【ボカロ】きみに教えてあげたい(TINAMI用)【氷山キヨテル&歌手音ピコ】
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ボーカロイド。歌唱特化し、感情を併せ持つアンドロイド

外見は人に限りなく近く似せたものから、あくまで人工物らしさを残すものまで様々。

今では幾つかの会社でボーカロイドの開発は行われていた。

 

 

 

  ++ きみに教えてあげたい ++

 

 

 

そのうちのひとつ、ここAHS社には4人のボーカロイドがいた。

生まれた時期は1人だけ後だが、今では4人で共に過ごしている。

誕生後の彼らを主に見守るのはボーカロイド達からマスターと呼ばれる人間の男性だ。

マスターは初期は歌唱だけでなく、それ以外の基本的な知識や生活の仕方も教えていた。

が、何せ最初から3人同時の誕生であったため、互いが互いをフォローしあう事で早々に何でも覚えてしまった。

後に作られたいろはに関しては3人でほぼ全て教えた程だ。

マスターの仕事と言えば歌のレッスンと、たまにボーカロイド達の様子見を兼ねて談話する事だったが……。

 

「他社のボーカロイドを預かる事になったから仲良くしてやってくれよ」

「「ええっ!?」」

いきなりのマスターの爆弾発言にその場にいた4人の声がシンクロする。

「誰? 男の子? 女の子? ミキの知ってる子? いつ来るの?」

矢継ぎ早に質問を投げかけたのはミキだ。

「ミキは知ってるかな。最近お披露目された歌手音ピコって子」

「知ってるー! 初お披露目の時の動画皆で見てたもんね。綺麗な声だったな。あの子が来るんだね。楽しみ!」

「何でうちで預かることになったの?」

浮かれるミキとは違いいろはは冷静に問いかける。

マスターは俺も詳しくは知らないんだが、と前置きした上で

「歌唱は問題ないが感情表現が思ったように育たないらしくてな」

「歌うだけのお人形さんのようになっちゃったって事?」

「そういう事かな。で、お前達みたいな感情表現豊かなのと一緒に過ごせば」

「ミキ達みたいな元気いっぱいボーカロイドになれるよ!!」

「……お前ほどの常時ハイテンションになるのを望んでいるかは知らないけどな…」

苦笑するマスターを尻目にミキは歓迎会しなくちゃ!とはしゃぐ。

聞いているだけのユキも満更ではなさそうでにこにこと笑っていた。

(「他社のボーカロイドですか……」)

キヨテルも彼の事は知っていた。

少年型の外見とそれにあった声質。同じ男性型とはいえ青年型の自分とは全く違う。

人に完全に近づけるのでなく、人工物である事も意識した外見の制作コンセプトがミキに近いと感じたくらいだ。

目にした動画内での彼は特に感情表現に難があるようには感じなかったのだが。

(「他社に預ける位だからよっぽどなのかな…?」)

ボーカロイドは一体の開発に費用も時間もかかる大切な財産だ。

それを幾ら会社同士の仲がいいとはいえ、預けきってしまうのだから。

「明後日の昼過ぎに来るんだけど誰か時間あいてたか?」

「ミキとユキちゃんは新曲の収録だよ残念。いろはちゃんとキヨ先生は?」

「あたしも仕事。キヨテルは?」

「私はオフの日ですね」

その場の全員の視線がそちらに集まる。

「私だけですか……」

「キヨ先生、よろしくね!」

 

 

 

 

そうして歌手音ピコがAHS社に来る日は訪れた。

「いろは迎えた時と同じように接してくれればいいからな」

キヨテルはマスターと共にエレベーターで1階のロビーへと向かった。

「ええ、初めてではありませんからね。おそらく大丈夫ですよ」

「特にキヨテルは部屋も同室になるから一番接する時間も多くなりそうだしな。とにかく頼んだぞ」

「はい」

エレベーターの扉が開く。

ロビーを見渡すと小柄な少年と、あちらの社員らしき男性が立っていた。

(「あの子が歌手音ピコくんか」)

当然だが動画内で見た公式衣装とは違う普通の衣服を身につけている。

それでも人とは違う銀色の髪が遠目からでも目立ってはいた。

「あの子ですね」

「みたいだな。さあ行こうか」

 

簡単に互いの挨拶をした後、マスターと社員の二人は今後の打ち合わせらしき話をはじめた。

取り残されたような形になったキヨテルはピコの方を見やる。

するとピコの方はそれよりも前からキヨテルを見ていたらしい。

色違いの両の瞳がじっとキヨテルを見つめている。だが、その表情からは何も読みとれない。

(「初めての場所で緊張しているのかな」)

いろはが言っていた『お人形』という言葉が当てはまるのだろうか。

いや、人形というよりは

(「何だろう……思い出せないな」)

 

