電波系彼女11(完) |
日が変わって顔をあわせたぱるすは俺の部屋で告白した事なんか綺麗さっぱり無かった
事のように振舞っていて、さんざんっぱら悩まされた身としては愚痴の一つもこぼしたく
なる。
あれからぱるすの言葉を反芻してはニヤニヤし、気にするなと言われたのを思い出し「は
いそうですか」なんて簡単にいくと思うのか?と一人突っ込みを入れの繰り返し。散り散
りになってまるで纏まらない俺の頭は完成図もなしにパズルを組んでいるようだった。
そんな人の気も知らずせっせと帰り支度をしている姿を横目に、俺は当初の予定を取り
やめ自力で宿題を頑張っている。柚葉には遠慮しないでと言われたが、最低限の事さえ出
来ないんじゃ好きになってくれた手前ぱるすに対して恥ずかしいしな。
時折差し入れと称して飲み物や軽食を持ってきてくれる時に交わす一言二言がやけに嬉
しい。
もっと一緒の時間を過ごしておけば良かった、ぱるすの気持ちを知った今、強く思う。
だが時の流れは非情なもので、逆行することは許されない。感じ方に人それぞれの差異
あれど前へ前へと進んでいくだけだ。
そうやって多少の悔恨を持ちつつも何事も無い日常を積み重ね、ぱるすがウチから去る
日がやってきた。
柚葉も招いてこっちに来た時と同じように皆で食卓を囲み、見送りをするという家族を
なんとか誤魔化し俺の部屋へ。
全ての始まり、俺が事故に遭った部分を除いてだが。であるこの部屋に三人揃うのも久
しぶりのような気がする。
ミニテーブルを囲むように着席。
「さてと……余り長居すると後ろ髪引かれちゃうし簡単にね」
ホームルームをまとめる学級委員長のような口ぶりでぱるすが話しはじめた。
「ユズ、短い間だったけど仲良くしてくれて有難う。前も話したけど、ちゃんとした友達
ってのが居なかったからとても嬉しかった。もし、また、万が一こっちに来ることが出来
たらそのときもよろしくね」
「もし、じゃなくちゃんと帰ってきなさいよ。まだ決着ついてないんだから」
軽く握手、いや、なんか……ギリギリ音がしてるような気がするが……。
まあ、二人とも笑顔だし俺の思い過ごしだろう。
「それからヒカルには本当に色々お世話になっちゃったな。上手く言葉に出来ないけ
ど……出会えてよかったって思ってる。出来れば連れて行っちゃいたいくらいにね」
「それはダメーッ」
「ちょっとー、今いいところなんだから邪魔しないでよねー」
「ダメなものはダメッ」
やれやれ、最後までこの二人の関係が良く分からなかったな。仲の良い姉妹のようでも
あり、こうやって些細な諍いを起こしたり。ったく何がそうさせるんだかな。
「ものの例えなんだからそこまで必死にならなくてもいいじゃない、それとも、本当にヒ
カルも一緒に来ちゃう?」
「いっ!?」
それはそれで楽しそうだが……流石になぁ。
「冗談よ」
当たり前だ。
「でも、もし次があって、その時ヒカルが一緒に居たいって思ってくれたら……嬉しい
な」
「えっ、あ、う、え……お、おう」
母音だけでも会話って成り立つんだと意外な発見。
「なーに?このあまーーーーい雰囲気っ、私の知らない間に何かあったんじゃないでしょ
うね?」
「ないない、なーーーーんにもない、だよな?ぱるす」
「ご想像にお任せしようかな」
ふふっ、っておい、お前は今から帰るからいいかも知れないが残される俺の身にもなっ
てくれ。
「別にいいんだけどね、ぱるすが居なくなったらヒカル分をたーーっぷり補給するし」
ヒカル分ってなんだよ、塩分とか糖分の仲間になった覚えはないぞ。
「ちょっと、ズルイわよ。わたしにもよこしなさいよ!」
初日もこんな感じだったっけ、別れを惜しむには賑やか過ぎる嬌声飛び交う部屋で、こ
の一ヶ月を一人振り返る。
不思議な出会いから始まってから今まで、自分の知らなかった自分を指摘され、不甲斐
なさを実感し、他人と関わることにちょっとだけ真面目になった、と思う。ヒトガタをし
た薄っぺらい紙切れのようだった自分に息を吹き込んでくれたのは間違いなくこの二人だ。
そして、人を好きになるって感情が少しだけ分かった気がする。多分な。
俺がそうやって感傷に浸っている間も二人は何やらぎゃあぎゃあと騒いでいたが、ぱる
すが普段と変わらない態度をとり続けていたのは一種の強がりだったようで、
「ととっ、ユズとじゃれてる場合じゃなかったわね」
わざとらしくスカートのすそを払って立ち上がるその相貌には、困ったような表情が浮
かんでいた。
「普段と変わらないと思ったけど、なにげに別れを惜しんでくれてたんだな」
