バカとテストと召喚獣 僕と本音と吉井くんの尊厳っ!
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僕と本音と吉井くんの尊厳っ!

 

 僕の名前は久保利光。

 容姿はメガネ、性格はメガネの文月学園高校2年生。

 一応学年次席を務めさせてもらっている。

 そんな僕には今、好きな人がいる。

 その人の名前は吉井明久くん。

 とても明るくて笑顔がチャーミングでちょっとおバカな所があるけれどそれがまた魅力の愛らしい男の子だ。

 でも、いざとなればそのカリスマと行動力、そして機転を生かした頭脳でみんなを引っ張るリーダーとも化す。

 吉井くんはそんな素晴らしい少年だ。

 えっ? 男が男を好きになるのはおかしいって?

 確かに、人口の再生産の観点から見れば男が男に恋をするのは非生産的かもしれない。

 けれど、恋愛はもっと自由であるべきだと思う。

 同性の恋愛だけが正しいとは思わない。

 現在一般的とされている年の近い男女の恋愛の他にも多種多様な形態が存在することを人々はもっと認識し、それに理解を示して欲しい。

 そして、人口の再生産ばかりが人類が存在する理由では決してない。

 また、次世代を育て導くことが大人の役割だと言うのなら、僕は吉井くんと恵まれない子供たちの為の施設を経営しても良いと思っている。

 自分たちの子供でなくても、次世代の為にできることは世の中に沢山あるのだ。

 

 おっと、話がずれてしまったようだね。

 さて今日は、僕の愛しい人、吉井くんにまつわるちょっとした小話をしたいと思う。

 吉井くんは世界でも類まれなる愛らしさを誇っているので、当然僕の恋のライバルは多い。

 そんなライバルたちとのちょっとした心温まる交流を話そうと思う。

 

 

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「ダウトをしましょう」

 秋の始めのまだ暑い日の放課後、A組の教室でクラスメイトの木下優子さんは僕たちに向かってそう告げた。

「ダウト、ですの?」

 D組の女子生徒、清水美春さんは縦ロールの髪を揺らしながら首を傾げた。

「姉上は存在自体がアウトじゃからの……うべっ!?」

 F組の自称男子生徒、木下秀吉くんは拳王というニックネームを持つ木下さんの剛拳を食らって地面に沈んだ。

「ダウト……そう言えば昨日アキちゃん……じゃなくて、吉井くんたちがやってましたよね?」

 勢い込んでおさげの髪を振り乱すのはD組の女子生徒玉野美紀さん。

「葉月はトランプ大好きなのです♪」

 嬉しそうにツインテールをぴょこぴょこ上下させているのはF組の島田美波さんの妹である島田葉月ちゃん。

「そうだね。せっかくこうしてみんなで集まったのだし、レクリエーションをして親睦を深めるのも悪くない」

 そして最後に応答したのがこの僕。

「それじゃあ今日は真(チェンジッ!!)・FFF団主催親睦ダウト大会を行いましょう」

 木下さんは楽しそうにダウト大会の開始を宣言した。

 

