電波系彼女8
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 鼻をくすぐる海の香り、じりじりと肌を焦がす太陽と目が痛くなるほどの照り返しで光

る海面、潮騒、ウミネコの鳴き声、そして時代はずれの帆を張った船。サキさんの外見か

らイメージされるそんな場面が目の前に広がると思っていたが、俺の予想は大きく違って

いたようだ。

 立ちくらみのような意識の途切れが終わって最初に感じたのは足の裏をちくちくと刺す

芝生の感触だった。空気は澱み一つ無く青臭い植物の香りをたっぷり含んでいて、呼吸を

するだけで体内がクリーニングされていくような気がした。

 周囲を見渡して最も目立っているのは石造りの円形の噴水で、その外周には丁寧に刈り

込まれた生垣が植わっている。それを中心として噴水を囲むように石造りの壁と窓が並ん

でいて中世の城にある小さな中庭といった様子だ。耳を澄ませば聞こえてくるのは囀る小

鳥の声とちょろちょろと聞こえてくる水の音だけで、車のエンジン音やテレビの音みたい

な人工的な音は一切せず、場所だけでなく時間まで吹っ飛ばされたような気がする。所々

にバランスよく配置された木々から漏れる木漏れ日はどこまでも柔らかく夏と言うよりは

むしろ春に近い感じで、この一部分だけを切り取って見るとRPGをやっているときの回

復の泉ってこんな感じなんだろうなと思った。

 このように自分の生活に全く縁の無い景色を見て、ゲームの中にでも入ってしまったの

かと本当に錯覚し始めたが、ほどなくぱるすが、続いてサキさんが閃光に包まれて登場し

たお陰でなんとか妄想と現実の境界線を踏み越えなくて済んだようだ。

 そして俺をこんな場所に送り込んだ張本人及びその娘は、周りを珍しそうに眺める俺に

むかって手を差し出すと、

「我が家へようこそ!」

 深々とお辞儀をしながら、

「お帰りなさいませご主人様」

 約一名なにか間違った挨拶をした人間がいたようだが、メイド服でもないのにその挨拶

は微妙だと思う。

 って突っ込みどころはそこじゃないだろ!ぱるすの汚染は着実に進行しているようで自

分の未来に一抹の不安を感じてしまうのであった。サキさんも特に何も言わないって事は、

これがぱるすのデフォルトなのか呆れているのか若しくはその両方なんだろう。

 

