雪冤抄(るろうに剣心)
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                    ★雪冤抄★

 

 

 

 

(------痛ぅっ・・・目が・・・霞みやがる)

 

 このまま意識を手放しちまえば、どんなにか楽だろうな。今までにない強敵の前にどうしようもな

 

く弱気になっている己に、自嘲気味に呟く。これまで喧嘩屋としてその背に"悪一文字"を背負い、

 

いろんな((強者|つわもの))と戦ってきた。ヘッ、どいつもこいつも口先ばっかで大したことねぇ

 

や。持ち前の打たれ強さと斬馬刀の前には敵などいなかった。

 

そう、あの緋村剣心と出逢うまでは・・・・・・。

 

あいつはケタ違いの((剣客|おとこ))だった。あそこまで格の違いを見せつけられたことは、今まで

 

ただの一度だってなかった。この自分を地べたに這いつくばらせたのはあの男がはじめてだった。

 

あんな男はそうそういるもんじゃあない。それがどうだ? 今また、自分はあの時と同じ屈辱を味わ

 

おうとしているのだ。

 

(じょう・・・だんじゃねぇ・・・ぜ)

 

 ギリギリと食いしばった歯の間から、血の糸が幾筋も溢れる。気力を振り絞り起き上がろうとした

 

左之助は、しかし、ゴフッと血を吐いて、そのまま床にくず折れた。

 

(・・・っきしょう)

 

 元・新撰組三番隊組長 斎藤一の牙突を食らって、左之助の身体は道場の壁板にしたたかに叩きつ

 

けられた。

 

 

 

 

「・・・之助」

 

「左之助っ!」

 

 遠くで誰かが自分の名を呼んでいる。

 

(・・・だ、だれだよ?)

 

 まだボンヤリしている頭を振って、左之助は声の主を確かめようと首を廻らせた。

 

「あっ、気がついた!」

 

 重い瞼を押し上げた左之助の目に飛び込んできたのは、赤いハチマキをした十歳くらいの少年の顔

 

だった。ん? どっかで見た顔だな。細面で青白いその顔の主を、左之助は必死に思い出そうとして

 

いた。

 

(か、克か?!)

 

 自分と同じ赤報隊準隊士であった男の顔が脳裏をよぎる。確かに面影が残っている。だが、なぜ? 

どうしてあいつがここに? しかも、十年前と変わらぬ姿で・・・?

 

「隊長、相楽隊長っ! 左之助が気がつきましたっ!!」

 

 少年の表情に乏しい青白い顔に赤味が差し、安堵の笑みが浮かぶ。

 

(な?! 今、なんて?)

 

「そうか、それは良かった」

 

 板床をゆっくりと踏み締めて、誰かが左之助の寝ている寝台に近づいて来る。寝台といっても薄い

 

板を数枚重ねただけの、何とも粗末なシロモノではあったが・・・。

 

 その((男|ひと))は寝台の傍に片膝をつくと、左之助をやさしく見下ろした。

 

「大丈夫か、左之助?」

 

(     !     )

 

 これは夢だ--------

 

 左之助は、心の中で何度もかぶりを振った。この十年間、慕ってやまなかった((憧れの男|ひと))

 

が、確かに今、ここにいた。十年前と変わらぬ大らかな笑顔で、低くやさしい声で・・・。

 

(さ・・・がら隊長・・・)

 

 夢でも構わなかった。たとえ、束の間でもこうしてあの男(ひと)に逢えたのだか

 

ら・・・・・・・。

 

「相楽・・・隊長」

 

 今度は声に出して言ってみる。

 

 え!?

 

 己の声に左之助は瞬間呆然となった。まだ、碌に声変わりもしていないような子供の高い声---。

 

(ちょ、ちょっと待てよ)

 

 パニックを起こしかけながら恐ろしい予感とともにゆっくりと半身を起こした。握り締めた汗ばん

 

だ両手に視線を落とす。丸くふっくらとした小さな手。枕元に置かれている湯飲みに恐る恐る手を伸

 

ばす。すっかり冷めきってしまった白湯に映る自分の顔は・・・十年前の九つの左之助だった。

 

 己の身にいったい何が起こったのか、皆目見当もつかない左之助ではあったが、ただひとつ言える

 

ことは、ここは十年前の世界であり、信じられないことだがどうやら自分は意識だけ過去に来てしま

 

ったらしいということ-------。なぜかなんてわかりゃあしないが。混乱する頭に終止符を打つべ

 

く、克を捕まえて自分がなぜ寝ていた(意識を失っていた)のか問い詰めてみた。

 

「たぶん、疲れが溜まってたところに風邪をひいたからじゃないかな?」

 

 克は、左之助が突然ぶっ倒れ、丸二日も昏々と眠り続けていたことを話して聞かせた。いっこうに

 

下がらない熱に、克は左之助はこのまま死んでしまうのだろうと思ったそうだ。

 

