新生アザディスタン王国編 第二話A |
新生アザディスタン王国編 第二話A
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同じく、アリー・アル・サーシェスが乗っていたイナクトが爆散する様を高度2,000メートル上空から見つめる1機のモビルスーツがあった。
機影からはアロウズのアヘッドのようであるが、近接戦闘用に改造され、その形状は微妙に異なる。
「子娘にしてはやるではないか」
コクピットでそう呟くのはミスター・ブシドーであった。
彼は終始上空からいきさつを監視していた。さすがライセンス所持のワンマンアーミーである。アロウズの任務そっちのけの自由ぶりだ。
「誰が手配したか知らないが、モビルスーツを持ち出した挙句この有様では、抵抗勢力とやらも弱体化する事だろう」
得意の独り言をつぶやきながら機体を取り回し、帰還軌道に入った。
「これで終息だな。もっとも私が手を下すまでもなかったがな」
いったい全体、ビームライフルすら持たない近接戦闘用のモビルスーツで2キロ離れた敵にどう手を下すのか想像できない。だがライセンス持ちの彼であれば「造作のない事」などと豪語してみせ、実際に何とかしてしまいそうではあった。
ともあれ彼が、陰ながらマリナを護衛していたのは事実であった。
きっかけとなったのは、先日の連邦政府と繋がりの深い政財界が執り行うパーティである――。
会場での挨拶も一通り済ませ、そろそろ本来業務に戻ろうか、などと考えていたビリー・カタギリ技術大尉であったが、親友に頼まれてしまえばモビルスーツの整備も率先してやろうというものだ。
そんなわけで帰り支度もそこそこに彼の姿はモビルスーツデッキに在った。
「スマルトロンもそうだけど、このサキガケもテストケースとしては良い数値を出しているよ。次の主力量産機は良い機体になりそうだ」
ミスター・ブシドー専用機の足元に設置された整備端末の前で、ビリーは満足げに頷いた。
「でも、君が言うとおり右脚部のアクチュエータにストレスが蓄積していたので電磁処理を施しておいたよ」
横に立つミスター・ブシドーも同じく満足げに頷く。
「そうか、それはありがたい。どうにも軸足に違和感を感じていたのだ」
特異な人格ゆえに、接する人々のほとんどが扱いに困るミスター・ブシドーという人物であるが、彼を古くから知るビリーにおいては認識が全く異なる。
なかでも特に関心してしまうのが、ミスター・ブシドーのモビルスーツに対する鋭い嗅覚である。
科学技術の粋を集めたモビルスーツを完璧に使いこなすには、技術知識を完全に理解していればよい。だが、本来の性能を最大限に引き出すには、技術知識に加えて繊細なまでのバランス感覚が求められる。
ミスター・ブシドーほどモビルスーツの固体特性を把握し、ポテンシャルをギリギリまで引き出すパイロットをビリーは見たことがない。
軸足の違和感、とはまったく彼らしい表現であるが、設計者本人であるビリーですら、詳細に調べなくては気づけないレベルの歪みであったりするので、研ぎ澄まされた感覚の賜物というか、もはやこれは職人の勘といってもいい。
自身の肉体限界を超えてまでモビルスーツを操縦しようとする姿勢は、えてして感覚的かつ本能的に見えてしまうが、というかぶっちゃけ体育会系精神論と思われがちだが、実際は全く逆なのだ。
彼のような優秀なパイロットを友人に持てたからこそ、自身が技術者として研鑽できるのだと、ビリーは感謝すらしている。
「お待たせいたしました」
そこへマリナ・イスマイールが姿を現した。
カクテルドレスも返却して、訪問時と同じ白いロングドレス姿に手荷物も少なく、身なりは軽い。
「いや、ちょうど良いタイミングだ。調整具合も確認したい。早速出発しよう」
すでに機体を動かしたくてウズウズしているミスター・ブシドーを、ビリーは苦笑交じりに静止した。
「おいおい、それはないんじゃないかな。グラハm……いや、ミスター・ブシドー、彼女をボクに紹介してくれないのかい?」
などとミスター・ブシドーに催促してみるが、元より期待していないビリーはそれを待たずに挨拶をはじめる。
「はじめまして、マリナ・イスマイール皇女殿下。自分は独立治安維持部隊アロウズの、ビリー・カタギリ技術大尉であります。さきほどの演奏、素晴らしかったですよ」
ここで恭しく頭を下げる。
「それと皇女殿下。もし道中この男が無作法してしまっていたのでしたら、友人として謝罪いたします。彼は度し難い無作法者なのです。特に女性との接し方を知らない」
「大層な言われようだな。だが否定はしないぞ、盟友」
さすがに本人が口を挟むのだが、実のところ自己弁護できていない。
「そんなことはありませんよ。よくしてくださっています」
二人のやりとりに微笑むマリナが、正しくフォローをいれた。
