東方幻常譚第七話 |
かつて魔界に封印されていた魔法使い―あるいは僧侶―は、今は幻想郷で、仲間たちと布教に励んでいる。何よりも、彼女自身の夢のため、幻想郷での日々をすごしている。
東方幻常譚第七話「安居」
幻想郷の空は今日も今日とて晴れ渡り、朝から清々しい空気を振りまいている。相変わらずの爽やかさだ。
その太陽の下、寺の境内を掃除する一人の―一匹の―人影が。
「あ、おはよぉございます!」
「おはよう、響子。お掃除ご苦労様です。いい挨拶ですね。」
えへへ、とほめられたことに喜びを表し、響子は境内の掃除に戻った。
「今日もいい天気ですねぇ」
「そぉですねぇ、気持ちいい日です」
太陽の光に照らされる境内には、朝を告げる雀のさえずりと、響子が地面を掃く音だけが響いた。なんとも気持ちいいものだ、と白蓮は心の中でつぶやいた。
「・・・響子、あなたがここに来てからどの位経つかしら?」
「分かんないですが、ずいぶんとお世話になってることは確かです」
「そうですか。あなたはとてもいい子ですね」
傍に立つ響子の頭をなでると、響子はくすぐったそうに目を細めた。だが、決して嫌な様子でははなかった。
「さて、もうそろそろ朝ごはんも出来ますから、掃除もそこそこにして上がってらっしゃい」
「はい、では、溜まったごみを取ったら終わりにします!」
スゥッと一息空気を吸い込んだ白蓮は、肺に溜まった空気をゆっくりと吐き出した。
精舎に行くと、ちょうど一輪が朝食の用意をし終わったところらしく、ほかの面々も既に席についていた。
「お待たせしましたぁ!」
後ろから元気な声が聞こえた。振り向くと、笑顔の響子が立っている。
「おはようございます、響子。さ、姐さんも座ってください」
「今日も美味しそうね。ありがとう一輪」
一般人の視点では、お世辞にもおいしそうには見えない精進料理だったが。
「では、頂きます」
席に着いた白蓮の音頭で、皆が一斉に合掌した。箸を持って食べ始める。慎ましながらも楽しい食事時。妖怪も人間も幽霊も、皆がそろって笑顔で温かい食事を食べられる世界。
自分の目指す世界の完成形は、ある意味ここにあるのかもしれないと、白蓮はそう思った。この命蓮寺のような世界を、この幻想郷に築きたい。
「聖、今日のご予定は?」
「今日は里で説法がありますね。留守番はお願いしますね、星」
「わかりました。ではお供は一輪と雲山が」
たまたま口に食べ物を含んでいた一輪は、一度うなずくと、心持食べるペースを上げた。
「約束の時間までは後一刻ほどありますから、ゆっくり食べていていいのですよ」
自分も食事を済ませると、講堂へ行って説法に必要な道具―と言っても大した物はないが―をまとめた。
「姐さん、今日の説法は寺子屋でしたよね?そろそろ出られますか?」
襖の隙間から、一輪が顔をのぞかせて聞いた。
「あぁ、もうそんな時間かしら。では行きましょうか」
荷物を持って立ち上がる。
「お待たせしました」
博麗神社と違い里の中にある命蓮寺から、寺子屋までの距離はそう遠くない。ゆっくり歩いても約束の時間には間に合うだろう。今日もいい天気だし、ゆっくり行こう。白蓮はそう思った。自然と歩くスピードは遅くなる。
「魔界にいたころは、こうしてあなたと日の下を歩けるとは思っても見ませんでした」
「私は・・・私たちはそれを望んでいました。あなたが再び太陽の下に戻ることを。そして、それが叶いました。これほどの幸せはありません」
そういうと一輪は、小さく微笑んだ。白蓮もつられて微笑む。
「さて聖、少し急ぎましょうか」
「そんなに急がなくても、時間には十分間に合いますよ」
「準備もあるでしょう?さ、急ぎましょう」
一輪は歩くペースを上げた。白蓮もそれに倣う。
寺子屋に着くと、扉は開いていた。二人が中を覗き込むと、中に一人の人影があった。
「慧音さん、お待たせしました」
白蓮がそう声をかけると、その影―上白沢慧音―が振り向いた。
「あぁ。白蓮さんに一輪さん、早かったですね。今日はよろしくお願いします。さぁどうぞ中へ」
