愛別離苦2 |
マフィアの嫁なんて幸せになるわけがない。俺はずっと思っていた。だから奴に見合いを薦めた事に後悔はしてなかったし、それがいいという確信があった。
俺はいつ死ぬか解らない身。毎日側にもいられない。真っ当な男と幸せになってくれた方が俺も安心するってもんだ。
ジョットを幸せに出来る人間は山のようにいるだろう。好きな女の幸せを願う男がいたっていいじゃねえか。
……鬼までとはいかない。極力奴と接触を避けた。
幼なじみであるからとどこにいくにも一緒だったが、自警団が軌道に乗ってから俺はボスに徹する。無駄な話をしない。並んで歩かない。……容姿を褒めない。もっと沢山ある。だがそれでも、ジョットは俺に近付いて来る。
突然流行りの服を着て執務室に現れては「似合うか、これ!」なんて言ってきたり、食事に誘ってきたり。きっとジョットは俺に嫌われたと感じていたのだろう。
もしあの頃あの時、正直な心で言の葉を発していたら奴を永遠に失う事も、惨めに縋り、愚かに詫びる事も無かった。
ジョットの幸せと、俺の幸せは違うもの、そう信じて疑わなかった当時の俺。
お前が夢見ている未来は絶対に来ないのだと、行動で示す。
それが件の見合いだ。
食事に誘われる度、一人閉店までリストランテで待ちぼうけするジョットの背中を見るのが辛かった。俺の為に服を買うジョットの体を見るのが辛かった。明るく振る舞うジョット笑顔を見るのが辛かった。
絶対に結ばれてはいけないと決め付けた癖に。
結婚をさせればきっと諦めが付く。
だが。結果としてジョットは自らの顔に傷を付け見合いを破談にし、炎の入れ墨を入れる。身を呈した拒否。あの綺麗な顔に傷が残った。残させてしまった。
間接的に俺はジョットを傷物にさせたのである。
やっと俺は自分が間違いを犯した事に気付く。
何が幸せか解っていなかったのではないか。逃げていただけなのでは無かったか……。
全て奴の最後の言葉「うそつき」で説明が付く。自業自得で一番欲しかったもの失い、罪も償う事も許されない。
ジョットの葬儀で、アラウディが俺に言った。
「まあ、間違いでは無かったんじゃない?よく知らないけど。君は奴の幸せというものを願ったわけだし、奴が理解出来なかっただけ。奴にも選択肢はあった。…… 思う幸せが別々な事はそう珍しくない。約束なんてしてないんだろう?中途半端な関係より、部下のまま死ねたんだから幸せさ。」
鬼か。いや悪鬼は俺だ。ジョットがくれたものを、返せばいいだけの事を、どうして俺は出来なかった。
マフィアだからなんだというのだ。方法はどうであれただ、守ってやるとか、側にいるとか、それぐらい簡単に言うだけでも良かった。力と勇気ぐらいは備えていただろうに。後悔が止まない。
神は信じない主義だが、ここばかりはナックルに懺悔をして悔いた。全て吐き出しただけで「神はあなたを許されました」、ふざけろ。自分が憎く醜い。浅ましい。
何故俺みたいなのが真っ直ぐに愛されたのだろうか。
それこそ、神の奇跡だったのではないか。
……ナックルに懺悔した後、俺はアルノ川に身を投げる。
冷たい川の底で記憶は途切れ、再び目覚めた時既に新たな人生が始まっていた。
「現世で会った人間は、過去で一度会っているのですよ。」
デイモンがそんな事を言っていたっけ……。輪廻転生、記憶をそのままに、俺は生まれ変わってしまったのである。またジョットの幼なじみとして。
***
土葬の際、ジョットの棺に大空の指輪を入れた。そして俺は嵐の指輪を奴の指から抜いた。すり替えたのである。
ボンゴレの宝と言ってもいいこれを個人の感情で動かす事は許され無いとは知っていたが、亡き後に贖罪する方法はこれしかない。
当たり前だが、俺が死んだ後二つの指輪が紛失したと騒ぎになり、十代経っても見つかっていないとされたが、俺とジョット、現代イタリアに転生しその指輪を今手にしている。
なんとそれを握り生まれて来たというのだ。けれどここで大きな問題ができる。
ジョットが大空の指輪を持っていた事により、次期ボスが奴に決まったのだ。
勿論俺には大空の波動、奴には嵐の波動しかないし、違う指輪を持っていても意味はない。論議が交わされている所だ。
……が、そんなもんは俺にとって問題じゃない。
俺にとって問題は今二つある。記憶を持ち姿名前も変わらず若返ったような現状だが、ジョットが俺に惚れていないのだ。
奴が惚れているのは俺の弟、隼人という可愛くない馬鹿。
試練いや罰だ。幼なじみではあるが露骨に避けられるし。まともな話もできない。
何故隼人に惚れているのか。
「よく夢を見るのだ!隼人に似た人間が私を抱き、"好きだ"って泣いている夢を!」
……聞いた時、俺は驚愕した。その夢はお前が死ぬ時の夢。最後の刹那。ジョットは隼人に惚れているんじゃない、勘違いしているだけなのだ。