「初ポータルはどうだった?思ったほど怖い思いはしなかったろ?」

「ええ、まあ。一応ぱるすが出てくるのは見てましたから免疫があったのかも知れないで

すね」

 返事が妙にかしこまってしまうのは、塵一つ無く顔が映りこむほどに磨き上げられた廊

下や、漆喰の壁にかけられたアンティークなデザインのランプ、扉に打ち付けられた恐ら

く真鍮ではなく金製だろうと容易に想像できる文様等等がかもし出すいかにも上流階級然

とした雰囲気にプレッシャーを感じているせいかもしれない。

 板張りの廊下をずかずか進むサキさんの後ろを、改めて好き嫌いを聞かれたりポータル

を使った感想を聞かれながらペタペタとついて歩く。ちなみに足音に違いがあるのはサキ

さんが自分の分だけサンダルを持ってきていたからで、俺とぱするの靴はその存在すら頭

に無かったらしい。

 まあ酔っ払いのやることだから、そうフォローを入れたが、ママは素面でも多分自分の

ものしか持ってこないわよ、と娘からキツイ一言。

 でも、お前もサキさんの血を色濃く引き継いでいると思うぞ。

「っと、ここでいいか」

 そう言ってサキさんが立ち止まったのは、ウサギの小さなぬいぐるみをぶら下げている

以外は今まで通り過ぎてきたいくつかの扉となんの違いも無い部屋の前だった。

「どこに行くかと思ったら、ここわたしの部屋じゃない」

「ああ、まさかこっちの事を何も知らないヒカルを客室に一人で置いとくわけにもいかな

いし、どうせならお前も一緒の方がいいだろ?」

 そりゃ俺としてもこんな古城っぽいところに一人置いてけぼりにされたら、窓を割って

いきなり登場する犬ゾンビや紅い瞳をした美少女吸血鬼、マッドサイエンティストの城主、

夜な夜な聞こえる呪詛の声に魔方陣の真ん中で人ならぬものを召喚する魔術師みたいな人

ならぬものでもいるんじゃないかと、あらぬ想像を色々してしまいそうなのでその提案に

は諸手を挙げて賛成したい気分だ。

「それはそうだけど、仮にも乙女の部屋にいきなり男の子を連れ込むってのも気が引ける

っていうか……」

 顎に手を当て難しい顔をしながらぱるすを見やってからサキさんが告げた。

「……お前のどこが乙女なのかって話はさておき、女としての恥じらいがどうのこうの

いうなら男の一人でもその胸で泣かせてから出直してきなよ。それに、お前が部屋に入れ

たくないのは単に掃除をサボってるからだろ?こうやって突然客が来ることだってあるん

だからちったぁ片付けってもんをだな……」

「あー、部屋が片付いてない程度なら俺は気にならないから大丈夫だぞ?さっきちらっと

うちのぱるすの部屋を見たけど漫画とかが積みあがってただけだし」

「もーっ、二人して部屋が汚いとか失礼な。あれはね他の人には分からないかもしれない

けど、わたしにとってはどこに何があるかすぐ分かるようになってて便利だからいいのっ」

 それって、片付け下手な人のよく言うセリフだよな。

「それじゃお前の部屋でも何の問題も無いね」

「え、う、まあ……ナイデス」

「んじゃアタシは酒ッ気抜いたら飯の支度してくるからその間ぱるすの相手は頼んだよ。

準備が出来たら呼びに来るからそれまでゆっくりしときな」

 招待っつーかいきなり拉致られたのに俺が相手をする側に回るってのはどうなんですか

ね?しかし文句を言うべき相手は既に形のいいお尻をこちらに向け立ち去った後だった。

「むぅ、それじゃ片付いてないわたしの部屋にどうぞっ」

 乱暴にノブを回して押し開いたドアの内側は赤い絨毯張りがしてあって、低いテーブル

を取り囲むようにソファが三つ行儀良く配置されている。正面はカーテンで遮光されてい

てその向こう側にある窓からの景色は臨むことが出来ないが恐らく広い芝生や森なんかが

見えるはずだ。そこのテーブルなんて俺の部屋に持ってきたら速攻床が抜けそうだな、い

やその前に運び込めないか。

「どっ、どう、なかなか素敵な部屋でしょ」

 しかし、それらのホテルのスウィートルームを想起させる雰囲気を全て台無しにする床

やグランドピアノの上に散らばったDVDや、どう見ても18歳未満の乙女が買うとは思

えない黒いパッケージのパソコン用ゲームに『アニメ化決定!』と大きく帯に描かれた漫