(そういえば、俺は道場で斎藤のヤローにぶちのめされて・・・気ィ失っちまったんだよな)

 

 苦い記憶が甦ってくる。

 

(今度やりあうときゃ、絶対負けねぇ)

 

 そう思ってから、左之助は唇を噛みしめて俯いた。

 

(今度・・・か)

 

 もといた世界に戻れるのかもわからない身に、今度などあり得るのだろうか? 急に黙り込んでし

 

まった左之助を、克が心配気に見つめていた。

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 それから数日-------

 

 もとの世界に戻れるメドも立たぬままに、左之助はぼんやりと毎日を送っていた。準隊士である左

 

之助や克には、さしてやるべきこともなく、隊士について飯の支度をしたり、風呂を沸かしたりと雑

 

用係のような日課があるだけであった。手先の器用な克は、いつでも何か細々としたものを作ってい

 

た。

 

 ある時、爆弾を作るんだといってせっせと材料を集めていて、相楽隊長にたしなめられていたこと

 

があった。我々赤報隊は人を傷つけることが目的ではないんだぞ、克。

 

やさしく宥めるような言葉に、克は無言で頭を垂れていた。左之助は、隊長のそういう所が好きだっ

 

た。裕福な豪族の家に生まれながら、農民らに手を貸し、四民平等の夢を求めて戦い続けてきた隊

 

長。常に弱者のことを思い行動してきた、俺の誇り高い隊長。たとえ、我が身を犠牲にして

 

も・・・・・・。

 

(我が身を・・・犠牲に・・・)

 

 左之助は、ハッと息を呑んだ。

 

 今、この世界が紛れもなく十年前の世界だとしたら・・・・・・やって来るのだ。確実にあの日

 

が---------。 決して一生忘れられないだろうあの日が・・・・・・!!

 

「克・・・」

 

 どこからか、半紙のようなものを見つけてきて何やら描いている克の後ろ姿に向かって、左之助は

 

硬い声を投げかける。

 

「今日は・・・何年の何月何日だ?」

 

 克が手を止めて、ゆっくり振り返る。

 

「何年の何月何日って・・・慶応四年の二月十五日だろ」

 

 スッと血の気がひいてゆく。全身総毛立った。

 

 二月十五日-------俺たち赤報隊がニセ官軍の汚名を着せられて、相楽隊長が総督府に出頭したあ

 

の日の二日前だった。

 

 神仏を信じるガラじゃないが、左之助は祈らずにはいられなかった。もしかしたら、あの悲しい歴

 

史を変えられるかもしれない。明後日、碓氷峠からの伝令が来る前に隊長に全てを話すんだ! これ

 

から起こることの全てを・・・。時代が隊長を殺めるというのなら、俺が隊長を守ってみせる!

 

「左之助、お前ぶっ倒れてからなんかおかしいぞ」

 

 克が先ほどの半紙を手にしながら、左之助に近づいた。

 

「ん? な、なんでもねぇよ」

 

 わざとぶっきらぼうに言い放つと、克の手元に何気なく視線を落とす。半紙には、筆で相楽隊長が

 

描かれていた。

 

「隊・・・長・・・」

 

 それは驚くほどよく似ていた。手先が器用な克には、こんな特技もあったのだ。

 

(コイツの絵の才能はこの頃からだったのか)

 

 克に本当のことを告げるべきだろうか? 左之助は考えあぐねたが、結局黙っていることにした。

 

 

 

 

 そして、その日はやって来た---------------

 

 相楽隊長以下隊士たちは、朝から作戦会議を開いていた。左之助と克も準隊士として隅に控えてい

 

た。

 

「・・・・・・ということで、今日はこのあたりの村を回っていこうと思う」

 

 中央の台に広げた地図を指し示しながら、相楽隊長が隊士たちに説明を加えていく。

 

「以上だが、さて、質問は?」

 

(今だ!)

 

 儀式用の刀を捧げ持っていた左之助は、ギュッと唇を噛み締めた。

 

「相楽隊長!」

 

「ん? 何だ、左之助?」

 

 左之助は刀をそっと床に置くと足早に隊長に近づいた。

 

「聞いて下さい、実は・・・」

 

「伝令〜〜〜〜っ!!」

 

 左之助の訴えは、悲鳴にも似た叫びにかき消された。

 

(来たっ・・・!)

