ピースプログラム1-6b/36
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「えいくそ!また負けだ!」

「……見失って焦った」

「へぇ。あんたも焦ることあるんだ」

 

 コクピットシミュレータから四人が出てくる。下級生たちは黙々と戦闘データの解析にかかっていた。

 

「皆さん変わった戦車ですね」

「俺はただのチューンだけどな。他は雄二とアサキのフルハンドメイドだ」

「オーダインのチューンもすごいですよ。あの車体にあんなに載せてあの動きですからね」

 

 ショージはガッツポーズを作ってみせる。

 

「純ちゃんの戦車は?」

「バーグナムをベースにした改造です。稼動調整がまだですけど」

「……サブアリーナで、いい?」

 

 雨岸は頷き、二枚のカードを取り出す。

 

「じいさん。空いてるブース使うよ」

「八番ブースが空いとるから、そこにしなさい。質問もそこにいかせるから」

「あいよ」

 

 黙々と解析を続ける下級生達の間を縫って、八番ブースにたどり着く。

デスクトップ型のディスプレイとコンピュータが外向きに六台設置された狭苦しい空間だ。

 

「デザインツールはアドとマクロとシメ重ね。シミュレータはシメ重しかないよ」

「私ずっとシメ重つかってるんですよ」

「おー。そりゃよかった、積み替えなしでおっけー、と」

 

 くるくると弄んでいたドライバーを腰の後ろにつけなおし、ショージも席に着く。

 

「巴」

「はい」

 

 アサキは胸ポケットからカードを取り出し、自分の戦車のカードと別にコンピュータに差し込む。

 

「サーバーは192.168.208.1。パスはカミングトゥディ。とりあえずお披露目といこう」

 

 各自が自分のコンピュータにカードを差し込み、ディスプレイを被る。

雄二が使うコンピュータのなか、なにもない空間が仮想され、五機の戦車と巨大なパネルが数枚浮かび上がる。

 

「スナイパーTのライフル、俺のコクピット、オーダインの出力系にはプロテクトかかってるけど、他は好きに見るといい」

「私のバーグナムはフルに見てくださいね」

 

 仮想された空間を五個の発光体が飛び回り、戦車を眺め回す。

雨岸の戦車は脚部に四基の無限軌道を配した地這戦車のような立型戦車だ。

その大まかな外形はバーグナムとして標準化された規格に変わるものではないが、右碗の肥大化と大量の武装は一目で改造されたものだとわかる。

 

「雨岸さん、今朝の戦車は?」

「あ、あれは実験機です。それにもレールガンは積んでありますから」

「レールガン!?」

 

 ショージ、信濃、アサキをあらわす三個の発光体が砲になっているバーグナムの右腕部に近づき、あたりをくるくると回る。

 

「このサイズだとソニックの処理が難しそうですが……」

「どうやって出力を確保してんだ?」

 

 ショージはバーグナムの体内に潜っていき、アサキは銃身に入る。

 

「レールガンって携行するにはどうしても出力がたりないのよね」

「信濃。出力62783、重量350」

「……なにそれ?」

 

 雄二をあらわす発光体から、パネルに向けて矢印が表示される。

 

「さっきざっくり作ってみた、二型で出力6278の重量350、覚えてるか?」

 

 計算機を叩く音がする。

 

「……あと0.07で飛べるってこと?」

「飛ぶ?」

 

 雨岸の訝しげな声が飛んでくる。

 

「パネルに集まってくれ」

 

 パネルの前に漂っていた雄二の発光体のそばに他の発光体も集まる。

 

「今朝、0700時付けで発表された中央の公式発表だ。一昨日のゲイラー・グーデリネ博士の発表は?」

「あたしわかんない」

 

 パネルの一枚が拡大される。

 

「世界は層になっていて、いわばパラレルだけど、他の層にはもしかしたら魔法使いがいたり、無機生命体がいたりするかもしれないってやつか?」

「……すごく端折りましたね」

 

 ショージが答え、雨岸が相槌を打つ。

 

「まあ、そんなところだ。その証明として、グーデリネ博士は一つの機関設計図を他の層から持ってきた」

 

 拡大されていたパネルが小さくなり、回路図が全面に表示された別のパネルが大きくなる。

 

「中央はこの機関を擬似エーテル機関と命名。つまり、グーデリネ博士の発表した世界多層論を全面支持した」

「その擬似えーてる機関っていうのがさっきの?」

「そうだ。問題はグーデリネ博士が不完全な機関設計図を残して失踪してしまったことだが。式を全て信じるのならあの出力になる」

 

