デレバニのつくりかた。 |
ウロボロスによる「セブンマッチ」なんていうふざけたテレビジャックからOBCが健全な放送を取り戻して、三日。
ブロックスブリッジをはじめとして、シュテルンビルトの各地でパワードスーツが暴れたことによる痕跡はまだ痛々しいばかりだが市民の顔には笑顔が戻っていた。
何より、自分たちが信じていたヒーローによる完全勝利。
人質となっていた恐怖を完全に払拭するにあまりあるヒーローの活躍に、市民は満足していた。パワードスーツを力づくで押さえ込んだブルーローズやドラゴンキッド、ファイアーエンブレムはもちろんのこと、自身の暗い過去を明かし、有言実行で仇を倒したバーナビーにも賞賛は止まない。
主犯格のクリームは直ちに拘束、ジェイク・マルチネスに関しては事故による死亡と報道された。
しかし、虎徹もバーナビーも、その亡骸を目の当たりにはしていない。
崩れ落ちた瓦礫の下敷きになってしまって原型をとどめていないなどと言われたが、それでもバーナビーは遺体を見せろと強く主張するのではないかと、虎徹は思っていた。
最後の最後まで意地汚く逃げ出そうとしたジェイクのことを、バーナビーの親のことなど微塵も覚えていないと繰り返した犯罪者の最期を、バーナビーは見届けたかったんじゃないか。しかし虎徹の予想とは裏腹に、バーナビーは「そうですか」と小さく答えただけだった。
あるいはマーベリックがバーナビーに言い聞かせたのかも知れない。虎徹には知る由もないが、幼くして両親を失ったバーナビーを支えてきたのはマーベリックのようだから、彼が無理だといえばバーナビーも素直に言うことを聞くだろう。
それでなくても、バーナビーは少し疲れているように見えた。
司法局が見せられないというものに、詰め寄る気力は残っていなかったのかも知れない。
「よう、バニー。遅かったな」
トレーニングセンターでストレッチをしていると、遅れてきたバーナビーは虎徹の声に小さく会釈を返した。
疲れているように見えるのは、これまでのようにキャンキャンと噛み付いてこなくなったからかも知れない。二十年間追ってきた敵を討つことができて心に余裕ができたのか、バーナビーは以前までのような棘の多い言動が少なくなったように感じた。
それどころか、口数が少ない。
笑わないのは元からだが、どうも物思いに耽っているようにも見える。それもどちらかと言えば、良くないことを。つまり、悩み事がある人間のそれに見える。
ジェイクを倒した瞬間はもっと晴れやかな表情をしていたはずだが、一体いつからだ?
虎徹は掛け声をかけて重い体を上げると、ランニングマシンに向かうバーナビーに歩み寄った。
「ロイズさんに何の用だったんだ?」
虎徹に顔を上げるバーナビーの表情には確かに険がない。無防備な子供のようなあどけなささえある。
あるいは親の敵を討つという重圧から解き放たれたことで、バーナビーは幼い子供の頃に戻ったのかも知れない。そんなことは容易には考えられないが、なんだかそんな気にさせるような表情だった。
「虎徹さん」
タオルをランニングマシーンのハンドルにかけたバーナビーが口を開こうとした瞬間、
「こっ、」
ブルーローズの素っ頓狂な声が聞こえてきて虎徹は背後を振り返った。ファイアーエンブレムも目を瞬かせて立っている。
「虎徹さん? バーナビーってタイガーのこと、おじさんって呼んでなかった?」
「アラまぁ、親密なカンジ♪」
ブルーローズがあまりにも大きな声をあげるものだから、退屈そうに休憩してたロックバイソンたちまでこちらの様子を窺っている。
「あれ? お前ら知らなかったっけ? この間から……」
初めて呼ばれた時こそ驚いたものだが、すでに慣れ始めていた虎徹からしてみたら、ブルーローズの取り乱しようのほうが意外に思える。
しかし、そういえばバーナビーがトレーニングセンターに顔を見せるのも事件以来かも知れない。
ジェイクの一件後も、瓦礫の回収や街の修復作業にヒーローが駆り出されることも少なくなかった。また、バーナビーに限っては司法局からの事情聴取に加えてテレビ番組の取材もあった。
バーナビーは文字通り市民の危機を救ったヒーローだからだ。
「じゃあブルーローズさんも呼んでみたらどうですか」
「いっ……嫌よ! 冗談じゃない!」
バーナビーはファイヤーエンブレムと一緒になってブルーローズを囲み、笑っている。
これまでだったら、本当に見ることができなかっただろう光景だ。虎徹が望んでいた景色でもある。
バーナビーは有能だ。虎徹には経験があるが、バーナビーには若さや知力がある。判断も冷静だし、加えてファンからの人気の高さを考えたら、バーナビーは虎徹が憧れるほどの「ヒーロー」だった。
