電波系彼女9
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 そんなわけで人に言ってもどうせ信じてもらえないし、別に喋っても問題ないんじゃ

ね?と思えるものの取りあえずの秘密を持つことになったわけだ。同じ秘密を共有してい

るということで感じる連帯感が独特の雰囲気を出しているからだろうか、このところ俺と

ぱるすに対して柚葉のやきもち……といえば聞こえは可愛いが俺の所有権を主張するよ

うになったのは勘弁して欲しい。

「ヒカルは昔っから私の下僕なんだからね!そこんとこ分かってるの?」

 昔からどころか今まで一度だって下僕になった覚えはないんだが。

「ぱるすとばっかり遊んでないで私の相手もしてよねっ」

 これは結構可愛いと思う。ただ、それを口にするにしても、部屋でまったり本を読んだ

りしてるときに飛び込んでくるのは心臓に悪いから止めてくれ。

 まあ、気に掛けて貰える内が華だということでそう気に障ることはないんだけれど、こ

うも連日だといっそ全てをぶちまけてやろうかと思ったりもする、だがそうした所で、

「はぁ?」

 と、熱さで頭がやられたと思われるのも癪だ。

 秘密を抱えるって面倒な事だよな。

 しかし救いの女神ってのは本当にいるもので、そのややこしい問題をすっきり解決する

出来事が都合よく起きてくれたのは幸いだった。

 あっちで読めば手間もかからずに済むんじゃないかという俺の意見を受け流し、漫画を

取りに自宅へ戻ったぱるすがこちらへ帰ってきたのは、昼間だからって光の漏れる心配も

ないと高をくくっていたのか、偶々操作をミスったのか、自分の部屋に出るはずが何故か

俺の部屋だった。それだけなら何の問題も無い。ただ、いつもと違っていたのはそこに柚

葉が居たって事だ。

「ひっ?!」

 柚葉が素っ頓狂な声を上げるのも無理はないだろう、俺だってまさか自分の部屋に転送

されてくるなんて思っても居なかったし、巨神兵が裁きの炎で焼き払いにきたのかと思っ

たほどだからな。

「よ、よお」

 ごく普通に挨拶をして何事も無かったかのようにスルーしようとしたが、ぱるすは苦笑

いをしているし、柚葉は突然大きな借金を背負うことになった少年のような顔をしていて、

とてもうまく行ったとは思えない。

「何?何?どーゆーこと?急にぱるすが出てきたって前に言ってたけど窓から入ってきた

とかじゃなくて今みたいな事があったって事なの?ね、どうなの?」

 わかった、わかったから落ち着け、そんなに力いっぱい体を揺らされたら首が取れそう

だ。

「むぅぅぅ、早くどういうことなのかきっちりはっきりしゃっきりすっきり説明しなさい

よっ」

 ようやく襟首を離してもらえたものの、びしっと床を指差すその姿は正座をして釈明会

見をしろといわんばかりだ。

「えーっと……まずはこの度の件で国民の皆様にご迷惑をおかけしたことをおわびっ」

「ボケなくていいから、ね」

 ニコニコしながら蹴りをぶち込むのはなんかサイコパスぽくて怖いぞ。

「まあ、今ユズが見た通りだって。ぱるすはあの日窓から泥棒とかサンタみたいに侵入

したんじゃなくて、光と共に現れたって事。信じる信じないはユズの勝手だけどな」

「マジックの練習なんかじゃなくて?」

 糸目の地蔵になってじっくり考えた末の答えがこれか。

「突然見ず知らずの人の家にやってきて人体消失の練習をするやつもいないだろ」

「冗談よ。実際のところ二人して私を担ぐメリットなんて無いし、ヒカルがそういうなら

本当なんだろうなぁ。私が幻覚でも見たっていうなら別だけど」

 いっそその方が気が楽だぞ。

「ま、もし万が一嘘だったってわかったらギッタギタにしてあげる♪だけだし」

 良かった、嘘ついてないで。

