愛別離苦3 |
波乱の青春期から四年が経ち、二人は二十二歳になっていた。
Gは現代のボンゴレを継いだが、ジョットは嵐の守護者にならず秘書に留まっている。それもG自身の望みで、彼女も了解した。
しかしここで新しい問題が浮かんだのがお解りだろう。嵐の守護者が空席なのだ。さてどうするか。首脳達は考える。
その末、白羽の矢が立ったのはジョットの妹、綱吉。
炎の性質もよく似ていたし、嵐には申し分ない力を持っていた。
綱吉も生涯自分が何をしたいのかまるで解ってなく「まあいいか」と話を進めようとするが、大声で反対を叫ぶ男がいたのである……。
「俺は反対です!綱吉さんがやる必要なんてないじゃないですか!」
言わずもがな、綱吉の恋人獄寺。
彼もGの弟として手腕を振るっているが、この件に関してはボスにも、綱吉にも抗議をした。
「やりたい事が見つからないからってやる仕事じゃないですよ!」
「でも本当、やりたい事ないし……、ボンゴレなら知ってる人たくさんいるしさ。」
「綱吉さん!嵐の守護者について理解してらっしゃいますか?」
「そこそこ。」
「戦いがあったら先陣きって戦わなきゃいけないんですよ!」
「ぶっ飛びすぎだよ。つか抗争なんてないじゃん、今のボンゴレ。」
どうも綱吉は事の重大さを解っていない。
確かに彼女の言う通り、今のボンゴレは自警団に徹しており路地裏で銃撃戦など、マフィアにありそうな戦いは無い。きっと大半がデスクワークだろう。
それでも、ボンゴレの歴史から「戦いは無い」とは断言出来なかった。獄寺はいつ起こるか解らないそれを危惧している。
「ああもう結婚しましょう!そして専業主婦になって下さい!そうしましょう!」
「え?……俺、家事出来ないしなあ……。」
「出来なくていいです!俺がやります!」
「そりゃ無理でしょ。」
付き合ってはいるが、二人はまだ若く結婚まで踏み込んでいない。この機会に、と獄寺は叫んだがあっさり断られ地に沈む。
「ごめんね。俺も一度社会には出ようと思ってるからさ。もうちょっと経ったら結婚しようね。」
綱吉に頭を撫でられ心を落ち着かせようとするも、獄寺の悲しさ、怒りはどうにもならない。
涙目を光らせ、彼女の胸の中で泣いた……。
はっくしょん、とくしゃみが一つ響く。
「どうしたG、寒いのか。」
「いや平気。」
隣のジョットにそう返しながら鼻を啜るのは我らがボス、Gである。
ただ今の状況はドン・キャバッローネと会食の為、車での移動中。
「誰か噂してるのかもな。」
「いい噂だといいが……。」
口を抑える左手薬指には銀の指輪。ジョットにも同じく嵌められている。
実は二人の結婚式も控えていた。ボンゴレのボスという事で盛大に行われる予定であり、準備は一ヶ月前の今から進められるも順調。邪魔するものは何も無かった。あるとすれば時間のみ。
毎日側にいるジョットにGはただ嬉しく、今よりもっと幸せにしてやりたいと思うのだ。
「そうだG。」
「ん?」
「嵐の守護者の事なんだが…………。」
彼女も元守護者として、気にはしていたらしい。
Gもその問題は知っており、もう「結論」に到達しているのか難しい顔一つせず彼女に応じた。
「ああ、それは──……。」
瞬間、急ブレーキが掛かり車内が揺れる。
「わっ……。」
倒れ込んでしまったジョットを支えつつ、Gは鏡越しに運転手の部下を睨んだ。
「何やってんだ、気をつけろ。」
「はい……その……。」
「なんだ。」
前を向けば、手を広げ眼前に立つ──コザァートがいた。
