【T&B】Cocktail Bar【虎←薔薇v.s.兎】
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 新曲発売記念を祝したスポンサーとの打ち上げ後、「飲み直そうぜ!」と赤い顔で高らかに宣言した虎徹に肩を組まれ、カリーナとバーナビーはとあるバーに連れ込まれるようにしてやってきていた。

 虎徹を挟むようにして座り、彼の他愛のない話にたまに毒を吐きつつ相槌を打つ。酒が入ると、バーナビーはいつも以上に静かになった。

 隣の虎徹がげらげらと大げさに身体を揺らして笑うたび、広い肩がカリーナの肩に触れる。狭いカウンター席特有の触れ合いにどきりとしつつ、彼女は薄暗い店内の照明に感謝した。耳触りのいいジャズが流れ、それを聴きながら喉を潤す。ああ、ひどく気分がいい。

 そんなとき、「あっ」と虎徹が嬉しそうな声を上げた。カリーナとバーナビーの視線が彼に集中する。

 

「なあ、『ブルーローズ』ちょうだい」

 

「へっ?」「はい?」

 

 二人の声が綺麗に重なった。「ブルーローズちょうだい」カリーナの脳内で、その言葉が反芻される。かぁっと急激に熱くなった頬を自覚した。心臓がありえない速さで駆け出している。ぱくぱくと金魚のように口を動かしていたカリーナを、虎徹は横目で見やり小さく笑った。いつもの闊達な笑みではなく、静かな――どこか色気を含んだ流し目に、カリーナの心臓が限界寸前まで引き絞られる。

 ねえ、もう一回言ってよ。そうねだろうとしたところへ、カウンターの向こう側からすっと手が伸びてきた。

 

「こちら『ブルーローズ』になります」

 

 マスターが虎徹の前に置いたのは、淡いブルーが見た目にも鮮やかなカクテルだった。「ほーら、綺麗だろ」酔ってだらしない笑みを浮かべながら、虎徹はまるで見せびらかすかのようにカクテルグラスを掲げた。

 彼の隣で、バーナビーが「ああ、カクテルでしたか……」と零したのをカリーナは聞き逃さなかった。あれだけ高揚していた感情が一気に冷えていくのを感じ、同時に舞い上がっていた自分に羞恥心を覚える。ああもう、ここはバーなんだから当たり前じゃない。自分自身を叱咤して、カリーナはオレンジジュースを一気に飲み干した。

 美しい色合いのブルーローズは、ウォッカベースで作られているらしい。女性に好まれそうなカクテルだが、アイドルヒーロー人気にあやかって男性にもよく飲まれているのだとか。そんなうんちくを披露しつつ、虎徹はゆっくりとグラスに口をつけた。

 

「――っ」

 

 息を呑んだ。

 ヒーローとして普段身につけている色が、彼の唇に触れた。薄く開かれた唇から青い液体は口の中へ流れ込み、そして喉へと落ちていく。ごくりと嚥下された瞬間、艶めかしく浮き出た喉仏が上下した。

 僅かに濡れた唇から、その喉仏から、目が離せなくなった。濡れた唇を親指で拭い、虎徹はぼうっとしているカリーナを見て不思議そうに首を傾げた。

 

「どうした? ブルー、っと、――カリーナ」

 

「なっ、なんでもないっ!」

 

「そっかぁ? あ、眠かったら言えよ? お前も学校とかあんだろうし、あんまり付き合わせちゃわりぃからな」

 

「明日は日曜! それに、普段バイトしてる時間と変わらないから全然平気! 子供扱いしないでよね!」

 

 動揺を隠すように早口で捲し立てなければ、いろんなものが漏れていきそうで怖かった。胸は相変わらずどきどきと高鳴っている。「ごめんごめん」なんてへらへらと笑う中年男性のどこがいいのかと、自分でも内心呆れ返っているというのに、どうしてか心は言うことを聞いてくれない。

 ――まったく、なんで私はこんなやつのことが好きなのよ!

