電脳戦艦アゴスト Ep.0-3
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 阿久利はしばらく言葉が出ないでいた。

 ここまで『ほぼ』満点の回答があり得るのだろうか。

 出会ってからの第一声と、借り物のサングラスからここまでの情報を読み取る事ができる人間が存在しているのだ。

 今更ながら、上司の『気をつけてね』の意味が理解できた。こういう事だったのだ。

 てっきり、車移動であることに対しての気遣いだと思っていたのだが…。

『あの事だけはバレるなよ』、という念押しの意味だったのだ。

   

 ――――

 

 阿久利の脳内を、ふと、疑問がかすめた。

「……奥田さん。あなたは自分がどうなるか、予想が付いているのですか?」

 再び窓の外を見ていた奥田は、阿久利を一瞥した。

「……いや?」

 そういって首を小さく振り、

「どうなるかはわからんが、さっき言ったこととは別の理由からも『まあ死ぬことはないだろう』と思ってはいる」

「何故」

「単純だ。俺は誰かの利益になる、もしくは誰かを貶めるような情報、又はそうなる可能性があると思われる情報を持ち合わせていない。

 ――つまり、俺の『投獄前の記憶』が目的で、情報だけを俺から聞き出して、その後に俺を殺すことも考えづらいと言う事だ」

 そう言いながら奥田はゆっくりと身をひねり、阿久利を例の眼で睨んだ。

 唐突で脈略がなかったので、阿久利は驚きながら眼を逸らすと、奥田はややオーバーアクション気味に左手の人差し指を立て、阿久利の方へスッと近づけた。

 阿久利は思わず指先に注目する。

「とすると。後に残っているのは一つ、『俺に何かをさせる』という可能性だ」

 奥田が手を降ろし、話を続ける。

「だとすれば…。それが終わるまでは俺は生きていられる。逃げるチャンスもあるだろう。ここで下手にいろいろ聞いては、それだけ警戒される。

 逃げるチャンスが減る」

 ――え…?

「…え…?…で、でも…、それを今言ってしまっては……」

「今はもう逃げる気が無いからだよ。――阿久利 有治 警部補――」

 

 ――――

 

 阿久利は一瞬気付かなかった。『何故逃げる気がなくなったのだろう』という疑問に脳が支配されていた。

「…?……!……な…!はっ!えっ!名前?ええ!」

「…!」

 運転席の部下まで驚いたのだろう。ハンドルが少しよれた。

 車体が揺さぶられ、そちらに意識を持って行かれたので少し冷静になったが、冷静になればなるほどつい先程の奥田の台詞が怖くなってくる。

 一体何が起きたというのだ。

 今、私の名前と役職を呼んだのか?

 何故。どうやって知った。

 慌てを通り越して恐怖で引きつる阿久利の顔を見て、奥田は笑いがこらえきれないといった表情で右手に持っているモノを放り投げた。

 いや、右手に何かを持っていた事自体、阿久利は全く気づいていなかった。

 急に飛んできたそれを慌てて顔の前で受け止める。

「…えっ!なっ!」

 阿久利はそれを見て、あわてて内ポケット、胸ポケット、サイドポケットの順でまさぐった。

 無い、無い、無い!

 紛れもない。

 これは、私の警察官としての身分証明証たるバッジケース!