思いがけない友人の登場にGは声が出ない。しかしジョットはぱあっと顔を明るくし、Gの包容を解き車外に飛び出した。
「おい、ジョット……。」
追うように彼も仕方なくドアを開ける。
「久しぶりだなコザァート!」
「やあジョット。」
古い友ともあり(どうやらコザァートも"あの頃"の記憶を持っているらしい)、二人は躊躇い無く抱き合う。
(……。)
Gもする行為なのに、何故だかその時だけが苛立ち心がざわついた。G自身もよく解らず、「久しぶり」という言葉すら出てこない。
それでもコザァートに近付き笑顔で取り繕った。
「どうした、急だな。」
「驚かせてすまない。……ちょっと二人にお願いがあって。」
「お願い?どうした、コザァート。」
くっついたままのジョットが気に食わない。コザァートの方から体に回していた腕を解く。こればかりは空気を読んだのかもしれない。
そして真面目な顔にして、ジョットとGに言った。
「実は……君達の結婚式を延期にして欲しいんだ。」
「は?」
二人は声を揃え眼を点にする。祝福してくれるだろう友人に、こんなお願いをされるとは夢にも思わなかった。
「な、なぜ?」
「……少しばかり面倒な組織が動き出していてね。そいつ等が一ヶ月に大きな事件を起こしそうなんだ。」
コザァートも組織の長。ボンゴレと永遠の同盟関係を誓っている。それ故に心配なのだろう。
「一ヶ月ってのが、どうも君達の結婚式に合わせてるとしか思えなくて。」
確かに、ボスの結婚は継承式に継いで大きなイベントかもしれない。だから的になっていると、コザァートは語った。
「どうする、G。」
だがGはいくら言われても延期しようとは考え無かった。ここでまたタイミングを逃したら、ジョットと一緒になれない気がしたのだ。
「その──面倒な組織ってやつを、先に叩く事は出来ねえのか。」
「今全力で叩こうとはしてるんだけどね。そいつら横の幅だけは広くて。どいつが主犯なのかはまだ調査中。」
組織の為に、私事を二の次にするのはボスとして当然の事。されどGには、どうしても踏ん切りがつかない。
黙るGに、コザァートは「考えといて、今週中に」と言いあっさり去って行く。先の言葉の通り、忙しく走り回っていたに違いない。
車に戻り、Gは溜め息を着いた。
(神ってマジでいねえんだな……。)
どうしてこうも邪魔するのか。あからさまに気落ちしている彼を見かね、ジョットが静かに進言する。
「仕方あるまい、結婚式などいつでも出来るし……。」
「いや駄目だジョット。こういうのは計画通りやっとかねえと……、後回しになって結局やらねえんだ……。」
「でもそれで大変な事になったらどうしようもないぞ。」
「解ってんだけどな。俺はどうしても、お前と式を挙げたい。」
ゆっくりと車は動き出し、目的地へと向かう。
「嵐の守護者の件だってあるだろ?そこではっきりさせようとも思ってたんだ。」
「はっきりって?」
「俺の嵐の守護者は──……。」
約束の時間に間に合いそうになく、部下はアクセルを踏み加速させる。
風を切る音にGの言葉は掻き消されたが、ジョットにははっきり聞こえた。
「……そんな。」
「もう決めた。」
Gは彼女を真っ直ぐ見つめ、その揺るぎない覚悟から生まれた決断を伝える。
****
その明後日、執務室で業務をこなすGの元に弟がドアを荒々しく開いて入ってきた。眉間に皺を寄せ、怒りとしか思えない表情。
「どうした隼人。」
「……あんたに頼みがある。」
「なんだ。」
「……結婚式を中止しろ。」
