嗤う骸骨 |
人類が地上より消えて千年の月日がたとうとしていた。
かつて天まで届くかと思えた建造物も、もはや目にも見えぬほど小さき微生物たちによって大地に還った。
だが、人がいたという記憶は時の彼方に消えたわけではない。
人が生み出せし「ものたち」がなき主に変わりて、その幻影を演じていた。
人類が滅亡する十年ほど前のことである。
ある研究所では世界中から最高の頭脳を集めて
最高の従者を作り出そうとしていた。
いわゆるアンドロイドである。
とはいっても、パーツを寄せ集めたものではなく、映画のターミネーターのようなものが近い。正確に言うと人間が60兆個の細胞からなるように数十兆のナノマシンから人型のアンドロイドを作り上げようというものである。
だが、研究は遅々として進まず「そのとき」がくる一ヶ月前にようやく猫のアンドロイドまでできるようになったのである。
研究者たちはいらだちを隠せなかったが、それでも一歩一歩薄氷を踏むように慎重にことを進めていった。
なぜ、「そのとき」が訪れたのかその真実を知るものはほとんどいない。
ただ確かなのはあれほど人類が忌み畏れたはずの核がつかわれたということである。
そしてもうひとついえるのは核シェルターは役に立たなかったということである。
研究所にもまた死が訪れた。
残ったのは未熟なアンドロイドだけである。
本来ならば、そのアンドロイドも消滅するはずだった。なぜなら、アンドロイドを動かすためのエネルギー、つまりは電気は失われたはずだったからだ。
――それが存在し続けた。
皮肉と言うべきか、主を失ったアンドロイドは誰のものでもなくなったときにもかかわらず、失った主を取り戻そうとしたのだ。
まずは、研究者たちを吸収し、そして研究所にあったデータベースにハッキングしてすべての知識を我がものとした。
百年後、アンドロイド、後にアダムとと呼ばれる「はじまりのもの」は猫のからだというハンディを克服してついに人の姿をとることに成功したのだ。
あとはもう洪水で決壊したダムのように、アンドロイドたちの増殖はとどまることを知らずに行われた。
それよりさらに百五十年後、人が生活していたところすべてにアンドロイドたちが行き渡ると、アンドロイドたちは秩序を守るために増殖にストップをかけた。
アンドロイドたちは自分の主そっくりの生活を始めた。農業、工業、金融、エンターテイメント。再現できるものはすべて再現していた
それは人間が見たら滑稽で悲しい光景に違いない。
アンドロイドたちは人間とは違い、生きるため生活をしていない。人間らしくあろうと生活しているのだから。
◇
ここは、かつてオーストラリアと呼ばれた大地である。
赤茶けた土をひとりのアンドロイドが発掘していた。
年の頃は三十前後の白人の姿をしている。とはいえ、アンドロイドは外見で年齢はわからない。好きな姿をとることでき、ナノマシンの活動限界である三百年がたてば砂で出来た人形のようにボロボロと崩れていく。
彼は、白い何かを掘り出そうとしていた。
そこに、一台のジープが大きなエンジン音を立てて乗り付ける。
ジープから降りてきたのは、アボリジニの化粧を施した少女だった。
「何しているの?」
男は少女を見返すことなく答えた。
「掘っているのさ」
「何を?」
「……かつて我々をつくった人の骨だ」
そういうと、何かを手にとって持ち上げる。
それは頭蓋骨のようだった。
「なに、その気持ち悪いの」
「頭蓋骨さ。人間はこの中に思考や運動を司る脳みそとかが入っていた」
「……へぇ。こんなものの中にね」
というと頭蓋骨を男の手からとる。
男は思った。
少女にはその骨の持ち主がどれだけ素晴らしい人生を送っていたのかわからないに違いないと。
実際その通りで、まじまじと眺め尽くすと、興味を失ったように男に返した。
「もうすぐ、居住ドームの門限がくるわ。切り上げた方がいいんじゃない?」
「いや、私はこの近くで研究施設を持つことを許されている。だから門限は関係ないんだ」
「そう、じゃあ、わたしは帰るから」
いうやいなや、ジープに乗り込んでさっさと行ってしまった。
ジープが残した跡を眺めながら男は立ち尽くす。
研究所に戻ると、男は頭蓋骨をテーブルに置いた。
そして奥にあるカプセルへと近づく。
カプセルに接続されたディスプレイにはその中にあるものの状態が表示されていた。
「あと少しだな」
それは男が焦がれている存在があった。
――人間である。
人は滅びた。
だが、数年前に南極へ調査範囲を広げたときに偶然氷付けとなった人間が見つかったのである。
もちろん、千年という月日で少しミイラ状態になっていたがとても保存状態がよかった。
それを医療用のナノマシンで修復していきようやく元の状態に近いところまで戻せたのである。
男は過去からきた人間を復活させようというのか。
いや、違う。
男の狙いは全く別のものであった。
男はこのアンドロイドの社会に反吐がでるほどの嫌悪感を感じていた。
プログラムされたかのように人間の生活をなぞる人形たちに。
本来ならば人を超えた存在になってもおかしくはない。にもかかわらず自らを堅い殻に押し込めているのだ。
それに対して、未熟で愚かにもかかわらず人間はなんど華やかで美しい生活を送っていたのだろう。戦争や犯罪などの闇もあるがそれすれも愛おしい。
人間の研究を進めていくうちに、男は人間になりたいと願うようになっていた。
そして今、うってつけのものが出来た。
完全にカプセルの人間が治せたら、その脳には男のデータを注入するのだ。それで男は「人間になれる」
「ハッハッハ。ウワハッハッハ。なんと素敵なことだろう。人間になれるのだ。それもこの世で唯一の人間に。ただ存在し続けるだけのアンドロイドと違い、短い人生を怪我や病気、飢えなどと戦いながら生きる。ああ、想像するだに素晴らしい。素晴らしいぞ!」
男は高笑いをしつつ、カプセルに抱きついた。
「早く、早く蘇れ。そしてわたしの体になるんだ」
アンドロイドにも狂気というものがあるならば、おそらく男の目には狂気が宿っていただろう。
そのとき、先ほど掘り出したばかりの頭蓋骨がカタカタとなった。
風すらもないこの部屋で。
男はそれまでの昂ぶりが、まるで水をかけられたかのように冷えていくことを感じた。
「……」
男は頭蓋骨を棚にしまうと、部屋を出て行った。
果たして今の音はただの物音であったのか。
それとも、全能たる存在を捨ててちっぽけな人になろうとする男を亡者が笑ったのか。
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