 パネルの表示が切り替わり、数式が表示される。

 

「……雨岸さん?」

「あ、うん。聞いてますよ。耳が早いなと思って」

 

 指を鳴らす音がして、ショージの発光体が静止する。

 

「擬似エーテル機関を実験機に組み込んでた雨岸さんほどじゃないし、巴のラインだからな」

「……今朝、私も同じ資料を見つけましたから」

「そ、か……ショージ」

 

 いつのまにかディスプレイをはずし、ブースの入り口に立っていたショージが、自分の席に座りなおす。

 

「……これを真っ当に取り入れられれば、戦車の出力は現在の二倍強に跳ね上がる」

「それを視野に入れた設計をしていけ、ってことか」

「そういうことだ。それと信濃。お前も擬似エーテル機関を研究してみるといい」

 

 信濃の発光体がピクリと揺れる。

 

「あたし?」

「お前が一番ピーキーに扱うことになる。この資料を見る限り、根幹を作れば扱いは比較的楽に見えるしな」

 

 別の複数のパネルが拡大される。雄二が纏めたものも含めた資料だ。

 

「そうね、わかった。やってみる」

「雨岸さん。ワイヤードは空を飛ぶ為の戦車なんだ。無理は承知でね」

「背部が真っ平らで、出力系がよってるのはそのためなんですね。内装火器がないのもかな?」

 

 雨岸の発光体はワイヤードの周りをくるくると漂う。

 

「両手のワイヤーが内装火器といえば内装火器かな、五指マニピュレータで火器に対応するつもりだ。信濃」

「うん」

 

 信濃はコンピュータにカードを差込み、少し間があいて翼のようなものが仮想空間に浮かび上がる。

 

「既存のエンジンでも後一歩で浮けるってところまできてる」

「……私からも面白いものを……秘密ですよ」

「すかいわん?」

 

 アサキが不思議な発音で言葉を発し、雨岸の発光体がぴたりと止まる。

 

「あたりです……シメ重工カミガタ工場で今開発中の次期ナンバリング戦車」

 

 かしゃんと音がして、少しのタイムラグの後にワイヤードによく似たフォルムの戦車が浮かび上がる。

 

「どこでこれを?」

「私のラインです。聞かないでください」

 

 雄二の問いかけに、苦笑して答える雨岸。

その戦車とワイヤードの大きな違いは背中と両肩、そして脚の裏の大きなブースターのみだ。

 

「……そ、か……これは多分一週間くらい前のデータ。信濃」

「いいの?」

「いいよ」

 

 再びかしゃんと音がして同じようなデザインの戦車が浮かび上がる。

 

「昨日付けのスカイワンのデータ」

「あら……もしかして研修生って……」

「俺らだな」

 

 コンコンと壁を叩く音がする。

 

「先輩。クローズな話はクローズなところでした方がいいですよ」

「雄二がいるからそうそう聞かれんさ」

 

 全員ディスプレイを外し、顔を上げる。

サイズの合ってない眼鏡をかけた二年生だ。

 

「頼まれてた物、組んできましたけど。先輩が組んだ方がいいんじゃないですか?」

「……そうでもない」

「ショージ先輩。やりましょー」

 

 二年生たちがどやどやと押しかけてくる。

 

「おう。まぁ。大体そんな感じだから。よろしくな」

 

 ショージは二年生たちに囲まれてシミュレータに連行されていく。

 

「俺。これ見るから」

「うん。わかったよ」

 

 雄二は立ち上がり、眼鏡の二年生を連れて違うブースに入る。

 

「雄二君が居ないから、キーボードでね」

「雄二さんならきかれない?」

「キーボードキーボード」

 

 仮想された空間。中空に文字が浮かび上がる。

 