 阿久利は極度の緊張によりノドがギュウと絞めつけられるような感覚のまま、無理矢理に声を出す。

「――かっ…はっ…!…いっ…いつ!いつの間にこれを!」

「…お前、俺を投げるとき、基本に忠実だったな」

「えっ!」

「俺の襟元と袖口をつかみ脚で払ったあと、胸元にぐっと引き寄せゆっくりおろす――」

「――」

「その時、俺の左手がどこにあったか見てたか?」

「!……」

「まあ見てるわけねえか」

「…いつ…い、いつ中を見たんですか…この車の中で、あなたから目を逸らしたのはほんの数秒のはず…。

 これを…私の名前を確認する時間なんて無かった…!」

「たった今、お前とおしゃべりながら堂々と見たんだよ。

 ――俺がさっき、お前のほうを見て左手の人差し指を立てたとき、お前はまんまとその指先を見た。

 俺の右手がどこにあり、俺の目線がどこに行ったか見てたか?」

 人間は、本当に唖然とすると口が閉まらないのは本当だった。

 阿久利は今まさにそれを冷静に体感していた。

 焦燥とは裏腹に、今は冷静でなければならないと必死に溢れそうな感情を押さえ込んでいた。

「…そのために俺は何度も目線を窓に逸らした。お前が『人から目線を逸らされたとき』の反応が知りたかったからだ。

 そしてお前には『俺が目線を逸らすと、俺のほうを見る』傾向があるとわかった。窓越しに見てたからな」

「――なん……」

 阿久利はなんとか絞り出した。

「――それはつまり、私を時々睨んでいたのは『威圧』が目的ではなく、『その後、目を逸らされた時に私がどうするか』を調べていたと言うんですか…!?」

 奥田は、口許に笑みを浮かべ、その答えを肯定した。

「お前の元来の性格かどうかは知らんが、お前は人の目線に弱い。目を合わせられることを極端に嫌う。

 だから『俺がお前に目線を合わせようとする』と同時に『左手の人差し指』という『お前の目線の逃げ道』を作ってやった。

 俺を見なくても『お前自身が自然だと思うような逃げ道』を、だ。

 お前は俺の目線のプレッシャーから逃げようとして、この指を見た。

 その瞬間、俺は右ひざの横に隠しておいたお前のバッジケースを見た。

 ――ただ、それだけだ」

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 ――するすると螺旋状のスロープを降り、地下駐車場のような空間に入った。

 ただ、自動車は一台も止まっておらず、コンクリ打ちっ放しのひたすらだだっ広い空間が広がっている。

 車はその一角に止まり、阿久利は奥田に降りることを促した。

 三人分の乾いた革靴の音が響く。

 天井が、高い。

 そして――クレーン?

 しかし、それで釣り下げられるような大きな「何か」は見受けられない。

 主を失った何かの格納庫だろうか。人影も一切ない。

「あちらへ」

 阿久利は空間の一端を指す。乗用車なら三台程度収まるであろうリフトだ。

 もちろん、車を乗せるためのリフトであれば、今まで乗っていた車ごとリフトに乗ればいいわけで、そうしないということは『車を載せられる大きさだが、普段は車を載せるためのリフトではない』という事なのだろう。

 乗り込み、部下が操作パネルにアクセスすると左右、上下、左右と、三重に金網シャッターが閉まり、ガゴゴン、と、重い音を立てて上りだした。

 数十秒後、リフトは貨物用特有の動き、人間を乗せることをあまり考慮していない動きで無遠慮に止まった。左右、上下、左右とシャッターが開く。

 通路を、先頭は阿久利、斜め後ろに奥田、部下と続いて歩く。

 阿久利はあれからほぼ何も喋っていなかった。ある事実を伝えるタイミングを計っていたからだ。

「――奥田さん」

「…あ?」

 歩きながら唐突に、振り向かないまま奥田に話しかけた

「実は…、――ひとつだけお伝えしたいことがあります」

「……何だ」

「先ほどの話の中に、ひとつだけ間違いがありました」

 奥田は歩調を変えず、同じリズムのまま付いてくる。動揺している素振りはない。

 阿久利は話を続ける。

「移動中、あなたから聞いた話は、ほぼすべてが正解でした。

 ――しかし、たったひとつだけ、間違い…いえ、思い違いがあります」

 

 

続きは本で!!

説明
世の中には「スペオペ分」が足りない。

C80頒布予定「電脳戦艦アゴスト」の第0章。
初めから:http://www.tinami.com/view/256080
1つ前:http://www.tinami.com/view/259537
の続き。

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