「それで、ぱるすって一体何者なの?」

 次の授業はなんだっけ?といった軽い感じでぱるすに問いかける。

「えっ、そ、それは……」

 虚を突かれた上にそこが急所だったんじゃ流石に歯切れが悪い。それにいきなり実は宇

宙から来てますなんて言えないよな。

「今のを見てたら当然そこに疑問を持つでしょう、よっぽどのお人よしか底抜けのバカじ

ゃない限り」

 遠まわしに俺の事を言ってるように聞こえるのは気のせいだろう。

「ほら、でもさ、わたしの正体知ったところで別に面白いわけでもなんでもないし」

 ぱるすはあわあわと挙動不審の人のような動きでなんとかごまかそうとしている。

「隠し事はナシにしようっていったじゃない」

「それはそうなんだけどー……隠し事ってレベルじゃねーぞって感じというか」

「ヒカルは全部知ってるんでしょ?」

「まあ、一応は」

「それならいいわよ、ぱるすがなんであれ全面的に信じたげる」

「いいのか?俺なんかを基準にして」

「だって、もしこれでぱるすがヤバイ人だったらヒカルは関係切ってると思うし、そうじ

ゃないなら私に内緒にしてたってのは不満だけど何の問題も無いって事でしょ?」

 不満だけど、の部分を幾分強調してそう言った。

「それに、内容と相手への信頼のバランスっていうのかな、例えばまーーーったく面識の

無い人に言われても信じるって選択肢は無いと思うのね。でも、ちっちゃい頃からの付き

合いだしヒカルが言うことならこの程度まで信じて大丈夫―ってラインが自分の中に引か

れてるんじゃないかな、だから同じ内容でも信じていいって思えるっていうか。そりゃ小

さい嘘をつかれたことはあるけど、この場面でヒカルがそんな事するとは思ってないし」

 俺、自分で思うより信頼されてるんだな。

「私がこれだけ言ってるんだから少しは光栄に思いなさいよねっ」

 確かにそこまで信頼を寄せてくれているのは嬉しいけれど、今なら俺が太陽って西から

昇るんだぜ?と言っても信じそうだ。

「話が逸れたけどそろそろ話してくれてもいいんじゃない?」

「あー、うん。でも俺じゃなくて本人からのほうがいいだろ」

 俺の場合は成り行きで知ってしまったが、こうして改まって自分の口から告白するのは

柄にも無く緊張するんだろう。脚を何度も組み替えたり視線を宙にさまよわせ珍しく落ち

着かない様子を見せている。

「ゆ……」

 五分ほどそうしていただろうか、覚悟を決めたのかゆっくりと口を開いた。

「ユズは、その、宇宙人の存在なんて信じて……ないよね?」

 そんな弱気でどうする。

「へ?私はいると思ってるわよ。宇宙なんてこれだけ広いんだし、むしろ居ないって考え

の方が無理があるんじゃない?ただ、私達とその宇宙人さん達が出会えるかどうかっての

はまた別問題だと思うけど……それに、私達だって言わば宇宙の中の地球って星にいる

宇宙人って言えるんじゃないかなー」

 望外の返事に好感触を感じたのか、崖の上で遠吠えをする狼のように身を乗り出し宇宙

人さんが答えた。

「じゃ、じゃあさ、もしわたしがその宇宙人さんだって言ったらユズはどうする?」

「えーっ?それは流石にないでしょー。……ねえ?」

一笑しようとしたが、俺とぱるすの表情を見て冗談じゃないって事は分かったらしい。

「マジ?」

 上目づかいで迫ってくる。

「う、うん」

「ホントに?」

 更にずずいと。

「まあ、ユズがそう思うのも無理はないけど、マジだ」

「そっかー、うちゅうじんかー」

 うんうん唸って思考と現実の齟齬に悩まされているようだ。俺もポータルの体験なんか

がなかったらそう簡単には信じられなかっただろうし、いくら俺の裏書があるとは言え信

じるのは簡単ではないだろう。

「で」

 どうした?