『全員プログラム障害って聞いてますよね?雄二君は多分その反動ですごく勘がいいんです』

『でもあいつ、結局どれが障害なのかわかんないのよね。性格思いっきり変わったし、右手使わなくなったし』

『ちなみに信濃さんの障害も秘密です。私も知りません』

『あんたの情報網なら知ってそうな気はするけどね。ショージは…雄二の言葉借りるけど、血縁って概念が吹っ飛んだの』

『それは……』

『雄二君と私もカンオケに入ってる間に一人になってしまいましたから、それもあって普段両親の話をすることは無いですね』

『みんなが家族みたいなもんよ。よく雄二の家に上がりこんで研究会とかやって、そのまま泊り込むもの。って、いきなり暗い話しちゃったね。ごめん』

『ヒサヤマ基地の瓦礫の中から出てきましたから、同じようなものですね』

『奇跡的ですよね。重機も運び込めなくて、全員絶望視されてましたから』

『家どこらへんだっけ?片付け大丈夫?』

『カタミネの真中ぐらいです。近所の人に手伝ってもらって、大体片付いちゃいました』

『そっか。じゃ、今日は半ドンだから多分放課後は雄二のとこに行くけど、こない?』

『行ってみたいですね』

『ナンリの川渡ってすぐだから近いしね』

『うーん。今日は雄二君次第でしょうね』

『何が?』

「あら、もう済んだの?」

 

 いつのまにか雄二もディスプレイをかぶって座っていた。

雄二はディスクを一枚こんこんと叩き、胸のポケットにしまう。

 

『今日あんたんちにいこうって話』

『今日は秋吉のトコに寄る』

『秋吉さんってさっきの?』

『そう。あの子のお父さんは医者でね。人集めて病院やってるの。でもなんで?木曜にも行ってなかった?』

『秘密だ』

『……雄二さんてディスプレイかぶると人変わります?』

『そうね。回線経由すると途端によく喋るわ。んでショージが黙るの。変な奴ら』

『言われてますね』

『うるせぇ』

『秋吉先生のところには挨拶に行った方がいいかもしれませんね』

『そうですね。雄二さん、一緒に行っていいですか?』

『待つ時間が有るけど?』

『構いませんとも』

「せーんぱい」

「帰り、寄るから、よろしく」

 

 秋吉の声に雄二はディスプレイをかぶったまま言葉を返す。

 

「はい。ゆうじ先輩、澄川君に何頼んだんですか?かぶったまま思いっきり唸ってますけど」

「じきにわかる」

「んー。じゃあしばらく放っときますね。澄川君普段から開発ばっかりだし」

『機甲科は班にも入ってるけど、組単位で受け持ってるの。がっきゅーいんちょーね』

『なるほど』

『澄川君は雄二君が目をかけてるミドルウェアプログラマですね。さっきの眼鏡の』

「先輩。一発やりません?」

「ん」

「ぶふっ!」

 

 雨岸は驚いて息を漏らし、ディスプレイを外す。

 

「あはは。深い意味は無いのよ。模擬戦やろうってだけ」

『深い意味の有無は多分。ですけどね』

「……びっくりした」

『どこまで本気なのかわかんないのよねー』

「誰か来るか?……いや、雨岸さん、いける?」

「え?いけますけど。いいんですか?」

 

 雄二はディスプレイを外し、パソコンからカードを引き抜く。

 

「じゃあ私の機甲班を召集しましょうか」

「面白そうね。あたしも混じろうかな」

「私は見てますね。頼まれ物もありますし」

 

 アサキはディスプレイをかぶったまま振り返ると、胸ポケットから黒い名刺入れのようなものを取り出して示す。

 

「ん。うちは……三機だ。ショージはくたばってる」

「わかりました。召集してきますね」

 

 秋吉はばたばたと走っていく。

 

「じいさんに言ってくる。コクピットに」

「はい。機甲班というのは?」

「組はばらけてるけど、機甲科が二年には15人いて、5人で一班ってことになってるの。あの子の班は機甲班の中だと一番手強いわね」

 

 雄二は教師用のブースに、信濃と雨岸はコクピットに歩く。

 

「よー」

「あら宮川。サボり?珍しいわね」

 

 背の高い、顔に縦の傷痕が走る男子生徒がコクピットシミュレータの前に立っていた。

 

「雨岸さんを見に来た」

「純ちゃんはあげないわよ」

 

 信濃は雨岸に抱きついてみせる。

 

「もうメカニックは要らんよ。敵状視察さ」

「あら、つれないんですね……」

 

 雨岸は信濃をぎゅと抱き寄せながら、宮川に視線を流しかける。

 

「!?」

 

 宮川は明らかに頬を赤らめ、腕で口元を隠して体を引く。

 

「あはは。赤いわよ宮川」

「えぇい。思わぬネタだった。これは色々と手強そうだ……お前も赤いのは何故だ」

 

 宮川は咳払いをして腕を組む。

 

「実はあたしにとっても思わぬネタだったからよ」

「ふふふ……雨岸純子です」

「宮川ヒトハ。四年の一班長だ」

 

