願い事 |
「あなたの願い事はなんですか?」
男はなんとなしに、そう尋ねててきた。
ぼくは彼のことを知らない。彼もぼくのことを知らない。どちらも初対面、だけど彼はいくばくかの馴れ馴れしさとともに、ぼくに話しかけてきた。
ほら、よくいるだろう? 新幹線の座席だとか、居酒屋のカウンター席だとかでたまたま隣席になったりすると、世間話みたいなのを振ってくる人。そのことの是非については判断できないけれど、ぼくは、自分はそんなことができない人間だということはわかる。そして、彼がその手のタイプの人であることも、すぐに察しがついた。
そんなわけで、ぼくはどう答えたらいいか逡巡した。
一瞬ながら某神龍を絡めたネタをぶちかまそうかとも血迷ったけれど、相手がそっち系に詳しくなさそうな雰囲気だったので思いとどまる。
まだ祈願を書いていない自分の絵馬を置き、絵馬掛を見る。
安全や健康、合格や子宝などの願い事が数多いが、中にはふざけた内容やネタに走ったことが書かれているものもあった。ぼくとしては、後者の種類のほうが面白いと思う。けれど、ぼくの回答を待っているこの人は、たぶん前者の種類のほうがウケがよさそうだ。
といっても、そんな素直になれないほどに、ぼくはひねくれ者なのだ。
「そうですね」
ぼくは、これで男が満足してくれることを願いながら答えた。
「願い事がなくなることが、ぼくの願い事です」
説明 | ||
鶴岡八幡宮で実際に見た絵馬から。 でも、この願い事って何か元ネタでもあるんだろうか? わかる人がいらっしゃったら、ぜひ教えてください。 |
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ショートショート 掌編 願い事 絵馬 | ||
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