「カメラはどこ?」

 だーかーらーマジだっつの。

「嘘嘘、信じるわよ」

「ホントに?!」

「そりゃね、私はヒカルの事信じてるし、ぱるすの事だって不思議な事が出来る子っての

は理解してるわよ?でも、見た目も私たちと変わらないし流石に宇宙人だってのを信じろ

っていうのはさーこうなんてゆーかなー、ヒカルが実は普通にまともな男でした、っての

を認めるくらい難しかったけど」

 いや、それは認めろってか俺は至って普通だし。

「それは確かに難しい問題ね」

 だからぱるすもそこに乗っかるな。

 自分のアイデンティティの危機だというのに緊張感の全く無いやつだ。

「なあユズ、一応は信じたみたいだけどさ、ちょっとでも疑問があるなら今のうちにいっ

といたほうがいいぞ?」

「んー、私がぱるすが宇宙人さんだってのを信じたのはヒカルへの信頼があってこそじゃ

ない?だからそこを疑うってのは、私のヒカルに対する気持ちを裏切るようなモノだから

大丈夫、信じてるから」

 貫くような真剣な目つきでじっとこちらを見つめられ気圧されそうだ。

「ま、それはともかく良かったな、信じてもらえて」

「もおっ」

 いてて、クッションを投げつけるな。

「ありがとね、ユズ」

「あ、うん。それはいいんだけどさ、どうしてもっと早く言ってくれなかったの?」

「何度か話そうと思ったこともあったけど、地球じゃまだわたし達みたいな存在は想像の

産物でしかないじゃない?自分の事を神だなんだって自称するのは掃いて捨てるほどいる

けど、そんなのと同列に見られるかもしんないって思ったら、その、怖くなっちゃって……

それに、見た目の違いなんて無いからもし口にしてたとしてもポータルの場面見つかるア

クシデントがなかったらずぇーったい信じてもらえなかったと思うな」

 なるほど、と手を打ちなんとなく得心がいったようだ、

「それもそうかも、私だってぱるすがこんな風変わりな現れ方しなかったら疑問すら持た

なかったと思うし」

「でしょ、でも聞いてよ!ヒカルってばわたしが出たり消えたりするのとか見てる癖に、

わたしが凄い技術を持った研究者かなんかの家族の娘って言ったら疑いもしなかったの

よ!」

「ヒカル、それホントなの?」

 大雨の日に捨てられた子犬を見るような目つきで見るのは止めてくれ。

「ヒカルのそのあるがままを受け入れるって態度は私としては結構好きだけどさ、このま

まだと悪い女に引っ掛かったりしないかって時々心配になっちゃうな」

「分かる分かる!ヒカルって飄々とした態度で大人っぽい感じするけど、実際は結構母性

本能くすぐられちゃうタイプだし」

 なんだか妙な風向きになってないか?

「ぱるすもそう思う?別にダメ男ってわけじゃないんだけどさ、しっかりしてそうなのに

ふとした時に脆い部分が見えたりして、あーもうっ私がついててあげなきゃって思う事あ

るよね」

「あるある!ってユズと初めて意見が一致した気がするわ」

「そういえばそうね、ふふっ」

「あのーお嬢さん方、俺を会話の肴にするのはいいんだが……その、出来れば俺の居な

い場所でやってもらえると助かるんだけど……」

「何言ってるの、ヒカルの困った表情なんかも美味しくいただいてるんだから肴なら肴ら

しく大人しくそこに座っときなさいよね」

 ユズよ、ぱるすの正体の話より俺をネタにするほうが優先されるべきとでもいうのか。

「そうそう、おすわり!」

 って俺は犬か!