 木下さんとはクラスメイトだが、よく話すようになったのはつい最近の話だ。

 木下さんはつい最近まで女性FFF団を率いてA組代表である霧島翔子さん、F組の姫路瑞希さん、島田美波さんとよく一緒にいた。

 4人が週末のF組教室に集まって歓談している所を僕も何度も見たことがある。

 だが、自分たちのポジショニングについて彼女たちは見解を異にしたとかで女性FFF団は分裂休業状態に陥ってしまったらしい。

 そして木下さんが新しく組織したのがこの真(チェンジッ!!)・FFF団というわけだ。

 僕は真・FFF団に加入したおかげで木下さんをはじめとして清水さん、玉野さん、葉月ちゃんら新しい友人と出会えることができた。

 その点は感謝している。

 だが、女性FFF団のメンバーたちがバラバラになってしまっているのを見ると、これで良いのかという不安も沸き起こってくる。

「姉上、昨日ワシらがダウトをした時にはちょっとした賭けでみなのモチベーションを高めたのじゃが?」

 木下くんが手を小さく挙げて意見を述べる。

 賭け事は良くない。

 けれど、ゲームをやる際には真剣にやった方が楽しいことも確か。

 罰ゲームぐらいはあった方が盛り上がるのは間違いない。

「そうね。じゃあ、こうしましょう」

 木下さんは楽しそうに手を叩いた。

「5位と最下位になった人は自分の秘密を暴露する。またはトップで上がった人の質問に素直に答えること。それでどう?」

 木下さんの意見にみんなが顔を見合わせる。

 オーケーするべきか迷っているようだった。

 秘密の暴露というのはなかなかに精神的負担が大きい。

 なので負けてしまった場合に何が起きるのか考えると……。

「嘘の秘密を話して場を切り抜けようとする人が出て来るんじゃないかと思うんだが?」

 このダウトが作り話大会になってしまう可能性は高かった。

「それは大丈夫よ」

 木下さんは自信満々に言い切る。

「昨日学園長の実験で出て来た本音を喋る召喚獣を使うのじゃな?」

 木下くんが納得したように首を縦に振った。

「あんな不完全なものは使わないわ」

 ところが木下さんは木下くんの言うことに対して首を横に振った。

「嘘をつく者にはこの木下優子が絶対の死を与えるわ。これなら、みんな本当のことを話すしかないわよね」

 木下さんはドヤ顔だ。

 けれど、それで良いのだろうか?

「確かに絶対の死という恐怖の前で人間は素直にならざるを得ません。美春は賛成ですわ」

「デッド・オア・アライブ。アキちゃん…じゃなくて吉井くんと坂本くんが普段生きている世界を共有できるんですね」

「葉月は腕力では拳王のお姉ちゃんに全く敵わないのです。拳王のお姉ちゃんに凄まれたら全部素直に喋るしかないのです♪」

 ……どうやら良いらしい。

「じゃが、姉上が負けた場合はどうするのじゃ? 姉上が嘘をつこうとするのを規制する者はおらぬではないか?」

 木下くんは更に質問を重ねた。

「それも大丈夫よ。あれを見て」

 木下さんの視線の先には弓道部が使う和弓が壁に掛けられていた。

 随分と頑丈そうな竹でできており、矢を射た際の破壊力は凄そうだ。

 けれど、この弓が一体?

「この木下優子、みんなに嘘をついてまで生き延びたいとは思わないわ。アタシが嘘をついていると思ったら、遠慮なくあの弓でアタシを射って頂戴」

 木下さんはどこまでも漢女だった。

「それじゃあこれで全員が絶対的な死を背負うという同じ条件下になったことだし、早速ゲームを始めるわよ」

 ニッコリと微笑む木下さん。

 こうして嘘をつけば死が待っている恐怖のダウト大会が始まった。

 吉井くん、どうか僕を見守っていて欲しい……。

 

 

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 ダウトというゲームには色々と地方ルールが存在する。

 木下くんの話に拠れば昨日吉井くんたちが興じていたのはF組特別ルールだったという。

 そんな中今日僕たちが行っているのは最もポピュラーなタイプ。

 即ち──

 

 1 手持ち札が0になるまで勝負が続けられる

 2 ダウトが宣言され、場が流れた後はその続きの数字からゲームが再開される

 

 このポピュラータイプのダウトで勝つ為には運も確かに重要なのは間違いない。だが、運以外の要素の方が勝負の分かれ目になる。

 言い換えれば計算力の素早さが勝敗を決する。

 即ち、ゲームさえ始まってしまえば、参加者は6名なので1周して次にどの番号が自分に回って来るかは計算できるのだ。

 9周全て計算してしまえば、手持ちの札の中でどれをどの順番で出せば良いのか戦略を練れる。

 言い直せば、偽札として出さないといけないのはどのカードなのかゲーム開始と同時にもう決まっている。

 だからダウトというゲームは基本的に計算力が高い方が圧倒的に有利なのだ。偽札を出すリスクを最小限に減らせるのだから。

 