画の山、他にも挙げればきりがないが中野ブロードウェイあたりに一店舗開業できそうな

惨状を抜きにしてこの部屋は語れないだろう。

「うちのぱるすの部屋も凄いと思ったが、ここは魔窟だな」

 ドアの稼動範囲はワイパーで雨粒をふき取ったみたいに綺麗な状態になっているものの、

新雪に残る足跡のように所々絨毯が見えるほかは視界のほぼ全てをぱるすの妄想力の源に

覆い尽くされている部屋に足を踏み入れた素直な感想だ。

「ふ、普段はもっと綺麗なんだからねっ。今日はたまたまってゆーかずっとヒカルの所に

いたからこんなになってるだけなんだからあっ」

 必死になって部屋中を走り回り恐らく俺の目に入ったらヤバそうなものを奥の一箇所に

かき集めている努力に免じて、ぱるすが居なくなってからこの部屋は手付かずにしていた

ってサキさんが言っていたのは忘れた事にしておいてやろう。

「しかしまあ本当にこんなお屋敷のお嬢様だったとはなぁ」

 どこに縁が転がってるかなんて、実際その立場にならないと分からないものだな。豪邸、

と呼んで差支えないだろう自宅に招待されるなんてレアケースにもほどがある。

「どう?少しは見直した?」

「ああ、見直したっつーか住む世界が違うのを目の当たりにして驚いたっつーか」

「む、なによそれー。ヒカルも家柄とか気にしちゃう人なわけ?」

「ないない、それに今更ぱるすをお嬢様扱いしろっていってもそっちの方が難しいだろ」

「それならいいんだけど、ヒカルって親しみやすいように見えて実は意外と自分の周りに

高い壁作ってるでしょ?だからこんな事でも変に距離ができちゃったらヤだなーって思っ

て」

「俺ってそんなタイプに見えるのか?自分ほどフレンドリーなヤツもなかなかいないと思

ってたんだけど」

 俺の自己弁護、いや弁護する必要があるかどうかも怪しいぱるすの思い込み、または自

分で気づいていないだけの事実に軽く反論すると、

「よく言うー、例えば人と仲良くなる段階が10あるとするじゃない?そしたら普通の人

は時間をかけて7とか8まで仲良くなる感じだけど、ヒカルはあっとゆーまに4とか5ま

ではいくけど絶対そっから先に進ませてくれない感じ。分かりやすく説明するとギャルゲ

ーの攻略難易度高いキャラ、それかイベントとか色々用意してあるのに専用エンドが用意

されて無いキャラみたいなタイプってところね」

 人の性格分析するのは構わないがギャルゲーに例えるのはやめろ、しかも分かりにくい

し。

 

「はいはい、甘塩っぱい青春の一ページはそこまで。飯の準備ができたよ」

なんだかヤな香りの青春だなそれ。

 鍋をお玉でガンガン叩いて登場したサキさんに促されてたどり着いたのは学校の教室く

らいの大きさの中庭で、家の大きさと比較するとやや小さい気がした。

 レンガ造りのバーベキューコンロではアルミホイルに包んだなにか焼かれていて香ばし

い香りを振りまいていて、その前に真っ白なテーブルクロスをかけた腰あたりまでの高さ

があるテーブルが二つ置いてあり、一つには皿やナイフフォークに割り箸、もう一方には

肉や野菜を載せた大皿がいくつか並んでいた。

 食器の並んでいるテーブルの周りにはふわりとしたドレスを着た女性とサマーセーター

を上品に着こなしている男性がいてこちらを興味深そうに見ている。そしてもう一人ヒゲ

を伸ばして威厳のある顔立ちをしようと努力しているが、ぽっちゃりとした体型をしてい

る上にすらっとした身長の二人の隣に並んで立っているせいで台無しになっている男性が

一人。

「紹介するよ、この坊やが泉水ヒカル。ぱるすが下に落っこちたときに助けてくれた例の

彼氏だよ」

「ども、泉水ヒカルです」

 こちらを見つめる6つの瞳が俺を値踏みしているみたいで、初めて彼女の家にお呼ばれ

した彼氏のような居心地の悪さを感じる。

「で、こっちがうちの家族、そこの二人が灯とカイ、ぱるすの上の双子で今年二十歳にな

る真面目で優しい自慢の子供達さね。それでこれがアタシの旦那のハートマン、いかつい

名前に似合わず家族思いでね。ただまあ、今回それが行き過ぎてあんな事になったけど基

本的に人畜無害と思ってくれていいよ」

 