 雨岸から手を差し出し、握手する。信濃は顔に手を当て、緊張した顔の筋肉を解きほぐす。

 

「ノリがいいわ。びっくりしちゃった」

 

 信濃はまだ赤い顔のまま、カッターシャツの首もとのボタンを外し、胸の部分を掴んではたつかせる。

 

「……おお。まな板と肉まん」

 

 宮川はぽんと手を打つ。直後に派手な音とともに信濃の平手打ちを貰う。

 

「あっはっは。いってぇ」

「おいおい。痴話喧嘩か?」

 

 コクピットシミュレータから汗だくのショージが出てくる。

 

「そんなところさ」

 

 宮川は片頬を上げるようにショージを睨みつけ、言う。

 

「へっ。やすい男だな」

 

 ショージは睨みかえさずどころか一瞥すらせず、自分の手を見て呆けている信濃の視界で手をはたつかせる。

 

「どした?大丈夫か?」

「……あ。うん。あ。ごめん。宮川」

「あいや。謝られても困るんだが……」

 

 宮川は困った様子で後頭部を掻く。

 

「う」

 

 雄二が投げつけたタオルをショージが反射的に受け止める。

 

「ヒトハ。混じれ。秋吉。松ヶ瀬と大賀氏を入れろ。こっちは信濃が抜けてヒトハが入る。ショージ。巴の手が足らん。信濃つれてけ」

「お、おう」

「田北……ち。わかったよ」

 

 雄二はうろたえている雨岸の肩を掴む。

 

「悪いね。あいつの障害を知られたくない。ヒトハは学年一位のパイロットだから、様子を見るにはいいだろ?」

「え、ええ。それはいいんですが。雄二さんは信濃さんの……」

「……知ってる。言いたくない。聞くな」

 

 雨岸は雄二に笑顔で返す。

 

「レイチェ?」

「こうなると思って無かったからな。どノーマルのレイチェだ。しかしお前と組むのはいつ振りだ?」

「……知らん。雨岸さんはバーグナムだ」

 

 三人は個室になっているコクピットシミュレータに入る。

扉以外の全ての壁面がディスプレイになっており、立型戦車のコクピットとほぼ同じ機材がそろえられていた。

 

「『あー。諸君。四年生混成三名と二年生機甲一班プラス二の模擬戦闘じゃ。興味のあるものはメインディスプレイかチャンネル1を開けるよーに』」

「『カメラは相変わらず二組三班マイナス一とぉ』」

「『三組一斑どぅぇーす!』」

「シミュレータ。大丈夫?」

 

 雨岸の個室のディスプレイに雄二の顔が映る。

 

「ええと……はい。大丈夫です。戦場は?」

「市街侵入の脅威殲滅だ。雨岸さん。よろしくな」

 

 宮川が雨岸のディスプレイに割り込んでくる。

 

「了解。よろしくお願いしますね」

「初期ノイズは無し。赤レイチェの渡会とアリスの秋吉が揃ってるから、多分仕掛けてくる。こっちは混成だしな」

「目は?」

 

 雨岸は射撃照準の様子を見る。

 

「おいおい。射撃照準が要るようなもの積んでるのか?」

「直射で有効射程4200の砲です。この照準、弄ってありますね」

 

 宮川は口笛を吹く。

 

「巴だ。悪いな」

「大丈夫。いい調整です。誘導兵器は?」

「二人ともバレットファナティストさ。単眼レイチェの大和とニューターの深山、プレートマンの松ヶ瀬はいつも積んでるが、他はわからん。俺の機体はどノーマルのレイチェだから強度8以上のEMPは吹っ飛ぶぞ」

 

 雨岸は深呼吸をする。

 

「いけます」

「了解。いつでも」

『混成チーム。いけるぞ』

『機甲一班プラス二もおっけーです』

「三林の青レイチェは射程2400。大賀氏のオーダインは真鉄のソード持ちだ、接近されないように。松ヶ瀬のプレートマンは対潜ミサイルを六本積める。何積んできてるかわからんから、見つけ次第潰してくれ」

「了解。ニューターとオーダインの練度は?」

「あの機体を動かすことに関してだけならウィザードクラスだが経験はたらん」

『それでははじめるぞい』

 

 ビーとブザーが鳴る。

説明
小説というよりは随筆とか、駄文とか、原案とか言うのが正しいもの。 2000年ごろに書いたものを直しつつ投稿中。
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