ほどなくして、マリナをエスコートすべくサキガケが離陸準備にはいる。
コンソールを操作しつつミスター・ブシドーは航空管制官との通信を開く。
「Brussels Airport, This is A-LAWS-GNX−704T-AC, ready for departure.」
『A-LAWS-GNX−704T-AC, Brussels Airport, clear to Ahz Digstern Point 201. via Mr.Bushido101 departure, Mr.Bushido then flight planed route. Maintain flight level 450. Departure frequency 216.0 squawk 9011. Runway 34R, cleared for takeoff.』
「Roger, Runway 34R, cleared for takeoff, A-LAWS-GNX−704T-AC.」
たとえモビルスーツといえど、平時の飛行とあれば航空機と同様に扱われる。よって担当空域の航空管制局へ事前に飛行計画書を提出しなくてはならないし、離陸許可や離陸後の管制に従わなくてはならない。
すでに機体は臨界に達しており、いつでも出発できる状態だ。
ひととおりのやりとりを済ませ、ミスター・ブシドーはパイロットシートの背後に向けて声をかける。
「では参る」
今回のパーティ会場はAEUの拠点都市にほど近く、アザディスタン王国へは通常の航空機でも半日ほどの距離である。
ましてや最新鋭の軍用モビルスーツであれば10時間もかからない。
ミスター・ブシドーは上機嫌であった。
「さすがだ、いい仕事だぞ。盟友」
嬉しそうに呟いている。
賓客が同乗しているので、アクロバティックな飛行軌道などできないが、それでもコクピットから伝わる振動や操縦桿の力強さから、従前の機体性能を取り戻している事は分かった。
ほどなく機体はバルカン半島を縦断し黒海も渡りきろうとしていた。
このとき、本調子を取り戻した愛機に機嫌を良くしていたのは間違いない。だから、マリナ・イスマイールがアザディスタン王国の様子を見たいという申し出に、彼は快諾したのだった。なんら疑問も持たなかった。
実のところ、彼女もアザディスタンの惨状をほとんど目の当たりにしていない。
ソレスタルビーイングに随行され、アリー・アル・サーシェスのアルケー・ガンダムと遭遇し、そのままカタロンに合流して以降、アザディスタンから離れているのだ。
最後に見たのは闇夜を紅蓮に染め上げる業火に揺らめく街並だった。
だから現状を知りたいと思うのも当然といえた。おりしも時刻は夜明け前。地上の様子も見て取れるほどに空は明るくなっていた。
「ここで降ろしてください! ブシドーさん!」
「さん……だと!?」
唐突な申し出よりもむしろ、呼ばれ方にクラクラしつつも、ミスター・ブシドーは正気に戻る。
見れば、地表に難民キャンプらしき集落が見えた。
数珠繋ぎの乗用車の列、路肩には夜営の明かり。
アザディスタン王国の国土はその気象条件にもよるところであるが、無骨な山々が卓越し、これらの山々が盆地や台地を互いに切り離している。また、国土の半分が砂漠地帯である。よって数少ない平野部にある主要都市から国道を経て少し走れば荒涼とした山岳地帯や砂漠が広がる。
市街地からまさしく焼き出された人々は、なにもない荒野にまるで蜘蛛の糸のごとき一筋の道にすがるようですらあった。
ミスター・ブシドーは改めて彼女に向き直る。
マリナ・イスマイールは本気で言っている。
住む場所を追われ途方に暮れる人々、眼下に見えるのは数百人におよぶだろう。
そのような現実を目の当たりにして、なんとかしてやりたい、助けたいと思ってみたところで、結果的に自分自身の無力を知るだけだ。
「行ってどうするのだ。たった一人で何が出来るのかと」
「そんなことは分かりません。でも、放っておくわけにはいかない、お願いします」
だというのに彼女は、それを分からないと言い、なんとかするのだと言う。
まったく、なんという無配慮だろうか、と呆れ返る反面、ちょっとした衝撃を受ける。
誰もが臆する状況であり、その躊躇を誰もが批判することなく、むしろ仕方ないと思わざるえない状況。
「ラサーに託されたこの国を、この国民を……、ないがしろにするわけにはいきません」
その只中で、それでも何とかしたいと思い立つ心境とは、どういったものなのだろうか。それが想像できない。
ミスター・ブシドーは考えがまとまらないまま、機体を降下させ、ついにはコクピットハッチを開けてしまう。
「ありがとうございます。あと、できれば――」
「心得ている。カタロンとは予定どおり合流する」