「そりゃ、ね。暗い雰囲気になっても仕方ないじゃない。二度と会えないって事もないん
だし」
だけど、それがかなり難しい事だというのは、無理やり作った笑顔で理解することがで
きた。
「そう……だな」
誰も何も言わない、いや、言えないという表現の方が正しいのかもしれない。喉元まで
出かかった言葉をうまく口にすることができなくて、もどかしい時間だけが過ぎてゆく。
「そろそろ行かないと」
・
・
・
砂時計の音までも聞こえてきそうな静けさの中、やがて耳に届いたのは微かな、しかし
はっきりとしたぱるすの声。
「うん……それじゃ、バイバイ」
落としていた視線を上げ、しっかりと微笑む彼女を見ていると、どうしても「またな」
って言葉が出てこなかった。
そして、ぱるすが己のこめかみにゆっくりとポータルの銃をあて指を引くと、こちら側
に来たときと同じように光が放射状に広がり始める。
最後の転送だからといって特別な演出があるわけでもない。淡々と光球は大きくなり俺
と柚葉を飲み込んだ。
これが消えたとき、ぱるすはもう居ない。
気まぐれな行動で周りを振り回したその態度も
強いのか弱いのか良く分からない性格も
人よりかなりマニアックなその趣味も
時折見せる凛とした表情も
その声も
姿も
もう見ることはないだろう。
俺は心の中で彼女の名を叫んでいた。どうしてだろう、その時は何故かそうしなければ
いけない気がした。
真っ白に埋め尽くされた部屋の中で、目の前に彼女の気配を感じた。
そう気づいたのは、殺した息づかいと頬を撫でる指先の感触と匂い、そしてわずかに聞
き取れた絞った声のお陰で、はっきりとした姿を見たわけじゃない。
でも、そこに居たのは彼女だと確信している。今となっては確認する事は出来ないけれ
ど。
光の矢に全身を貫かれ目の前も見えないような状態の中俺を探し当てた彼女は、おずお
ずと俺の首に腕を絡ませると、
「お土産に貰っていくね……」
かすれた声で俺の耳元にそっと囁き、ゆっくりと唇を重ねてきた。
数秒後には居なくなってしまう相手だと解っていても、いや、だからこそ俺は応じずに
は居られなかったんだと思う。
熱く、柔らかく、永遠にも感じられた刹那の口づけ。
偶然ではなく、意識をして初めて交わしたキス。
そして、定められた時間が過ぎ、彼女を失った。
「帰っちゃったね……」
最後まで目を閉じないように頑張っていたせいで柚葉の輪郭がぼやけているんだと思っ
た。
「泣いてる……の?」
覗き込んでくる柚葉の顔が歪んで見える。
「あ……れ?」
はらはらと流れる熱いものを止めることが出来なかった。おっかしいな?と言おうとし
ても鼻の奥が痛くてまともな声が出そうに無い。棒立ちでそうしている姿は、ふぐっふぐ
っと変な声をあげる案山子みたいだ。
柚葉から声が掛からなければどうしたんだろうな。
「こっちおいで」
ベッドに座って両手を広げる柚葉に吸い寄せられるように近づき、
「ほら、しゃがんで」
言われるままに足の間に体を寄せる。
胸の間に顔を埋めるように抱きしめられ背中をトントンと軽く叩かれると、堰を切った
ように涙が溢れだした。
何も言わずに優しく抱きしめ髪をなでる柚葉に身を預け、ただただ声を上げる。
柚葉は、俺が落ち着くまでずっとそうしてくれていた。
「正直、ぱるすのせいでこれだけ泣いたってのは焼けるんだけどー」
ようやく平静を取り戻し鼻をかんだりなんだ後始末をしていると、さっきまで女神だと
思っていた人は実は夜叉だったんですか?てな感じでちくちくと攻撃が。
「スマン」
他の女の子の事で胸を借りるってのは冷静に考えるとほんとに失礼だよな。
「でも、私の胸の中で素を出してくれたってのは嬉しかったし、悔しいけど許してあげよ
うかな」
いくら経っても芸を覚えない犬を見るような目つきでいう。
「あざっす」
「それに、暫くヒカルは私に頭が上がらないでしょ」
「ポチとお呼び下さい」
「ペットは……いつもと変わらなくない?」
そ、そうですか。
「それよりも、二人で遊ぶ時間が足りなかったってこの前話したでしょ?あれの埋め合わ
せをして貰うからね!もちろんお財布はヒカル持ちで」
結構寂しくなってきてるんだがなぁ……
「な・に・か・いっ・た・?」
「とんでもない!うわーうれしいなーユズといっぱいあそんじゃうぞー」
「なんだかわざとらしいんですけどっ」
しゃーねぇ、バイトでもするか。
「でも、私がヒカルと遊びたいだけだから無理はしないでね」
「おう」
柚葉の遠まわしな優しさが嬉しかった。
「にしても、ヒカルがあんなに感情を表に出すなんて、やっぱりぱるすみたいにスタイル