「次でリーチよっ! はいっ、7っ!」

「葉月も残り後1枚です。8なのです♪」

 最初のゲーム、トップを走るのは木下さんと葉月ちゃん。

「くっ! このままでは負けてしまいますわ。葉月ちゃん、ダウトですわっ!」

「葉月は嘘をついていないのですよ♪」

「くぅ〜。また札が溜まってしまいましたわ」

「はっはっは。これで清水もワシと同じカード長者じゃのぉ」

 反対に大量のカードを抱えてしまっているのが清水さんと木下くん。

 清水さんは文系ということで数学は苦手だと以前言っていたのを記憶している。このダウトゲームは彼女にとって厳しいかもしれない。

「それでは僕は9を出させてもらうよ」

「久保くん、ダウトです」

「今度はちゃんとしたスペードの9だよ」

 僕の出したカードが玉野さんに渡る。

 僕と玉野さんはカード運が悪いからなのかなかなか手持ちのカード数が減らない。

 そして──

「はいっ、1よっ!」

「姉上、ダウトなのじゃっ!」

「フッ、甘いわね」

 木下さんが捲って見せたカードはハートのエース。

 こうして第1回戦の勝者は木下さんに決まった。

 しかしこのゲームで罰ゲームを受けるのは下位2名のみ。

 それからも熾烈な戦いは続き──

「えっと、9です」

「ダウトですわっ!」

 カードが通ってしまえば負けが確定してしまう清水さんが大声でダウトを宣言する。

「えっと、9です」

 しかし清水さんが捲って見せたのは9のダイヤだった。

 

「これでこのゲームの罰ゲームは秀吉と清水さんに決まりね」

 木下さんが2人を見ながらニヤリと微笑む。

「わ、ワシに人に知られたくない秘密なぞないぞっ!」

「美春にもそんなものはありませんわっ!」

 2人は怯みながらも精一杯の虚勢を張った。

 だが、それはトップだった木下さんの思う壺というもの。

「じゃあ2人にはアタシの質問に答えてもらうしかないわねぇ」

 意地の悪い笑みが2人を捉える。

「お手柔らかにして欲しいのじゃ……」

「敗者にだって人権はありますのよ……」

 木下さんの笑みを見て、ようやく2人は自分の窮地をはっきりと理解したようだった。

 そう。これはダウトに負けた際の駆け引きも問われる勝負なのだ。

 自分で秘密を暴露するのと、勝者からの質問によって無理やり引き出される秘密のどちらの方がより深い傷を受けることになるのか。それを見極める勝負でもあるのだ。

「それじゃあ2人にはそれぞれ質問するわね」

 木下さんの余裕の表情を見ながら冷や汗を垂らす清水さんたち。

 さて、質問は?

「それじゃあ清水さんにはこの文月学園で好きな男の名前を言って頂戴ね」

「はっ? はぁ〜〜っ!?」

 大きな驚きの声を上げる清水さん。

 さすがは拳王の異名を持つ木下さん。

 同性愛者である清水さんに好きな異性を尋ねるその遠慮なさには恐れ入る。

「美春は島田美波お姉さまを愛していますのよ。男なんてみんな豚。好きな筈がありませんわ!」

 質問を激しく否定する清水さん。

「清水さんが島田さんを愛していて男嫌いなのは知ってるわ。でも、だからこそ、そんな男の中でもまだ許せるのは誰なのか知りたいのよ」

 木下さんはニコニコ顔を続けている。

 でも、その右の拳は固く握り締められている。

 質問に答えなければ絶対の死が待っているのは間違いなかった。

「仕方ないですわね。豚野郎の中でましな下衆と言えば……」

 顎に指を真剣に考え込む清水さん。

 そして、出した答えは──

「F組の……吉井明久と土屋康太でしょうかね」

 その答えを聞いてA組の空気が急に張り詰めた。

 僕も驚いた。

 まさか清水さんが吉井くんに興味があるなんて思わなかった。

 新たなるライバル登場ということになるのだろうか?

「へっ、へぇ〜。清水さんが吉井くんに興味があるなんて知らなかったわ」

 平静を装う木下さん。

 だが、その体は激しく震えており今現在A組の教室は震度6強の揺れを観測している。

「坂本くんとアキちゃんの淫らで淫猥でインモラルな爛れきった関係を邪魔する人がまた1人増えるなんて……」

 玉野さんも大きな衝撃を受けている。

「みっ、美春がアキのことを狙っていたなんて……なっ、何ですってぇえええぇっ!?」

「清水さんまで明久くんを狙うライバルになるなんて……そっ、そんなぁああぁっ!?」

 廊下から、驚き役が天職なのではないかと思うぐらいに激しく上手に驚く2人の少女の声が聞こえた。

 そして2人の少女の足音は駆け足で遠ざかっていった。

 一体、誰だったのだろう?