かといって夢の男は俺だと言っても信じて貰えるわけがない。ただのおかしい人間だ。これ以上嫌われて溜まるか。
なら夢は別にして最初から好きになって貰うしかない。
俺とジョット、立場が逆転し転生した現代。厳しい日々だとは覚悟したが、記憶を持った人間は他にもいた。
「またそんな阿呆面して恥ずかしくないのかい?」
アラウディを始めとする俺の守護者達だ。奇しくもランポウ以外は同じ年齢、同じ学校。なんでお前等と学園生活を楽しまなきゃならない。
「それはこっちの台詞ですよ。」
「心を読むな変態。」
守護者達は皆記憶を持っているのに、どうしてジョットだけ……。今なら、今なら両思いになれるのにと思う俺は最低だ。あんな結果になったからこそ今がある、逆に言えば良い結果で終わっていればこんな事には……。
放課後、気を引くのはいつものこと。
阿呆共にジョットの周りをうろちょろする姿を見られ笑われるのは気にならない。奴さえ振り向いてくれれば、俺は何もいらない。気にしない。
「……ジョット、一緒に帰らねえか。アイス奢るから。」
「………アイス?」
普通なら年下の隼人の教室に直行だが、釣り餌を足らすと考える時間が稼げた。モノで釣る事しか出来ない自分が虚しい。
あの頃、俺はジョットに無条件で愛されていたのを実感したりもして悲しくなる。
「……なら隼人も一緒に。」
……こうきたか。仕方なく了承し、奴は意気揚々として下級生の教室に向かう為廊下を走っていった。……俺を置いていくジョット。
背中を見るのがこんなに辛いとは知らなかった。
そして陰鬱なまま帰り支度をし下駄箱近くで待っていたが、いくら待てども二人が現れない。
俺の脳裏に最悪の事態──隼人と奴が先に帰ったのではないかと考えてしまう。
焦り隼人の教室へと向かった。女々しいでも何でも言え。ジョットが俺以外の男といるなんて、考えたくもない。
「ジョッ……ト?」
乱暴にドアを開ければ、隼人を真ん中に、綱吉と口論している奴が見えた。
「姉さん、いい加減にして。怒るよ。」
「隼人はお前のものじゃないだろ。」
綱吉は、ジョットの妹でこれまた隼人に惚れている。つまり、俺抜きで三角関係しちゃってるわけだ。
教室のど真ん中で、隼人の片腕を抱き喧嘩する姉妹。
「いや、あの、皆で帰りませんか……。……あ。」
俺に気付いた隼人が、眼で助けを訴えている。くそ。なんでそいつなんだ、ジョット。
隼人のクラスメイトも困惑しているし、仕方なく三人に近付く。
「やめねえか。」
「Gには関係ない!」
ジョットが間髪入れず睨み付けて来る。俺にこんな顔をするなんて。
本当にこのジョットは、俺に興味がまるでない。理解したつもりでも、こうやられる度辛かった。
「姉さんはGさんがいるじゃないか!」
そんな時発した綱吉の言葉には一番俺が驚いた。
何かと貧乏くじを引きがちな所もある綱吉なだけあって状況がよく解っているらしい。まあ俺がジョットに惚れているのは行動を見りゃバレバレだしな。
「なんでGが出てくるんだ!」
「姉さんは何も解ってない!」
「何をだ!」
隼人を挟み引かない二人。仕方無く、俺が隼人からジョットを剥ぎ取った。
「何をするG!」
「別にいいだろ、隼人いなくたって。」
「何が悲しくて、お前と二人でアイスを食わなきゃならんのだ!勘違いもされるだろ!」
……ふと、逆の立場になって、いや前世になって考えてみる。
俺は徹底的にジョットを寄せ付けないでいた。あの見合いの件だってそう。
相手に同じ事をされてやっと、自分がどんなに非道な行いをしていたか解る。自分を好いてくれている人間を、自分が好きな人間を拒絶するなんて。
「あの頃」、俺はジョットが死んでから初めて部屋に入った。
テーブルやベッド、必要最低限なものしかなく、ジョットに古くから仕えていたメイドに「引っ越すつもりだったのか」と阿呆な質問をしてしまう。
メイドは俯きながら「いいえ、全てお捨てになりました」と答えた。
何故、いつ、と返せばやはりあの見合いの件が境になっていた。つまり俺は、あの見合いでジョットを幸せな女にするつもりが、まったく真逆の奈落に突き落としたのである。
不意に『似合うか、G』なんて流行りの服を見せに来たジョットの姿が浮ぶ。
すぐにクローゼットも全て見たが、あの時に見せた服も靴も帽子も、装飾品も無かった。
そうだジョットは料理もしていたと、キッチンにも行ってみるも日常的に料理を作っていた形跡も無い。冷蔵庫にはビタミン剤、食パンと少しの野菜しか入っていなかった。あんなに俺に弁当を作ってくれたりしたのに。
「女」のジョットは、俺が殺したのだ。
見合いの件で俺に愛されていないと、愛される事は無いと知ったジョットはもう欲求を捨て「部下」になってしまったのだろう。部屋が全てを物語っていた。
……もし。もしだ。見合いなんてさせず「俺が」結婚を申し込んでいたら?