は、とGは呆然とする。まさか弟にまで言われるとは。
「延期じゃねえぞ。中止だ。未来永劫行うな。」
「てめえ何言ってやがる。」
机に両手を置き、顔を前に出し、隼人はGに迫るように近付いた。
その眼はぎらぎら光り、止められるのはきっと綱吉のみだろう。
「……嵐の守護者の件だよ!」
「ああ。」
「ああ、じゃねえ!結婚式で正式に綱吉さんを守護者として認めるんだろ!許さねえ!断じて!俺はお前の結婚を全力で阻止する!」
「人の結婚式をテロみてえに言うな!」
睨み合う兄弟。Gの考えをさっさと伝えてしまえば済む問題を、結婚式にまで先延ばしにしてしまったせいだ。隼人もここまで怒る事は無かっただろう。
「……お前それ、俺の妻の前で言えるか?」
「……う……。」
Gのたった一言で、彼の勢いは沈められた。隼人のピラミッド思想における頂点は勿論綱吉だが、姉のジョットはその僅かばかり下にいる。Gが底辺なのは置いといて、彼女は嫌われたくない一人なのだ。
そしてGにとって、隼人が繰り出す武器を完璧に防げる最強の盾。頭を抱え、見るからに悩み出す愚弟を眺めGは勝利を確認する──が。
「いっ、いっいっ、いぃっ言ってみせる!綱吉さんの為に!」
「おぉ?。」
Gはわざとらしく驚く。更に椅子から立ち上がり、隼人の隣まで歩み寄り肩を抱き優しく叩いた。
「たくましいなぁ、オイ。やるなあ。お兄さんびっくりして眼ん玉飛び出ちゃった。さあ言ってくれ隼人くんよぉ。」
「あ……?」
愚兄がちょいちょい、と背後を指差す。
まさかと隼人の顔が青くなる。首をゆっくり回せば……。
「じょ、ジョットさん……。」
「隼人じゃないか。」
偶然にも、執務室のドアを開けた兄嫁がいた。きっとGは超直感で感じ取っていたに違いない。
「どうした?兄弟仲良く肩など組んで。気持ち悪いぞ。」
にっこり笑いながら持ってきた書類をGに手渡す。仕事スイッチが入った二人の横で隼人は脂汗を流す。
ああ啖呵は切ったものの、いざ目の前にすると声すら出て来ない。
言えた所で、綱吉にバレて嫌われてしまうのではないかという心配もあった。
いやいや、俺、よく考えるんだ……、隼人は頭を裏返しして我に保つ。……嫌われて守護者にならなかったらそれでいいではないか。
今の彼にとって、綱吉がGを守る立場になる事が一番恐ろしい。
「……じょ、じょっジョットさんあの。」
「ん?どうした隼人」
つぶらで淀み一つ無い眼が向けられる。綱吉とよく似たそれに自分が映っているのを見て息を飲み込んだが、後ろで半笑いな兄に気付きようやく心を決めた。
「結婚式をっ結婚式をぉっ中止して頂けませんか!!」
「いいぞ。」
「そうですよねすみません……え?」
てっきり「やだ」と言われると覚悟して反射的に謝ってしまったというのに、ジョットは口角一つ上げず当然の如く許可した。
「え?あ?中止ですよ、やらないんですよ?」
「構わないさ。私も結婚式は必要ないと思ってるから。」
「……ちょっと待て。」
喜び天使が頭上で舞う隼人とは逆に、Gに悪魔が肩に乗る。
彼もジョットが拒否すると信じていたのだ。
「ジョット、俺は言ったよな。結婚式はやりたいって。」
「そうだなあ。」
「そうだなって。」
「コザァートが言ってた事もあるし、結婚式はやらない方がいいんじゃないのか?」
ここまで乗り気じゃない花嫁なぞ世界にいるか。
女の一般的な夢というのはお嫁さんという奴で、結婚式でウェディングドレス、お色直しで幸せの頂点を外野に見せつけるのにある一種の快感を得るのでは無かったか……!