 大層な名のある驚き役に違いないのだろうけど。

「そ、そんな……ムッツリーニくんはやっぱりボクよりも女の子らしい女の子の方が好きなんだ。うわぁああああああぁんっ!」

 そして泣きながら教室から駆け出していく工藤愛子さん。

 彼女だけ他のシリーズを引きずっているかのようなシリアスぶりだ。

 

 って、暢気に傍観を決め込んでいる場合じゃなかった。

 この場を収拾しないとA組は木下さんの貧乏ゆすりで崩壊してしまう。

「清水さんが吉井くんや土屋くんを気に入っている理由は何だい?」

 清水さんの顔をチラリと見る。

「それは勿論明久とムッツリーニの尻の形が良いからに決まってお……ポクッ!?」

 木下くんの首は拳王の強力により反対側へと曲がった。

「そんなの吉井明久も土屋康太も女の子の格好が良く似合っているからに決まっていますわ」

 清水さんの答えはごくわかり易いものだった。

「つまり、吉井くんと土屋くんは女装すれば男を感じないから良いと。そういうことだね?」

「ええ、そうですわ」

 清水さんは頷いてみせた。

「ああっ、そういうことなのね」

 A組の振動が収まる。

「私、びっくりしちゃいました」

 玉野さんも息を撫で下ろした。

 事態はようやく収まった。

 しかし、1人に秘密を喋らせただけでこんなになるとは先が思いやられる。

 

「じゃあ次はキュゥべえ秀吉の番ね」

「あまり変な質問をするでないぞ、姉上」

 木下くんは首の位置を自分で戻しながら要望を口にする。随分器用な体だと思う。

「一度アンタの生態をちゃんと聞いてみたいと思ってたのよ。アンタ、男と女、どっちが好きなの?」

 木下さんの質問は再び歯に絹着せぬものだった。

「何を訊いておるのじゃ、姉上は? ワシは健全な男なのじゃぞ。健全な男なのじゃから女が好きに決まってお……ゴバァハァっ!?」

 木下くんが拳王の拳を受けて壁を突き破って廊下へと飛び出していってしまった。

「まったく、姉上はいつも口より先に手が出るから困ったものじゃな」

 そしてすぐに木下くんは戻って来た。

 殴られた傷などまるで見えない綺麗な秀吉くんだった。

 まるで新しい個体に入れ替わったかのようなピカピカぶりだった。

「また殴り殺されては堪らんので正直に言うが、ワシは女なぞ大嫌いなのじゃ。女なぞこの世から全て消え去って男だけの楽園が出来上がることがワシの夢じゃ」

 木下くんはとてもキラキラした瞳で窓の外を見ながらそう言った。

「……男だけの楽園」

 玉野さんもまたキラキラしている。

「キモッ」

 だが、木下さんは弟くんの思想を理解しなかった。

「やれやれ。姉上はいつも決まってそうなのじゃ。真実をありのままに伝えると、決まって同じ反応をする。ワケがわからないのじゃ」

 大きな溜め息を吐く木下くん。

 そんな木下くんを拳王は無言で殴り飛ばし、また教室に新しい綺麗な木下くんが入ってきた。

 木下姉弟の日常が垣間見える風景だった。

 

 

