C80コミケ新刊・サンプル |
ちぎれた他人の腕が、緩やかな放物線を描き、目の前にぼとりと落ちた。
崩れ落ちた瓦礫に潰された、見知らぬ誰かの一部だった。
断末魔までも聞き届けた少年=天川(あまがわ)宙(そら)は、土煙を浴びながら呆然と立ち尽くす。地面の感触はどこかへ吹き飛んだが、舌には土の味、耳にはぱちぱちと火種の弾ける音が残っていた。
焦っぽい匂いが風にのって鼻をつき、逃げてくる人々の波と、ゆらゆらと揺らめく炎が視界いっぱいに広がる。
街は炎に呑まれていた。
海沿いのきれいな街並みは、今や真っ赤に染め上げられているではないか。
ビルをはじめとした多くの建築物が、大蛇のような炎に巻きつかれ燃え上がり。ガラスというガラスは砕け、地面に降り注いで逃げ惑う人々を襲い。砕けたビルのコンクリートは路面を穿つ。
どんっ、がしゃんっ、と。連続して響く鈍音。
人々は呆然として立ち尽くした宙になど見向きもせず、前行く人を押し倒し蹴飛ばしながら、自分だけでも安全なところへと逃げようとする。怒声、悲鳴、奇声。立ち往生する車のクラクションまで加われば、もう自分の声すら聞き分けがつかない。
心を掻きむしるような不協和音は、さながら指揮者不在のオーケストラである。
まるで破壊の見本市だ。その最中にいる宙は、つと、積み重なった瓦礫の先を眺めた。
怪獣が歩いた後のような街並みの先に――二体の巨大なロボットが対峙している。
半狂乱となって逃げてくる人々の向こうで、天を貫かんほどの人型が巨体をぶつけ合って――戦っているのだ。
七階建てのビルの頂上になんなく手を置けるほどのロボットは、片方が白で片方が青。
それらがプロレスさながらに取っ組み合い、街を破壊しながら移動していた。
一方は、道路を踏み抜き、足元の人々を意に介さず拳を振り回す青。今もビルに肩を擦らせて、瓦礫を振りまいている。
対して、白い方は街をかばいながら戦っているのだろうか。猛攻をなんとか耐えしのいでいるものの、動きはいかにも拙い。
防戦一方の隙を突かれ、蒼の拳が胴体に突き刺さった。
バランスを崩され、たたらを踏んだ白は――その巨大さ故、それだけでも甚大な被害を生むが――やはり街への被害を考慮しているのか、体勢を立て直すことも躊躇っている。その内に、追撃の蹴りを横から受け、ビルに叩き付けられてしまった。
ビルが飴細工のように歪み、飛び散った装甲の破片もろとも、ビルの瓦礫が雨のごとく人々に降りそそぐ。
ドリルで脳髄を抉られるような不快音が響いて人々の悲鳴が一層に強まり、宙は咄嗟に視線を落とした。
だが足元にも、断面から血を垂れ流し白い骨を覗かせる生々しい腕が転がっている。
宙は血塗れの腕をたっぷり五秒間見つめ――次の瞬間、ぐらりと視界が歪んで、胃の中から鋭い痛みと熱が込み上がるのを悟った。
足から力が抜け、がくりと膝を折って吐しゃした。
口の中に広がる胃液の酸っぱさとわずかな鉄にも似た味。その生理的な汚らしさが余計に肉体を連想させ、まるで口に“腕”を突っ込まれたような錯覚と痛みをもよおすのだった。
息をすることもままならない状態がしばらく続き、地面に這いつくばる。
胃の中が空っぽになると吐き気は収まったが、無造作に転がった腕は依然としてそこにあり、宙は何もかもが恐ろしくて堪らず、地面に突っ伏してどうにもならない気持ちを奥歯で噛み殺した。
本当にどうにもならない。顔を上げればまた地獄絵図が広がるだろう。
SFか怪獣映画の中に飛び込んでしまったかのようだ。もしかしたらお茶の間でテレビ中継を見ている人々は、なんだ映画かと本当にチャンネルを変えているかもしれない。
けれどもこれは映画などではなく、リアルだ。