『君には、選択肢がいくつもあったんだよ。でも選ぶのは毎回同じ。……愛だのなんだの知らないけどさ。君の選んだ答えは、外れと思う人間が多いんじゃないかい。僕は支持するけどね。』
『アラウディ、俺は愚かな人間に見えるか。』
『自分の意志を貫く者は愚かではない、当たり外れは別にして。』
アラウディの顔は、明らかに俺を軽蔑していた。あいつだって血の通った人間だから。
いいやアラウディだけじゃない。ランポウも雨月もナックルもデイモンも。俺を最低な男だと思ったに違いない。誰でもいいから責めればいいものの。
……アルノ川に身を投げたのは、ジョットへの贖罪だけじゃない。こんな最低な人間を、早く殺したかったからだ。
天国に行きたいとは微塵も願っていなかったし、どうせなら地獄で永遠と、ジョットが生まれ変わって幸せになるのを願っていたかった。俺みたいな屑にも出会わないようにとも。
こうやって生まれ変わったのを、誰が何の意図で、とは探らない。愛されるという事がどんなに難しいかを知れたのだから。やり直せるなら、やり直して見せよう。大人しく罰を受けろと誰かしらは言うかもしれない。
だが俺は、ジョットに愛されたい。
***
チャンスは幾つかある。まだある。
自我がはっきりして来た頃からジョットにアピールしてきて解ったのは、学校には沢山のイベントがあるという事。
その一つ、文化祭が近付いて来ていた。正直文化祭自体にはあまり興味が無い。
誰を誘い誰と回るかだ、重要なのは。勿論ジョットは隼人を誘うだろう。だが隼人には綱吉がいる。
つまりだ、綱吉に協力を求めれば何とか誘える。そして隼人にはっきりジョットを断って貰えれば……。こすい手ではない、きっと。
学生であるには学生に課された義務、イベントを有効活用すべき。……俺は負けねえ。
ジョットにもう一回、好きになって貰う。お前が見てる夢に出てくる男は俺なのだと、解らせてやる。
運良く、というか人数の都合で俺とジョットは文化祭実行委員に回された。実行委員会本部から予算や使っていい資材を伝えたり、文化祭当日は見回るぐらいしか仕事は無い。
神は何を考えているのか。こんなに俺にチャンスを与えてどうする。上げるだけ上げて、突き落とそうと言うのか?
否、今は深い事も先の事も考えてはいけない。
俺とジョットは来年から大学生、ボンゴレの襲名問題もある。今年中に、良くも悪くも決着を付けなければいけないのだ。
「………隼人、綱吉と回るんだって。はぁ?あ、今年の文化祭は暇だな。」
他の男回れない事を心底残念がる姿は、俺に僅かな希望と期待を与えた。すまないジョット。またお前の気持ちを無視しているのかもしれない。
だがお前は俺の全てなんだ。結果お前と隼人が付き合うような事になっても、後悔したくない。あの時の後悔は、絶対に。
「実行委員の仕事もあるんだ、仕方ねえよ。」
「そうだな……、お前と見回りして寂しさを紛らわすか。そういえばG、お前には好きな人はいないのか?一緒に回ればいいだろ。」
「……。」
「いないんだな、寂しい奴だ。」
お前が言うなと。というかお前だと。思わず突っ込みたくなる鈍感具合に意気消沈してしまう。
ジョットは興味がないものは、本当に興味が無いんだ。
「ま、いいか。Gには沢山奢って貰おう。」
「……ああ……。」
文化祭までもう時間が無い。これが最後の機会。夢に出てくる俺を隼人だと勘違いしたままでもいい。いいんだ。
