途端痛みが消えて、私は眠りに付けるのだ。
あれからずっと、ボスは私と眼を合わせてくれない。当然だ。勝手に愛を押し付けて来た女を追い払おうと見合いを勧めたのにそれすら破談させるという迷惑を掛けたのだから。
私ももう、眼を合わせられる立場ではない。仕事以外で余計な事を言わないようにしよう。私は部下。今度こそ、優秀な部下になるんだ。
しばらくしてまだ頬がじくじく熱いのを我慢しながら仕事をしていると、ランポウが私の書斎を訪ねて来た。おずおず、もじもじしてドアを開けるものだから何事かと思う。
「どうした、ランポウ。」
「あの…………。」
ランポウは可愛い弟のような存在だ。邪険にはせず、中に入って来るのを待つ。
やっと私の前まで来ると、彼は小さな口で一つの提案をしてきた。
「今日の夜、ボスがね、守護者みんなで飲みに行かないかって。珍しいよね。」
確かに珍しい。前まではたまに飲みに行っても、私か雨月など少数で飲むのに。大人数など性に合わない筈だ。
珍しさから行ってみたい気持ちがあったが、その瞬間入れ墨が痛む。………私ははっとした。
私は部下なのだ。もう決めたんだ。
「……すまない。書類が溜まっていてな。みんなで楽しんで来てくれないか。ボスにもそう詫びてくれ。」
「そ、そう………。」
残念な顔をするランポウ。申し訳ないとは感じたが、私にはもうそんな権利は無いのだ。もう、友達という立場も、女という立場も捨てたから。
自ら引いた一線を飛び越えるわけにはいかない。
それから奇妙な事がいくつも続いた。ランポウが女子の流行りの服やアクセサリーを買ってきて私に渡してくるのだ。私は「そういうものは、一番好きな女子に上げるんだぞ」と促し受け取らなかった。ランポウ程の人間だ、そんな子は沢山いるだろうから。
ついでに「こんな入れ墨がある女に似合うわけがないだろ」、みたいに茶化してやると何も言わなくなる。
見合いの話が来る前は、こっそり街に出ては何が流行っているか調べ、服や靴を買い漁ったりした。いつか着る時の為に、なんて。でも結局来なかったから、入れ墨を全て彫り終えたその日に全て捨ててしまった。
何だか急に力が抜けて、その服や靴、アクセサリーだけじゃ飽きたらず、視界に入るもの全て捨てた気がする。勿論必要なもの以外だ。写真、本……おかげで私の部屋はベッドにテーブル、クローゼットだけという空間になった。まるで他人の家のゲストルームだったが、暮らしてみると何の不便もなく、今まで面倒な生き方をしていた事も解ったのだ。
好きだった甘いものも食べなくなったような。私は料理を作るのも食べるのも好きだったが、今となっては包丁を握るのも億劫だ。適当に買ってきたもので食事を済ませている。
つまり私は浅ましい欲の塊だったのだ。欲の塊などに、誰が惚れよう?
*****
無欲な日々を過ごした。
そんな時、門外顧問のアラウディからある提案がなされた。三日に一度の定例会議中、終わり間際の事である。
「そろそろ、跡継ぎの事を考えたら?」
きっと、誰しも考えていたものだろう。というか、ここまで大きい組織になったのだから先の事を考えない方がおかしい。
静まり返る会議室。気を使ってか、雨月が「焦るものではないだろう」と微笑む。だがアラウディの険しい顔は崩れない。
「いいや、遅いぐらいさ。跡継ぎがいなくて潰れるなんて珍しい事じゃない。」
確かに……と私もようやく跡継ぎの大切さについて理解し始める。ボスがここまで作り上げたボンゴレを崩すわけには……。こういう時こそ右腕である私の出番ではないか。
「ではアラウディ、私が良い女子を探す。そこからボスに選んで貰おう。」
そう発言した刹那、ボスが私を見た。何を驚く必要があったのだろうか……?