ただ、その他人を受け入れられないトゲだらけの態度が、玉に瑕だとずっと思っていた。
それが今、こうして仲間と笑い合っている。
これまでだったらバーナビーはブルーローズのこともライバルだと言って、慣れ合うことを嫌がっただろう。
それが心底そんな風にしか考えられない人間だったのなら、虎徹だって諦めたかもしれない。バーナビーは他人に感心のないふりをしながら、甘さも寂しさも捨てきれないでいるように見えた。
バーナビーはずっと無理しているように見えた。今こうして笑っている姿が、虎徹には自然であるように見える。だからこそお節介だと言われたのかも知れないが――
「虎徹さん」
不意に振り返られて、ランニングマシーンに凭れていた虎徹は転びそうになって慌てて体を起こした。
「僕、明日から数日お休みを申請してきたんです」
「えっ?」
反射的に声をあげてから、虎徹は自ら口を塞いだ。
やっぱり疲れていたのか。
事件の傷跡も落ち着きつつあることだし、休めるならそのほうがいいのかも知れない。街がいつも通りに動き出せば、また凶悪犯罪も増えるだろう。
「……そうか」
虎徹が頷くと、バーナビーも小さく頭を下げた。
その後ろではブルーローズとファイアーエンブレムがなにやら神妙な顔で話し込んでいる。虎徹はそれにちょっかいを出しに行こうとして、やめた。
「休暇はどう過ごすんだ?」
トレーニングの後、バーナビーの部屋に立ち寄った虎徹が尋ねると、バーナビーは虎徹に一瞥を向けたが、不快な表情は浮かべなかった。
バーナビーの部屋は相変わらず生活用品が少ない。モデルルームだってもう少しモノがあるんじゃないかと思うほど、がらんどうだ。
バーナビーはしかし明日から旅行にでも行くようで、小さな鞄に着替えを詰めている。
「どこかに行くのか?」
しかしそれも、すぐに終えてしまった。
最後に、親からもらったというロボットの玩具を鞄に詰めて。
「サマンサに会いに行こうと思っています」
「サマンサ?」
虎徹はバーナビーの部屋の入口の壁に持たれて腕を組んだまま、中に進めないでいた。
静かな夜だ。
「使用人です。子供の頃からずっと、世話になっていました。両親の仇をとったことを報告したくて」
「使用人? ……お前って本っ当に、金持ちだったんだな」
虎徹が声を裏返して大袈裟に驚くと、バナビーは静かに笑った。
部屋の中に照明はついていない。バーナビーの部屋はいつも、薄暗かった。プロジェクターで映像を見ることが多いせいかもしれない。
虎徹は、いつか見た壁一面のウロボロスの資料を思い出して、視線を伏せた。
「……ついてってやろうか?」
次に顔を上げてバーナビーの姿を見ると、バーナビーは立ったままパソコンの操作をしていた。
「あはは、大丈夫ですよ」
液晶タブレットの上に指先を滑らせたバーナビーの笑い声が、乾いている。
虎徹が画面に目を凝らすと、ウロボロスの紋章を記した画像がゴミ箱に吸い込まれていくところだった。
虎徹はそれきり、口を噤んだ。
でも、部屋を立ち去る気分にはなれなかった。
ロボットの玩具が詰め込まれた小さな鞄。がらんどうの部屋。データの消されたコンピューター。
まるで、明日の朝になったバーナビーが消えてしまうような気がしていた。
「――虎徹さん」
口火を切ったのは、バーナビーだった。
暗い部屋に、窓の外を飛ぶ飛行船からの光が差し込んでくる。バーナビーの表情は逆光で見えない。
「僕がヒーローでいる意味は、もうないんじゃないんでしょうか」
「!」
虎徹は息を飲んだ。
パソコンの電源を落として、バーナビーが腕をだらりと下げる。
「生活をしていくためには働いていかなければならない。でも、それがヒーローである必要は」
「俺の相棒を辞めたいってことか?」
鼓動が強くなって、虎徹は胸の前で腕を組んでいることができなくなった。壁に手をついて身を起こし、部屋の中に一歩踏み入れる。
バーナビーはこちらを向かない。暗くなったパソコンの画面を眺めている。
「違いますよ」
笑ったような吐息が、声に混じった。
しかし空虚なものだ。
「俺は、困ってる人を助けたくてヒーローになった。それをお前にまで強制するつもりはないよ。俺はヒーローになることが夢だったし、人を救うことができるこの仕事を、出来る限り続けたいと思ってる」
言葉を紡ぎながら、虎徹は叩きつけるような自分の心音を耳のすぐ傍で聞いていた。
バーナビーを責めるようなつもりはない。でも、まるで非難しているようになってしまう。どんなに取り繕おうとしても。
「でも、お前にとっては――ヒーローは、手段だったんだな」
虎徹とのバディ関係も。
バーナビーがこのところ様子がおかしかったのはそのせいか。
自分がヒーローで在り続ける意味をなくしているのに、周囲からはヒーローの鑑と持て囃される、現実との乖離に思い悩んでいたのか。
