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 助けて、助けてくれ。

 叫ぶ気力すらもなく、それでも声を上げなきゃならない。けれどその声を聞く者はおらず、俺の身体は次第に砂へと沈んでいく。

 俺は砂漠の中、そこにある砂地獄へと飲みこまれていく。必死にもがけば却って沈み、ならば動かずにいてもやはり状況は変わらない。このまま砂に埋もれて死ぬのか。俺はそんな死に方をするのか。嫌だ。まだ二十とそこらしか生きていない。こんな所で終わるのは嫌だ。

 それでも身体は沈んでいく。

 やがて砂に完全に飲みこまれ――ああ、死んでしまうのだと、諦めかけた瞬間。まるでどこかから落下するような感覚に包まれた。違う。実際に落ちたのだ。それを理解したのは砂の上に叩きつけられた直後。痛みに動けぬまま、目だけを動かして上を見る。そこには空の代わりに砂がある。そこから滝のように、砂が落ちる。これは一体何なのか。夢かと思ったけれど、痛みはやはりある。兎に角助かったらしい。誰か通りかかって、気付いてくれないものか。

 ぱらぱらと身体の上に砂が落ちる。その意味に気付き、慌てて身体を動かす。痛みは変わらずあるが、一刻も早くここから逃げなくては。砂の滝は俺のすぐ傍で流れている。滝壺など無い。砂はただ、上に上に積もっていく。着々と山を成していく。早くしなくては、その山に飲みこまれる。今度こそ死んでしまう。

 これが火事場の馬鹿力というやつだろうか。案外身体はすいすい動く。だが、俺を嘲笑うかのように山は大きくなっていく。あっという間に俺の背を超える。早すぎるだろう。誰かが早送りでもしているように思える。

 逃げられない。

 俺は砂に飲みこまれる。下半身が完全に砂に埋まり身動きのとれないところへ更に砂が流れてくる。すぐに頭まで覆い隠される。息苦しさの中で、様々な思考が交錯する。死ぬのだろうか。死ぬだろうな。その前に家族の顔が見たい。結局親孝行らしいことはしていなかった。あの娘に想いも伝えていない。そういえばあのゲームの新作はそろそろではなかったか。くだらないことまで思い出した。これは現実逃避か。逃げる現実ももう失ってしまうというのに。

 意識が朦朧となっていく。恐怖心よりもむしろ苦しみから解放される安堵感が強い。けれどそれも次第に薄くなって。

 気がついた時、俺は砂地獄に飲みこまれていた。

 どうなっている?今のは全部夢だったのか?だったら、どうせなら自宅のベッドの上で目覚めたかった。いや、夢にしては妙な現実味があった。

 いや。夢だろうと現実だろうと、何も変わらない。俺は砂地獄で沈んでいく。助けを求める声を聞く者はいない。

 身体が沈む。

 身体が落ちる。

 痛む身体に砂がかかる。飲みこまれていく。意識が途切れる。気付くと砂地獄にいる。

 ああ、そうしてまた落ちて飲まれて沈んで落ちて。

 この地獄は、いつになったら終わるのか。

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 ことん。ひっくり返す。砂がさらさらと落ちていく。まるで小さな滝のようだ。

 私はこうして、砂時計を眺めているのが好きだ。溜まった砂が、蟻地獄でもあるかのように窪みを作る。砂でできた滝が流れる。それはやがて山になる。やがて止んだ動きは、上下逆さにすれば繰り返される。なんだか判らないけれど、私はその動きが好きなのだ。

 だからこうして、時折意味もなくひっくり返す。三分間を何度でも繰り返す。

 楽しい。

 ずっと前、友人に言ったら馬鹿にされたのであまり誰かにこの話はしない。でも、同僚のある男性には少し話した。いつかの社員旅行の時、売店の砂時計をじっと眺めていた私に彼が話しかけてきた、その流れで。てっきり笑うかと思っていたのに、彼はその後個人的に行ったという旅行で砂時計をお土産に買ってきてくれた。

 わざわざそれを買う為に行ってくれたとは勿論思わない。どれだけ自意識過剰なのかって話だ。でも、たまたま見つけて買ったのか、それとも探してくれたのか。そんなことを考える。この感情は恋だろうか?そうだとしてもまだ淡すぎて、よく判らない。

 ことん。砂時計をひっくり返す。何を隠そう、この砂時計がそれなのだ。貰ってから、時々このように見て楽しむ。さらさらと砂はいつもの様に流れる。下へ。下へ。

 それにしても。

 目をできる限りに近付ける。やっぱりそうだ。砂の他に、何かある。今まで何もなかったのに。でも異物が入る隙間なんてある筈ないから、本当は最初からあったのだろう。気付かなかっただけで。

 これは、何だろう?とても小さく、砂の流れの邪魔にはならない。むしろ今も、砂と一緒に流れている。だからそのままにしておいて大丈夫なのだろうけど、ただ気にはなる。小さすぎるせいでその正体は判らないが。

 まあ、いいか。砂を眺める。三分はあっという間に過ぎていく。ことん。またひっくり返す。砂が流れる。

 我ながら、よく飽きないなと思う。自分でも呆れる。呆れながらも、楽しんでいる。

 ことん。三分経って、またことん。

 友人がこの姿を見たら、お腹をかかえて笑うだろうな。彼が見たらどう思うかな。

 ことん。

 ことん。

 ことん。

 静かな部屋に、その音だけが響く。

 ――やっぱり気になるな。

 何だろうな、これ。微妙に動いているような気もするけど、きっと気のせい。そもそも流れる砂の中にあるのだ、そう見えもするだろう。

 うん、やっぱり、まあいいや。

 なるべく気にしないことにしよう。さらさら流れる砂を見られれば、それでいい。

 ふふ。楽しい。友人には理解されなかった趣味だけど、でも私はこれが好きだ。さらさらさら。さらさら。砂が流れる。私は見つめる。時が経つ。

 綺麗に時間が流れていく。

 いつまでも。

説明
そこには砂がある。
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