「たこ焼き、ソフトクリーム……、食べ物だけじゃなく、お化け屋敷とかも回るぞ、G!」
「解ってるって。」
……が。計画はあくまで計画であって、実際当日になったら解らないものだ。
ジョットに特に問題は無かったのだが、俺は自分がどんな立場にいたか忘れていた。
「ねえGくん一緒に回ろうよおー。」
「実行委員なんて仕事無いんでしょ?」
正直に言おう、俺はクラスでは滅多に喋らない。精神年齢(一回死んでるし)があまりに違い過ぎるのもあるが、ジョット以外どうでもいいからだ。
それを外野は何を勘違いしたか、スカしてるだの寡黙だの勝手に盛り上がりやがって。俺の知らぬ間に理想像が作られたわけだ。
そんな下らん像を立てた癖に、何故文化祭やら何やらで一緒に歩けると思うのか。まったく不思議だ。
奴等の理想像とは、自分に都合のいいハリボテでしかない。
「……。」
「Gくん?」
されど俺もイタリア男である。異性を無碍にはしない。"いつも通り"無視を決め込み場を離れた。
そろそろ学校全体が騒がしくなって来る。一般人が入る前に、奴と合流しておきたい……。
教室から出ると、廊下でジョットがぼんやり立っていた。安心しつつ、声を掛けてやる。
「ジョット。」
「おお。なかなかモテモテだな。私と回る暇など無さそうじゃないか。」
「阿呆な事言うな。」
「誰でもいいから恋人でも見つければいいのに。そうしたら文化祭に寂しい思いをしなくて済むんだぞ。」
別に……、と言いかけたがやめた。俺が恋人を欲している事を、ジョットの前では否定したくなかった。
中身は少々違えど、同じ世間一般の学生を演じるべきだから。
「……いーから。もう行くぞ。実行委員の打ち合わせあんだろ。」
「そうだったな。またナックルに迷惑を掛けてしまう。」
並んで歩き出してふと、俺はさっきジョットが言った事を思い出す。モテモテ……、嫉妬?……いやただの皮肉だ。こうやって自惚れるから失敗する。
首をぶんぶん振る俺に、ジョットは「凝ってるのか」とわりかし真面目に聞いて来たので「ああ」と返した。納得したのかどうか、後は無言のまま実行委員会の本部となっている一階の空き教室へと向かう。
今日一日だけは俺に奇跡をと神にも縋る。まだ罰を受けろというなら別だが……。
***
適当に打ち合わせを終え、俺とジョットは一年の校舎を中心に回る事になった。
一年ったら隼人と綱吉がいるじゃねえか……、と苦虫を潰す。
ほらみろ奴はもう意気揚々としてるじゃねえか。一体俺の味方はどこにいる。
「G先輩?!」
「こんにちは。」
やかましい。……くそ、煙草が吸いてえ。さっきと同じ事を説明するのは癪だ、無になろう。無に。
もう祭も始まってんだ。そうだ、始まってる……、文化祭の前に約束してた、食い物とかを奢って──。
「G。」
「……な、なんだ?」
来たか食い物の催促!来い。今日は何だって答えてやる。
「なんか。」
「あ?」
ぴたりと止まるジョットの足。俺も同じくすると、後輩達がここぞとばかりに出し物を放って横目で見ている。
「なんか、Gといると疲れる。」
「……………は?」
幼なじみとして何年もやってきたというのに……疲れる、だと?今更何を。
顔を見てみれば眉間に皺を寄せ、唇が真一文字を描いていた。瞬時に今俺がジョットに何かしたかと考えてみる。
……普通に歩いていただけじゃねえか。それとも無意識の行動が奴の癪に触ったか?