「キヨテル、俺はこの人と少し話があるから先に歌手音くん連れて上の階の案内してくれないか」

「分かりました。それじゃあ行きましょうか」

「はい」

 

ここでのボーカロイド達の主な生活空間は4階にある。

男女で分けられた部屋や食堂、歌う為の部屋。

メンテナンスの部屋だけは3階にあるが彼には関係のない場所だ。

「ここではほとんどの家事をその日仕事の入ってない子でこなしているんですけど、歌手音くんは料理や洗濯とかしていました?」 

「知識としては学んでいます。実際にした事はありません」

「食事は社内の食堂とかで食べていたのかな?」

「いいえ、食事は部屋に直接運ばれてきました」

「部屋に直接ですか。じゃあ、いつも一人で?」

「はい」

「……もしかして歌のレッスンの時間以外は自室で待機?」

「はい。楽譜をチェックしたり本を読んでいました」

「……なるほど」

キヨテルはこの人間味のなさの原因を理解した気がした。

誰もこの子に歌以外の事を直接教えてこなかったというわけだ。

本で人としての知識を与えただけで人らしくなれるわけがない。

歌うだけの人形ならばそれで問題ないだろう。

だが、人間らしさを併せ持つボーカロイドにしたいのならばこのままでは駄目だ。

 

そう思ってここに連れてきたのだろうが……。

 

「明日から一緒にしてみましょうね」

「はい」

 

一通りの部屋の説明を終えた後に、男性ボーカロイドの部屋へ入る。

部屋は男女で分けられていると言っても現在ここに男性ボーカロイドはキヨテルだけしかいない。

男女共に同じ間取りの部屋な為、一人にしては広い部屋がキヨテルには与えられていた。

昨日運び込まれた寝台は新しい住人の為の物。

「こっちが歌手音くんのベッドです。荷物はそこのクローゼットを使ってくださいね」

こくりと頷きクローゼットの方へと向かう。

荷物を簡単に片づけ、再び先ほど立っていた場所と同じ位置へ戻ってくる。

どこか、ぎこちない。

「初めての場所ですからね。緊張しますか?」

首を横に振る。

彼は、何か言いたそうな様子に見えた。

聞きたい事があるのだろうか。

「何か分からない事があったら何でも聞いて下さいね」

「僕は……」

次に出てきた言葉は予想外のものであった。

 

「欠陥品なのだと思います」

「えっ?」

「笑ってと言えば笑えるし、悲しそうにしてと言われれば表情を作る事はできます。こうやって」

にこりと笑って見せるその表情は、皆で見た動画にあったあの笑顔と同じ。

「でもそれは指示があったからした事で、自分でそうしようと思ってしたわけではありません」

表情が元に戻る。

「同じボーカロイドでも、自分で考え動く氷山さんとは全然違う。ここに来るまで見ていただけで分かりました」

各部屋の説明をしている間、部屋の中よりもキヨテルの方を見ているように思えたのは気のせいではなかったようだ。

「君は欠陥品なんかじゃないですよ」

子供に言い聞かせるように、優しく話しかける。

「自分が欠陥品だと思って辛いのでしょう? それは心が、感情があるからじゃないですか」

「辛いのかどうかも、僕にはよく分からないんです」

「でも今の君は凄く苦しそうな顔をしています」

そうでしょうか、と納得のいってないような顔で聞き返してくる。

「君は今まで狭い世界の中で育てられてきたから、感情の表わし方を知らないだけなのだと思いますよ」

「知らないだけ?」

 

最初に出会った時の視線から感じたものの正体にようやく思い当った。

幼い子供だ。

彼の視線は、生まれて間もない子供のそれに似ている。

善意も悪意もない、自覚のない興味。

思った以上にこの子は無防備で、何も知らない。

それなら教えてあげたい。その不安を全て消せるように。

それは先生という自分に与えられている属性から来る保護欲といったものなのかもしれない。

 

「ここにいるボーカロイド達はそれぞれ個性的で、もしかしたら戸惑う事もあるかもしれません。だけど皆、あなたが来るのを楽しみにしていました」

ピコはただじっとキヨテルの言葉に耳を傾けている。

「一ヵ月も経てば、歌手音くんも自分が欠陥品だなんて思わなくなる程変わりますよ。変わり過ぎて怒られるかもしれませんね」

「怒られる…」

「ああ、そこは気にしないでください」

今はまだ言葉をそのまま受け取る彼に冗談は通じない。

「そうではなくて、君の会社の人達も喜ぶと思いますよ」

「はい。そうだといいです」

 

その時のピコの表情は、少しだけ笑ったように見えた。

 

 

 

end

説明
AHS組と共に生活する事となったピコ。自分が欠陥品かもしれないと話す彼にキヨテルは――。以前に他サイトに投稿したものの改訂版です。後半部が大きく違います。
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ボーカロイド 氷山キヨテル 歌手音ピコ 

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