 飲もうとしたグラスの中はすでに空っぽで、ますます落ち着かなくなる。

 プライベートで来ているのだから、「ブルーローズ」でないのが当たり前なのだ。氷の女王様はここにはいない。歌手になりたいと夢見る女子高生がいるだけだ。だから、本名で呼ばれるのは至極当然のことだった。

 それなのに、馬鹿みたいに動揺している自分が嫌になる。

 

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「……ねっ、ねえ、それ、おいしい?」

 

 もう一人の自分を象徴する色が、虎徹の唇に触れ、そして彼の体内に流れていく。どこか官能的なその様子に、カリーナはふよふよと目を泳がせながら訊ねた。

 

「へ? ああ、これか? おう、うまいぞー。さっすが生意気ボディのブルーローズ様だな! ――なんつって」

 

「っ! バカ! 最低! セクハラよそれ!!」

 

「うえ!? そんな怒るこたないだろ? なぁ、バニー?」

 

「――確かに、セクハラですね」

 

 それまで静かに飲んでいたバーナビーが、どこかひやりとした声で言った。その声の冷たさは、彼がやってきて間もない頃のそれと酷似している。思わず虎徹とカリーナは互いを見つめ合い、そしてほぼ同時にバーナビーの様子を窺った。

 俯いた顔は金髪に隠れ、よく見えない。きらりと眼鏡のフレームが照明を反射しているだけだ。

 

「バニー? 気分でも悪いのか?」

 

「ねえ、大丈夫? ちょっと飲みすぎたんじゃない? トイレ行ってきたら?」

 

 それでもバーナビーは一向に顔を上げない。至近距離で顔を覗き込む虎徹にも反応しないので、カリーナは傍に寄って軽く肩を叩いた。水でももらおうかと踵を返したそのとき、か細い手首がぐっと捕まえられる。

 

「きゃっ!?」

 

「おい、バニー!?」

 

「――気分? 最悪ですよ、ええ、最悪ですとも。セクハラ断固反対です!」

 

「ちょっと! 離してよ! 痛いってば、離しなさいよ!」

 

 酔って加減の効かなくなった手に掴まれ、ぎりぎりと骨を圧迫されて痛みが押し寄せる。振りほどこうにも、男性の――それもヒーローの力に勝てるはずもない。割って入った虎徹によってなんとか解放されたが、カリーナの手首にはくっきりと赤い手形が残っていた。虎徹の背にかばわれ、アルコールと僅かに漂う香水の香りにとくりと胸が音を立てたが、今はそれどころではないと慌てて気を引き締める。

 ゆうらりと幽霊のように上体を起こしたバーナビーの目は、とろんとして、完全に据わっていた。

 

「大体、考えてみればすべておかしかったんです。どうしてこんな時間に、酒も飲めない未成年を酒場に連れてきているんですか。その上、べったべたひっついて。挙句、セクハラだなんて! これがメディアに晒されたらどうなるんです? プライベートとはいえ、顔の割れてる僕がいるんです。もしもワイルドタイガーが未成年者に酒を飲ませたのちに婦女暴行なんてねじ曲がった報道でもされたらどうするつもりなんですか」

 

「婦女ぼっ……、いやいやいや! ないから! おじさんそんなことしないから! つかなにこれ、酔ってる? バニーちゃん相当酔ってる?」

 

「べたべたひっついてなんかないわよ! それにセクハラって言ったけど、べ……べつに、そんなこと思って――」

 

 思ってないし、とは最後まで言えなかった。バーナビーが、ダンッと拳をカウンターに叩きつけたからだ。

 

「世間がどう思うのか、考えてもみて下さい!」

 

「あーもう、分かった分かった。俺が悪かったよ。……ごめんな、カリーナ。嫌な思いさせちまって」

 

「え……、あ、べつに、そんなことっ」

 

「――別にそんなことどうでもいいんですよ」

 

 一層冷え切った言葉に、向かい合っていた虎徹とカリーナの動きがぴしりと固まった。ぎこちなく視線を向けた先には、凶悪犯も裸足で逃げだすだろうオーラを放つバーナビーが、苛立たしげにナッツを口に放り込んでいる。

 誰だ、これ。引きつった笑顔の虎徹が、ぽつりとそう呟いた。

 

「そこの小娘がどう思おうが知ったこっちゃないんですよ。ですが、上げ底小娘にセクハラしたなんて醜聞が流れたら、虎徹さんは一体どうなるんです? ヒーローはクビ、自動的に僕とのバディも解消されてしまうじゃないですか。そんなの絶対おかしいよ!」

 

「あ、上げ底ですって!? もう一回言ってみなさいよ、このベルバラ頭!」

 

「落ち着けカリーナ! バニー、お前水飲め! 酔ってるから! 落ち着こう、な? みんなで一緒に落ち着こう。はい、深呼吸してー」

 

「ヒッヒッフー!」

 

「バニーちゃんなに産むの!?」

 