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 ダウト第2ゲームでは僕のカード運は良かった。

「11っ! これで上がりさ」

 そして僕は1位でこのゲームを終了した。

 一方、大苦戦したのが葉月ちゃんだった。

「ダウトなのです。あうっ、失敗してしまったのです」

 ダウトを連発した葉月ちゃんはどんどんカードを溜め込んでしまった。

 そして──

「これで上がりなのじゃっ!」

「あうっ、負けてしまったのです」

 葉月ちゃんは玉野さんと共に敗北してしまった。

 その敗北に何か奇妙なものを感じたが、とにかく負けは負けだった。

「さて、それじゃあ葉月ちゃんと玉野さんが罰ゲームを受ける番だけど……」

 2人の顔をジッと見る。

「あうっ、お姉ちゃんに隠し事を禁じられている葉月には秘密なんかないのです」

 葉月ちゃんはニッコリと微笑んだ。

「わ、私も隠し事なんかしてないです」

 玉野さんは顔を背けながらそう言った。

「それでは2人には僕から質問しよう」

 何を訊こうか考える。

 先ほどの木下さんの質問はインパクトがあり過ぎた。

 やはりもう少し控えめで行くのが良いだろう。

「それじゃあ玉野さんには恋愛観、理想の恋愛について語ってもらおうかな?」

 女の子だし恋の話は得意に違いない。

「えっと……私が理想とする恋愛は……」

 玉野さんは少しだけ俯いてみせた。

「先ほどの木下くんの話のように、男パラダイスの実現ですっ!」

 玉野さんの瞳は光り輝いていた。

「男同士の恋愛が許されるのは二次元だけなんて世の中間違っていると思います! 雄二×明久は三次元の現実の中により大きな光を見出すべきだと私は思うんです!」

 先ほどまでのオドオドした様子とは異なり熱い語りだった。

「私は、吉井くんと坂本くんが付き合って絡み合ってくれるなら、自分は路傍の石になっても構わないと思っています。私はアキちゃんのことが好きですが、女から男の子への想いなんて男同士の至上の愛に比べればゴミみたいなものだと思っています!」

 それはとても真剣で、容易には否定できない語りだった。

 自らを石とさえ語ってしまうほどに玉野さんには強い意志が宿っていた。

「アタシは雄二×明久の創作が大好きだけど、現実では吉井くんと結ばれたいと想っている。美紀も吉井くんが好きなんでしょ? それで、いいの?」

 尋ねる木下さんの表情は真剣だった。

「構いません」

 玉野さんの返答に躊躇はない。

「玉野さんは敵でも味方でもない、か」

 玉野さんは同性愛に対して非常に寛大だ。その意味では僕の援護射撃をしてくれる人だ。

 だが、彼女の場合は特定カップリングのみに非常に強い執念を燃やしている。

 そして吉井くんの相手は僕じゃない。

 つまり、玉野さんは僕の恋そのものを応援してはくれない。

 だから敵でも味方でもないということだ。

 にしても、軽い質問にした筈なのに何だか空気を重くしてしまった。

 

「じゃあ、葉月ちゃんには将来の夢を語ってもらおうかな?」

 小学生の明るくて大きな夢を聞いて少し癒されたい気分だった。

「あうっ? 葉月の将来の夢なのですか?」

 葉月ちゃんは首を可愛らしく傾げた。

「葉月の将来の夢は、バカなお兄ちゃんのお嫁さんになることなのですっ♪」

 天真爛漫の笑みを浮かべる葉月ちゃん。

 バカなお兄ちゃん=吉井くんなのは少し引っ掛かるけれど、その女の子らしい夢を聞いて何だか心が和む。

「やっ、やっ、やや、やっぱり葉月ちゃんは明久くん狙いなんですよっ! ど、どど、どどど、どうしましょうっ!?」

「お、おお、おおお、おおおお、落ち着くのよっ! ドイツ帰国子女はうろたえないぃっ!」

 教室の外からプロの驚き役としか思えない驚き声が再び聞こえて来た。

 あの匠の域に達した驚き方、一体誰なのだろう?

「葉月ちゃんは吉井くんのことが大好きなんだね」

 葉月ちゃんは小さな恋のライバルに当たるわけだけど、大好きな人がいる人間はやっぱり輝いていると思う。そんな彼女が微笑ましい。

「あうっ。葉月はバカなお兄ちゃんが大好きで、バカなお兄ちゃんは葉月が大好きなのです。だから2人は両想いなのです♪」

 葉月ちゃんは実に楽しそうに笑っている。

 この顔を見ているだけで吉井くんが葉月ちゃんを大事にしていることがよくわかる。

 子供に優しいなんて、やっぱり良い所があるな。吉井くんは。

「は、は、葉月ちゃんと明久くんが既に両想いだなんて、ど、どど、どうしたら良いんでしょうか!?」

「だからとりあえず落ち着くのよっ! 拳で校舎を破壊していればその内に動揺も収まるわよ!」

 それに引き換え外の驚き役の2人は実に騒々しい。余裕がないのも芸なのか。

「葉月はこの間の土曜日、バカなお兄ちゃんと大人のデートをしたのですぅ。お泊りしてバカなお兄ちゃんの部屋で葉月が知らなかった大人の遊びをいっぱいいっぱいしたのですぅ♪ 葉月はその未知の体験にもうメロメロだったのですぅ♪」

