電波系彼女10 |
「えーっと、次はどこだっけ……」
丁寧に折り目の付いたコピー用紙に目を落とし、力なく柚葉が問いかけてくる。
「っと、終わったところは印つけてあるから……ここか。次で一応ラストっぽいな」
柚葉だけでなく俺も体力と精神力の限界ギリギリ、何度も洗濯を繰り返してボロボロに
なったシャツのようだが、あと少しでこの地獄から開放されるかと思うと多少気が楽にな
った。
昨日手にチラシのようなものを持って柚葉と俺と目の前にして、
「明日までにきっちり読んでおいてね。あと、スポーツドリンクとタオルは必須だから忘
れないように」
そう言われたとき俺たちはてっきりキャンプ場かなにかにいくものだと思っていた。柚
葉だって口には出さなかったが同じようなことを考えていたと思う。
だが、手渡されたのは蛍光ペンで所々にチェックと矢印を書き込んである地図と「はじ
めてのコミケ参加についての注意点」と表紙にでかでかと印字してあるコピー綴じの小冊
子。
「なあ、これ……」
「あ、それね。わたしもだけどユズもヒカルも初めての参加でしょ?かなりきつい環境だ
って聞いてるから気をつけなくちゃいけない事をまとめておいたの」
違う違うそうじゃない、そうじゃないよぱるすさん。
「しつもーん!このコミケってのは何?」
「いい質問ね。簡単に説明すると自作の漫画やゲーム、小説なんかを販売する場、かな」
「ふぅん。なんでもいいって言ったからつきあうけど、本当にこんなのでいいの?もっと
凄く思い出になるような場所じゃなくていい?」
話に聞いただけだから実際の所は知らないけどさ、ある意味凄く記憶に残ると思うぞ。
ぱるすだけじゃなくユズにとっても。
「もちろんよ」
ぱるすは満面の笑みで俺の言葉を封じ込めそう告げた。
そんな事があって今俺と柚葉は紙袋一杯になった同人誌の山を持ち重たい足を引きずっ
ている。会場が近くなるにつれ変化する車内の雰囲気に目を白黒させ、ビッグサイトに到
着した時には完全にハメられた事に気づいたようだが、自分で付き合うと宣言した以上不
満を漏らさないと決めているようで「疲れた」「暑い」「人多すぎ」程度の愚痴はこぼすも
のの、ここに連れてこられたことに対して何も言わないのは律儀すぎるだろう。
俺だってぱるすに対して思うところが無いわけではない、だけど、柚葉に隠れて自分好
みの男性向け同人誌をこっそり購入した以上不平は言うまい。いや、むしろ感謝している
かもしれん。
取りあえず隠し場所は柚葉にばれないようにしておかないとな。
最後の買い物を済ませ待ち合わせ場所に来てみると、少し時間が早かったのかぱるすの
姿はまだない。ここは待ち合わせの定番らしく周囲には人だまりがいくつも出来ていて、
購入した本をめくる人、持ち寄った本を分配するグループ、疲れきって床にへたり込む人
等、さながら初詣を終えた駅前のような惨状だ。
「そういえば今年の夏はこうやって2人で遊ぶのは始めてだね」
柱に並んで寄りかかってしばしの休憩。
「いやいや、ぱるすも一緒だろ?今は一人でどっかの列に並んでひぃひぃ言ってるんだろ
うけど」
「そうだけどー、今年はどこにいくにもぱるすが一緒だったしヒカルと二人でってのなか
ったんだもん」
「言われてみればそうか。でも、たまにはこんな夏もアリだろ」
「んー、ちょっと物足りないかな」
センスのいい扇子。いや洒落ではなくだな、和紙と竹で作った鶯色の扇子にお香を焚き
染めたものでパタパタ俺を仰ぎながら口を尖らせる。
「なんだ、そんなに俺と2人で遊びたかったのか」
「そうっ……じゃないわよ!毎年夏祭りとか一緒だったから習慣になってて落ち着かな
いだけなの!」
あぶねぇ、回りに人がいっぱい居るんだから暴れるなよな。
そういや、並んでいたときに疑問に思ったんだが、どうして長い行列だと前の方はコン
スタントに人が減ってるはずなのに、後ろの方は途中に休憩を入れるシャクトリムシみた
いに止まっては動き止っては動きの繰り返しなんだ?国会中継の牛歩戦術のように、のろ
のろと止まることのない動きにならないのはとても不思議だ。
「ほら、迷惑になるから大人しくしとけ」
肩をつかんで前を向かせると思いのほか静かに従った。
「て、暑っついんだから寄っかかるなよ」
「少しくらいいいでしょ。長い時間立ちっぱなしでちょっと疲れちゃったし」
柱があるだろと言った所で「硬くてヤ」と断られるのは目に見えている。
仕方ねーなぁ。お団子にまとめた髪に刺さっている櫛がごりごりと肋骨の間を刺激して
いるけどこれ位は我慢してやるか。
提案者のぱるす、そしてぱるす菌にやや汚染された俺には我慢できても、着衣のままサ