 

 左之助は目を剥くと、爪が食い込むほどに握り締めた両の拳を、太もものあたりで震わせた。

 

 

 身体中傷を負った瀕死のその伝令は、扉を開けるのももどかしく、息せききって転がりこんでき

 

た。

 

「何っ!? 総督府がっ?」

 

 一部始終を話し終えた伝令の男は、その両目に無念の涙を浮かべて頷いた。

 

「ニセ官軍赤報隊を・・・・・・捕り押さえろ、と・・・」

 

 隊長は、男の伝えた言葉を静かに復唱すると、思案気に瞳を閉じた。

 

「相楽隊長!」

 

「隊長っっ?」

 

 隊士たちが興奮気味に指示を仰ぐ。

 

「総督府に楯突くわけにはいかん」

 

 静かに、隊長が口を開く。

 

「ひとまず、下諏訪の本陣に出頭しよう」

 

「だめだっっ!!」

 

 左之助がカッと目を見開き、声をかぎりに叫んだ。

 

 室内の者全てが、驚いて一斉に左之助を見る。

 

「だめっすよ、そんなことしたら・・・そんなことしたら、隊長は------」

 

 涙があとからあとから零れ落ち、言葉が続かない。

 

「左之・・・?」

 

「隊長っ!!」

 

 左之助は体当たりするように相楽隊長にしがみついた。

 

「行かないで下さい、行っちゃ・・・だめだ」

 

 泣きじゃくる左之助の髪を大きな手がくしゃっとかき回す。

 

「泣くやつがあるか。赤報隊の準隊士が聞いてあきれるぞ」

 

 言葉とは裏腹の温かい響きに、また涙が溢れる。

 

「大丈夫、心配するな。すぐ戻るから」

 

「うそだっ! 行ったら・・・行ったら殺される。打ち首にされるんっすよっっ!!」

 

 その言葉に、穏やかな笑みを湛えていた隊長の顔が、ハッと一瞬真顔になる。

 

「ここに籠もって戦いましょう、隊長」

 

 隊長はゆっくりとかぶりを振った。そして、左之助の両肩を掴み身体を離し、まっすぐに左之助を

 

見つめた。

 

「いいか、左之助。四民平等の新しい世の中はお前たちが作るんだ。人を思いやることのできるお前

 

なら、きっとその先陣をきれるはずだ」

 

 そう言い残すと、隊長はふっと微笑み、踵を返した。

 

「さあ、行くぞ」

 

「隊長っ!!!」

 

 左之助が素早く隊長の正面に回りこむ。

 

「行かせません」

 

 小さな両手を精一杯広げ、戸口に仁王立ちになる。

 

 隊長は大きく嘆息した。

 

「分かった。お前の言うとおりにしよう。ここに残って総督府と戦おう」

 

「ホ、ホントっすか?」

 

(歴史は・・・変わる)

 

 喜びに瞳を輝かせた左之助は、しかし、次の瞬間息が詰まり、目の前が真っ暗になって膝をつい

 

た。

 

「・・・・・・ぐっ・・隊・・・長、ど、して?」

 

「許せ、左之助。たとえ冤罪でも((総督府|おかみ))に逆らうことはできぬのだ」

 

 当て身を食らいくず折れた左之助の身体を抱き上げると、そっと寝台に横たえてあとを克に託し、

 

隊士たちを従えて本陣へと向かって行った。

 

 

 

「・・・之助」

 

「左之助」

 

 どこか遠くで自分を呼ぶ声がする。

 

「左之助、コラッ、いい加減目ェ覚ましやがれ〜っ!」

 

「左之助、しっかりして」

 

 ふ〜っと意識が戻る感覚--------。

 

「う・・・んっ・・・」

 

 ビクリと身じろぎひとつして、うっすらと目を開けた左之助の視界に、剣心にしがみつき涙を浮か

 

べて喜ぶ薫の、そして、真っ赤に泣き腫らした目を見られまいとソッポを向く弥彦の、んっとにしぶ

 

といんだからなどと憎まれ口を叩きつつも、安堵のため息を漏らす恵の姿が飛び込んで来た。

 

(戻って来たのか・・・もとの時代に)

 

 左之助は、まだ瞼に焼き付いている隊長の笑顔に想いを馳せた。

 

(いや、あれは夢だったのかもしンねぇな)

 

 俺は結局、隊長を助けることができなかった。否、誰にも助けることはできなかったのかも知れな

 

い。歴史の大きな奔流の前では、人間ひとりの力など何の役にも立ちはしないのだ。どんなに悔やん

 

でも嘆いても、過ぎ去った日々は戻らない。

 

 だが、未来はまっさらな紙だ。そこに何を描いてゆくかは、自分たち次第なのだ。そうだ、俺はま

 

だ((隊長|あのひと))との約束を果たしちゃあいない。四民平等の新しい世の中・・・・・・。

 

赤報隊(おれたち)の戦いは、まだ終わっちゃいねェンだ。

 

 頬に残る涙の跡を悟られまいと、左之助はおもむろに寝返りをうった。

 

 

 

                                 -----終-------

 

 

 

説明
だいぶ昔に同人誌で出したるろうに剣心の二次創作です。
相楽隊長が好きすぎて、原作で夭逝してしまったショックで作りました(笑)。
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タグ
るろうに剣心 相楽隊長 

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