慧音に促されて、二人は寺子屋の中へ入った。
「生徒たちが来るまでまだ大分時間がありますから、お茶でも飲んで待っててください」
「あぁ、お構いなく」
白蓮は持ってきた荷物を解くと、中に入っていたものを手近な机の上に並べた。
「どうぞ」
コトリ、と小さな音を立てて、机の上に湯飲みが二つ置かれた。
「あ、すみません、ありがとうございます」
二人は湯飲みを持ち上げて、中のお茶を飲んだ。湯気のたつ熱そうな、しかし適温に淹れられた緑茶だった。
「少し、早く着すぎましたかね」
「そう、ですねぇ」
どことなく手持ち無沙汰になって、誰もいないはずの寺子屋を眺めた。すると、戸口のところに、少年が半分顔を隠して立っていた。
あっけにとられた白蓮と一輪は少しの間ぽかんとしていたが、その少年に微笑みかけた。
少年は二人の顔を見ると、ゆっくりと寺子屋に入ってきた。
「お姉ちゃんたちが今日の先生?慧音先生が言ってたんだ。今日は違う先生がお話しをしてくれるって」
「えぇ、そうですよ。あなたのお名前は?」
「彦介って言います」
彦介は、いかにも子供らしく、元気よくそう名乗った。
白蓮は、彦介の頭を無意識に撫でた。彦介はくすぐったそうに身をよじる。
「あぁ彦介か、早かったな。挨拶はしたか?」
「うん、したよ」
声を聞いた慧音が奥から出てきて、彦介に聞いた。
「この子はよく出来る子でな。何より理解力が高い」
「それでは、今日は張り切ってお話させていただきましょうか」
白蓮と一輪が寺子屋についてからしばらくして、その寺子屋に生徒が集まった。人も妖もごちゃ混ぜに。見たところ皆、非常に仲が良さそうだった。
「席が足りないな。飛び入りもいるらしい」
「ここまで期待されると、緊張しますね」
白蓮はそういって苦笑した。 そんな白蓮の様子を見て、慧音は思わず噴出した。
「いくら説法といっても、たかが寺子屋の授業だ。気楽にやってくれ」
「是非、そうさせて頂きます。では」
白蓮は生徒たちの前に出た。寺子屋の中は生徒たちの拍手に包まれた。
「おはようございます。本日皆様にお話をさせていただく、聖白蓮と申します。ほとんどの方はもはやご存知ですかね」
白蓮はそこで一息置いた。
「さて、今日のお話なのですが、普段されているよなお勉強とは違って、気楽に聞いてください。慧音先生の頭突きもありません」
白蓮がそう言うと、生徒からの小さな笑いが漏れた。白蓮も微笑えんだ。
☆
「私はかつて、ただの僧侶として、今日皆さんに話すような事をみなに説きまわっていました。まだ外の世界に妖怪や物の怪がいた頃です。
外の世界では、幻想郷以上に妖怪が人を食らっていました。確かに、人から見ればそれは恐ろしいことです。しかし、妖怪からすれば、それは自然の摂理なのです。
彦介、あなたは魚を食らうでしょう。それと同じ事を妖怪もしているだけなのです。
私は外の世界で、人々にそのことを説き続け、妖怪との共存を説きました。しかし人というのは欲深い。魚と人の命は違うと、私を非難する者が沢山いました。
そして私は破戒僧として、魔界に封じられました。破戒僧というのはわかりますか?文字通り戒律を破った僧侶のことです。
魔界は確かにこことは違いましたが、皆さんが創造するほど悪いところではありませんでした。
魔界に封じられた後、その魔界を作ったという魔界神とお会いしました。彼女は私にとてもよくしてくれました。多少力はあれど、彼女は神で私は人間です。しかし、わけ隔てなく接していただきました。彼女は召使にも平等に接するような方でした。
私の探す平等が、そこにありました。慈愛と慈しみの心を持って相手に接すること。それが私の探す真の平等だと、私は気がつきました。
その点、この寺子屋はある意味私の理想です。人妖関係なく同じ師から学び、日々を過ごしています。これは貴方達にとっては普通かもしれないけれど、私にしてみればとても難しいことです。
純真無垢な貴方達だからこそ、こうして同じ学び舎で、私の話を聞けるのかもしれませんね。
