とある勇者と魔王の事情-ザサとアシュベルの場合- |
ギィ……と不気味な音を立て、重々しく鉄製の扉が開かれた。
「フフフ……。随分と遅かったじゃないか」
扉の向こうからは皮肉めいた声が、来訪者を出迎える。
声の主は、まだ年若い青年だ。楕円型の眼鏡を人差し指で軽く上げ、来訪者の顔を嬉しそうに見つめている。
来訪者は、全身を朱色の厳つい鎧で身を包んだ少年だった。
まだ幼さが残るその顔立ちに似合わず、その鎧は歴戦を潜り抜けたかの如くの雰囲気を発していた。
ここまでの道のりは、決して安易な物ではなかったのだろう。少年は肩で息をし、目の前にいる憎き敵を睨みつける。兜の隙間から覗く鋭い刃物のような視線。
しかし、青年はその殺気でさえも心地良いもののように、にこりと微笑む。
「本当に素晴らしいよ。さすがこの僕、魔王・アシュベルが唯一認めた勇者だ。君のその勇気は、賞賛に値するよ」
アシュベルの陶酔するような口上を無視して、少年は早足で黙ったままアシュベルに近寄る。
間合いに入った時、少年は見事に造形された兜を、床にためらいも無くかなぐり捨てた。ガランッと音を立て、兜が床を跳ねる。
もしこの光景を、少年の故郷の人々が目撃したら、卒倒するだろう。
彼の着込んでいる鎧は、歴戦の勇士が身にまとった、由緒ある鎧。もし売却すれば、人一人が一生豪遊しても、お釣りが来るほどの価値がある。
だが、それを見たアシュベルは、大して驚いた訳でもなくため息を吐く。
「おやおや……勿体無い。物は大切に扱いたまえ、ザサ君」
「てめぇ、ふざけんなアシュベル!!」
アシュベルの説教を無視して、ザサは怒鳴り散らす。
「毎月毎月、暇も無く国王に呪いかけんじゃねぇ! お前、その度にオレがここまで半月かけて来て、半月かけて国に帰れば……」
「また国王は、呪いにかかってんだよねぇ。今回は顔が犬になる呪いだったよね」
「嬉しそうに言ってんじゃねぇ!」
血管が切れそうな勢いで、ザサは怒る。
足元の床を強く踏みつけ、怒りを爆発させる。鎧の重みと少年の気迫で、硬いはずの大理石の床にヒビが入った。
「いい加減にしやがれ! じゃねぇと、お前のそのふざけた配色の角をへし折るぞ!」
ザサは刀を抜き、アシュベルの頭に生えた角に向かって突きつける。
しかし、アシュベルはその脅しに、大して怯えた様子も無い。相変わらず、人を喰ったかのような笑みを浮かべている。
「うーん、それは困ったねぇ。フフフ」
とりあえず、棒読みな台詞で困ったフリをした。
「その気味の悪い笑い方は止めろっ」
ギャンギャンと犬のように吠えるザサに、アシュベルはのらりくらりとそれをかわす。完全にザサの反応を面白がっている。
しかし、ザサは気付かない。それだけ頭に血の上りきっているからだ。もし気付いたとしても、彼にとっては逆効果だろう。
自分が見世物となっている状態は、彼のプライドが許さない。
「いやはや、すまないすまない。ところで、『ふざけた色』っていうのは訂正してもらえないかな?」
「イヤだね」
はっきりと断るザサに、アシュベルはガクッと肩を落とす。どうやら本気でショックを受けたらしい。彼はこの、五色の光を放つ角を結構気に入っているのだ。
「ひどいね、ザサ君。この角は僕の強大な魔術力の結晶。いわば、僕が魔王である事の証なんだよ」
「じゃあ、尚更切り落とす」
ザサは刀を構え直す。しっかりと間合いに入っている為、ザサの一太刀は確実にアシュベルの頭を捕らえるだろう。
じっとアシュベルを見るザサの目は、本気だ。
「いやいや、遠慮するよ」
「そう言うな。俺の腕を信じろ。……痛いのは一瞬だけだ」
ザサがじわじわとアシュヘルに近寄る。一触即発な雰囲気が部屋の中に漂う。
「……あーはいはい。呪いを解いてあげますよ、全く」
演技交じりのため息を吐いて、アシュベルは指を鳴らす。すると、アシュベルの角がわずかに青く輝いた。
それを確認すると、ザサは刀を納め、そのままアシュベルに背を向ける。それに、アシュベルの顔に初めて同様の色が浮かぶ。
「あ、あれ? もう帰っちゃうのかい? もう少し長居しても──」
「ざっけんな! 大体、何でそんなにオレを呼び出すような真似をするんだっ」
「それは……」
アシュベルが言葉を詰まらす。ものとなっいつも自身に溢れているエメラルドの瞳が、憂いのこもった
「な、何だよ……」
ザサはアシュベルの態度に何処か不気味なものを感じた。
長年、この魔王の道楽につき合わされているが、彼のこんな表情を見たのは初めてだった。
自分がどんなに酷い悪態を吐いても、彼は軽くそれを避けて倍返しにする。それが、この二人の基本的な会話風景だった。
しかしそんな彼が、小さな子供のような寂しそうな顔をしているのだ。
ザサは、少し胸がチクリと痛んだ。
「アシュベル……」
「────だからだよ」
アシュベルが小さな声で言った。
「は?」
「ヒマ、だからだよ」
にっこりと、人の悪いいつもの笑顔でアシュベルがはっきりと言った。
ザサの周りの空気が、一気に凍りついた。
「ハハハ〜。やっぱ一人だと、退屈で退屈で」
呑気な笑い声。
ザサの拳が震える。
「てっめぇ、ざけんなコノヤロウ!! もうお前なんて知んねぇかんな!」
畜生畜生!!
一瞬たりとも、このおちゃらけ魔王を本気で心配してしまった自分が阿呆みたいだ。
怒りで声を荒げながら、ザサは扉を乱暴に閉めた。
薄暗い立派な部屋に、アシュベルがただ一人残された。
寂しげな表情でザサの後を見ていたが、やがて吹っ切るかのように笑う。
「まぁ、また一ヶ月でもしたら会えるしね」
そういうと、豪華に装飾された玉座に座り、再び瞳を閉じる。
まどろみに身を任せ、ひねくれ者の魔王は、今度はもう少し乱暴者の勇者を長居させようと考えた。
一人は寂しい。
この『地の果て』でたった一人で生きていくのは、辛すぎる。
自分の強大過ぎる魔術力の前で、全ての生き物は生きていけない。唯一の例外は、魔術力の欠片が一切無い、ザサだけだ。
そしてアシュベルは、乱暴者で口が悪い勇者殿を結構本気で気に入ってるのだ。
だけど、それは絶対にザサには秘密だ。
かくして一ヵ月後。
勇者は再び、魔王の眼前に現れる事となった。
【了】
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