あの二体のロボットによって壊れゆく街は間違いなく本物で、奴らが動くたびに空気は震え、轟音が鳴って建物が崩れ、おそらく誰かが死んでいく。
視界の端に再び“腕”がちらつき、ここから逃げ出したいという衝動が一層強くなる。本能が逃げろと叫んでいる。
――それでも、
「俺は守らなくちゃいけないんだ」
宙は自分に言い聞かせ、鉛のような身体にぐっと力を込めて立ち上がった。
振り向く。その先には、瓦礫に塗れて横たわる三体目のロボットがあった。
「IDOL……!」
絞り出すように呟いた名前は、戦っている二体も含めたロボットの名称だ。
眼前に倒れたIDOLは、吸い込まれるような黒であった。
西洋甲冑を彷彿とさせる、硬く、力強い鋼の装甲外殻を鎧(よろ)った人型。
その形状は上半身と下半身、それをつなぐ背骨状のパーツから構成され、頭部には巨大な一本角を鬼のように生やしている
両肩に流線型を多用した全長に匹敵する頑強な盾を備え、腰の大型フィンは機体の膨大な熱量を排出するためのもの。
そして、二〇〇トンを超えた巨体を飛翔させる両足の大出力ロケットエンジン。
街を破壊する元凶と同じ、ある種禍々しくもある機体を凝視し――宙は意を決した。
口元をぬぐい、震える膝に活を入れる。ぐっと顎を上げたその視線の先では、激突音を重ねながら組み合う白と蒼のIDOL。
戦闘は激化の一途を辿っていた。一際大きな激突音が鳴り響き身をすくませる。街を守りながら戦っている白いIDOL《インベル》はもう限界だ。
《インベル》を助けなくてはならない。
なぜなら宙は、《インベル》に乗っているのが自分の幼馴染だと知っているから。
ドジでどんくさい、けれども努力家のアイドルだと知っているから。
彼女が――天海春香が戦っている。
彼女を守らなくてはならない。そしてこのIDOLの力があれば、自分は戦える。
例え無茶だとしても可能性があるならば、と。宙は倒れたIDOLへと駆け出した。
頭部の後ろにコックピットを見つけ、緊急開閉用レバーを引いてハッチを開くと、その中へと潜り込む。
コックピット内は薄暗かった。各計器の電力は落ち、唯一正面のメイン・モニターがかすかに光を灯しているだけ。
単座のコックピットは思ったよりも広く、中央に配置されたフットペダル一体型の座席を中心として、コントロールグリップが左右にふたつ、あとはモニター類があるだけのシンプルな構造だ。
「やれる、か……?」
宙は一通り中を見渡すと、身を乗り出して座席に腰を下ろす。
すると、薄暗かったコックピットに細く赤い光線が無数に奔った。光線は瞬く間に宙の全身――網膜、血管、指紋、ありとあらゆる生体情報をくまなく“スキャン”すると、それを自機の生体認証に登録した。
わずかな間を置き、
『ごきげんよう』
女性じみた機械音声が宙の耳朶を打った。
宙は、加速する鼓動を感じながら、その声を聴く。
『アイドルマスターの登録を完了しました。システムオールグリーン、本機《ヴェルトール》は起動状態へと移行します』
刹那、コックピットに光が宿った。
動力機関が唸りをあげ、獣の遠吠えにも似た駆動音がコックピットを満たしていく。
『索敵範囲内で戦闘を確認しました。全戦闘システムを解除。自己防衛のため、本機は戦闘行動を開始します』
面食らって動けない宙に、声の主《ヴェルトール》は抑揚なく告げた。
『操作説明を行いますか?』
説明 | ||
C80コミケ三日目東ロ‐18aにて配布予定の新刊のプロローグです。ジャンルはアイマス×ロボものです。 | ||
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