ウナに入っている様な状況は、ごくごく普通の女の子である柚葉にはかなりきついんだろ
う。
「ヒカルの背中って意外と広いんだ」
「そうか?」
「うん、なんかヒカルの癖に生意気だけど男なんだなーって感じ」
「ジャイアニズムな話しはどうでもいいけど喋るとき頭ぐりぐりするのはやめろって。櫛
が刺さって痛いから」
「なによ、人がちょっと男らしくなったからって褒めてあげたのに」
どこがだ。
ごつごつと打ち付けてくる2つのお団子の傷みに耐えかね肩を軽く押すと「ゃんっ」と
体を震わせる。こんな声も出せるんだと妙に感慨深いものを感じていると、
「ど、どこ触ってんのよ!」
耳たぶが千切れるんじゃないかと思うほど力いっぱい引っ張られ、大声なのか小声なの
かはっきりしない抗議の声。
取れる、耳取れるって!引っ張られる格好で無理やり顔の高さを合わせられた。
「ちょっと押しただけだろ?」
「肩じゃなくて首筋に指があたってたでしょ!私はそこ弱いんだからいきなりさわんない
でよね!」
強いとか弱いとか何を言ってるんだって話だが、大人しく中腰の不安定な格好のままお
説教を賜っていると(前もって言ってあればいいのか?とはとても聞けなかった)余所見
をしながら歩いていたグループの一人がぶつかったらしい、体勢を崩し両手を泳がせ柚葉
のロリ乳、いや、ぱるすっぽい例えはやめよう。柚葉の胸を掴んでしまい「きゃーっ!変
態っ!!」と叫ばれて警備員に保護されそこから警察へ連絡、迷子になった柚葉はいつま
で経っても釈明に来ずそのまま補導、翌日のニュースで「イベント会場で痴漢行為を働い
た高校生が居たようです」などと名前は出ないものの全国的に恥を晒すようなザマに……
はならなくて済んだ。
ただ、よろめいた拍子に柚葉に抱きついてしまい、ついでにむにゅっと柔らかいものが
唇に触れたような気がするのはどうやら事実のようで、目を明けて飛び込んできたのは口
に手を当て大きな瞳を更に大きく開き固まっている柚葉の姿だった。
あー、これって、やっぱ。アレ……だよな……気まずい、ひっじょーに気まずい。
…………
……
…
ここで俺の取れる行動は2つしかない。しっかり10秒は逡巡して俺はそう結論付けた。
1つは何も起こらなかったことにする。俺の唇の純潔は守られるし柚葉だって俺として
しまったことの是非はともかくこんな場所じゃ嫌だろう。しかも、もしこれが初めてなら
お世辞にも綺麗な記憶にはならないし。問題はこの選択肢を選んだ場合、言うに言えない
しこりのようなものが残ったりしないか?って所だ。
もうひとつは起こってしまった事はそのまま認めて冗談で流す。事故みたいなものだし、
いつもの俺ならコレを選ぶんだろう「さっき食ったお菓子の香りがしたけど、色気なさ過
ぎじゃね?」てな具合で進行すれば有耶無耶のうちに終わりそうじゃないか。
素直にゴメンと言ってみるのも悪くないかもしれないな。自分に責任がない事だって今
まで何度も謝ってきたんだから今回もそうしたっておかしくは無い、いや、むしろ柚葉も
コレを一番自然に感じそうだし。まあ、非が無いのに謝るってのも変だが緊急回避だから
仕方ないってことにしておこう。
他にも、柚葉以上に固まってみるとか逆切れしてみる、突然踊りだして呆けさせたり「も
う一回いいか?」って聞いて……なんか俺が一番混乱してるような気がしてきた。
「ちょっと、気をつけてよね!」
転んでも居ないのにスカートを払い、硬直していた表情をあっという間に沈めて何時も
通りの佇まいに戻ったのを見ると、少し悩んだ俺がバカみたいだ。
「あ……わりぃ」
唇に残った柔らかい感触の記憶は単に俺の勘違いなのか、それとも気にするほどのこと
でもないと思っているのか……いや、単にぶつかって驚いただけだろうな。
「……わかればいいのよ」
「……」
「……」
「それにしても遅いわね」
柱にさっと背をつけて早口でまくし立て周囲をきょろきょろと見回す姿はミーアキャッ
ト?だったかな、あれそのものだ。
「時間だしそろそろ来るんじゃないか?」
沈黙に耐える装置の搭載されていない俺には口火を切ってくれたのは非常に助かる。
ぱんぱんに張った足を揉みながら、一人先走ったのが恥ずかしく出来るだけ柚葉の方を
見ないでいると、この人波灼熱地獄へ招待しやがった張本人が戦利品を両手一杯に持ち軽
い足取りで到着。俺達2人で買ったのより多くないか、これ。
「おまたせー」
とても同じ環境で買い物をしてきたとは思えない元気な声だ。
「こっちのリストにあったのは一応全部買えたぞ」
「ありがとっ!もしかしたら買えないのが出てくるかもって思ってたしホント嬉しい!」
だから、そう簡単にくっつくと柚葉から手が飛んで……来ないな??