 葉月ちゃんは先週土曜日、吉井くんの家に泊まってずっと新作テレビゲームをしていたようだ。

「明久くんと葉月ちゃんがそんなインモラル極まりない仲になっていたなんて……もう、もう生きている意味が何もみつけられませ〜ん!」

「アキが昨日、召喚獣に恋愛話をさせたがらなかったのは、葉月との蜜月な関係を隠す為だったのね! アキのヤツぅ、後でとっちめてやるんだからね!」

 驚き役は驚き過ぎて今にも暴走爆発しそうな勢いだった。

「そんな訳で葉月はもうバカなお兄ちゃんのお嫁さんも同然なのです♪」

 葉月ちゃんは楽しそうに話を締めくくった。

 やはり子供の夢は心の乾いた大人には良い清涼剤となる。

「くぅ〜っ! こうなったら私も葉月ちゃんに負けないようにいっぱいいっぱい明久くんに迫っちゃいますからねっ!」

「ウチだって負けないんだからねっ!」

「覚えていてくださいねぇ〜〜っ!」

「覚えてなさいよ、葉月ぃ〜〜っ!」

 捨て台詞だけ残して2人は逃げて行ったようだった。

 一体、誰だったのだろう?

 そう言えば、葉月ちゃんの話を聞いている間中木下さんがやけに静かだったけれどどうしたのだろう?

「きゃぁ〜っ!? 木下さんが、雄々しく立ったまま気絶してますわっ!?」

 木下さんは悠然と聳えたまま白目を剥いていた。

 

 

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 時間的に最後となった第3ゲーム。

「メガネのお兄ちゃん、ダウトなのです!」

 僕と木下さんは葉月ちゃんの的確なダウト攻勢に遭って危機へと追い込まれた。

 そして──

「上がりですわっ!」

「そんな……このアタシが負けるなんて……」

「無念だ……」

 僕と木下さんはゲームに負けてしまった。

 葉月ちゃんの攻勢で受けた負債を返しきれなかった。

「あぅっ。罰ゲームはメガネのお兄ちゃんと拳王のお姉ちゃんなのです♪」

 葉月ちゃんは僕たちを見ながら楽しそうに笑っている。

「僕は心にやましい所がないように生きているつもりさ。だから、自分から話す秘密はないよ」

 吉井くんへの想いは確かにあまり公表はしていない。

 けれど、ここにいる皆が既に知っているようにひた隠しにしている訳でもない。

 

「この木下優子は幼稚園児の時から外面完璧優等生を演じてきたいわば外面界の超エリート。疚しい所なんかないわっ!」

 木下さんの物言いは実に男らしい。

「はっはっは。姉上の場合、家の中では実にズボラで明久に見られようものなら一発で嫌われること間違いな……おお、新しいワシがもう来おったな」

 新しい木下くんが教室に入ってきた直後に木下くんは拳王の豪腕で吹き飛んだ。

 幾らでも個体変更可能な淫キュベーダーって少し便利かもしれない。

「では2人には葉月から質問をするのです♪」

 さて、何を訊かれるのだろう?

「まずはメガネのお兄ちゃんからなのです」

 葉月ちゃんが澄んだ瞳で僕を見る。

「メガネのお兄ちゃんは葉月の敵になるですか?」

 澄んだ瞳に対して怖い質問だった。

 でも、真面目に答えることがこの罰ゲームの趣旨だ。

「そうだね。吉井くんを巡る恋の戦いという意味では僕と葉月ちゃんはライバルかもしれない。けれど……」

 葉月ちゃんの顔をジッと覗き込む。

「吉井くんを大好きだという点で僕と葉月ちゃんは仲間なんだと思うよ」

 同じ人を好きになったその気持ちを大事にする。

 それが重要なことなんじゃないかと僕は思う。

「さすがメガネのお兄ちゃんはメガネなのです。拳王のお姉ちゃんや驚き役よりも大事なことがよくわかっているのです♪」

 葉月ちゃんは今日一番の笑顔を見せた。

 