会議はそこでお開きになり、各々散っていった。私も立ち上がり、早速ボスの嫁探しをと会議室を後にする。
「ジョット………。」
「ん?」
ドアを締めると、ランポウが幼子のように上着の裾を引っ張って来た。
「ううん、やっぱり……なんでも……ない……。」
何か言いたそうだったが、逃げるようにランポウは走っていく。屋敷内は走るなと日頃言っているのに……仕方ない奴だ。
後日呼ばれたパーティーでボスの嫁を探しているんだ、とわざとらしく言うと取引をしている企業、ファミリーはこぞって自分の姪や娘の写真を送って来た。作戦成功だ。さてここからが本番。同じ女であるからには、ボスに相応しい嫁候補を見極めなければ。
二十冊近くある資料と写真を見ながら吟味する。ボンゴレの未来を決めると言っても間違いではない。
見合い用の写真とあって随分めかし込んでいるのは丸解りだったが、どれも美しい女性ばかり。髪が艶々輝き、手足がすらっと長い。顔で人を判断するのは嫌いだが、どの娘も優しそうで聡明に見えた。私とは違って……。
経歴も申し分ない。ファイルには性格についても書かれており、非常に私を悩ませた。どの娘も相応しかったからだ。ボスに顔の好みぐらい聞いておけば良かったと後悔する。
「………雨月かランポウあたりに聞いたら解るだろうか………。」
思い立ったら行動、私はすぐに電話の受話器を手に取った。……しかし残念ながら、二人は出ない。出張か。
致し方なく、私の直感で三人に絞り込む事にした。
一人はボランティア精神溢れる優しい娘。もう一人はスポーツ万能の元気娘。最後の一人は高学歴の優等生娘だ。この三択なら選びやすいだろう。顔は皆美人だし大差は無い。
私は意気揚々に資料と写真を抱えボスの執務室に向かった。
ボスは珍しく仕事に没頭していた。私が室内に入ってきた途端手を止めたのでなんだか申し訳無くなる。
「どうした、ジョット?」
「見合いの件、いい嫁候補が見つかったので………。」
言いながら資料を出すのだが、ボスは躊躇い、すぐには受け取らず私の顔を見ていた。入れ墨の入った顔など見て、何が面白いのか。
いつまで経っても受け取らないので、仕方無しに机の隅に置く。
「眼を通しておいて下さいね。早ければ来週にも食事会をしたいので。それと───。」
別件の仕事について話そうとした時、ボスが一言だけ、零した。
「─……お前の気持ち、今、解った……。」
「え?」
何を言っているのか解らない。なのでそのまま、別件について話したがボスは何だか他の事を考えているのか、返事が返って来なかった。体調でも悪かったとか?
「ではボス、失礼します。」
「ジョット……!」
背を向けた途端、がたた、と椅子から立ち上がる音がした。「はい?」と振り返ると、泣きそうな顔したボスがいる。
「体調でも悪いんですか?」
「違う、……な、なあジョット、今日の夜、……飯でも行かねえか。二人で、久々に。」
「久々にって……二人ではご飯なんて一緒に行った事ありませんけど………??」
「……!」
小さい頃ならともかく、自警団が大きくなってからそんなの一度もない。守護者みんなで、ってのは何度もあるけれど。
昔私が誘っても、ボスは一度も来てくれなかった。
……何回も、一人でリストランテで夜中まで待っていた事をふと思い出し、何だか息苦しい。
「守護者での定例の晩餐会は、またそのうち。」
『G、待ってるから。私。』
『だから行けねえって行ってるだろ。』
『………待ってるから………。』
「その時に良い報告が出来たらいいですね。」
『ジョット様、そろそろ……。』
『ああ、すまない……、閉店か。毎回毎回すまないな。』
『ジョット様だけでも召し上がって頂いて……。』
『いや、いいんだ。金は払うよ………。』
私が勝手に約束して、勝手に待って。勝手に傷付いた。
嫌な思い出がフラッシュバックする。消えろ、愚かな私。消えろ、欲塗れな私。
疼き出す入れ墨をさすりたいのを我慢し、私は執務室を後にする。
何故思い出してしまうのだ。
女である私を。
****
仕事で街に出た時の事。ただの商談だったのだが妙に疲れふらふら大通りを歩いていた。
馴染みの店の親父や奥さんから挨拶をされるもうまく返せない。そんな状態だったのに、私はあるものに眼が止まった。
ショーウィンドーの中で静かに輝くそれは、まるで宝石のようだが違う。ただの赤い靴だ。
「あの頃」の私ならば、これよりも高い靴は沢山持っていただろう。だがそんなのはもう無い。自分で捨てたんだ。今更何を思う。
ガラスに移る私は、真っ黒なスーツを着て、顔に赤い炎がある。
………これは誰だ?