良くないと駄目なのかな」
自分の胸に手を当てふにふにしながら言う。恥じらいを持て恥じらいを。
「性格の問題じゃないのか?」
「さっきまで私の胸の中で泣いてた人に言われてもダメージありませーん」
ふっと鼻で笑われた気がする。立場が弱くなった感じがして、なんかちょっと悔しいぞ。
「……まいっかぁ。時間はたっぷりあるんだし」
「?」
「いいのいいの気にしなくて。それじゃ、またね」
スカートを可愛くひらめかせ、てててっと身軽に帰っていく柚葉を見て「男って、女の
子の尻に敷かれるように出来てるんじゃねーかなぁ」としみじみ感じたのは、それが真実
なのか俺の特性故にか。
所々誤魔化し、空白で行数を稼ぎ、なんとかギリギリで間に合った宿題を提出して始ま
った2学期は、事前の予告通り暇を見つけてはウチに遊びに来てはどこかへ連れ出し、ぱ
るすの居ない喪失感を一人で2倍喋って埋めようとする柚葉の頑張りもあって、思ったほ
ど落ち込まずに済んでいる。
話題になるのは他愛の無い日常の事、進路について、そして、思い出話。
濃厚すぎる一ヶ月を過ごし喋る内容には事欠かなかったが、あの光の中でのキスだけは
口に出来ないで居る。ほんの数秒間だし、もう二度と会えないような相手との出来事だけ
ど、これだけはずっと心の中にしまっておこうと思う。
別に綺麗な思い出として残しておこうなんて乙女ちっくな考えがあるわけじゃない、た
だ単に、なんとなくだが、柚葉にだけは絶対バレたらマズイ気がするだけだ。
そうして始業式を境に非日常から日常へと舞台を移した生活は、以前に比べ単調ではあ
るものの平和に過ぎている。夜空を見上げると遥か遠くのぱるすを想い唇の記憶に切なく
なることもあるが、それもやがて落ち着いていくだろう。
自分の中に大きな変化を引き起こしてくれた二分の一の存在として、生まれて初めて俺
の事を好きだと言ってくれた相手として忘れはしないし、それは悲しいことじゃない。
ただ一つだけ心残りなのは、作り笑いの毎日だった俺に、きちんとした感情ってもんを
教えてくれたことに対して、別れのときに礼を言えなかったことだ。
だから、もし二度目があるならその言葉を最初に君に伝えよう。
「ありがとう」
と。
さて、今俺は物理の勉強を必死になってやっています。
どちらかと言うと文科系だった俺がこうなったのは勿論ぱるすのせいで、待ってるだけ
じゃ始まらない、向こうから合いに来れないんじゃこっちから行くしかない。それが無理
でもせめて通信機くらいは……と思い立ち、将来はそっちの方向へ進もうと決めたから
だった。無論そう簡単にいくとは思っていないし、畑違いの進路に進むことへの不安もあ
る。
でも、流されるだけだった毎日には戻りたくねーな。
走らせるシャーペンを止め、星を、月を見ていると、ぱるすが応援していてくれている
ような気がした。
だけじゃなかった。
「全宇宙のみなさんこんばんは!天野ぱるす久しぶりの復活です!!」
え?
聞き覚えるの有る声とフレーズ。
「放送楽しみにしてたみんな、休んじゃってゴメンね。ぱるすどうしても外せない仕事が
あったの」
いや、お父さんに追い出されてウチに来てたろ?
じゃなく、なんで?放送が??
クエスチョンマークをいくつ書いても足りない。
「まずはヒカルへの私信のコーナーから」
透明感のある声が流れる。ってかコーナー扱いすんな!
「アンテナ除去忘れちゃってゴメソ」
……そうだ、すっかり聞こえなくなってたから何度かぱるすの自宅に行ったのに完全
に忘れ果ててたよ……。
マジあったまいてぇ。
「で、俺はこれからどーなんの??」
ずっと聞き続けるのか?前みたいに?
受信専用じゃ届かないと分かっていても言わずにはいられなかった。
「でも、リアルの生活に影響は出ないと思うから我慢してねっ」
語尾にハートをつけてさらっと流すな!
「あ、いまぱるす嘘言った、ごめ」
何の嘘だ?なんか体に影響あんのか?
「ほんとは、除去忘れたんじゃなくて……覚えてたけどやらなかったの」
まてぇ!
この前とは別な意味で泣きそうだよ……。
「でも安心して、近いうちにそっちに行くから。除去って口実も作ったし今度はちゃんと
許可も取ってながーーく居られるから楽しみにしてね、うふっ」
あぁぁぁぁぁぁもおぉぉぉぉぉぉ!!
返せっ!俺の純情と唇を返せ!!
「以上、私信のコーナーでした!それじゃ復活1曲目、新曲です。聴いてください」
『crazy for me?』
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