とある勇者と魔王の事情-レクヴァスとニニアの場合- |
薄紫色の空が、ほのかに明るくなってゆく。
カーテンを思い切りよく開け、部屋に朝日をたっぷり受け入れさせる。
「んー、いい天気だぁ」
青年は大きく朝の空気をたっぷりと吸い込む。メガネに反射する強い陽の光を、眩しそうにオレンジの瞳を細める。
年の頃は二十三、四ほどに思えるが、彼の落ち着いた物腰は、彼をそれ以上の年月を与えて見せる。
栗色の髪を長く伸ばし、背中でゆったりとした一本の三つ編みでまとめている。
動きにくそうな服装は、いかにも書生といった印象だ。
彼が朝日を存分に堪能していると、部屋のドアがカチャリと音を立てる。
ひょこっと部屋を覗き込むのは、五歳くらいの幼女。眉を下げ、あどけない顔は気弱そうな表情をしている。その様子だけを見ると、どこにでもいそうな小さな女の子だ。
ただ、彼女は普通の人間とは違う箇所が、一つだけあった。
両耳の少し上の位置から生えた、羊のような大きな角。
角は不思議なことに、五色の光りを発している。
その異形を、しかし、青年──レクヴァスはちっとも気にせず、優しく彼女に微笑みかける。
「やぁ、一人で起きれたんだね。ニニア」
レクヴァスの顔を見て、ニニアはポッと頬を赤らめる。そして、何やらもじもじと恥ずかしがっている。
「どうしたんだい?」
レクヴァスがニニアに近寄ると、ニニアはますます赤くなって顔をうつむける。ニニアの全体を確認して、レクヴァスはようやく気付く。
「あぁ、昨日届いた新しい着物を着たんだね」
ニニアの顔が、ぱっと朗らかなものになる。
「うん、とても可愛いよ」
華やかな薄紅色を基調とした着物は、ニニアの萌黄色の髪をよく映えさした。半透明な薄布をゆったりとまとうその姿は、まるで小さな天女のようだ。
「ゼフィにお礼しないとな」
レクヴァスは、お節介な親友の顔を思い出す。
爛々とした紅い瞳の持ち主。
ゼフィとは、幼い頃に学芸院で顔を会わせて以来の親友だ。
彼は魔術の天才だった。
だが、レクヴァスは魔術は一切使えない。元々、魔術力の欠片も無い体質だからだ。
数十年も昔の時勢だったら、レクヴァスは生まれてすぐに捨てられていただろう。魔術至上主義の時代。魔術が使えない人間に、生きる資格を持たせてれなかったからだ。
しかし、今は違う。
元来、人好きにさせる性格の彼は、そんなハンデを物ともせず、師や友人に恵まれ、順調な人生を歩んでいた。
魔王という宿命を背負った赤子が、地の果てに捨てられるという話を耳に入れるまでは。
魔術力を持たない者は捨てられ、また、魔術力が強大過ぎる者も捨てられる。その力は、人々に危害を加えるからだ。人々は、彼等を『魔王』と呼び、魔術力の結晶である五色の光りを放つ子供が生まれたら、『地の果て』に捨てる。
そして、唯一魔王の力が効かない人間、魔術力の無い者を『勇者』と呼び、『魔王』と共に捨てる。
だが、時は流れ『勇者』は人の世に生きる力を持てるようになった。反対に未だに『魔王』を捨てる習慣は続いている。
例えそれが、幼子でも。
魔王として生まれ落ちた者は、寂しい大地の下で、誰一人とも他人に係わらず、死んでいく事が定めなのだ。
たった一人で。
「何故、お前が行くんだ」
別れの挨拶に訪れた時、ゼフィはその勝気な瞳から涙を落とした。そして、必死でレクヴァスを止めようとした。
だが、レクヴァスの決意は変わらなかった。
彼は今俗世を捨て、魔王・ニニアと共にある。
レクヴァスの黒い瞳に宿った、寂しげな光りに気付いたニニアは、彼の足にしがみつく。
「ごめんごめん。……大丈夫、どこにも行かないよ」
謝りながら、軽々とニニアを抱き上げる。晴れた青空のような瞳が、じっと彼を見つめている。
「ゼフィにお礼の手紙を書こうか。一緒に」
レクヴァスの案に、ニニアは嬉しそうに彼の首に抱きついた。
伝えたい言葉は、すらすらと出てきた。自分達の近況、送られてきた品々の礼。故郷にいる人々の様子を尋ねる言葉も書いた。
それを便箋五枚ほどにまとめたところで、レクヴァスはニニアを見る。
一生懸命に文字を、一字ずつ丁寧に書いている。小さな手に、筆は少々大きすぎるくらいだ。
ニニアに文字を教えたのも、レクヴァスだ。
彼女は生まれつき、口が利けない。恐らくは、強大過ぎる魔術力の影響だろうとレクヴァスは思う。
歴代の魔王の中で、一番強い魔術力を秘めた者。学者達は、彼女をそう呼ぶ。
自分を見つめる視線に気付き、ニニアは顔を上げる。そして、慌てて自分の書いた手紙を両手で隠す。
「あぁ、ごめんね。そろそろ出来たかい?」
ニニアはこくりと頷いた。
小窓を開け、ニニアはひょっこりとそこから顔を出す。手には、先ほど書き上げた手紙。
「いいかい、ニニア。お日様が眠る方向だよ」
ニニアは頷き、レクヴァスが指差す方目掛けて、手紙を投げる。
手紙はふわりと風に乗り、淡い光を発し、一羽の黄色い小鳥へと変化する。
羽ばたいて行く小鳥を見送り、レクヴァスはニニアに話しかける。
「さぁ、少し遅れたけど、朝ご飯にしようか」
台所へと足を延ばそうとしたレクヴァスの前に、ニニアが立ちふさがった。
顔を真っ赤にして、折りたたんだ手紙らしき紙を、レクヴァスに差し出している。
「え? これ……」
多分、先ほどニニアが隠した手紙だ。だが、レクヴァスは確かにニニアの分も一緒に封をしたはず。
思考するレクヴァスを、ニニアは受け取って貰えないと取ったらしく、小さな肩が震えだす。
「ごめん。ちょっとびっくりしちゃっただけだよ。──ありがとう、ニニア」
慌てて謝りながら、レクヴァスが手紙を受け取る。すると、ニニアは恥ずかしそうにパタパタと足音を立て、台所へと逃げて行った。
残ったレクヴァスは手紙を開ける。
「……!」
そこに書かれていたのは、短いたった数文字の彼へのメッセージだった。
だが、レクヴァスはその言葉をじっと眺めて、目元を緩ませる。
「ニニア」
呼ぶと、台所から小さな顔が飛び出した。
「ありがとう。とても嬉しいよ」
レクヴァスの言葉に、幼い魔王は嬉しそうに微笑んだ。
【了】
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登場人物の名前はフリーソフトのランダムネームジュネレーターからいただいてます。 | ||
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