東方幻常譚第六話
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東方幻常譚第六話「不咲桜(サカズノサクラ)〜A Cherried Blossom〜」

 

 確かこの花見の席に招待していたのは、今、桜の木の下で酒を飲んでいる連中の半分ほどだった筈なのだ。どう考えてもこの数はおかしい。冥界の庭師、魂魄妖夢は庭を遠目に眺めながら思った。

 幻想郷の宴会は、皆が食材なんかを持ち込んで勝手に騒ぐだけだから、その点においてはまったくと言っていいほど心配は無かった。ただ妖夢の心配は、その後のことだった。

 なるほど気のいい連中だ。当然食材は持ち寄るが、帰るころになれば当然皆しこたま飲んだ後で、鬼以外はべろんべろんに酔っ払っている。詰まる話、片付けなんてあんまりしない。妖夢の心配はそこだけだった。

「妖夢ぅ、お酒が足りないわぁ」

「はぁい、只今お持ちいたします」

 そして、宴会はまだまだ始まったばかりだというのに、酒も食材も笑えるほどに減っていく。隣で八雲藍が手伝ってくれて入るが、その莫大な消費量のためにてんてこ舞いだった。

「藍さん、少しの間厨房お願いします」

「はぁい、いってらっしゃい」

 妖夢が酒を手に主の下まで行くと、まぁ小憎たらしいほどに盛り上がっていた。その宴会の輪の少し外のほうに、西行寺幽々子とその友人の八雲紫が座っていた。

「お待たせしました幽々子様。お酒をお持ちしました」

「ありがとう。妖夢もそろそろ休みなさいな」

「え、でもそうしたら厨房は藍さん一人に・・・」

 そういいかけたとき、妖夢の横の空間が裂けて、そこから一匹の―あるいは一人の―九尾の狐が出てきた。

「これで問題ないわね」

 空間を閉じた八雲紫は、手に持った扇を閉じてそう微笑んだ。急に連れて来られた藍は一瞬の出来事に、菜箸を手にぽかんとしている。

「ちょ、ちょっと紫様!今てんぷら揚げてる最中なんですよ!」

 われに返った藍は、急いで厨房のほうに駆けていった。

「ちょっと紫、私の家が火事になったらどうするのよぉ」

「ごめんなさいね。まさか天ぷらまで出てくるなんて思ってなくて」

 そういう八雲紫は扇で口元を隠してくすくす笑っていた。あ、たぶん嘘だ。妖夢は悟った。

「とりあえず妖夢も座りなさいな」

 幽々子の一言で半ば強引に縁側に座らされ、酒の入った猪口を渡された。

「片付けも出来なくなりますし、あまり飲めませんよ?」

 幽々子は、あまり乗り気ではない妖夢に

「飲むことに意味があるの。多かれ少なかれ、お酒を飲むことが大切なのよ」

 と教え諭した。

「そういうものですかね」

「えぇ、そういうものなの」

 妖夢は手に持った猪口を口まで運ぶと、中の酒を飲んだ。

「ふぅ・・・では、藍さんの手伝いに行ってきますね」

「あら、もう行っちゃうのかしら?」

 幽々子は、猪口を置いて立ち上がろうとする妖夢に聞いた。

「天ぷら、召し上がりますよね?」

「召し上がります」

 なんだかんだで食欲に勝てなかった幽々子がそういうと、妖夢は満足したように席を立った。

 