「ユズもありがとっ、初めてでこんな場所に連れてきちゃってごめんね」
「えっ?あ、うん。別にいいのよ、最初からお付き合いするって決めてたし」
「平気?ちょっと元気がないみたいだけど……」
「ん、だいじょぶ」
傍目にも多少疲れというか上の空のように見えるが気丈に笑顔を見せる。でも、逆にこ
の状態でここまで元気なぱるすの方がどうかしていると思うけどな。
「そっか。それじゃ戦利品でも軽く拝もうかなー」
パンッと軽く頬を叩くと、興奮しているのか鼻をピクピク動かしながら、がさがさと袋
から同人誌の山を取り出しはじめた。ちったぁ落ち着け。
柚葉はと言うと、
「どしたの?ユズ」
紙袋の中身が気になるのかこっちをちらちら見ていたが、ぱるすの声にびくっと体を震
わせると「はわわ、わたししりませーん」てな顔で何事も無かったかのごとく装っている。
そんなに興味津々なら手にとって見りゃいいのにな。俺は部屋に戻ってゆっくり読むけど
さ。
「そんなに気になるならちょっと見てみる?」
しっかりぱるすにも見つかっていたらしく、公衆の面前で広げるには憚られる表紙の本
を一冊取り出すと柚葉にぐぐいと差し出す。下手したら羞恥プレイだな、これは。
「ほ、ほんとにそんなのじゃないから」
必死になって否定していても子供が書いた太陽みたいに真っ赤になってちゃ台無しだぞ。
しかも、顔を背けているが横目でこっそり見てるじゃねーか。
俺の事をエロだのスケベだの言ってるけど柚葉だって、いやむしろムッツリな分柚葉の
方がよっぽどだろ。
「とにかく!用事が終わったならそろそろ帰りましょ!行きの混雑考えると帰りが恐ろし
いし」
すげー力技。
嗚呼懐かしき我が家よ!
何度かの乗り継ぎを繰り返し、ようやく帰宅した時心の底から叫びたくなったね。
行きも凄かったが、荷物の増えた帰りは忍耐力のテストに使えるんじゃないの?と思え
るほどの混みようで、ビッグサイト内じゃそれなりに統制の取れていた人の動きも外に出
ればぐちゃぐちゃに、テンションの上がりまくった一部を除き車内は死屍累々、まるでゾ
ンビの輸送列車のようだった。
閉会時間よりかなり早く帰り始めてコレなんだから、最後まで残った場合はどれだけヤ
バイ状態になるのか想像もできなかった。柚葉にせがまれて明治神宮に初詣に行った時だ
ってここまで酷くなかったぞ。
「おさきー」
意気揚々と階段を駆け上るぱるすと対照的に、柚葉は売られていく子牛のように元気が
無い。
「どした?」
「うん……ちょっと」
「人ごみに酔ったか?」
「ううん、そうじゃなくて……昼間の事なんだけど……」
昼間……何かあったっけ。
「ほら、ぱるすを待ってる時」
……あー……でも、今蒸し返されてもなあ……人にぶつかってもふらふらしない
ように体鍛えておけとかそんな話だろ?