 すっかり元の内容を離れ大事にされているのかオモチャにされているのか分からない扱

いを受け、人が最後におねしょをしたのはいつだとか本人すら忘れている恥ずかしい過去

を暴露されたり、サキさんの露出過剰とも思えるコスチュームに目がいった事を浮気者と

謗られ俺は気づいたね。

 女三人寄れば姦しいなんていうが、二人で十分じゃないかと。

 

 

 

 柚葉にまで正体を知られてしまってからのぱるすの行動は、例えは悪いが選挙シーズン

の候補者のように熱心だった。頼まれもしないのにポータルを使って柚葉を自宅へ招待し

たり、今日は街へ買い物、明日は遊園地へといったように俺たち二人を引っ張りまわして

いる。

「もうちょいのんびりしてもいいんじゃね?」といった意見を頑として聞き入れず忙しく

動き回る姿は、二度と夏ってものが来ないと思っているんじゃないかと感じるほどだ。

 昨晩も、どこにそんな体力が有り余っているのか、

「明日は海へ行くからね」

 そう声をかけられた。夏休みを終盤を迎えそろそろ宿題に本格的に取り掛からないとヤ

バイんだけどな、と一瞬思った。でも、海と聞いて断るわけにも行くまい。主に水着目的

な意味で。

 そんなわけで今日は海へ来ています。

 夏です、水着です、スイムウェアです。

「なんだ、スクール水着じゃないのか」

 白いワンピースで登場した柚葉を見て思わず口から出てしまったのは、決して変な意味

じゃないぞ?チビっこい体で普通の水着を着ているところが想像できなかっただけだ。

「そんなの着てくるはずないでしょっ」

 と蹴りを食らい、その後白って透けるんじゃなかったか?と愚かにも質問してしまい追

撃を貰ってしまったのは俺の浅はかさ故にだ、甘んじて受け入れよう。

 対するぱるすはピンクの紐ビキニ。正直反則だと思うぞ?太陽が眩しいんだろう、サン

グラスをかけしゃなりしゃなりこちらへ向かってくる姿はどう見ても同年代とは思えない

フェロモンを撒き散らしていて、周囲の男どもをやや前かがみにさせている。

 タイプの違う可愛い子二人を侍らせている、いや、実際は「ヒカルが変な女に捕まった

り道を踏み外さないように見張ってなくちゃね」という柚葉とぱるすの共同声明が実行さ

れているに過ぎないのに、周囲にその辺の細かいニュアンスが分かるはずも無く羨望と嫉

妬たまに殺意の入り混じった視線がチクチクと突き刺さる。

「どう?結構いい気分でしょ」

「わたし達とこうしてるなんて、贅沢だと思わない?本当ならお金を貰いたいくらいよね」

 女の子と歩くだけでお金を払うってどんだけオヤジ脳だよ!

 しかしまあ多少鼻が高くなってしまっているのも事実だ。

 柚葉は小さいけどボリュームのある、ぱるすは大輪の艶やかな花って感じでリアルに両

手の花を実践しているわけだし。

 そう思えばパラソルを借りて来いだのアイスを買ってきてだのというワガママにも気持

ちよく、ええ、気持ちよく応じることが出来ますとも。

「はーい、こっちこっち!」

 場所取りを任せて買出しと言う名のパシリから戻ってくると、案の定ナンパをされてい

たが、

「ごめんね、彼氏が帰ってきたから」

 こんがり焼けたテンプレ通りの男達はぱるすに軽くあしらわれ、チッ男連れかよ、と不

満そうに去っていった。捨て台詞までありきたりだな。

「あんま彼氏だなんだって軽くいうのはやめとけよ」

 命じられたジュースを手渡しながら言ってみたものの悪い気分じゃない。

 断る口実だとは分かっていても、ついつい口の端がによによしてしまうのは止めること

が出来なかった。

「軽くじゃなかったらいいんだ?」

「だからなユズ、そういうのが軽いっていってんの」

「むー」

「ヒカルって女心を感じ取るの苦手そうだしね、うんうん」

 小さくふくれた柚葉の手を取ってぱるすが茶化すように言う。

 そりゃ俺は男だから女心なんてそう簡単に解るはずがないだろ?