 八雲紫の式は優秀だった。妖夢が行くころには、ほとんどの材料が美味そうに揚がっていた。後はそれを各々の主に運び、“桜”の木の下で騒ぎに騒いでる客に振舞うだけだ。

「すみません、藍さん。お手伝いも出来ませんで」

「いいのよ。こっちは会場と貴方のご主人を貸してもらってるんだから」

 最後のひとつが揚がって、いよいよ運ぶ段階になった。妖夢は、先ほどまで手伝えなかった侘びも含めて、天ぷらが山盛りになった皿を持ち上げた。

「一人で大丈夫かい?」

「あ、はい。大丈夫ですよ」

 妖夢は、少しふらつきながら厨房を出る。皿の上のてんぷらは、皿の上にきちんと乗っていた。

 あれだけしこたま飲んでいたはずなのに、宴はまだまだ始まったばかりと言わんばかりに、桜の下は賑わっていた。しかし、確かに酒の空瓶は増えていた。

「あら、美味しそうに揚がってるじゃない。いただくわね」

「あ、幽々子様、行儀が悪いですよ」

 横からひょいと現れた主の腕が、妖夢がもっている皿の上からてんぷらを一つ持ち上げ、口へ運んだ。

「ん、美味しいわね。さてはあなた、腕を上げたわね?」

「腕が上がったかどうかは分かりませんが、つまみ食いはやめてください。みっともないで、むぐ!」

 皿の上からもう一つ持ち上げて、次は妖夢の口に突っ込んだ。

「どう?」

 幽々子は、屈託の無い笑顔で訊ねた。

「・・・おいしい、です」

「でしょう?」

「でも、つまみ食いはいけませんからね!今回だけですよ」

 幽々子は、分かったというように手をひらひらさせて、八雲紫の隣へと戻っていった。

 「てんぷらお持ちしましたぁ!」

 桜の木下で飲んでいる面々にそう声をかけると、待ってましたといわんばかりに手が伸びた。

 その手を避けながら、みなが座っている敷き布に、てんぷらが山のように盛られた皿を置いた。

「お、美味そうだな」

「ちょっと魔理沙、意地汚いわよ」

 さながら親子のようなやり取りをするアリスと魔理沙に、思わず妖夢は噴出してしまった。

「妖夢、あなたも少しは花見を楽しみなさいよ。さっきから客の世話しかしてないじゃない?」

 霊夢がそう声をかけると、

「これが仕事ですから」

 と妖夢は微笑んで答えた。が、霊夢に腕をつかまれて、半ば無理やり酒の席に入れられた。

「ちょ、まだやることあるんですから・・・!」

「ちょっとぐらい酒が入ったって問題ないわよ」

 助けを求めるような、指示を求めるようなそんな目で、妖夢は幽々子を見た。しかし、彼女は八雲紫との会話に花を咲かせており、こちらに気づいている様子は無い。

 「ま、いいか」と呟くと、妖夢は杯を受け取って、酒を注いでもらった。

 注がれた酒を一気に飲み下すと、もう一杯注いでくれるように頼んだ。

「ちょっと、ハイペース過ぎやしない?お酒も美味しく飲まないと損よ?」

 そう言われ、ふぅと息を吐いて杯を下ろすと、

「あぁ、久しぶりに飲んだものですから」

 と笑った。

 

 一升瓶が、あっという間に空になった。霊夢たちが軽く引くほどハイペースで酒の杯を開けていった妖夢はといえば、当然のごとく酔いつぶれていた。

「ちょっと妖夢、あんたがつぶれてどうすんのよ・・・駄目ね、完全に寝ちゃってるわ」

 霊夢が体をゆすってみるが、起きる気配は微塵もなかった。

「どうしようかしら。ほったらかしにしておく訳にもいかないし」

 眠ってしまった妖夢の扱いに困っていると、妖夢の体の下に、ポッカリと隙間―十中八九八雲紫のもの―が開き、妖夢の体を飲み込んだ。

「客に世話されてたら、それこそ世話ないわよねぇ」

 代わりに隙間から顔を出した八雲紫が言った。霊夢たちは、その物言いがつぼに入ったのか、皆くすくす笑っている。

「さて、使用人がつぶれた訳だが、勝手もわからん家でこの状況だと、飲み明かすのにも不便って言うもんだなぁ」

 と、不意に魔理沙がそう言って、周囲の同意を求めた。皆は突然の発言に、きょとんとしている。

「じゃぁ、博麗神社で飲みなおしねぇ。私に関してはまったく飲んでいないし」

 霊夢が、訳がわからないといった顔で、紫を見た。

「ちょっと紫!何で家でなのよ!あんたの家でいいじゃない!」

「嫌よ、掃除が面倒じゃない」

「紫様・・・その掃除は私がするんですが」

 後ろに立っていた藍にそう言われて、紫は言葉に困ってしまった。

「と、兎に角、神社に行きましょう」

 そう言うや、隙間に引っ込んでしまった。

「紫様、言うに事欠いてそれですか・・・」

 そんな紫を追うように、藍も飛んでいった。そしてそれに続くように、ほかの花見客も飛んだ。

「はぁ、博麗の巫女をもうちょっと労わってくれてもいいんじゃないかしら?」

「労わられるようなことしたらな」

 霊夢は、小さなため息をひとつ漏らし、魔理沙と一緒に飛び上がった。

 

 妖夢が目を覚ますと、眼前には自分の部屋の天井が広がっていた。なぜ自分の部屋で横になっているのかわからなかった。

「え?あれ?なんで・・・」

「あら、起きたのね。気分はどう?」

 妖夢が目を覚ますのと同時に、幽々子が障子から顔を覗かせた。そんな状況も妖夢にとっては謎だった。

「あ、あの、わたし・・・」

「あなた、昨日酔っ払って寝ちゃったのよ。覚えてない?」

 なるほど、だからこんなに頭が痛いのかと、妖夢は二日酔いに悩む頭で考えた。そして、大切なことに気がついた。

「す、すみません幽々子様!片付けもせずに酔って寝てしまうなんて!」

 自分の大声が頭に響き、妖夢は再び倒れこんだ。

「やっておいたわ。今日はゆっくり休みなさい。水持ってくるわ」

「すみません・・・」

 一方、博麗神社では、二日酔いに悩まされる巫女が、転がる酒瓶を拾い集めていた。 

 

東方幻常譚 第六話 了

 

〜あとがき的な〜

 

 今回ほど頭の中にプロットが出来なかった話も珍しいんじゃなかろうかと自分で思って反省中。書いた後に反省するような作品は、キャラをお借りしている立場としては、原作者のZUN氏に申し訳ない。そして、五話までを読んで下さった読者の皆さんにも申し訳ない。まぁでも出来ちゃったものは仕方ないので、今後に活かします。・・・活きるのかな?

 しかし、飲んで駄弁って食べて騒いで、っていう感じの、いわゆる幻想郷の日常(妄想)は表現できたんじゃないかと。

 あと、タイトルの英文のスペルはミスじゃなくて仕様です。いわゆる造語です。西行妖を、中n・・・格好良く表現したかっただけです。

 これで書き溜め分は終了です。現在七話執筆中ですので、少しの間お待ちください。

 ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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