対魔征伐係.8「週末の過ごし方B」 |
-PM08:58 真司のマンション-
春の夜風を頬に受けながら階段を小走りで昇って行く真司の姿があった。
(・・・大分遅くなったな・・・)
多少息を切らせつつも自分の部屋を目指す。
今日は郁との修行を終え、初めての自由な1日ということもあり、時間を忘れて遊び呆けていた。
更に悪いことに、恵理佳に電話連絡も入れていないことを、先ほど凌空と別れてから気がついた始末である。
今までも何度か多少の帰宅時間の遅れはあったが、いずれも事前連絡は入れてあった。
今回は過去最大の2時間遅れでしかも連絡も入れていない。
真司は電話するよりも先に家へと向かって走り出していた。
「・・・はぁっ・・・はぁ・・・(居ることは、居る、な・・・)」
部屋の前まで着くと窓から灯りが漏れている。
いい匂いもする。
どうやら最悪の事態だけは避けられたようだ。
ガチャ・・・ぎっ・・・
なるべく音をたてない様にそっと金属製のドアノブを回す。
「・・・」
部屋の中からは微かにテレビの音も聞こえてくる。
玄関から見ても家の中は出かける前とは見違えるほどに綺麗になっている。
間違いなく恵理佳は居るはずである。
だが、返事は無い。
物音ひとつしない。
(・・・小言だけじゃ、済まない、か・・・?)
獲物を射殺すような眼差しでリビングに鎮座している恵理佳を想像する。
とても恐ろしい。
運動、こと武術に関しては抜群の成績を誇る恵理佳。
怒らせたら、そこいらの化け物よりもある意味恐い。
「・・・ただいま帰りました〜・・・」
なるべく笑顔で、優しい声でご機嫌を伺うようにして帰宅の報告をしつつリビングのドアを開ける。
「・・・すぅ・・・・・・」
「・・・」
怒っているどころか、起きていなかった。
真司はほっと胸を撫で下ろす。と、同時に思うことがあった。
(・・・相変わらず頑張ってくれていたのか・・・)
部屋の中は朝出かける前と比べるとまるで別の部屋のように片付けられていた。
ベッドの上の布団も綺麗に整頓されている。
キッチンには食器の類が準備されていて、すぐにでも食事が出来るようになっていた。
この様子からすると、恐らく恵理佳も食べずに待っていたのだろう。
そして昼間の疲れもあって、居眠りしてしまって今に至る・・・そんな考えが瞬時に浮かんだ。
(・・・うぅむ、流石に胸が痛いぜ・・・)
今まで当然のようにしてくれていたこととは言え、流石の真司も胸が痛んだ。
(・・・とりあえず、起こすか・・・)
気持ちよさそうな寝顔を見ていると多少気が引けたが、どうせ休むならベッドの方がいいし、あまり遅い時間に夕飯も取らせたくは無い。
そう思い、軽く肩を揺する。
「おーい、帰ってきたぞー?」
「ん・・・あ、おかえり・・・なさい・・・」
眠たそうな目を擦りながら恵理佳はゆっくりと立ち上がる。
そのままふらふらとした足取りでキッチンへと向かっていく。
非常に、危なっかしい。
「・・・おいおい、一端顔でも洗って来たらどうだ・・・?」
「・・・」
「・・・」
「んー・・・そう、する・・・」
その場で一度静止し、若干の間を置いて返事が返ってきた。
恵理佳も決して高血圧ではないようだ。
(あいつ、まだ半分寝てるんじゃないか・・・)
そんなことを思いながら洗面所へと姿を消した恵理佳の後を視線で追う。
すると・・・
たたたたっ
「兄さん、遅れるときは電話してって言ったじゃない!それに、こんなに遅く・・・」
まるでさっきまでとは別人のようになって小走りで帰ってきた。
「あー・・・悪い。今回は本当に悪かった、ごめんな」
「・・・次からは、気をつけてね?それじゃ遅くなっちゃったし、夕飯の支度するから」
いつもとは少しだけ違う、本当に申し訳無さそうに謝る真司にそれ以上何も言えなくなってしまった恵理佳はいそいそとキッチンへと向かっていった。
(・・・やはり怒っているのか・・・そりゃそうだけど)
恵理佳の様子がいつもと少し違うことを感じ、今回の自分のやらかした失敗を考え、色々と頭を捻らせる真司。
「なぁ、恵理佳」
「なに?」
キッチンで調理中の恵理佳の背中に向けて話しかける。
恵理佳も手が離せないのか、面倒なのか。そのままで応える。
「明日暇か?今日のお詫びと言っちゃ何だが、何か欲しい物あれば買物でも行って買ってやるぞ?」
「・・・いいよ。別に欲しいものとか特に無いし」
冷めた反応だった。
高嶺家の一人娘である恵理佳は欲しいと言えばおおよそのモノは手に入る。
そんな恵理佳に馬鹿なことを聞いてしまったか・・・?と一瞬だけ思った真司だが・・・
(そんな性格じゃないしな・・・となると・・・)
恵理佳は高嶺家という名家に生まれながらお金には厳しかった。
無駄な出費はせず、高級ブランド品を買ったなどと言った類の話は聞いたことが無い。
それも名家故なのかもしれないが。
「んー・・・じゃあ、どっか行きたいとこでもあれば連れて行くけど」
「・・・えん・・・」
恵理佳から僅かに声が聞こえた。
だがそれは呟くような声でイマイチ聞き取れなかった。
「悪い、もう一度良いか?」
「動物園・・・行きたい・・・」
「・・・」
「・・・」
相変わらず恵理佳とは背中越しの会話だが、声色から言ってとてもじゃないがジョークだとは思えなかった。
(・・・ど、動物園・・・ま、マジか・・・ッ!?)
真司が最後に行ったのは覚えている範囲で言えば小学生低学年の頃である。
「あー、ほら、少し前に何駅か隣に新しいテーマパークが・・・」
「動物園」
恵理佳さんは本気だった。
むしろ、これ以上拒もうものなら何をされるかわかったものではない。
今回は全面的に自分が起こしたことの謝罪を込めてのことなので、真司は腹を括ることにした。
「おーし、分かった!じゃあ明日は何時に駅前集合にする?」
「二駅隣にある動物園が9時から開園するから、土野駅前に8時30分に待ち合わせ。いい?」
「・・・おう」
「ん、楽しみ・・・♪」
恵理佳さんはこれほどまでにない上機嫌で喜々として調理をしている。
常日頃から学校などで見せるあの冷静沈着な姿は面影も無い。
(・・・昔から可愛いものには目がないことは知っていたが・・・開園時間まで覚えているのか・・・)
休日に8時台に起きるなど真司にしてみればありえないことだった。
起きられるかとても心配だったが、恵理佳も一端帰らなくてはならないし、そんな早い時間から起こしに来てくれとは流石に言いづらい。
そもそもとして、自分のしでかした謝罪の意味を込めて遊びへ連れて行くのに相手に迷惑を掛けてしまっては本末転倒である。
(・・・さて、あいつらには何て言うかね・・・)
真司はこの後の友人へのドタキャンの理由と謝罪の言葉を考えていた。
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