「ようこそいらっしゃいました、私がぱるすの父親のハートマンです。その節は色々とご

迷惑をおかけしたそうで申し訳ない」

 丸っこくて可愛らしい体型に似合わない低い声だ。

「そんな別に迷惑ってほどじゃ……」

「そうですか!そう言って頂けると心が多少軽くなります。大人気ないとは思いますがあ

の時はサキちゃ……いや妻が遠くに旅行していましてな、それで妻が居ないときは私が

母親代わりに頑張らねばと思っていたところに勉強をサボっている娘を見つけてしまいま

して、気づけばついついポータルをですな、今思えば全く持ってお恥ずかしい限りで」

 本当に恐縮至極といった顔で差し出さされた右手を軽く握り返す。ぷにぷにした感触が

テーブルの上に載った肉とシンクロして、思わず美味しそう……と思ってしまった。ご

めんなさい。

「それからぱるすよ……その、すまんことをしたな」

 感動の親子の対面というは水気がかなり足りない気がするのは、ぱるすのざっくばらん

な語り口のせいだろう。

「いいわよ気にしないで、ヒカルの所すっごく楽しいし今まで出来なかったこともいっぱ

いしてるから」

「……じゃ、じゃあパパの事許してもらえるかね」

「飛ばされた瞬間は『なにすんのよ!』とも思ったけど、今はむしろ楽しめてるから許す

も何も無いわよ」

「ふー、助かったぞ。サキちゃんに顔を合わせたらまず謝れと言われておってなぁ。もし

許してもらえなかったらどうなっていたことやら……ま、まあ、取りあえずワシも煩く

言うのを止めるから今後はその、何事もほどほどにな」

 途中でサキさんからの鋭い視線を浴びてあたふたとしだしたのを見て、ぱるすの家庭の

序列が何となく判った気がする。

「さあさ、今日はささやかながらうちの自慢の料理を用意してあるので心行くまで楽しん

でいってくだされ」

「本日はお招きいただき有難うございます。正直少し緊張してたんですよね、普段のぱる

すをみてるとなんとなくハイソな雰囲気があるし、食事に招待されたけどなんか晩餐会み

たいなすごいのが出て来たらどうしようとか色々余計なこと考えちゃってて、でもなんか

アットホームな感じで安心しました」

 最初に感じた居心地の悪さは、嫁の尻に敷かれた旦那さんや、姉妹仲良く喋る二人を見

守る兄といった感じの一家を見ているうちに消え去っていた。

「ウチは交易で食ってるからね、取引相手なんかを招待すンのにその相手を居心地悪くさ

せちゃまとまる話もまとまらないだろ?」

 喋りながら腰にぶら下げた大振りのナイフを使いホイル焼きの肉を手早く6つに切り分

けていく、時折指先が熱くなるのか耳たぶを触るのは万国共通のようだ。

「ほら、一番うまいトコはヒカルのな」

 俺に回ってきた皿に乗っていた肉は見た目には隣のぱるすのと大差ないが、サキさんが

言うんだからきっと一番美味しい部分なんだろう。いただきますをして口に運ぶと、まず

刺激的な香草の香りが鼻を刺激して口中によだれが集まってくる。そして顎に力を入れる

と気持ちのいい弾力を残してサクっと千切れる丁度良いい硬さで余計な筋張った部分は一

切感じなかった。かみ締めるとジュッっと飛び出てくる肉汁は上質のコンソメスープのよ

うでいつまでも口の中に残しておきたい気分になる。

「これ、何の肉なんです?こんな美味いの今まで食べたことないですよ」

 自分の家で鹿や兎みたいな少し珍しい肉からカエルなんかの人によってはゲテモノ扱い

されるものまで、年の割りに色々食べてきてると思っていたが、自分の舌の記憶には今食

べた肉に該当するようなものは一つも無かった。

「珍味が用意してあるって言ったろ?それがこの肉、古代豚ってヤツさ。5000年前か

ら全く進化してない豚でね、植物の若い葉っぱとキノコ類しか食べないお陰でこんな味に

なるんだそうな。それで、これだけ美味けりゃ捕まりもするしそんな偏食じゃ当然数は減

っていくだろ?そんなわけで、今じゃごく一部の星とこの船でしか生息してないらしいね。

まあお陰でこいつ一頭でここじゃあんまり取れない魚やなんかをたんまり仕入れることが

出来るってワケさ。でまあ、ちょっと足を伸ばしてαケンタウリを越えた先の星系まで売

り込みに行こうと思ってたけど、丁度ぱるすの事があったしどうせならヒカルにと思って

ね。地球で食ったことあるヤツなんて殆ど居ないと思うけど口に合ったようでよかったよ」

 真っ白な歯を見せてにしししと笑う姿は、夏休みに外で遊びまわって泥だらけになって

帰宅した少女を思わせた。

 それはさておき、今の会話、と言うより肉に関するQ&Aには聞き逃せない部分がない

か?

 星?船?地球??