Gは過去の事もあり気持ち悪い程「結婚における女の幸せ」を調べ上げていた。
"あの頃"、女としての誇りや楽しみを奪ってしまったのだから、せめて現世で女が思う幸せを全て実現させてやろうと誓った末路である。ベクトルが斜め上、いや斜め下に落ち込んでいるような気がするが。
「どうやら結婚式やりてえのはあんただけみたいだな。」
隼人が緊張から脱し、腕を組み勝者の笑みを浮かべる。されど小生意気な愚弟を睨み、Gは高らかに宣言した。
「俺は是が非でも式は決行する!誰にも邪魔はさせねえッ!!」
「そりゃあな、嬉しいよなあ。一度ズタズタ、ボロ雑巾にして手放した女とやっと結ばれたんだもんな。そりゃ嬉しいよな。」
「……てめえ。」
結婚式強行前夜、トイレで滅多に現れない晴れのアルコバレーノにGは出会った。横並びし、奴は悪意ある言葉を投げて来る。
「だがよ、明日は本当にやべえぜヘタレ。下手すりゃ花嫁諸共バーン!……だぞ。」
「……。」
「別にいいじゃねえか式なんてよ。減りも増えもしねえんだから。お前はファミリーのボスだぞ。俺がお前の部下で、明日簡単に殺されちまったら爆笑するしかねえよ。一流の俺が言ってんだ、結構マジだぜ。」
彼がここまで言うのだから、事態は悪化の一途を辿っているのだろう。コザァートから良い連絡も無かった。
それでもGは顔色も変えず、ただ一言「予定通りやるさ」と放った。それにはリボーンも呆れて物も言えない。
「俺は知らねえぞ。また"死んでも"。」
押しの一手。彼もパラレルワールドに生きる鍵の一人だ、Gとジョットに起きた事件を知っている。
「アルコバレーノの立場から言うとな、お前にもう次はねえんだよ。そういう約束で、記憶持って転生出来たんだから。今度死んだらお前達は永遠に会えないし結ばれない。お前の嫁だけじゃねえ。守護者共もだ。永遠に無限軸の中をさ迷う事になるだろうな。それでもいいのか。」
「構わねえ。」
一息入れず、彼は答えた。淀みなど無い。一瞬の煌めきに全てを賭けるなど愚かだと解っていたが、どうしても止められない。
「……あっそ。」
もう注意をする気にもならず、隣から気配が消えた。リボーンなりの気遣いも、Gには無用だったようだ。用を足し、彼もお手洗いを出る。
………ノブには「清掃中」のプレートが掛けられていた。
*****
「奥様よくお似合いで!」
「そ、そうか?」
控え室で花嫁衣装に着替え、頬を染めているのは勿論ジョットである。
今日はついに婚礼の日だ。あれだけGが強行すると言ったせいか、予定通り行う事になってしまった。だがいざドレスに袖を通して見ると……。
「しかしあれだなぁ、ティントレット。私には過ぎた衣装だな。」
「何を仰います。ボスが一カ月前から当店に通い詰めご指示なされた一品ですよ。奥様の為だけに生まれた如くのドレスでございます。」
「……相変わらず口がうまいな。」
服に散らばる細かな宝石は値段を考えてしまいそうなので見えていないふりをする。
側女に化粧をさせつつ、横でいかにこのドレスが素晴らしいか説かれると安易にGの笑顔が想像出来てしまう。恥ずかしいったら無かった。
……いやいや、そんなのより今日の式の事。コザァートが注意しろと言っていた奴等、そして隼人。
まあ前者は本気で心配しなければならないが、後者は……特に気にする必要は無いだろう。
まさか義理の弟になる人間が本気でこの式を阻止しようなどとは思うまい。
「ジョット様、式次第です。」
「ああ……。」
側女に今日の予定について説明をさせようとしたその時だった。ノックもそこそこに控え室のドアが開く。
ジョットは鏡の前に座っていたので、入ってきた彼、Gの部下・ロクサスにいち早く気付いた。
「どうした?」
「突然失礼します、G様が何者かに連れ去られました。」
「は?」
彼があまりに淡々と言うので本当なのか解らず混乱する。今日の主役だぞそんなのあり得るのか、と。
「……本当か?」
「本当です。あ、すみません言い間違えました。何者かではなく獄寺様です。」
「はあ?」
ロクサスはスマートフォンを取り出し、ジョットに向ける。