答える彼に、マリナは再びありがとう、と言ってモビルスーツを降りた。
マリナに言われるがままに応じたのは、彼がマリナを理解できなかったからである。
彼はガンダムに打ち勝つこと以外、執着がない。
彼の修練や研鑽はあくまでガンダムを超えるためのものである。
それはストイックに自身を高める行為で、修行といってもいい。だが実のところ明確な目的がない。
ガンダムを越える事そのものがそれに当たるのかもしれないが、ガンダムを越えたときに得られる結果には、なんら具体的なものが存在しない。つまり、手段が結果になってしまっているのだ。
何のために強さを求めるのか。目的なくただ鍛えるだけでは真の強さには至らない。
アザディスタン王国の災厄を逃れた難民たちを目にしたマリナ。
己の非力を省みず、ただ救いたいという衝動だけで、その場にとどまる決意をするマリナに、彼は目的を持つという事の意味を、無意識に感じ取っていた。
彼がマリナに言われるがままに従う理由の根底には、そういった意識変化もあった。
目的を持たない者が、目的を指し示す者を拠り所とする。ミスター・ブシドーのような人物であれば、それを忠誠心と捉えるのがしっくりと合うのだろうが、その事に彼が気づくのはもう少し先の話である。
今はただ、理由も見出せないながらも己に突き動かされるままに、マリナ・イスマイールを陰ながら見守るのである。
***
この一件以降、アザディスタン国内でのテロ行為は急速に沈静化していく。
もとより、長きに渡る動乱に国民は疲弊していた。
連邦軍という確たる威力による平定であったとしても、国民はそれを受け入れてしまうのだった。
連邦政府の支援を取り付けた段階で、復興は急速に進捗した。
国連による国内紛争への介入は、軍事介入そのものより事後の民主化プロセスのほうが圧倒的に時間がかかる。
なぜなら、そも国内紛争の原因は民族、経済格差など理由は多岐にわたるものの、その延長線上にあるのは、特権階級による搾取と圧制と独裁に帰結する。それが紛争の背景となる。
よって軍事介入後は軍事独裁政権の解体にあわせて、選挙や資産の再分配など民主化された政権を樹立するための、いわば再教育が施される。そも民主主義とは、といったレベルからの教育になるので手間も時間もかかるのだ。
よくも悪くも独裁政権下に染められた国勢には有権者という意識すら存在しない。ゆえに民主化と一言で片付けられるほど、その過程は簡単ではないのだ。
しかし、アザディスタン王国は状況が異なる。
王制の復活は最近のことで、それまでは共和制が敷かれていたし、マリナ皇女の宥和政策は民主国家のそれに近い。また、内紛の原因は国内事情と関係なく、石油輸出規制という、いわば外的要因による経済の圧迫が原因だった。
連邦政府、特にユニオンからの経済支援を取り付けた現状は、内紛の根本原因が払拭されたと言ってもいい。であれば改革派と保守派などという軋轢も解消されていくのは自明であった。
つまり、他国に比べ復興のハードルそのものが低いことを意味している。
これらの要素だけでも、アザディスタン王国再建は加速しているのだが、今また拍車がかかろうとしている。
報道陣によるカメラフラッシュが瞬く。
マスコミが取り巻く中央の壇上の背後には3つの旗が並んでいる。
中央にあるのは世界地図をオリーブの葉が囲う青い国連旗、横の一旒(りゅう)はトリコロールに黄色の文様が施されたアザディスタン王国国旗、残る一旒はあまり知られていない旗であった。種類の異なる5つの樹木がモチーフにされた緑の旗。
それらの手前には、高級感ある事務机が据えられており、相対する二人の姿があった。
一方は、淡い青のドレス姿で、このような公の場で装う正装である。
「まぁまぁ、やっぱりルイスちゃんは軍服より、スーツ姿のほうがかっこいいと思うわ」
破顔するマリナが差し出す握手に応じるのは、苦笑まじりのルイス・ハレヴィであった。
「マリナ皇女殿下もご健勝でなによりです。けれどこのような場でその呼び方は、ご遠慮願いたいですね」
「そうでしたね、議長殿」
この日、石油輸出規制の緩和についての覚書が、化石燃料輸出量規制監視機構代表、ルイス・ハレヴィ議長と、アザディスタン王国マリナ・イスマイール皇女との間で署名が取り交わされた。
もちろん、筋書きは7姉妹評議会が準備したものであったが、調停そのものがスムーズに進行したのは、マリナ本人の尽力と人脈にあるとも言われている。
― 続 ―
説明 | ||
アザディスタン暫定政府主席執政官、マリナ・イスマイールは、保守派のテロにさらされながらも故国復興に尽力する。 シリアス路線。5話構成。第二話で文字数制限ではみでちゃった分 | ||
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