藪をつついて蛇が出てくるのも嫌だし沈黙でやり過ごすと、この男何にも分かっちゃい
ないってな顔でため息ひとつ。
「もおっ!ヒカルが私にぶつかったでしょ!……あの時私の口に……その、ヒカルの
く、唇が触れたけど、あれは事故なんらからすっぱり忘れるようにねっ」
そんな噛んでまで言うほどの事じゃないと思うがな。まあ、予想外の出来事だったての
は間違いないから断ることも無い。
「やっぱ勘違いじゃなかったか……その、ごめんな」
「べ、別に謝ることないわよ、だって事故なんだし……」
「そっか、んじゃ、何も無かったって事で」
余計なことを言って雷が落ちちゃたまらんから素直に従ってみたのに、なんで不満そう
な顔をされなければならんのだ。
「……ああもうっ、おやすみっ!」
「おう、またな」
ぱたぱたと隣に駆けていく横顔は少し怒っている様に。うーむ、女の子の扱いって難し
いね。
「ヒカルー、はいるわよー?」
んあ?ちょっと横になってたつもりが完全に寝ちゃってたな。
今日の柚葉のように髪の毛をまとめてにやにやしている。
「これ、わたしのリストには無かったはずだけど、もしかして個人的に買って来た?」
!!やっべ、抜いとくの忘れてた。
「ヒカルも結構マニアックね」
「随分ぱるすに染められたからな」
「ほっほー、絶対領域オンリー本なんて買っておいて人のせいにしますか」
「はいごめんなさい」
「えと、他にもー……」
「ほんっとすんまんせんでした!勘弁してください」
タイトル連呼されたらたまらんです、ええ。
「よろしい。それで、これはどこに隠しておくの?本棚の上から3番目だっけ?」
「あああああ、もう自分でやるからその辺座って座って、なんか飲む?お茶?ジュース?」
ダッシュで奪い取ったはいいがヤな汗かいたぜ。
「まだわたしの方も仕分け終わってないからお構いなく(はぁと)」
取りあえずベッドの下に放り込んでおこう。
「で、帰ってきたとき家の前でユズとなに喋ってたのか興味あるなー?」
俺の周りをくるくる回りながら上目遣いに聞いて来る。風を切る音が聞こえてきそうな
くらい長いまつげだな。
「ああ、今日は疲れたねー、とかそんな程度で大した話じゃないから」
「そう、てっきりビッグサイトでいちゃいちゃしたり、その後キスしちゃった事かと思っ
たのにつまんなーい」
って、お前なんで知ってんだよ!
「やー、荷物いっぱいだったし休憩入れながら歩いてたんだけど、そしたら柱のトコでい
い雰囲気出してるカップルが居るじゃないの。で、良く見たらヒカルとユズの2人だし、
ちょっと見学というかパパラってたらバランス崩した時に……こうガバッと。その後の
甘酸っぱいなんともいえない雰囲気までばっちり」
足をおっぴろげたまま椅子の背を抱えてギコギコ言わせて喋るのはどうかと思う。
「あのな、確かにぱるすが言うような事はあった。でも、見てたならあれが事故だっつー
のも解るだろ?」
「それくらい解るわよ」
「ならこの話はしゅーりょー、ユズとだってあれはアクシデントだったから無かった事に
しようって話がまとまってんだからさ」
「わ……かるけどさぁ」
けどなんだ。
「胸がなんかチクチクするんだもん……」
「……ごめ、もっかいいいか?」
何かとても理解しがたい言動があった気がする。
「だからぁ、ユズとヒカルがそゆ事したの見て嫌な気持ちになったって言ってるの!何度
も言わせないでよ恥ずかしい」
怒ったように言うと、ぷいと顔を背ける。
「それはつまり……ぱるすがユズの事を好きで、偶然とはいえあんな事態になったのを
見て俺に殺意を持ったとかそういうこと……じゃないよな、やっぱ」
「違うわよ」
と、あくまでそっけない。
「……そうか」
「……うん」
リアリティの無い時間だけが過ぎてゆく。
「あのね」
長い沈黙を破ったのはぱるすだった。
「ん」
意図したわけではないのに最小限の言葉しか出てこない。
「もう帰るまで時間もあまりないし、後悔したくないから言っとくわね」
ゆっくりと立ち上がりそう宣言すると、曇り一つ無い瞳でしっかり俺の目を見つめこう
続けた。
「わたし、ヒカルの事が好き」
……
「なんだと思う……」
頭が真っ白になるってこういうことなんだろうな、
「そっか」
一言返すのが精一杯。
「女の子がすっごい勇気振り絞って告白したんだからもっとなんとかいいなさいよ……」
顔を伏せ泣きそうなるのを我慢しているような声で呟いた。
「なんとかつってもな……俺もこんなの初めてだから何も思い浮かばないわけで……」
何か言わなくちゃという考えだけが空回りして、余計なことばかり思いつく。耳鳴りは