『獄寺です。本当にすみませんジョット様。俺は絶対に綱吉さんをこいつの守護者にしたくないんです。無礼な事とは解っておりますが、今日一日、Gを誘拐します。明日の朝にはそこら辺に解放しますので。それではまた。本当に申し訳ありません。失礼します。』
音声はそこで途切れ、ジョットを呆然とさせた。
一番やらないと思っていた奴に行動に起こされるとは……。意表を突かれ、しばらく声が出せなかった。
「……ロク、逆探知は?」
「出来てます。如何なされますか?明日解放するっつってんだから俺は放っといてもいいと思いますがね。」
息を着き、頭を抱えるジョット。
……それでもいいのだ、多分。
式は中止しろと言われていたわけだし。しかし彼女の頭に、先日のGが浮かんだ。結婚式をやりたいと必死に訴える夫の姿。
「……仕方あるまい。式まであと二時間。それまでに何とかしようじゃないか。」
花嫁が花婿を救出に行くだなんて、普通逆ではないか。
「……手間の掛かるボスだ。」
これも「部下」の最後の仕事として、ジョットはその衣装のまま控え室を出た。
Gの意識が段々と浮上し、視界がはっきりしてくる。確か俺は、教会の控え室でネクタイを締めていた筈──と遠い昔のようについ十分前の事が脳裏に浮かび勢いよく起き上がった。
「!」
すると低い天井に頭をぶつけ、悶絶しながらここが車内という事に気が付く。
運転しているのは見た事ある、いや毎日見てる灰色の髪。我が弟。Gは一瞬で理解した。
「ちっ、もう起きたか。」
「隼人てめえ!本当に……。」
後部座席から掴み掛かろうとするも両手を縛る手錠、体に巻き付いたガムテープに阻まれる。
「お前!何やってんのか解ってんのか!ああ!?」
車は並盛町のどこかを走っているとは予想するがどこに行くかは解らない。
Gは狂犬のように吠える。本当に弟がこんな手段に走るとは思って無かったのだ。
「……俺にはそれぐらい綱吉さんが大事なんだ。あんたにだって解るだろ。」
「おいおい、だからな隼人。俺は─……いてっ!!」
急ブレーキが掛かり、Gの顔面が運転席の背に激突する。幸い鼻血もなく、花婿衣装を汚す事は無かった。
それより、何に止められたが問題だ。
「……デイモン?!」
デジャヴを感じるGと隼人の前に立っていたのはコザァートではなく、デイモン・スペード。
すぐに運転席横の窓に寄り、開けろと叩いた。……そこで当然の如くGの超直感が働く。
「開けんな、隼人。車出せ!」
「そのつもりだ。」
隼人の足が思い切りアクセルを踏む。デイモンをあっという間に米粒にする程の距離が開いた、と思ったのが大きな間違いであった。
「まったくひどいですね。あなたの血筋は乱暴だ。」
いつの間にか後部座席には、その癖のある喋りをする男の顔が。霧が集まり、完璧に奴の体を形作った。
「てめー何入ってきてんだよ。出てけよ。」
「車内で手錠プレイしてる貴男に言われたくないです。お手伝いしましょうか?」
「あんた今日式に呼ばれてないだろ。」
隼人が会心の一撃を繰り出す。それはデイモンの胸の中心を貫いた。
「そうなんですよ。ひどい話です。」
「普段の行いから考えてみろよ。当然だろ。早く帰って寝てろ!」
「……だから僕考えたんです。」
「話を聞け、だから呼ばれねえんだ。」
「式を妨害してやろう……と思ったら先越されてちゃってるじゃないですか。貴男人徳無いんですね。」
「道徳無い奴に言われてもな。」
「だからだから、更に考えました。……これも邪魔してやろうって。」
「!」
隼人の視界が突然暗闇に包まれ、左右上下の感覚を失う。幻覚だ。
しかし隼人もGの弟。大空の波動を持つ人間だ。たかだが霧の幻覚など容易く打破出来──。
「隼人くん。」
「つ、綱吉さん……!」
眼前に愛しの彼女が現れた途端、景色が教会に変わる。言わずもがな、二人は婚礼衣装だ。
「隼人くん、早く誓って。」
「いやあの、ちょっと、あの……。」
これは幻覚だ幻覚だと脳に訴えても、あまりにも綱吉の情報が強すぎる。
「早く。」
「ねえったら。」
「早く。」
「君は俺と一緒になりたくないの?」
「早く。」
声が頭の中で反響し、隼人の思考を削り取ってゆく。
「結婚したいんじゃなかったの??」
「したいです!」