「そーゆー意味で言ったんじゃないんだけどナ。ま、そんな所がヒカルらしいといえばら

しくていいんだけど」

「女心に疎くてすいませんね」

「まーた、そうやってすねないのー。もうっ、ほら、日焼け止め塗らせてあげるから機嫌

直して」

 いや、ちょっ、それはっ。

「ほらほら、ぱるすさんのすべすべのお肌に直接触れるサービスタイムですよー」

 ビニールシートの上にうつぶせになり背中に手を回し、今にも紐を解きそうだ。

 えっ、あのっ。

「もうっ、意気地なしー。後からお願いしても駄目なんだからねー」

 軽く言うけど、柚葉の目の前でそれは流石に厳しいだろ!いや目の前じゃなくてもそう

簡単な話ではないんだが……って、それにそんなに簡単に男に肌を触らせるものじゃな

いだろうに。

「え、簡単にじゃないわよ?今まで男の人に肌を触らせたことなんて無いし、ヒカルだか

らいいかなって思ったのに」

 冗談とも本気とも受け取れる言い様は混乱するんでホント勘弁してくださいよ。

「仕方ないなぁ、それじゃあユズにお願いしてもいい?」

「あ、う、うん」

 目の前で繰り広げられているのは見方によってはR16程度のビデオに出てくるシーン

に見えなくもない。

「あんっ」

 ぺたぺたと背中に日焼け止めを塗る柚葉を見て、惜しいことをしたなんて絶対に絶対に

ずぇーーーーったいに思ったりしてないぞ。

「ありがと、ユズの小さな手がぬるぬると私の背中を這い回ってると思うと……かなり

くるものがあったわね、なんだかわたし新しいものに目覚めちゃいそうかも……」

 決して潮風のせいではない水気の多い視線を柚葉に送っている。

「じゃ、わたしもお返ししてあげるね」

 両手をわきわき動かし柚葉に飛びかからんとする姿は、なびく金髪のせいもあって小動

物を狩るライオンのように見える。

「いや、私は、その、一人で出来るから気にしないで」

「遠慮しなくていいからー」

 じわじわを間をつめようとするぱるすとじりじりと後ずさりをする柚葉、しかし捕獲さ

れるのは時間の問題だろう。

「ちょっとヒカル!ぼーっと見てないで助けなさいよ!」

 いかんいかん、微エロなシーンに目を奪われ過ぎだったか。

「ほら、周りの視線もあるんだから続きがやりたかったら二人きりの所でやれよな」

 元々人目を惹きやすいのに余計なことをして更に目立つのは勘弁してくれ、俺は地味に

地味に生活したいんだ。

「仕方ないなー、今日はこのへんにしておいてやるぜ!」

 微妙に使い方を間違えた捨て台詞を吐いてようやく大人しくなってくれたぱるすを横目

にプルタブをパキッと開ける。ふぅ、コーラうめえな。

 