「それでは拳王のお姉ちゃんに質問なのです」

 葉月ちゃんが木下さんの顔を覗き込む。

「拳王のお姉ちゃんは女性FFF団がこのままバラバラ状態で良いのですか?」

「えっ……」

 木下さんは答えに詰まっている。

「拳王のお姉ちゃんはお姉ちゃんたちとどうしたいのか答えて欲しいのです」

「そ、それは……」

 木下さんは固まったまま動かない。

「むっ。姉上が質問に対して正直に答えておらぬ。矢を放つ準備をするのじゃ!」

 木下くんが弓を引きながら狙いを木下さんへと合わせる。

「さあ、拳王のお姉ちゃん! 葉月の質問に答えて欲しいのですっ!」

「………………っ」

 木下さんは黙したまま動かない。

 そして──

「姉上に向かって弓を射るのじゃっ!」

 木下くんは木下さんに向かって矢を放った。

 矢は真っ直ぐに木下さんの顔に向かって飛んでいき

「二指真空把(にししんくうは)っ!」

 木下さんが人差し指と中指で高速飛来する矢をキャッチしてそのまま木下くんに向かって投げ付けた。

「あべしっ! なのじゃぁっ!」

 額に矢が刺さった木下くんは退場し、代わりに新しい木下くんが教室に入ってきた。

「アタシは……また以前みたいに姫路さんや島田さん、それに代表と仲直りしたい。バカ騒ぎしたい。葉月ちゃんに勝負を挑んではけちょんけちょんに負けたいのよっ!」

 木下さんが大声で叫ぶ。

「おおっ、姉上もいつも無謀な戦いを挑んでいたことぐらいは認識する知能ぐらいはあったのじゃな。……新しいワシよ、まだ来るには早いぞ」

 木下くんはまた入れ替わった。

 それはともかく……

「……でも、それにはまだ時間が掛かると思う」

 木下さんの口調は悲しそうで悔しそうだった。

「大人は仲直り一つするのにも大変で面倒くさい生き物なのです」

 葉月ちゃんは軽く溜め息を吐いた。

「何度でも言いますが、葉月はライバルが強ければ強いほど燃えて楽しいのです♪ 葉月をもっともっと楽しませて欲しいのですよ」

 葉月ちゃんの態度は堂々として、でもその瞳だけはとても寂しそうだった。

「……お姉ちゃんは日本に来てから長い間とても寂しい思いをして来ました。でも女性FFF団に加わってからは本当に生き生きするようになりました。だけど最近また落ち込んでいる姿を見るのが多くなったのです。だから、だから……ううん。何でもないのです」

 葉月ちゃんが顔全体、体全体で哀しみを表しているのを見たのは初めてだった。

 木下さんは葉月ちゃんの嘆きの声に対して俯いたまま黙っていた。

 

 

「美春は女装していない吉井明久に興味はありませんから、メインヒロインに対する木下さんたちのこだわりは正直よく理解できません」

「私は、吉井くんは坂本くんとくっ付くべきと考えているから清水さんと同じでメインヒロインへのこどわりはよく理解できません」

「ワシは姉上たちの気持ちが少しわかるぞ。明久も雄二も誰にも譲る気はないからな。衝突が起きることも仕方ない」

「木下さん、葉月ちゃん、姫路さん、島田さんの各自がそれだけ吉井くんに対して本気だから絡まってしまった糸がなかなか解けないのだろうね」

 僕は、どこまで吉井くんに本気なのだろう?

 他人の目を気にしているし、他者を妨害してでも結ばれようというなりふり構わずさは僕にはない。

 それは吉井くんへの想いが木下さんたちに比べて弱いということなのか?

 他者を思いやってしまうことは恋愛において本気でないということなのか?

 

 どんな教科書にも書いていないそれは僕にとってとても難しい問題だった。

 

 

 

 続く

 

 

 

 

 

 

説明
『にっ』4話からの派生作品。
とはいえ、テーマが女性FFF団員の友情についてなのでアニメ本編とのかすりは微々たる物ですが。

アニメの方は、原作短編を10分、10分で1話ずつ消化していくのに話のペースが駆け足すぎるかなという気もします。
原作は明久の地の文のボケ返しを楽しみ、アニメはペースの良い掛け合いを楽しむと楽しみ方が異なるという感じかと思います。


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ショートストーリー2nd
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コメント
ドッペルゲンガー様へ 自分に正直に生きている少女が世間様から黒く見えているだけですよ、きっと(枡久野恭(ますくのきょー))
森羅様へ 真のラスボスたるもの、他のヒロインを圧倒する力を持たねばならないのです。ついでに言えば彼女はピュアなのです。ただ、黒く見えるだけなのです(枡久野恭(ますくのきょー))
葉月ちゃんが真っ黒〜。(ドッペルゲンガー)
はーづきちゃーん!!!!!あなたはどこま〜で黒くなれば気が済むのーー!!!???(森羅)
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