………呆気なく負けた。
同じくして轟音が響き、幻覚は一瞬にして晴れる。
彼の視界はヒビの入ったフロントガラスで一杯になってしまった。車は道路を反れ、電柱に激突したのである。脳と精神、体を動かす全てに衝撃が伝わって動けない。怪我が無い事だけが幸いだ。
その中ではっとし、ミラーに眼をやると、当然二人の姿は無かった……。
「花嫁ならぬ花婿争奪戦とは、奥様方の食指を反応させる素晴らしい響きじゃないですか。」
その事故車から数百メートル離れた、並盛商店街にある女子に大人気なカフェの裏に二人はいた。
騒ぎが大きなうちに、デイモンが錫杖で簡単にGに填められた手錠とガムテープを破壊する。
やっと自由の身になり、首を回しGは間延びをした。
「さてG、貴男は僕に借りが出来ましたね。ここからは……。」
「知るか。」
それからすぐ脱兎、いや脱虎の如し走り出しデイモンの度肝を抜く、が、想定していなかった訳では無い。
瞬時に魔レンズを取り出し、Gを補足する。こんな事は空気を吸うのと同じ事。霧に混じり再びGの前に立つのも朝飯前であった。
「待って下さいよう。友人を結婚式にも呼ばない、助けてくれたのに礼も尽くさない、貴男本当に義理ってものがありゃしない。」
「義理ってのはお前が使える言葉にしちゃあ高尚過ぎる。………どきなデイモン。俺は今日結婚するんだよ。何百年待ったと思ってる。何百年後悔したと思ってる。今日で全部清算するんだ。」
Gは胸元から匣を取り出し、展開させ愛銃を握る。
「おやおや、清算とは。」
彼も二つの兵器を携え、怯えもせず口端を上げた。
「貴男、僕にまた同じ事を言わせたいんですか?押し付けがましい好意は一番迷惑だって。」
「……なんでお前に押し付けがましいだなんて解るんだよ。」
「嫌みと、貴男を不安にさせたい一心で言っているので他意はありません。でも、当たってるんじゃないかと思っています。」
悪魔のようなデイモンが静かに、一歩一歩近付いて来る。反対、Gはとても穏やかな顔をしていた。怒りもなく、焦りもなく。
「いつになったらそのおめでたい勘違いをやめるんです?自分の幸せが、相手の幸せではない事を、貴男は知っていた筈じゃないですか。僕の言っている事、間違ってます?」
「間違いだらけだ。」
「いいえ正解ばかりです。」
霧が先に動く。歩くの止め駆け出し、錫杖を振りかざすが、下ろされる前に大空の銃が叫びを上げた。だが銃弾は霧の塊を突き抜けただけで、そのまま商店街の薬屋の看板を貫く。
再びGがデイモンの位置を補足する前に、背後に気配を感じる。霧の集合体はデイモンを形作り、Gの後ろを完全に取った。
背中合わせでどちらとも簡単には動けぬ状況を作り出す。
「ここ商店街ですよ。彼の事故で人は少ないですが、発泡はよくないです。」
「お前が当たってくれりゃ騒ぎにならなくて済むんだが。」
トリガーに指を掛け直し、Gが動いた、その刹那だ。
「……お前等、一体何をやらかしてるんだ………!」
二人合わせて眼をやると、すぐ側に花婿衣装のままのジョットが立っていた。肩からはその衣装に似合わない、大きめの銃を下げている。
多分、マシンガンというやつ。
そんな物騒なものを抱えている嫁に、婿は眼が点になる。しかも自分が選んだ衣装を着て……。
「お前なんつー恰好を……。」
「……グローブ使うと服が燃えるから、ロクに用意して貰ったんだ。」
ジョットの背後には、真顔でピースをする憎たらしい部下が見えた。彼はGの腹心の部下ではあるが素直で正直というわけではない。どちらかと言えば天の邪鬼で、Gの求める方向の逆側から援護をしてくる。
「減給だ……。」
「とにかく!そこに直れ!後少しで式が始まるんだ。人様に迷惑を掛けてどうする。」
機関銃が向けられ、二人は気持ち背筋を伸ばした。
「待てジョット!元はと言えば隼人とこいつだ!俺は今すぐ教会に戻りたい……。」
「全力で邪魔します。」
「てめえ!」
Gの発言中に横槍を入れ、独特の笑い声を上げるデイモンを見てジョットは呆れて息を吐く。銃も下ろしかけたそのタイミングで、邪魔者が悪魔の舌を再び動かした。