「……僕は、夢や、人生の目標を抱くより先に、こうすることを選んでしまったんです。選ばざるを得なかった」
呟くように言ったバーナビーはゆっくりと窓辺に向かった。
「あぁ」
虎徹は大きく肯いた。
「20年の間、……この時を、ずっと待っていた。狂おしいくらい、早く、一秒でも早く、仇を討ちたかった。本当です。心の底から願っていた」
大きな窓に縋りつくように項垂れたバーナビーが、声を乱れさせた。
虎徹にだってその気持は痛々しいくらいわかっているつもりだった。だから、バーナビーが復讐のためにすることには何だって力を貸してやりたかった。
出来る限りのことはしたつもりだ。
でも、それがバーナビーを――相棒を失うことになると覚悟していたわけじゃない。
「……でも、それが終わってしまった今、……僕は空虚です。何も持っていない。何をしたいのかもわからない。僕に出来ることはたくさんある。でも、したいことがない。明日どっちに向かって、どっちの足から踏み出していいのかさえ、わからなくなってしまったんです」
虎徹に背を向けているバーナビーの表情は見えない。しかし、何故だか途中からバーナビーの唇には笑みが浮かんでいるように感じた。
少年期も、青年期も、他の子供が遊び、恋をしてきた時間を復讐に費やしてきたバーナビーの中は、本当にがらんどうなのだろう。
強い怒りを昇華させた今、笑うことも虚ろなのかも知れない。
したいことがわからないなら、見つかるまでヒーローでいたらいい。――そう言うのは簡単だ。
でもそれは、本当にバーナビーのためになるのか。
虎徹は言葉をなくして、立ちすくんだ。
「……虎徹さん」
引き絞るようなバーナビーの声に顔を上げると、バーナビーは肩越しに虎徹を振り返っていた。
暗がりに、バーナビーの眼鏡の弦が光っている。
「どうしてあの時、僕を止めなかったんですか」
アポロンメディア社の広告を写した飛行船が、定時を迎えて明かりを消した。
バーナビーの部屋に差し込む明かりは僅かになって、ますます暗くなった。
「あの時?」
「僕は、ジェイクを殺したかも知れないのに」
「ああ……」
虎徹は、緊張していた肩の力が抜けていくのを感じた。
強張った腕をほぐすために首の後を掻く。バーナビーはふるっと首を振ると窓に向かって俯いてしまった。
「殺すつもりだったんです。ルナティックの語る正義なんて同調していなかったのに、僕は、あいつに死で死を償わせようと思っていた」
「でも殺さなかったろ」
何度思い返しても、虎徹はあの時に限ってはひやりともしなかった。
バーナビーが暴走しすぎて、自分が駆けつける前にどうにかなってしまうかも知れないという恐怖心はあったが、バーナビーが自分を信じないかも知れないという不安も、バーナビーがジェイクを殺してしまうかも知れないという恐れもなかった。
「俺はお前を信じてた。ヒーローなら、殺さない、ってな」
「…………」
窓の外を眺めるバーナビーの、窓にあてがった手がきつく握られて小刻みに震えている。
バーナビーは額を窓に押し付けて、虎徹を振り返ろうともしない。
「バーナビー」
呼びかけても、返事もない。
「お前、いつもそうしてたのか?」
虎徹はゆっくりとバーナビーに歩み寄りながら、どこか呆れたように肩で息を吐いた。
「いつも、――誕生日の日だけじゃなく、これまでもずっと」
誕生日の日、虎徹に背を向けたバーナビーが笑ってたことは後から聞いた。
相棒の誕生日を祝うのは、ただ単純にバーナビーを喜ばせたいと思っただけで、喜ぶ顔が見たいわけじゃなかった。
でも。
「バーナビー。お前は笑うのも、泣くのも、もう一人じゃなくていいんだぞ」
窓に向けられた顔を覗き込むような事はせず、手前で立ち止まった虎徹が言うとバーナビーの肩が小さく震えた気がした。
「こっち向けよ。安心して寄りかかっていいんだ。……俺はお前の、相棒だろ?」
「……!」
バーナビーは振り返ったかと思うと、虎徹の肩口にしがみついて、やっぱり顔を伏せてしまった。
まるで子供のように声をあげて泣きじゃくるバーナビーの髪を撫でながら、虎徹はしばらく窓の外を眺めていた。
ワイルドタイガーとバーナビー・ブルックスJr.――二人で守ったシュテルンビルトの、平和な夜を。
説明 | ||
13話直後妄想。10ヶ月の間に何があったらあそこまでデレることができるのか…!と考えた結果、できあがりました。ジェイク様結局どうなったの?◆腐っぽいかなーと思いましたが別にこの程度なら原作のほうがむしろ…と思ったのであえてタグは付けません。 | ||
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