 「駄目だ、完全にキャラ壊れてる」虎徹の背に庇われながら、カリーナはちらっとバーナビーを覗き見た。眼鏡の奥にあるエメラルドが剣呑に細められ、容赦なく敵意を突き刺してくる。さりげなく目の前の腰にしがみつき、カリーナも負けじと舌を出した。もしかしたら自分も酒の匂いで酔ってしまったのかもしれない。

 腕を回した腰は引き締まっていて、鍛えられているのが容易に分かるほど硬かった。はしゃいでパオリンと抱き合ったことがあるが、女の子の柔らかさなんて微塵もない、男性そのものの身体にかっと全身に熱が回る。

 

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 あからさまに舌打ちしたバーナビーをなだめようと必死の虎徹は、おそらく自分が抱きつかれていることに気づいていないのだろう。というよりも、抱きつかれていることによって、さらに相棒の機嫌が悪化していくという事態に気づいていない。

 

「明日になったらお前、絶対後悔するから。死にたくなるからこれくらいにしておけ。傷は浅い方がいいだろ?」

 

「キスは深い方がいいです」

 

「もうやだこの酔っ払い!」

 

 カリーナなんとかして!、と泣きついてくるあたり、虎徹も相当酒が回っているらしい。聞いてもいないのに好み女性について語り続けるバーナビーに背を向け、虎徹はぎゅうっとカリーナを抱き締めた。きついアルコールの香りと、それ以外のなにかが相まって、くらりと頭が揺れる。

 酔ってるんだし、と言い訳して背中に腕を回そうとしたのだが、すんでのところで引き剥がされた。

 ――当然、邪魔者は性質の悪い酔っ払いだ。

 

「セクハラ厳禁って言ってるでしょう。援交と間違えられたらどうするんですか、上げ底小娘」

 

「こ、こんなおじさんから毟り取るような真似しないわよ! 大体ね、さっきから聞いてたらアンタの発言の方がよっぽどセクハラよ!」

 

「僕はいいんです。ハンサムだから」

 

「はぁああ!? 自分で言ってて恥ずかしくないの!? ちょっと、やめてよ! 気持ち悪いポーズしないでよ!」

 

 疲弊しきった虎徹を挟み、カリーナとバーナビーがいがみ合う。きゃんきゃん吠え立てるカリーナに赤らんだ顔をぐっと近付け、酔って壊れたヒーローは厭味ったらしく鼻を鳴らした。

 

「あ・げ・ぞ・こ」

 

「な、っによ、このセクハラメガネ!」

 

「落ち着けって、二人とも! バニーも言いすぎだ。カリーナに謝れ。上げ底上げ底言ってるけどな、当たった感じそうでもな――」

 

「なに言ってんのよ変態おやじ!!」「セクハラ厳禁っていってるじゃないですか!!」

 

 カリーナの平手とバーナビーの蹴りが同時に虎徹を襲う。まともに喰らって床に伏した彼を踏み越えて、二人は殺意さえ漂わせながら睨み合った。

 

「上等じゃないの、売られたケンカは買うわよ!」

 

「はっ、三秒で沈めてやりますよ」

 

「ちょっと、女の子相手に能力使う気!? サイッテー!」

 

「小娘と熱愛報道されてバディ解消になるくらいなら、諸悪の根源たるあなたを葬り去ってやりますよ。やっと世界が違って見えてきたんです、せっかくの相棒をみすみす手放すわけには――って、いま、熱愛報道って聞いてときめいたでしょう。いいですか! 僕は! 絶対に! なにがあっても! あなたをお母さんとは呼びませんよ!!」

 

「俺、お前みたいな大きい息子持った覚えねぇんだけど!?」

 

「お、おか……」

 

 カリーナに背中を踏まれながら虎徹が叫ぶ。それすら耳に入っていない彼女は、突きつけられた指先から戸惑いつつ視線を下げた。脳内に広がった妄想に、これ以上ないくらいの羞恥心で声が震える。

 「カリーナ」ラフな格好の虎徹が優しく呼びかけ、カリーナを手招いた。「なに?」誘われるままに彼の待つソファに近寄ると、ぐっと手を引かれ、その逞しい胸に閉じ込められる。すっぽりと包まれて、額にちゅっと唇が落とされた。「なぁ、今日の晩飯なに?」「今日は――」

 

 

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「――はい、ストップ。不埒な妄想はやめて下さい、虎徹さんにロリコンの汚名を着せたいんですか」

 

「なによ、そしたらアンタなんかファザコンじゃない! それともバディコン? どっちにしたって気持ち悪い!」

 