「いやですね、ジョット。貴女まさか自分に責任が無いとでも?大いに間違っています、ええ!元はと言えばですって?僕から見れば、元はと言えば元凶は貴女ですよ。Gが結婚式を強行する理由は、花婿がいつまでもネチネチねちねち過去を引きずってるからです。」
「わ、私?」
「そうですとも。貴女一回でもGに甘っちょろい言葉を囁きましたか?」
「……甘っちょろい言葉ってなんだ。」
「愛してるとかですよ、面倒ですね。」
「………。」
まさに悪舌。誰と構わず言葉を刃に変え攻撃する。きっと口ではデイモンに勝てる人間はいないだろう。
実体の無い刃は、どんな盾でも防げない。
「Gって男は、そういうのに敏感なんですよ。純情チキンなんです。まだ部下とか上司とかを拭えていない。………言の葉が少ない、男って奴は、違う意味で女より女々しくて鬱陶しくて面倒な生き物なのですから。」
「なに勝手な事を……。」
「でも僕はそんな馬鹿野郎を見ているのが楽しいのです!だぁから邪魔します!ヌフフ。」
この場にいる人間の間にだけ、沈黙が訪れる。遠くではパトカーのサイレンが聞こえた。長いようで、短いような時の流れ。式開始までは小一時間。
デイモンが空間を支配しようと再び唇を開くと同時に、がしゃんと耳障りな音がした。
それはGではなく、ジョットが銃を落として起きたもの。そして純白のドレスを握り、震えた声でGに問う。
「Gは、ずっと不安だったのか?」
聞かれて、すぐに答えは出てこない。そうなのかと聞かれたらそうなのかもしれない。
Gはここ最近の自分の焦りようを振り返ってみた。
「お前は私に女としての幸せだとか言っていたけれど……、罪悪感があったからなのか?」
無いとは言い切れない。
(俺はあんな事をした男だぞ。)
女としての幸せだとか、あの頃やれなかったからだとか。考えればその理由は全て──。
根元がはっきりして、再び罪悪感に陥るG。如何に自分が束縛欲が強く浅ましい人間だったと。
「ジョット……。」
「……私は、お前を愛しているよG。ずうっと好きだよ。」
今にも雫を零しそうな眼を真っ直ぐGに向けて、彼女は叫んだ。ジョットらしくないそれにはGは勿論の事、デイモンも驚いてしまう。
Gの知っている彼女といえば、喜怒哀楽が分かり難くて、感情を出す行為を恥だと思っている、部下という立場では素晴らしい人間。
でも女としては少し寂しげに見える人間だ。「あの頃」、Gがジョットを拒絶する前はとても柔らかい表情をしていたのに。
生まれ変わっても彼女がそこまで感情を出す人間には戻っておらず、一抹の不安をGに与えたという事実は否定出来ない。
否彼女とて何も思っていないわけではないのだ。どうにかして、何も無かったかのように笑えるよう努力はしていた。
鏡の前で、「あの頃」みたいに笑えるように練習した。……されど本番では、Gの前では筋肉が石みたいに固まりうまくやれない。
理由は知っている。きっと両思いになれたから。
「……ごめん。」
「お前が……謝る必要は無いだろ……。」
「ある。……もっともっと、ちゃんと伝えればよかった。笑えばよかった……。……G。」
白の衣装を纏ったジョットが、Gに近付いて行く。長い距離でもないのに、走って。
ついに距離が縮まり零になると、細い腕がGの背中にまで伸ばし密着して、もう一度同じ事を叫んだ。
「私はお前が好きだ。大好きなんだよ。お前が思っているよりずっと。……何も変わっていないんだ、あの頃から。」
Gの手から愛銃が滑り落ちる。夢か現か……Gは暫く指一本動かせず耳を真っ赤にして、この世の現実とは何か考え続けた。理性とも戦った。
全てが報われた瞬間である。実感してようやく腕が動き出し、抱き返して──。
「そうはさせませんよ、これじゃ僕が愛の仲介役になってしまいそうですからね。」
Gの視界に錫杖が入ってくる。彼の真後ろにいたデイモンが、その長いもので後ろから拘束にかかる。錫杖を横にして、Gの顎に引っ掛けた。
「……空気読めよ!」
「読めません読みません。さあ──。」
「邪魔するな!」
デイモンの体が、まるで綿が詰まった人形のように軽やかに回転しながら宙を舞う。そのまま落下し薬屋前のマスコットに体を激突させ、呻いた。
「あ、貴女……。」
