とある勇者と魔王の事情-エスファリィとカーラベルの場合- |
空は輝きを失くし、大地は無残にひび割れ、人々は嘆きの悲鳴を上げる。
全ては深い悲しみと絶望の中に沈んでいる。
だが、ただ一人、勝ち誇った笑みを浮かべている人物がいる。
血のように紅い髪を風になびかせ、紺碧の瞳は無慈悲な光りを放つ。頭に輝くのは、五色の光りを放つ魔術力の結晶である二本の角。
この世の全ては、成すすべも無く、その人物の前にひれ伏す。
──これが、魔王・カーラベルの未来予想図だった。……そう、だったのだ。
彼女の野望が打ち砕かれた理由、それは──
「全てお主のせいじゃ──────────!!」
カーラベルは立ち上がって、目の前で呑気にお茶をすする少女を責め立てる。勢いが良すぎた為に、カーラベルが座っていた椅子は倒れ、テーブルの上に置かれたコップから紅茶が飛び散る。おかげで、白いテーブルクロスにオレンジ色の染みが付いた。
しかし、少女は大して驚きもせず、紫色の瞳を和らげてやんわりと言った。
「もぉ、カーラちゃんってば。お行儀が悪いですよ?」
少女は、カーラベルと同じ十五歳でありながら、何処か大人っぽい雰囲気だ。妹を優しく見守る姉のような眼差しで、カーラベルを見ている。
「それに私には、エスファリィというちゃんとした名前が有りますよ」
「分かっておるわ! それにわらわをちゃん付けで呼ぶのではない! この愚か者!!」
カーラベルが怒鳴ると、彼女の頭に生えた角が強い光を放つ。光りは部屋全体を覆い、一瞬で部屋の小物類をまるでかまいたちのように傷つけた。
だが、エスファリィは無傷だった。平然と紅茶のおかわりを自分のコップに注いでいる。
「カーラちゃん、怒ったらダメです。また部屋の掃除をしなきゃいけなくなっちゃいますよ」
「…………卑怯じゃ」
エスファリィの脅しにではなく、彼女の体質にカーラベルは嘆きの言葉を漏らす。
魔王は人々に恐れられる存在だ。何故なら、普通の人間が魔王に近づくだけで、その強大な魔術力によって、命を削り取られてしまうからだ。それは、人間じゃなくても例外ではない。この世に生きる全ての生き物や、自然にさえ魔王の魔術力は影響を与える。
唯一、魔王の前で生きていける人間が、この世でたった一人だけ存在する。
生まれつき、魔術力を全く持たない人間だけ。彼等は魔術を一切使えない代わりに、他人から発せられた魔術を無効化させる事が出来る。
強大な魔術力を持つ物を『魔王』と呼ぶのに対し、人々は彼等を『勇者』と呼んだ。
エスファリィこそ、その『勇者』なのだ。
カーラベルがどんなに強い魔術を彼女目掛けて放っても、彼女は蚊に刺された程度の痛みも感じない。逆に、彼女の腕っ節の前にカーラベルは惨敗する。
一見ひ弱な少女の印象を与えるエスファリィだが、実は武術の達人だ。魔術力を無効化されたカーラベルは、彼女の前では赤子も同然だ。
エスファリィさえいなければ、カーラベルは悪の大魔王として、人々を恐怖のどん底に叩き落せたはずなのに。
魔王の存在を認めない世界を、自分をこんな寂しい地の果てに捨てた者達を、復讐する事が出来たはずなのに。
カーラベルは下唇を強く噛み締める。今、痛みで気を紛らわせなければ、涙がこぼれるかもしれないからだ。
自分の敵の目の前で、そんな失態を見せる訳にはいかない……!