 さっきぱるすが転移したことを『落ちた』と表現したことと言い、ここが地上じゃない

とでも?そりゃ言葉通りに受け取れば今俺が立っている場所は宇宙船か何かなんだろうが、

ツタの這う石壁をオレンジ色に照らす夕日や、踏みしめるとサクサクと気持ちのいい音を

させる芝生はむしろそういったテクノロジーとは正反対の方向にあるように思える。

「なんだが聞きなれないキーワードが色々出てきたけど、まさかここが地球じゃないどこ

かなんて事はないですよねー?うははははは」

 ……

 上空で旋回する鳥がぴひょろぴひょろぴーと鳴く声だけが木霊する。

「な、何言ってんのよ、あははははは」

 棒読みのぱるすの声が一応の否定を示すも俺としてはそろそろ目が覚めて『はっ、夢だ

ったのか』なんてオチが来てもまったく不思議に思わない自信がある。

「あれ、もしかしてアタシなんかマズイ事口にしちゃってた?」

 みんなの視線が集まる中一人コンロに張り付いて食事を続けているサキさんを見て、こ

の人ならどんな場所でも逞しく生きていけそうだなと思った。

「あちゃぁ、ぱるすとは随分仲良さげだったしポータル使っても大して驚きもしないして

っきり全部知ってるモンだと思ってたけど、こりゃ参ったなぁ」

 本気で困ってるようには見えないのは肉の刺さったフォークの尻で頭をかいてるせいだ

ろう。

「ううむ……では、泉水君は今自分がどこにいるか何となく察してしまった、といった

ところかね」

「どこかっていっても、ぱるすの実家じゃないんですか?そりゃ会話の流れを考えると少

し変わった場所……っつーかぶっちゃけ地球じゃないんじゃね?とか思ったりもします

けど、まさか、ねぇ……」

 パチンと薪が爆ぜた。

「……泉水君」

 そこで区切ると軽く息を整えて、

「突然で信じがたいことだと思うんだが……その、まさか、なのだよ」

「そりゃそうですよね、そんな漫画みたいなことがそうそうあるわけでもないし、って」

 全員の顔を見回してみても誰一人として冗談めかした様子はない。

 これがぱるすなら「ちょ、ねーよ」「でも、今までのことを考えるとあるあ……やっぱ

ねーよ」と草を生やしまくって言ってやるところだが相手が違う。

 いくら娘がいい性格(決して性格が良いではない)とはいえ、その家族までそうだと決め

付けるのは乱暴ってもんだ。むしろぱるすのお父さん、お兄さん、お姉さんの三人は本当

にぱるすの血縁なのか?と思えるほど真面目に見えるし人を担ぐようなタイプだとも思え

ない。ただしサキさんはこの子にしてこの親有りと言った感じでその限りじゃなさそうだ

が。

「本当なんです?」

 コクリと頷いて肯定の仕草。

「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ、確かにぱるすと知り合ってから色々不思議な出来

事が色々ありましたけど、それにしても流石にここが宇宙ってのをいきなり信じろって言

われても」

「確かに泉水君がそう思うのも仕方のない事だな。ただ、その身を持って体験したことを

振り返って考えて欲しいんだが、ポータルでの転送が実際そう簡単に可能だと思うかね?」

 ぱるすパパは、ポロシャツを着たハートのキングには似合わない重々しい口調で言った。

「それは……」

 他にも光学迷彩の件もあるし、どこかの研究所から漏れたと考えるよりは自然な感じが

する。

「なかなかすぐにというのは難しいだろうが、バレてしまった以上幾らでも信ずるに足る

ものを見せてあげることが出来ると思うが……一つだけ約束してもらおう」

「出来る事なら」

「なぁに、ワシらのことを決して口外しない事、ただこれだけだよ」

 良かった、変なチップを埋め込まれたり記憶を消去されたりするんじゃなくて。

 