解放されたGの前に立つは、赤い炎を手(グローブ)に宿らせた花嫁である。衣装がちりちり燃え、炎が飾りとなりその美しさを際立てた。
「何か吹っ切れたようですが、そんなもの僕には関係ありません!」
「私とGの結婚式の邪魔を────。」
「するな。」
デイモンに向かおうとするジョット。だがGの手に阻まれる。
「G、私が……。」
「今のお前は俺の妻。妻に戦わせる夫がどこにいるんだよ。」
「G……。」
「ああああああ虫酸が走ります!走り回って仕様がない!僕を式に呼ばなかった事、後悔させてやりますから!」
「……お前、友達いないだろ。」
「やあG!ジョット!遅れてすまない。結婚おめで──。」
それから一時間後。式が始まる直前、息を切らしたコザァートが控え室に入って来た。同時に衣装がボロボロな二人に仰天する。
「ついでに、例の事も鎮圧したのも伝えに来たんだけど……なんかもう一戦交えた感じだね。」
「すまねえなコザァート……式は予定通り決行だ。会場に行ってくれ。」
「ああ。でも二人共、着替えた方がいいんじゃないのかい?ジョットのドレスは燃えかすみたいだし、Gのスーツは泥だらけじゃないか。」
「いいんだ。このままやる。」
二人は顔を見合わせ、苦笑いする。
その全てが溶け合った、壁も無くなった笑みにコザァートは驚き、安心を覚えた。
「……ま、その方が二人らしいか。じゃあ、また。」
「ああ。」
友が控え室から出て行くと、ついに二人も会場へと向かうべく椅子から立ち上がる。勿論、お互い手を取って。
「…………長かった。」
Gがぽつりと漏らす。
「もっと、早くする事も、出来たんだよな……。」
「過ぎた事だ。」
一歩一歩ドアに近付いていく。
「……その。」
「なんだ。」
「ありがとう、ジョット。」
来世では、自分のような屑野郎とは出逢わないで欲しいと願っていたが、やはりジョットを求めてしまった。ジョットも、Gを求めてくれた。
何も間違いなく重なったそれが、"あの頃"とは決定的に異なる。二人はもう学んだのだ。
「じゃ、行くかG。」
「おう。」
例え今死んで、もう生まれ変われなくても。もう出逢え無くても。生きていく。
*****
「…………最後に言いたい事がある。」
式も終わりがけ、Gは参列者達に向かって宣言した。ああ、あの事か……と直感するジョットをよそに、どよめく人の波、そして彼がやっと現れる。
「さ……させるか!!」
教会のドアを無礼に観音開きさせたのは、ボロボロの隼人。
車が事故ったせいで、ここまで走って来たらしい。警察にもしょっぴかれ随分疲れている。それでも彼を動かすのは綱吉への愛。
そんな彼女は、隼人を見て呆然と、いや呆れていた。
「綱吉さんを……嵐の守護者にはさせねえ……!!」
バージンロードを勝手に進む隼人。
哀れな愚弟と対峙しGは頭を抱え息を吐くが、さして気にもせず隼人が来る前に高らかに宣言した。
「嵐の守護者は廃止する。」
隼人の足が止まる。
「……は?」
「俺の代は無しって事だが、未来的には完全に無くしたい。」
参列者の中に、その提案に誰も声を荒げる者はいなかった。
誰しもが、ジョットの為だと解ったからだ。「戦闘」の象徴でもある嵐を廃止し、マフィアとは徹底的に一線を引き自警団に戻そうという考えなのだろう。
「な……。」
力が抜け、隼人の膝が落ちる。慌てて綱吉が駆け寄って来た。
「隼人くん。」
「つ、綱吉さん……。」
「つー事で綱吉、お前は別にボンゴレで働かなくてもいいぞ。好きにしろ。終わり!」
しれっとGは言い、ジョットの方に向き直る。後ろでは弟達が号泣していた。
「………G。」
「なんだよ。」
心無しか照れくさそうなGに、彼女は優しく笑いかける。
「私もクビか?」
「お前はもう秘書やってんだろうが。」
時を同じくしたこの未来は、二人にとって望まれた世界だ。
揺るぐ事無く、二人で終わりへと進む。
終
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Gプリ♀、立場逆転シリーズ最終。 | ||
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