じっとカーラベルを見つめていたエスファリィが、口を開いた。
「ねぇ、カーラちゃん。ケーキ、美味しいよ」
カーラベルの気を知ってか知らずか、テーブルの上に置かれたケーキを指差して、のほほんと笑っている。
ケーキは、エスファリィがここに来るお土産で買ってきてくれた物だ。
先ほどのカーラベルの魔術のせいで、少し見た目が悪くなっている。だが、それでも生クリームやたっぷりと盛られた苺が、カーラベルの空腹感を刺激する。
「この生クリームはですね、口の中で『ぷにゃ〜』ってとろけるんですよ」
どんな表現だ、それは。
「それにね、苺の甘酸っぱさが混じって、もう極楽な味です」
どんな味だ。
しかし、そんな訳の分からない表現でも、カーラベルの心は動かされたらしい。倒れていた椅子を直し、フォークを手に取る。
そして、一口大に切り取ったケーキを、口に運ぶ。
「──うっ」
美味しい!
口の中で一緒に溶け合う柔らかなスポンジと甘い生クリーム。そこに苺が軽い甘さを与える。
エスファリィの言った『極楽な味』の意味が少し分かる気がする。……さすがに『ぷにゃ〜』は認められないが。
「ね、美味しいでしょ?」
「あ、あぁ!」
「ここのお菓子屋さん、すっごい人気なんです。毎日ず〜と、行列が出来るんですよ」
「そうなのか!?」
カーラベルの驚いた声に、エスファリィが頷く。
「ですから、すぐに売り切れてしまうんです。あっという間に」
「そんな……!」
許せん。
カーラベルは、ますます真剣に世界の支配を企む。
この美味しいケーキを、自分が必ず食べれるような命令を出さなくてはいけない。
黙って表情をしているカーラベルを見て、エスファリィが微笑む。
「カーラちゃんってば。そんなに気に入ったなら、また買ってきてあげましょうか?」
「な、……いいのか!?」
思わず自分が満開の笑顔を浮かべているのを、カーラベルは気付かない。エスファリィは、はふぅと一息吐く
「カーラちゃんって──」
「何じゃ?」
「可愛いです」
「────────────!!」
思わぬ不意打ちに、カーラベルは口に含んだ紅茶を一気に噴出した。ついでに器官にも入ったらしく、呼吸が出来なくなり、げほげほと咳き込む。
「大丈夫? カーラちゃん」
自分のせいだとは欠片も感じず、エスファリィが心配する。
「や、や、や、やかましい!! 大っ体お主、そのような恥ずかしげな言葉を、どさくさに紛れてと言うのではない!」
照れ半分息苦しさ半分で顔を真っ赤にさせ、カーラベルは怒鳴った。しかし、エスファリィはきょとんとしている。
「え? だって本当にカーラちゃんは可愛いですよ?」
彼女には、全く他意は無いらしい。それが((却|かえ))ってカーラベルの恥ずかしさを刺激する。
「もぉよい! こうなったらお主、もう一度わらわと勝負じゃ!」
ビシッと指差し、カーラベルが宣言する。
「えー……。でも、また私が勝ちますよ」
「おのれ〜。わらわが勝ったら、その減らず口を黙らせてやるのじゃ!」
「もぅ、カーラちゃんてば……。じゃあ、私が勝ったら──」
しばしエスファリィは考えをめぐらせる。そして、名案を思いつく。
満面の笑みで、彼女は勝利の報酬を言う。
「私が勝ったら、私の事を名前で呼んでくださいね」
「むっ……。そ、それはちょっと……」
「イヤなら勝負は無効ですね」
こういう所は、ずる賢い娘だ。してやったりとした顔で、カーラベルを上目づかいで見上げる。
後に引けなくなり、カーラベルは自棄になって怒鳴る。
「分かった、それは認めるのじゃ! だが、わらわが絶対に勝つのじゃ!!」
それに対して、エスファリィは何も答えず、ただ嬉しそうに微笑んだ。
少女たちの勝負の行方は──ここに記すまでもないだろう。
ただ、上機嫌に鼻歌鳴らす勇者の姿が街で見られたのだった。
【了】
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天然勇者とツンデレ魔王。個人的にこの2人がお気に入りだったりします。 | ||
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