「いって! ちょ、もう分かった、分かったから! ロリコンでもファザコンでもなんでもいいから、お前らどけ! 俺の上でケンカすんな!」

 

 バーの客は気を遣っているのか、誰もこちらを見ようとはしない。たまに踏まれている虎徹に同情的な視線が投げられたが、店員ですら声をかけようとはしなかった。酒に呑まれた人気ヒーローの現実に直面したくないのだろう。

 虎徹になだめられて席に着いたが、それでも怒りは収まらない。互いに睨み合い、猫のようにシャーシャーと威嚇しては、両サイドから虎徹の腕をぐいぐいと引っ張り合うというところにまでレベルが落ち込んだ。

 

「大岡裁判じゃねぇんだから……。痛いって、ねえ、聞いてる? 泣くよ? おじさん泣いちゃうよ?」

 

「いいですか。虎徹さんは僕のバディなんです。乳も尻も出しまくった破廉恥小娘が近寄って品位を落とされたらたまったもんじゃありません!」

 

「バニーちゃんそれ完全にアウト。完全にセクハラ。あ、ちょっと痛い、カリーナ爪立てんな、痛いってマジで。あと当たってる」

 

「バディバディって言ってるけど、それってアンタが勝手にべたべたしてるだけじゃないの? いきすぎたバディ愛のせいで、タイガーにホモ説流れたらそれこそどうするつもり!?」

 

「やめてーカリーナさん大声でそんなこと言うのやめてー」

 

「僕の好みは天然巨乳でウエストがきゅっとしていてお尻がぷりっとした、太腿の付け根にほくろの一つ二つありそうな女性なので問題ありません!」

 

「いやいや、脱がすまで分かんねーだろそんな女。つかいいのバニーちゃん、そんなこと大声で言っちゃって」

 

 力任せに腕を引っ張られながら、虎徹は疲れたように息を吐いた。どうして酒を飲んでいないはずのカリーナまでこの調子なのだろう。ぎゅっと引っ張られた腕に、バーナビーいわく「上げ底」の柔らかい感触を感じつつ、彼はもう一度深く溜息を吐く。

 そして、なにかを思いついたようにはっとして顔を上げ、満面の笑みで言った。

 

「じゃあ、お前らが付き合えばいいだろ。そうすりゃ、タイガーにホモ説が流れることもないし、女子高生とのスキャンダルでロリコン報道されることもない。どうだ、完璧だろ?」

 

「そんなの嫌に決まって――」

 

「――それ、いいですね」

 

「………………………………はい?」

 

 ガタンと立ち上がったカリーナをよそに、バーナビーは真剣な表情でなにやら考え込んでいる。

 

「現キングオブヒーローと、アイドルヒーローの熱愛……。番組的にも面白くなりそうですし、真相は適当に誤魔化しておけば引っ張れるでしょうし。なにより、虎徹さんを上げ底小娘の被害に遭わせなくてすみますし……」

 

「ちょっと! アンタそれ本気で言ってんの!? 私は嫌よ、誰がアンタなんかと――」

 

 

「――カリーナ、僕と付き合いましょう」

 

 

 言うが早いか、バーナビーはカリーナの腕を引き、彼女に唇を押しつけた。声にならない声がカリーナの口から零れる。

 そのままカウンターに突っ伏してすうすうと寝息を立てる新しいキングオブヒーローは、まるで小さな子供のように穏やかな表情をしていた。

 

 

 

 

「……あ、っぶなかったなぁ。大丈夫か、カリーナ」

 

 ずる、と腰の抜けたカリーナの身体を後ろから支え、虎徹は彼女の口を覆っていた手をどけた。手の甲に触れた柔らかな感触は、僅かにアルコールの匂いを残している。

 耳まで赤くし、カリーナは暴れ狂う心臓を落ち着ける術を完全に見失っていた。状況が悪い。バーナビーにキスされそうになったからではない。唇は虎徹によって、無事守られた。悪いのは、今の状況だ。守られるために、口を覆われた。大きな手が唇に触れた。

 そして今、彼の足の間に座るような体勢で、浅く椅子に腰かけている。

 カリーナがどれだけこの状況に混乱しているかなどまったく理解していない虎徹は、終わった終わったと呑気に笑って残りのブルーローズに口をつけた。

 

 

 力の入らない彼女が落ちることのないようにと、親切心から細い腰をしっかりと支えて。

 

説明
▽同名、同タイトルでぴくしぶにも同じ作品を上げております。
▽若者サンドが書きたかった。が、兎さんは私の中ではNot恋愛感情で動いております。あしからず。
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