どんなに気を付けていても、不意に人を傷付けてしまうなんて人間にはよくある。俺はあの失敗を経てそこに重きを置いていた。悪意無き小さな間違いが積もる事が一番恐ろしい。自分が気付かぬ内に壊れて行ってしまう。
「急に何言ってんだ。」
「……解らない、でもなんか。疲れる。」
「なんか、って何だよ。」
「知らない。なんか、だ!もう別々に行動する!」
「おい!」
「やっぱり隼人が良かった。」
隼人の名を出されちゃあ、もう切り返せない。固まる俺を置いて、ジョットは脱兎の如く走って行った。おい。俺は結局どうすりゃいい。
この転生した人生に正解はあるのか?とことん嫌われてんのか、俺は。
俺とジョットが死に別れてからもう何百年と経っているこの世。それに合わせ奴の感覚も心も変わっているのだろうか……、もう俺とは……。最悪の結末が「あの頃」の苦過ぎる人生と混じり合って頭の中をぐるぐる回る。
「Gさん何してるんですか?」
後輩共の群れから、ひょっこりと顔を出す綱吉が見えた。あれ、お前……。
「ああ、実行委員でしたっけ?」
近付いて来る綱吉の手にはチョコレートソースの徳用ボトル。
「綱吉、隼人と文化祭回るんじゃなかったのか。」
「……それなんですが。」
自嘲的な笑みを浮かべつつ、綱吉は続けた。
「店番押し付けられちゃって……回れないんです。」
最初口振りは静かなものだったが、声は憂いを孕んでいる。
「隼人君に言ったら相当ショック受けちゃって。どこかに行っちゃって。探したいんですけど……店から離れるわけにはいかなくて……。」
そうか、綱吉……お前も仲間か。いや隼人もか。何だか急に弟分達に親近感が沸いてくる。
半分冗談、俺は変わってやろうか?なんて言ってみた。
「本当ですか!Gさんがやってくれるなら、きっとみんな喜びます!お願いします!」
……。
「Gさんはやっぱり頼りになりますね!」
いや待て綱吉。俺ぁこの文化祭に掛けてんだ。冗談だぞ、冗談。
俺はな、お前がそんな簡単に仕事を放棄するような人間には思っていなくてだな──。
「うちはクレープで、出来たやつを手渡すだけでいいですから。こっちです。」
ああそうか。今日は文化祭。普段とは違う人間になるのは仕方ないってか。
持っていたチョコレートソースのボトルを手渡され、ついでに綱吉のクラスまで手を引かれる。──……「あの頃」から、俺はちっとも学習してない。適当な言葉を吐き逃亡不可能な状況を自ら作り出し勝手に追い詰められる。
過去に行ったジョットへの行いから俺は自分を悪鬼だとは思っているが、綱吉の頼みを断る程の魔王ではない。
否、綱吉のクラスメイトにビビられながら金とクレープを交換する作業は大変酷だ。
早く帰って来い、と願っていると会いたくない奴が教室を横切るついでに俺に気付いた。
「騒がしいと思ったらお前だったか。」
雨月……。こいつは確かクラスの店番だった筈だ。
ちなみにうちの出し物は"楽しい保健体育を学ぼう"という青春期悪ふざけ講習会である。女子生徒がナース服を着て避妊の仕方を教えてくれる最底辺パビリオンだ。
真面目な雨月だ、そんなもんの当番絶対やりたくなかっただろうが頼まれたら断れない性分、仕方あるまい。
「当番終わったのか。」
「今さっき。それより、どうしてお前は一年のクレープ屋を手伝っている?」
「俺が聞きてえ……。」
「では抹茶バナナを。」
「食うのかよ。」
雨月にモノを渡すと、流石に空気を読んだか後輩達はもう手伝わなくていいです、と頭を下げて来た。癪だがこいつに助けられちまったな。
「G、女生徒が行かないでと眼で訴えているぞ。」
「俺ぁ何も見えねえ聞こえねえ。」
よし。ここからが本当の本当の本番だ。もう邪魔するものは……。
「そういえばジョットは?」
……しまった、こいつの特技は空気が読めない事だった。クレープ頬張りながら簡単に言いやがって。
「どっか言っちまったよ。俺といると疲れるってな!」
吐き捨てるように言うと、雨月は眼を丸くし口の動きを止めた。
「疲れる?」
「ああ。」
じゃあな!と俺は雨月から離れた。正直話してる暇はねえんだ。早くジョットを探してその先の壁を超えなければいけない。絶対にだ。
「疲れる……と。意識し過ぎてるだけなのではないかと思うでござ……、思うがなあ。」
雨月と別れてから、ナックル、ランポウ、アラウディと会ったがジョットの目撃情報は得られなかった。
校内にはもう人が集まって来ていて、どこに行っても通りにくく視界も悪い。俺はそれでも人混みを掻き分け奴を探した。
またあんな後悔はしたくない。
四方を見渡しながら一階を歩いていると、突然何かが足に引っ掛かり壮大に転んだ。
「いって……。」
「何をしているんです、実行委員さん。」
顔を上げれば、段ボールで出来た鎌を持つ変態がいた。
「お前ついに死神になったか。」
「阿呆な事仰らないで下さい。妹のクラスのお手伝いです。」
起き上がって、教室を確認すれば一年C組。確かにデイモンがいるのはおかしかった。
そのままドアの前に立っている看板を確認すれば、お化け屋敷と書いてある。
「貴方また、あの阿婆擦れの尻を追っ掛けているんですか?」
「阿婆擦れ言うな、変態。」
ヌフフと笑う姿は妖怪極まりない。