 その後場所を変え屋内でされた会話の内容は俺を再び驚かせるのに十分な内容だった。

「わたし達が宇宙の民って事で驚かせてちゃったけど、ヒカルが気づいてないだけでもう

何度か出会ってるのよね」

 実は既に地球にはかなりの数の宇宙の民が溶け込んでいて、ぱるすが漫画なんかを買っ

ている店もその一つらしい。

「あの店か」

 秋葉原に連れられていったときに回った店の1つをあげられようやく思い出した。下調

べはしておくからと言っていたのは恐らく海外旅行のガイドブックに日本人経営の店を抜

き出したページがあるように、宇宙の民経営の店の情報も人知れずどこかにまとまってい

てそこから引っ張ってきたんだろう。

 非オタクの俺でも知っているその店は通信販売まで手広くやっているとは思ったけど、

まさかその販路が地球を飛び出しているとは思わなかったぞ。

 また宇宙の民と一口に言ってもその出身の星々によって姿形に違いがありそうなものだ

が、どうやら人間型が進化には適しているようで細かい差異はあるものの基本的には皆同

じ姿で、タコのような火星人やらトカゲの頭の乗ったヒューマノイドなんかは想像上の産

物でしかない事を知って少しがっかりしたのは否めない。

「タコとかスライムみたいな宇宙人なんて、ヒカルってゲームのやりすぎじゃないの?そ

んなの居るわけないでしょ常識的に考えて」

 お前にだけは常識を語られたくないぞ。

「所で話を聞いてると色んな星の人を一まとめにして宇宙の民って呼んでるみたいですけ

ど、その、SFとかで良くある宇宙戦争みたいなのって起こったりしないんですか?」

「ヒカルが疑問に思うのは尤もだけど、争いごとは地上だけで十分だね」

 と至極あっさりした返答。だけど個人間の諍いや悪事を行う人間が全く居ないというこ

とでもないようだ。その話をするときやけにサキさんが楽しそうだったのが印象的だった。

 地球が宇宙の民に見出されたのは約10年前で、技術レベルとしては残念ながらまだ外

宇宙に飛び出していくことは出来ないものの娯楽の部分で見逃す事が出来ないものがあっ

たようで、それが地球に移民する大多数の理由らしい。

「で、うちらはそうやって色んな星に定住してる人相手に故郷の特産品を届けたり、逆に

その星の売りになるようなものを見つけて商売のネタにしてるのさ」

 宇宙を股に駆ける宅配便みたいな感じってところか。

「本来なら、アタシらが表立って交流のない星に降りる時は現地の人間にバレないように

注意するんだけど、ヒカルとぱるすの場合は事故みたいなモンだったろ?なんか悪いね変

な事に巻き込んじまったみたいで」

 いやいや、事故みたいなってか人身事故に遭ってますから。ま、黙っててやるけど。

「起きてしまったことはあれこれ言っても仕方ないし、それに、なんていうか、中身は普

通の人と変わらないわけで、上手くは言えないけどあまり気にするようなことでもないか

な、と」

 中身だけじゃなく外見だって全く区別がつかないんだから何を気にすることがあろうか。

「それにしても、相変わらずヒカルってほんっと疑うことを知らないというか、少しはわ

たし達の言うこと疑ってかかってもいいんじゃない?そんな事じゃ将来絵画商法とかオレ

オレ詐欺に引っかかったって知らないんだから……まあ、信じてくれたのは嬉しいんだ

けど」

 珍しいこともあるもんだな、ただ、オレオレ詐欺に引っかかるのはお年寄りだけだと思

うんだが、俺の老後まで心配してくれてるのか?

「さて、盛り上がってるところ申し訳ないがそろそろ帰らなくて平気かね?結構いい時間

になっているようだが」

 促されて時計に目をやると9時を指していた。

「そうですね、流石にちょっとマズイ時間になってきたかも」

 帰り支度、といってもこちらに来たときに何か持ってきたわけでもない、いわば着の身

着のままで掻っ攫われてきたような状態なのですぐに帰れる事を伝えると、

「それじゃ今日話した内容はくれぐれも内密に頼むよ」

 軽く釘を刺しながら差し出されたふくよかな手を軽く握り返す。

 そして何故か俺の横に並ぶぱるす。

「じゃ、わたしもヒカルんちに帰るからまたねー」

 最早どっちが自宅なのか分からない発言だな。

 追い出してしまったことに若干の負い目を感じているのか、お父さんからは咎める言葉

も無い。

「ぱるすもまたウチに来るのか?」

「なんか文句でもある?」

 例のおもちゃの銃についているタッチパネルを操作し、何かの設定を終わらせるとぱる

すが俺に向かって引き金を引いた。2度目とはいえなかなか慣れるものじゃないな。

 そうして来たときと同じように光に包まれ自分の部屋に戻っていた。

 光が漏れたら柚葉が色々うるさかったろうな。カーテン閉まってて本当に良かったぜ。

 窓を開けて空を見上げても、そこにはいくつかの星の瞬きしか見ることが出来ない。つ

いさっきまで自分があの空の向こう側に居たなんて自分以外の誰が信じてくれるだろうか。

だがまあ否定するわけにはいかないだろう。事実自分自身で体験してしまったし、もしぱ

るすたちの言うことが嘘だというなら、俺は誇大妄想に取り付かれていることになる。そ

んな現実はゴメンだし俺はまだまだ常識人でいたい。

 例え自分を取り巻く環境が異常としか思えないものであったとしても、だ。

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