 その後もぱるすは海の全てを満喫するのに最大限努力しているようだった。

 肺活量のチェックと称してビーチボールを膨らませる作業を俺に任せると、柚葉と二人

アイスキャンディーを買いに行き、何かを想像するような食べ方をして「ちょっと、止め

なさいよ!見てるこっちが恥ずかしいわよ」と柚葉に責められ「そんな事を想像するユズ

のほうがやらしいよね」と切り返し、ついでに買って来た焼きそばがマズかったと青海苔

のついた歯を見せながら悪態をつき、それを指摘され柚葉張りの拳を俺に食らわせ、呼吸

困難に陥る一歩手前でようやく膨らませ終わったビーチボールで無邪気に遊んでいるかと

思えば足がつって溺れそうな演技をして柚葉に叱られ、横になった俺の体に砂をかぶせお

っぱいを作ってみたり、砂の城を作っては崩し作っては崩し、全く細い体のどこにそんな

力が詰っているのか驚嘆する以外にない。

 俺達はその都度驚き振り回され、しかし「こんなに楽しい夏は初めて」という柚葉の言

葉通り、今までに無いほど夏休みを堪能している。

 恐らく、ギチギチのスケジュールでハイになっているのと、褒めると付け上がりそうだ

から口には出さないが、ぱるすのエンタメ精神旺盛な行動のお陰だ。良く考えれば人を楽

しませようって意識と自己顕示欲が旺盛じゃなければ、自宅からラジオ放送なんてわざわ

ざやらないだろう。

 

「もう夏も終わりね」

 海からの帰り道ぱるすがぽつりと呟いた。

 翳る太陽を背にし、伸びる自分達の影を踏みしめながら歩いていると、そんな短い一言

も随分センチメンタルな印象になる。

「そうだな」

 振り返ってみると「もう」よりも「やっと」と言った方が正しいような気がしなくもな

い。実際ぱるすが来てから巻き込まれた数々の出来事は、ひと夏で17年かかって築き上

げた常識と言う名の殻を破るには十分だったし、最近はやや柚葉も感化されているが、こ

こまで人の都合お構いなしに振舞うようなヤツは周囲にいなかったからな。

「もし」

 思い思いの考えに浸っていると、ぱるすが小さく口を開いた。

「どうしたの?」

「もし、わたしがそろそろ地球を去らなくちゃいけないって言ったらどうする?」

「どこかいっ……ちゃうの?」

「コイツの言うことを一々真に受けてたらバカ見るぞ、今まで何度もそうやってからかわ

れたか覚えてるだろ?」

 ぱるすが現れた初日を筆頭に、今まで何度嘘大げさ紛らわしい表現と態度に騙されてき

たことか。

「ヒカルがそう感じるのも無理は無いけど、ぱるすってヒカルが思ってるほどふざけてば

かりじゃないと思うけどな。ねえ?」

 ぶんぶんと音が聞こえてきそうな勢いで頷くぱるす。ちょっと鳩っぽいぞ。

「でも、今日の日焼け止め塗るときみたいな事が結構あると、何言ってもまたネタ仕込ん

でるんじゃないか?って思っても仕方ないだろ。狼少年みたいなもんだ」

「あれが冗談ね……」

「普段男扱いされてないのに急にあんな事やられてもな。ユズだって時々俺をからかうの

にじゃれてくるだろ?それと一緒で、んなの一々本気にしてたら俺の身が持たないって」

 何故か柚葉が大きなため息ひとつ。

「あーもうっ、ヒカルの事でぱるすをフォローするのはちょっとヤなんだけど、ここまで

鈍感だと見てらんないわね。あのねヒカル、どうしていつもぱるすが何でも冗談めかして

言ってるか考えたことある?」

 はて。

「ぱるすは冗談で予防線張っておかないと本心を出せないくらい、照れ屋で臆病な子なん

じゃないかなって私は思うんだけどな」

「またまたご冗談を」

 それはないだろう、だってぱるすだろ?しかし、風が吹き金色の髪の毛をはらはらと巻

き上げたそこで見つけたのは夕日に染まったにしては赤味の強い横顔だった。

「ヒカルだって似たようなところあるでしょ?深い付き合いにならないように防波堤作っ

ちゃってさぁ、有る程度から先は人の意図とか関係なく全部冗談で済ませちゃうじゃない」

「う……」

 ぱるすにも同じようなことを言われたが、俺は傍目にはそんなに風に見えてるのか?