「懲りませんねえ。」
「当たり前だ。」
デイモンは被っていた黒のフードを取る。そしてその作り物の鎌を、俺に向けた。段ボールにアルミ箔を貼っており、日差しを受け妙にギラギラ光っている。
「烏滸がましい限りです。」
「は?」
俺の元守護者として発言しているのか──だがその見下したような目付きはボスに向けるものだとは思えない。
「というか、愚かしいです。貴方、罪を悔いるとかいって自分が救われたいだけじゃないですか。愛されたいだけじゃないですか。どうして彼女を自由にしてやらないんです?何故彼女に恋愛の自由を与えないんです?……僕には不思議でなりません。貴方の、その勢いはどこから?彼女に必ず愛されるなんて、──この世界にはないのに。彼女が僕達のように記憶を受け継いでないのがその証拠ですよ。どうです?いい加減彼女を解放してあげましょうよ。人の迷惑考えない、善意と好意の押し付けは一番迷惑で罪です。無知からなる驕りだと僕は思いますがね。」
鎌が俺の首を捉える。デイモンは守護者としてではなく、人として俺に忠告しているのだ。
俺達はもうボスでも守護者でも………自警団でもない。ただの個だ。前世の記憶に縛られるなど、有り得ない。というかあってはいけない。
「……………なぁんちゃって。」
鎌が下ろされる。いつもの怪しい笑みを浮かべるデイモンに戻ったのを確認したが、心が乱されどう反応していいのか解らない。
こいつはいつだって、言葉の鎌で腑を裂く。
「デイモン……。」
「個人的な意見を申しただけです。お気になさらず。」
「気にするわ、変態。」
「だから気にしないで下さいってば。ほらほら客の邪魔になってます。とっとと消えて下さい。」
フードを被り直し、看板を見て入ろうか迷っている生徒にデイモンは寄って行ってしまう。言うだけ言って逃げやがって。
……仕方無く、俺もそこを離れジョット探しを再開した。
走り回った甲斐もあり、ついに俺はジョットの姿を捉える。
大声で呼ぼうとしたが、奴と向かい合っている隼人の横顔も視界に入り言葉を飲み込んだ。
屋上に向かう階段の踊り場、人払いには丁度いい場所、シチュエーション、まさかこれは。だがあっちは俺にまだ気付いていない。
雑踏も小さく、二人の声は真っ直ぐ俺の耳に入ってきた。
「すみません、貴方のお気持ちには、答えられません……。すみません……。」
一瞬で理解する。ああそうか……、ジョットの奴、ついに隼人に告白しやがったんだ……。
しかし隼人が奴に返したのは断りの意志。安堵してしまう俺は最低だ。
「そうか……。」
ジョットは表情を無くし、呆然と立ち尽くす。隼人と綱吉が思い合っている以上、こうなるのは眼に見えていた……。
「あ。」
隼人が俺を見つけ、眉を潜めジョットから走り去って行った。奴も俺に気付き、怒ったような戸惑っているような顔を向ける。
「なんで……なんでお前がいるんだ!」
俺を見た途端、その顔が崩れぼろぼろ涙が溢れ出す。いや、違う、と弁明しようとしたがジョットのそれは止まらない。
更に俺に近寄り、手を上げ、俺の頬に向かって──。
「!」
素晴らしく大きな快音が踊り場に響く。
「だからお前は嫌いなんだ!!」
びりびり頬が痛む。ただの痛みではない。ジョット自身が今さっき受けた失恋の傷、恥が今の威力を生み出したのだろう。
それと、受けた俺自身が大なり小なりショックを感じていたからに違いない。女とは思えぬいい平手打ちだった。
八つ当たりに近かった。でもこんな風に激情を向けてくれるのは初めてだ。「あの頃」でも、そんな事は無かったから。
ならば俺も直球で迎え撃つ。
「……俺はお前の事が好きだ。」
「……は!?」
俺を叩いた手を掴み、引き、その小さな体を掻き抱いた。
「離せ!」
俺の腕の中でもがくジョット。こいつからすれば全力なのかもしれないが、男の俺からすればただもぞもぞと動いているだけ。
「嫌いだ、お前なんか!嫌いだ!!」
「………知ってる。」
"お前"が俺の事を良く思っていないのは知ってる。幼なじみで、今の歳まで片思いをしていた。
それは「ジョット」も思い知らされてきた事だ。あの頃と、俺達は立場が逆転している。
「でも俺は好きだ。ずっと好きだった。」
もう一度言えば、ジョットは体の動きを止めた。じっとして、俺の胸に寄りかかって来る。
しばらくそのままでいると校内の雑音が大きくなった気がしてならない。
僅かばかり腕の力を強めた時、ジョットが一言、発した。
「……うそつき。」
背筋が凍る。体の中で冷たいものが通り過ぎた。だってその台詞は、その台詞は……。あの時、ジョットが、俺に───。
「お前はうそつきだ。」
頭がぐちゃぐちゃで、嫌な思い出がフラッシュバックする。俺はまた拒絶されたのだ。
硬直する俺からジョットは腕を抜け後ずさりし離れる。顔を見れば「見た事ある」眼差し。
「お前──。」
まさか、とその事態を予測した。有り得ない事じゃない。俺や他の守護者には"あった"のだから、ジョットにだって……。
「ジョット、本当は、記憶が……。」
「………あったよ、G。」
息を飲む。じゃあ今までは何だってんだ。知らない演技。その上で俺を嫌い、隼人を好きだと言っていたのか?