さて、私の話ばかりではつまらないでしょう。一度、あなたたちのお話も聞きたいわ」
☆
白蓮は、生徒たちにいくつかのグループを作らせた。所謂グループディスカッションというやつだ。
「では皆さん、今の私の話を聞いて感じたことや、皆さん自身の考え方をお友達と話し合ってみてください」
白蓮がそう言うと、生徒たちは一斉に話し始めた。
「本当は食べたいけど、食べたら巫女にやられちゃうのかぁ」
「ルーミアちゃんが言うとシャレにならないね。食べないでね?」
「ミスチーも人を食べちゃうの?」
「私は今じゃ食べさせる側よね、完全に」
「それもそうだね」
慧音は、この討議が生徒たちに猜疑心すら持たせてしまうのかと内心心配した。しかし、生徒たちにそんな様子はなく、笑みの絶えない、和やかな討議になった。
「あなたの生徒たちはすばらしいわ」
いつの間にか慧音の横まで来ていた白蓮が、慧音にそうつぶやいた。
「まったくだ。子供というのには日々驚かされる」
「子供への説法は、昔からあまり好きではありませんでした。子供は宗教などにとらわれず、自由で無垢であるべきだと思うからです。でも――」
そこで切られた白蓮の言葉を、慧音が引き継いだ。
「純粋だからこそ自然と出来ることもある。目の前のこの子達がいい例だ」
「さて、そろそろいい時間ですね。切り上げましょう」
いまだ話を続ける生徒に、白蓮が声をかけた。寺子屋の中が静まり返り、皆が白蓮を見た。
「そろそろ時間ですので、今日の授業を終わりにしたいと思います。今日は私にとって、非常に実りある日になりました。皆さんにとってはいかがでしたか?皆さんにとってもいい日であれば幸いです」
そういって一礼すると、寺子屋が授業前以上の拍手に包まれた。
白蓮が引っ込むと、裏で一輪がお茶の入った湯のみを持って彼女を待っていた。
「お疲れ様でした、姐さん」
「ありがとう一輪。では、帰り支度をしましょう」
受け取った湯飲みの中のお茶を飲み干し、持ってきた荷物を手早く包む。
「慧音先生、今日は貴重な体験をさせていただきました。誠にありがとうございます」
白蓮は深々と頭を下げた。慧音が恐縮してしまうくらい深々と。
「い、いや、こちらこそ、生徒たちにとってもいい経験になったことでしょう。ありがとうございました」
慧音も負けじと深々と頭を下げた。
二人が無言で頭を深く下げ続けるというこの奇妙な光景がしばらく続いた後、白蓮は頭を上げて一輪と寺子屋を出た。まだ昼前だ。今から帰ればまたみんなで食事が取れるだろう。
「さて、少し急ぎましょうか、一輪」
「はい、姐さん」
昼を少し過ぎ、二人が命蓮寺に着いたとき、境内では相変わらず響子が掃き掃除をしていた。
〜あとがき〜
大変お待たせしたかどうかは図りかねますが、これまでのものを読んで頂いているのは確かでございます。誠にお礼申し上げます。第七話です。
この話は頭の中で「ビビッ!」ときた話なんですね。自分でもよくわからないですが。しかし、ほぼ書きたい形どおりに仕上がったのは確かです。
この話で白蓮を「お姉さん」と表現させていただきましたが、どうも私は彼女を含めて、世間で言われるところの「BBA」という表現がどうも苦手でして、こういう表現をさせていただきました。あと、白蓮が生徒たちに説く話の一部は、私の考えでもあります。そのため、一部原作とは違うイメージになったかもしれません。お詫び申し上げます。
以前あとがきで「書いた後反省しないように」という点では、今回のものは満点に近いと思います。書きたいものが書けた。その点においては反省のし様がないと思います。
今回の話にもあるとおり、人間と妖怪が「夜雀食堂」で酒を飲み交わすことの出来る幻想郷、そんな幻想郷をこれからも表現していく所存です。
これからも、もしよろしければ私の「幻想郷」にお付き合い下さいませ。
2011/8/9 簡易デバイス
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