するし体温は急上昇呼吸も乱れて鼓動も爆速、顔は真っ赤になってるだろうし風邪の症状
と似てるよな。こんな事いくらなんとか言えと言われたって口には出来ないだろう。
「今、また引っ掛けようとじでるでおぼっだでじょ」
「思ってない思ってない。幾らいつも冗談ぽく言ってるつっても流石に鼻声になったり瞳
に涙貯めるってのは無理だろ。ってか泣かないでくれ、な?」
「じがだないでじょ、がっでにででぎじゃうんだぼんっ」
ベッドに仰向けに倒れこんで顔を両腕で隠すと、堪えられなくなったのか辺り憚ること
なく嗚咽をあげている。
泣く子と子供には勝てないなんて言うが正にその状態。時折伸ばす手にティッシュを握
らせ落ち着くのを待つばかりだ。
「もうだいじょぶ」
泣くって行為にはヒーリングの効果でもあるんだろう、涙が荒ぶる感情を全て洗い流し
たかのようにすっきりとした顔をしている。
「平気か?」
「ごめんね。泣くつもりは無かったんだけど……なんか急にこみ上げてきちゃって」
おかしな話だが、はれぼったい目や赤い鼻をして照れながら笑うぱるすはいつもより数
段可愛く見えた。
ぽんぽんとベッドを叩く手に促され隣り合うように腰を下ろす。
「ほんとは……さ、あんな事言うつもり無かったんだよね」
俺の反応を確かめるようにぽつりぽつりと語りだした。
「ここから居なくなるのは決まってたし、何も言わずにいようと思ってたんだけど……
ダメだね、我慢できなかった」
「最初は、住む場所だけは確保しなくちゃって計算とか打算だったのよ?」
それは、まあ、解る。
「でも、一緒に生活するようになって、わたしのしでかした事なんかも気軽に許してくれ
ちゃってさ「なんかコイツっていいやつかも」って思い始めて」
「趣味の話をしたって、引いたりしないで付き合ってくれたり……これはヒカルにその
素養があったのかもしれないけど」
くくっと含み笑いをするなよ。悪かったな絶対領域好きになっちまって。
「いつ頃からなのかな?「わたしヒカルの事ちょっと好きかもしんない」なんて思うよう
になったの……」
「よくわかんないな、何か凄いきっかけがあったわけでもないし、気づいたらヒカルに凄
く惹かれてた」
とても、とても優しい微笑み。
「今思えば、ちょっかい出しては冗談にして逃げてたのは、多分そんな自分の気持ちを誤
魔化す為だったんだよね」
「居なくなるのが分かってたから、出来るだけ気持ちを大きくしないように、これ以上好
きにならないように、いつもと同じように振舞っていこうって決めてた」
「でもね、毎日どんどん苦しくなって……それでもなんとか抑えてたんだよ?……け
ど、ヒカルの部屋に入って、ヒカルの声を聞いて、ヒカルのにおいに包まれて、ヒカルを
全身で感じたとき」
「さっきまで我慢してたの、全部、溢れちゃった」
最後に大きく息を吐き、一つ一つ丁寧に選んだ言葉を紡ぎ終わると満足そうにこう付け
加えた。
「ありがと、全部聞いてくれて」
「……」
気の効いたセリフのひとつでも言えればいいのに残念ながらそんなスキルは無い。第一
こんなに素直に感情をぶつけられたのは初めての経験で、そこまで考える余裕も無い。
「そんな深刻そうな顔しないでよ、別に付き合って欲しいとか言ってるんじゃないんだし」
「あ……うん」
「わたしが勝手に言いたいことぶちまけただけなんだから、ヒカルは気にしないで……
と言っても難しいか……ま、わたしに好かれたのがツイて無かったって事で諦めてくれ
たまい」
サキさんを彷彿とさせる笑い声をあげると、
「それじゃ、わたしは帰りの準備や片付けがあるからこのへんで」
へったくそなウィンクと敬礼一つを残して小走りに駆けて行った。
……俺の事をねぇ……
目の前で起こった事なのに簡単には信じることが出来なかった。だが、それまでの彼女
のやり方を振り返ると俺がそうなってしまうのも無理からぬことだろう。
ただ、一つ気づいたのは、柚葉やぱるすに惹かれながらも口に出せない俺も同類って事
だ。
今はまだ淡い想いだから仕方ないのかもしれない、でも、この先気持ちがはっきり固ま
っとき俺はそれを伝えられるのか?と問われても、素直に「はい」と言える自信がない。
いつかそんな日が来るんだろうか。
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夏の海に行ってるよ!(分かる人にはわかる | ||
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