「……申し訳ないがG。私がお前を拒絶する理由、解っているんだろう?解った上で私に好きだの言うのか?」
「ジョット、頼む待ってくれ。どうして演技なんかしてた?そんなに──。」
「それも含めて。」
ジョットは睨むように俺を見つめる。
「何事も無かったように私に好きだというお前は、私にはひどい男に見えたよ。」
「違う、違……。」
「また"違う"か、G。私が死ぬ時も言っていたな。……お前の都合に合わせて私はお前を愛さなきゃいけないのか?私を拒絶して、傷付いて勝手に罪悪感を感じて。死んだらもう一回?私はお前の人形か?………はっきり言おう。今のお前は、大嫌いだ。私の尊敬するボスでもない。」
ジョットは服のポケットから、大空のリングを取り出した。
俺に投げ、さらに続ける。図星過ぎて俺は反論する権利もない。
「これを交換して、どうするつもりだ?これは私とお前が、部下とボスという証じゃないか。なぜ棺にまで入れた……!」
ジョットの眼から涙が溢れ出す。俺が一番見たくないものだ。それなのに、止め方を知らない。
何をすればジョットが泣き止むのか、喜ぶのか。今になって何も知らなかった事を実感する。
あんなに長い時間を共にしたというのに。相手を理解しようという気持ちが無かったのだ、俺には。
……そうだよな。理解出来ていれば、そもそも見合いなんてさせなかった。
ジョットの為、ジョットの為とやってきたのは全部自分の為。気付かないふりをして眼を反らしてきた。
でも俺はまたこの世に生まれ、変わろうと思ったんだ。少しだけでも。拒絶の言葉だけじゃなく、ちゃんと心を伝えられるような男に。ボス、友達、幼なじみ、家族。どんな立場でも揺るがない男に。
「……指輪を入れたのは、お前に贖罪の気持ちからだ。どんなものを表すかじゃなくて、ただ純粋に、大事なものをお前にあげたかった。」
「……。」
「お前が俺を許せないのは解る。でも俺は、お前の事を"ずっと"好きだった。嘘じゃない。見合いだって、俺と結婚したら不幸になっていたから。」
気がつくと俺は、淡々と、声を垂れ流していた。ジョットが聞いてくれたのは奇跡だろう。
「だってマフィアだぜ?しかもボスと右腕だ。普通の夫婦にゃなれねえし、家族も作れない。例え子供を作っても汚ねえ仕事を継がせる事になる。……………お前を不幸にする。」
「……そんなこと!」
あれ程俺を睨み泣いていたジョットが怒りという表情を失い、側に寄り俺の頬に指を伸ばす。
俺自身も泣きそうな顔をしていたんだろう。こんな自白、「俺も大変だったんだ」と言い訳しているようで情けなかった。
否、何故「違う」と言ったのか、正直に話すべきだと思ったのだ。
何も考えずに、突き放してきたわけじゃないんだ。俺はずっとお前が好きだ、それだけを考えてきてしまった。だから周りの事もお前の事も見えなくなってしまったらしい。恐怖から盲目になってしまったこの眼は、ジョットが死んで、やっと沢山の事が見えるようになった。
「………やっぱり大嫌いだ。」
悔しそうな、辛そうな顔をするジョット。俺はもう一度抱き締めたくなり、近寄る。
「そんな事を言われたら……お前を責められないじゃないか……。」
「悪い……。」
「元はといえば私の押し付けがましい愛情から。……私を恨んでくれればよかったのに。」
「恨む理由なんかねえよ。」
俺だけに情を注いでくれたお前を、恨む必要などあるか。隼人が好きだと言ったのも、俺を諦めさせる為だろうとも容易に想像出来る。
でもそのおかげで、追う立場というのがよく解った。先が見えない片思いというのは、不毛とも自虐してしまう行為。
その荒涼たる一帯に草一本生えさせる事など奇跡だ。こちら側の思いが強くとも相手側が拒絶するならばそこで終わる。努力だけでは実らない地なのだ。
「……ジョット。」
「……。」
「本当に。」
「……。」
「俺の事が嫌いか。」
奴は唇を咬み、両眼を右手で隠し、悩むような仕草をする。
「……また、そう言うのか。」
指の隙間からは光る雫が見えた。
「答えようがないだろう。」
そっとジョットを抱く。優しく、何も傷付ける事も無く。
「………あのな、ジョット。」
抵抗もせず、体を預けて来る奴に、静かに語りかけた。
あの頃、お前にして貰った沢山が嬉しかったと。
流行りの服を見せに来るお前が可愛かった事。
お前が作ってくれた料理が食べたくて仕方なかった事。