ボスはついに見合いの決心をした。三人の中で優しい娘を選んだらしい。よかった。本当に。少々乱暴なボスに、包容力ある優しい娘ならお似合いだ。
それにボスも結婚して、子供でも出来ればまた違って来るだろう。ボンゴレも安泰だ。
私はさっさと日取りを決め食事会の準備をする。格式高いリストランテを予約し、いいワインを頼む。ボンゴレの未来の為に何一つ気が抜けない。
そんな中、ランポウが昼食を誘って来た。ちょうど一段落付いていたし、二人で外で食べようと提案する。天気も良かったし、ピッツァを買い観光客溢れるフィレンツェ、ドォーモ前の広場のベンチに腰を下ろした。
暖かなピッツァを頬張るが、ランポウは口を付ける様子もない。せっかく驕ってやったのに。食欲が無いのか……。
「どうしたランポウ。そういえばお前、最近おかしかったな。」
「………俺様……、ジョットに謝らなきゃならないんだものね………。」
「なにを?」
よく見ると、ピッツァを持つ手が震えている。
「ジョットと……、ボスが……、仲良く無いの嫌で。ジョットに前みたいに戻ってほしくて。わざとらしい事、沢山した………。」
「ランポウ?」
「おれ………っ、おれ………。」
ぐずぐず泣き出すランポウの背中をさすりながら、こいつの言った事を頭の中で整理しようとする。
ランポウは小さな頃から知っている。ボスもだ。私達二人の近くにいて思うものがあったのだろう。だから服を買ってきたり、飲みに誘ったりしたのか。
ありがとう、ランポウ。
でも私達は結ばれてはいけないのだよ。
「ごめん………。」
「いい。変な気を使わせたな、ランポウ。お前は私の自慢の弟だよ。ありがとうな。」
しばらくランポウは泣き続け、落ち着くと腹が減ったのか、私の分のピッツァまで食べてしまった。
まったく、可愛いやつだ。
****
三日過ぎた夜、ボスは婚約者との食事会の為街に出た。店を予約したのは私だし、護衛もかねて同行する。
その予約した店というのは、「あの頃」毎晩待ちぼうけを食らっていたあの店。勿論他にもいい店はあったのだが、その夜に限って予約が取れず、ならば日をずらそうとしたが相手方の都合がつかなかったのだ。
致し方なくこの店にし、私は手慣れた様子でハンドルを切る。後部座席の真ん中にはボス、助手席にはランポウ。言葉を交わす空気ではなかったと、後にランポウが語る程緊張感に満ちていた。
十分もせず到着すると、まずランポウが出て後部座席のドアを開ける。私とボスが車外に出るタイミングは一緒だった。
「……ここ、なのか?」
「はい。予約がここしか取れなかったので………。」
ボスは店を見上げ呆気に取られている。ああ、やはり貧相な所だと思われてしまっただろうか。
すみません、と謝ろうとした時、ふと車の後ろにぴったりくっつく不審車が視界に入る。こんな車あったっけ、と思ったのは遅かった。
「死ね!!」
車から出てきた黒服の男が、ボスに銃を向ける。距離にして五メートルと少し。
車のドアは閉めてしまったし、盾に出来る壁は無い、…………………………いや、あった………。
「G!!」
そのコンマ何秒の間で行われた決断に、私は何の疑問を抱きはしなかった。
だってそれは当然の事だ。私は部下。ボスの盾。そうだろう?
躊躇い無くボスの前に立ち、胸に一つの衝撃を受ける。ぱっ、と何かが舞うのを見た。
……なかなか死なないとは、下手くそな腕だ。私は即死する事も出来ず、無様に地面に転がった。情けない。最後までこんな姿をボスに晒す事になるなんて。
地面に伏せた体を、突然ボスが抱き起こした。何をしているんだ、早く逃げて貰わなければ、私が盾になった意味が無い。
すると、視界の隅でランポウが駆け出したのが見える。同時に緑色の美しい炎も。そこからはボンゴレの盾と相応しき兵器が形成されボスを守る。良かった。なんだランポウ、出来るじゃないか。
「ジョット、ジョット!」
ボスが必死に私を呼んでいる。すぐに死体になる私など捨て、早く逃げればいいのに。何を。
「すぐ医者に連れて行くからな!死ぬな、絶対に!」
馬鹿だな。この血だぞ。駄目だって、本当は解ってるんだろう?最後まで希望を捨てるななんて、素晴らしいボス。私は部下として幸せだ。これ以上何を求めよう?
「死ぬな……、ジョット……!頼むから。……頼むから……。」
声を出す気力も無い。出したとしても、まさか「死なない」とも言えまい。
されどボスが、Gが放った次の言葉に、私は落ち行く瞼を思わず上げた。
「………好きなんだ、……ごめんな……、今まで、本当に……お前の事、本当に……!愛してるんだ……!」
ボスが泣いている。
何故だ。私は部下なのに、ただの部下なのに。部下が死ぬだけなのに、この人は泣いてくれるのか。嘘までついて。
しかし他にもっといい嘘はあっただろう?残念だがその嘘は、私を一番傷付けるものだ……。
私を力強く抱いてくれる腕。そうだな、あの頃、こんな事をしてくれたら、泣いて喜んだだろう。
「………うそつき。」
何か言おうと思って、出た言葉がこれだった。「違う」、とボスが言う。もう体の全てに力が入らない。耳もあまり聞こえなくなってくる。ボスの顔が、段々、だんだん………。
ああ、本当に死ぬんだ。
いつかくるとは覚悟していたが、こんなにも早く来るなんて。
さようなら。
さようなら、ボス。
私の大切なボス。私は部下として、有能だっただろうか?
了
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