「私だってそんな偉そうなこといえた柄じゃないってのは自分でも解ってる。けど、ヒカ

ルはもうちょっと人と関わるって事を真面目に考えたほうがいいんじゃないかな」

 こんなに真剣な柚葉を見るのは初めてのような気がする。でも、俺だって不真面目にや

ってるつもりはないぞ。

 相手に自分の心の内を伝える手段には文字や会話、スキンシップなんかがあるけれど、

その全てを駆使しても頭の中にあるものを100%伝える事は出来ない思う。

 綺麗な景色を見た時、美しい旋律を聴いた時、つい笑みが零れてしまう優しい場面に遭

遇した時、きゅっと心臓が縮こまる切ない想い、そういった自分の心をそっくりそのまま

他人に理解してもらう術が有ればどんなにいいだろうと考えたこともあるが、それが無理

だからこそ、人は何かを伝えたいと悩み、行動し、そして時折誤解される。だけど、その

限りある手段を駆使して他人と心を繋いでいこうって姿勢こそが人とかかわりを持つ上で

一番大切なんじゃないか?

 なんてことを数秒ほどの間考えていると、

「ケンカはやめてっ、わたしの為に争わないでっ!」

 やや演技過剰気味にみえる態度はいつものぱるすそのものだ。

「ほらみろ、こーゆーヤツなんだって」

「もー、ぱるすはそれでいいの?」

「えへへー」

「ぱるすがいいならいいんだけどさ」

 見上げる格好になりながら諦めたように言った。

「あ、でも地球圏から出て行くってのはホントよ、ここでの仕入れも終わったし次の星で

待ってる人もいるから」

「それを先に言え」

「言う前に遮ったのはヒカルじゃない、わたしは真面目に話してたのにー」

 そりゃまあそうだが、元はといえば普段の自分の行動がきっかけになってるとは思わな

いのか。

「あら、女の子に責任を擦り付ける気?楽しむだけ楽しんで飽きたら知らん振りなんてヒ

カルってばサイテーよっ」

「だからな、そういう誤解を招くような発言を連発するところを改めないから今みたいな

事になるんだろーに」

「ごぬんね」

 ぬ、て……全く悪びれた様子が見えないのはどういうことだ。

「ま、そんなわけで、今週か来週くらいには出発になるみたい」

 何かを諦めたような寂しそうな笑顔、そんな顔見せられたら結構切なくなるじゃないか。

「そうなんだ……」

「本音を言えばまだこっちに残ってたいけどね」

「ぱるすみたいな自由奔放な友達は今まで居なかったし、夏休みの間色々遊んでたのにこ

れでお別れっていうのは寂しいな……」

「ふふっ、ありがと。わたしだってユズと離れるのは寂しいわよ」

「なあ、その、遠くに行くって言ってもまたすぐこっちに来るんだろ?」

「そうだったら良いんだけど、ウチの都合だけで動いてるわけじゃないからそんなに簡単

にはいかないと思う」

「そうか……あー、でもポータルがあるよな。あれ使えば問題ないんじゃないか?」

「ポータルは有る程度近くないと使えないから、今度向かう先からじゃヒカルの所までは

飛べないと思う。せっかくこうやってヒカルともユズとも仲良くなれて、これからもっと、

そうだな……今は勝手に友達って思わせてもらってるけど、ユズとは親友って呼び合え

る仲になれればいいなって思ってたから残念だなー……」

 いつもなら何か悪いものでも食ったんじゃないか?と声をかける所だが、今はそんな野

暮なことをしてる場合じゃないのは鈍い鈍いと2人に言われまくってる俺でも分かる。

「あ、ユズの事ばっかり喋ってるけどヒカルと離れるのもちゃんと寂しいって思ってるか

らね!」

「取ってつけたように言われても全く嬉しくないんだが」

 アンニュイだった雰囲気がぶち壊しだ。

「すねないすねない」

 はぁ……

「それじゃ、ここんとこ凄い勢いで遊びに引っ張ってたのは、思い出作りみたいなもんだ