お前に誘われても断り、待ちぼうけにさせていたレストランに本当は行っていた事。
一つ一つ、謝りながら話す。
終わる頃にはジョットの腕が俺の背中に回り、初めて抱き合ったと言ってもいい姿になっていた。
「お前が幸せになればそれでいいと思っていたけれど、それじゃ駄目な事が解ったよ。お前が幸せになるには、"お前が望む幸せ"を叶えてやらなきゃ駄目なんだな。」
死んでやっと見つけた答えだ。ジョットに心身共に傷を負わせ逃げ続けて来た事実から俺は眼を反らさない。
受け止めて、今度こそこいつを幸せにする。
「……それがお前の幸せ?」
「そうさ。」
「ならば私の考える幸せと一緒だ。」
ふと奴が顔を上げ、視線が交わる。
ジョットの手が背中、腕を辿り俺の手を掴む。俺も下に降ろせば、自然と指を絡ませ深く重なった。
………そして、ふっ、と自然に、笑顔が見えた。
今まで俺はその顔が見たくて、見たくて、見たくて仕方がなかった。仕方がなかったんだ。
「……行こうか、G。」
あれ程言っていた好きだとか、愛してるだとか。
本当に言わなきゃいけない時には出て来ないものなのだと知った。
相手が自分と同じ心になれたのがただ嬉しく、心臓が跳ね、普段通りの呼吸もままならない。
「ああ……。」
「私も、Gに話さなきゃいけない事があるんだ。」
手を繋ぎ階段を下りつつ、ジョットも同じくあの頃の話をしだす。俺はこいつの「本当の言葉」を聞きながら、何度も手を強く握った。
***
手を繋ぎながら歩いている(実行委員だから見回りだと言っておく)と、前から女を複数人連れたランポウが歩いているのが見えた。
こちらに気付くと驚いた表情をし、女を放り慌てて駆け寄って来る。
「な、なに?どうしたの二人?」
思えば、こいつは俺とジョットの間をよく駆け回っていたな……。
信じられない!と言うランポウとジョットは眼を合わせられない。恥ずかしそうに俯き、俺の手を少し強く握った。
「付き合う事になったんだよ。」
「うっそ!うそだあ!」
「嘘じゃねえよ。」
「だってジョットは……。」
「……記憶なら、とうに戻っていたよランポウ。す、すまなかった……。」
その告白に絶句する。声も出せず戸惑っていた。俺とこいつの間柄をよく知っていたのはランポウだ。
故にまだ本当なのか確信を持てないのだろう。
「…………ありがとうな、ランポウ。」
空いている手で、緑色の頭を撫でるジョット。やっと眼を合わせ微笑んでくれたのに感動したのか、ランポウの眼が潤み始めているのが解った。
「よ、よか……。」
「おやおや、やっと鞘に刀が納まりましたか。」
この変態声は……と背後を見るとやはりデイモンの顔が側に。
離れろ、と言う暇も無くまた違う声が聞こえた。
「安心したぞ。」
「ようやく片付いたか。」
「雨月!ナックル!」
「………本当、君達って面倒。」
「アラウディ……。」
取り囲む守護者共。畜生こいつ等、絶対さっきの階段での話聞いてただろ……。というかこの空気が生温くくすぐったい。
祝福?する奴等に、やめろ離れろと言うも意味は無い。
俺も恥ずかしくなってきてランポウの頭でも殴ってやろうかと拳を握ったその時だ。
「……皆、悪かった。面倒を掛けてしまったな……。私は大丈夫だし、Gも大丈夫だ。……もう嘘を付くのはやめにした。」
『うそつき』、ジョットは俺に言った。その言葉と受けての心境はこれから忘れる事は無いだろう。
……俺もそうだ。もうその場を凌ぎ、身を守る為の嘘は言わない。
「昔のようにやろう。私が入れ墨を入れる前のような。」
「ではまず、Gにボンゴレを継いで貰わないと。」
「そうだな。」
笑う必要も無い話だったのに、俺達は揃って、小さな笑みを浮かべる。
時間にすれば、ケリを付けるのに何百年も掛かったジョットとの関係。
ただ簡単な事を言えば、すれば良かったのにこんな時間が経ってしまった。
……きっと俺達はもう、生まれ変わる事は無いだろう。
時間を犠牲にして、この結果を得たのだ。ならばこの後の、限られた時間を悔いなく過ごそう。
ジョットの手を離さないようにして。
ジョットの言葉を聞き逃さないようにして………。
終
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Gプリ♀、立場逆転パロの続き。 | ||
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