った事か」

「うん、それも勿論あるけどそれがメインじゃなくて……上手く言えないけどヒカルや

ユズと一緒にいたいって気持ちが先にあって、結果として思い出作りになっちゃったけど、

もしわたしが居なくならなかったとしても同じように遊びに誘ったと思う」

 両手を背中で組み、つま先で小さな石ころを蹴るように足を運んでいる姿を見て、柚葉

に言われた俺と似た部分があるってのが何となく分かった気がした。

「わたしね、ウチに来てくれたから二人とも知ってると思うけど結構いいトコのお嬢様じ

ゃない?て自分で言うのはちょっと恥ずかしいんだけど。それで、ママはあんな感じでか

なり放任主義で自分自身もかなり自由人でしょ?だからウチをあけてることが多くて子育

てはパパに一任してるような感じなのね。しかも古い家だから格式とかにうるさくってさ、

付き合う相手もパパが選んでたし友達って呼べる相手今まで居なかったのよ。だからこっ

ちに来てヒカルやユズとこうやって普通にお友達出来てるのが凄く嬉しかったんだ」

「そっか、親の決めた相手としか付き合いが無いんじゃ息も詰っちゃうよね」

「うん。丁重にお断りしたけど一度は許婚を勝手に決められそうになったこともあるし」

 一方的に結婚相手なんて決められちゃたまらんだろう。例えば両親同士が仲がいいから

って俺と柚葉がそうなっていたら……尻に敷かれ涙目になっている自分の姿が一瞬で頭

に浮かんだ。ごく普通の家庭に生まれていて良かったとしみじみ思う。

「わ、私はお付き合いするならやっぱり好きになった人とがいいな」

「やっぱユズもそう思うよな。お見合いってのも悪くないんだろうけどさ」

 痛ッ、なんで脇に肘鉄入れられないといかんのだ。

「わたしも恋愛して結ばれたいな、ね?」

 右の袖をぱるすにつままれ左脇を柚葉に再度小突かれる。んな事ばっかりやってると嫁

の貰い手なくなるぞ?

「そうよ、良く考えたらパパなんて色々束縛するくせに、詳しくは教えてくれないけどマ

マとは恋愛結婚のようなものだったらしいし自分だけってのはズルイよね」

「ま、それは確かにそうだな」

「でしょ!その辺きっちり話しをしてみないと駄目ね。勿論このままバイバイしたっきり

なんて嫌だからこっちに戻ってこられるようにも頑張ってみるけどね!」

「俺やユズに出来る事があったら何でも言ってくれよ、出来るだけ協力するしさ」

 家の都合での引越しみたいなモンに部外者が何か出来るとは思ってないけど言わずにい

られなかった。

「その気持ちだけありがたく受け取っておくわ、自分の家庭と自分自身の身の振り方の話

しだし、冷たい言い方に聞こえるかも知れないけど他人に何かをしてもらって解決する問

題じゃないと思うから」

 普段あれだけおちゃらけてるクセに、考えてる事は真面目なんだな。

「あ、そうだ。本当になんでもいいなら手伝って欲しい事があったのを思い出したんだけ

ど」

「ああ、いいぞ。ただ毎年のことだが夏休みも終盤だし宿題っつーもんがあるからその辺

は考えてくれよな」

「ヒカルはどうせ出来なかった所は私のを丸写しするだけでしょ」

 お、なんだ、じゃあ今年も余りやらなくても良さそうだな。

「……少しは自分でやった痕跡が無かったら写させてあげないんだからね」

 なんでそう勘が鋭いかな。カットインと効果音付きで睨まれた気がするぞ。

「それじゃ……そうね、今週末が丁度いいと思うから絶対に空けておいてね」

 おっけーおっけー、夏最大の障害が取り除かれた今なんだって付き合ってやるさ。

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そろそろ終盤です!
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