レッド・メモリアル Ep#.03「クラシファイド」-1
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γ0080年4月5日 4:39 P.M.

 

《プロタゴラス市内》 53丁目

 

 

 

「ほう、ジョニー・ウォーデンはやはり『能力者』だったか。我々がマークしていた通りだ」

 

 ジョニーが通り抜けていったという、塀を見つめ、リーは何も感情の篭っていないような声で

そう言っていた。彼が見つめる塀は、硬いコンクリートの塀で、とても人が通り抜けられるように

はできていない。

 

 だがセリアに言わせれば、ジョニーは確かにこの塀を、まるで柔らかい泥でできた壁を通り

ぬけるかのように通過していったのだと言う。そんな事は常人にはできない。何の痕跡も残さ

ず塀を通過する事など。

 

 あるものと言えば、人の拳大ほどの大きさに抉れたへこみだけた。それは、ついさっき付けら

れたもので、セリアが殴ったものだという事は、リーにもすぐに分かっていた。

 

「やはり、『能力者』だった。っていう事は、あなた達は、あいつが『能力者』だってことを、既に

知っていたのね?」

 

 リーのすぐ側に立ったセリアが言う。彼女の目は疑いも露に、リーへと向けられている。

 

「確証があったわけではない。それにそもそも、ジョニー・ウォーデンが、我々の本来の目的で

はないのだ」

 

「はあ?それってどういう事よ?」

 

 冷静なリーに対して、セリアはまだジョニーを追っていた時の興奮が冷めやっていない。いつ

誰かを殴りだしても不思議ではないほどに。

 

「たかが街のチンピラ一人を追うために、我々軍が動く事はない。むしろ、奴が接触した者達

の方が重要だ」

 

 リーは塀からセリアの方へと目線を向け、そのように言った。

 

「誰なの?あいつらは?見る限り、ジョニー達と今までつるんでいた奴らと同じには見えなかっ

たわ。あなたの張らせた包囲網も、簡単に見破っていたようだけれども?」

 

 セリアは半分、皮肉るように言った。だがリーはそんな事をまるで気にもしていないようだ。

 

「現在。沿岸警備隊に連絡し、付近の海岸と海を捜索中だ。だが、見つかるという確証はな

い。だから私は、本部に捕まえたジョニーの部下を連行し尋問させる。そうすれば、ジョニーが

一体、誰と接触し、そして何を取引しようとしていたのかが分かるだろう?」

 

「私は蚊帳の外というわけね?」

 

 リーの目を見つめ、セリアは言った。

 

「いいや違う。結局の所、この状態では、あの船でやって来た奴らを発見するためには、ジョニ

ー・ウォーデンを見つけることが、一番手っ取り早いかもしれん」

 

 リーは遠くの方を見つめ、そのように言う。セリアは、そんな彼の判断が不満だったため、す

ぐに口に言葉が出てきた。

 

「あいつがどこに行ったか、何て私には分からないわよ。今頃海外へと高飛びしようとしている

かもしれないわ」

 

「だったら空港を捜索してみろ。案外簡単に見つかるかもな?」

 

 リーはそのように言い放ち、セリアから離れていった。多分、自分が呼び寄せた部隊の退院

と一緒に本部へと戻るためだ。

 

 彼の言動が無責任なものだと感じたセリアは、思わず言い放つ。

 

「あんたね!私は呼ばれてここに来ているの。本当ならば今すぐに辞めてやったって良いわ!

だからね、人使いを荒くしないでよ!」

 

 彼女の大声は港に響き渡り、数人の武装部隊の隊員達を振り返らせたが、リーは振り返ら

なかった。彼は、まるでセリアの言った言葉など聞えていないかのように、さっさとこの場を後

にしてしまう。

 

「全く、何なのよ、あいつ」

 

 と、愚痴交じりにセリアが話しかけたのは、さっきからリーと一緒に行動していた、デールズと

いう、若い軍の捜査官だった。

 

「その、我々も良く知らないんですよ。トルーマン少佐の事は。急に国防省から、うちの空軍基

地に移籍してきたみたいなんで」

 

 デールズは、セリアやリーよりもさらに高い身長を持っていたが、話し方はあまり堂々として

いない、むしろ新人のようだ。長身ではあったものの、軍人特有のがっしりとした体躯でもなか

った。

 

「国防省の、どの部署にいたって言うの?」

 

 話しかけてきたデールズの方を振り向き、セリアが尋ねる。

 

「秘密作戦司令部とか、おっしゃっていました。自分も、あまりその部隊の事については知らな

いのですが」

 

「じゃあ、あいつはそれよりも前はどこにいたの?」

 

 セリアは、リーに話しかけていた時とほとんど変わらない態度のまま、デールズに迫った。

 

「それは、自分も聞いていません。ただ、士官学校を出ていらっしゃるらしく、自分も通っていま

した、士官学校の内部事情にはずいぶん詳しいようですね」

 

「ああそう。でもね。どこかの実戦部隊か、現場で作戦に従事していない限り、現場捜査は任

せられないのよ。あのリー・トルーマンも、どこかで、現場捜査はしているはずなのよ。それと、

あいつの態度と作戦の動かし方からして、あまり、綺麗な捜査はしてきていないみたいね」

 

 最初の部分は疑わしく、そして最後の部分を悪戯っぽくセリアは言って見せた。デールズは

彼女が言いたい事が良く理解できなかったようだが、

 

「は、はあ?」

 

「私達も、空軍基地の本部に戻るわよ。しばらくは、この作戦に従事していると、あなたから、リ

ーに言って頂戴。それと、私もまだ調べなきゃあならないことがあるってね」

 

 そうデールズに言ったセリアは、生きるか、死ぬかの潜入捜査の直後だというのに、まるでダ

ンスホールに向うダンサーのような足取りで、リー達部隊の向った方へと戻っていくのだった。

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《プロタゴラス空軍基地》情報資料部

 

11:31 P.M.

 

 

 

 

 

 

 

 作戦のあった日の夜。セリアは臨時の職員として、空軍基地内の宿舎の個室を割り当てられ

ていたが、こっそりと抜け出し、ある場所へと向った。

 

 元々、セリアは、この空軍基地に所属しており、実戦部隊から、特殊部隊、そして、最後に就

任した特別捜査官の任まで全てを過ごしてきていたのだ。基地の中の構造は熟知していたし、

警備も、彼女が退任する時までのものだったら全て把握している。

 

 だから、宿舎から情報資料部までの道程も覚えていたし、そこまでどう人目に付かないように

移動していけるのかも把握していた。

 

 セリアは、一時的に有効な空軍基地のパスを持っている。それは、厳密にはこの空軍基地に

所属している者として扱われ、きちんと大尉(それは、セリアがかつて特別捜査官として就任し

ていた時の階級)という階級を示す。

 

 だがそれは形式的なものであって、セリアは今ではただの客でしかない。彼女がうろうろして

いてはあまりに目立つ。

 

 そもそも、長い金髪で、女優のような容姿を持っていた彼女だったから、軍の基地のような場

所では、あまりにその存在が目立つのだ。

 

 だがセリアは、誰の目にも留まる事無く、資料室のある棟にまでやって来ていた。空軍基地

のデータを管理しているデータ管理センターが、資料室を構えている棟で、本部とも距離は近

い。

 

 セリアは人目を引く事を警戒し、表玄関から入ることを避けた。裏口からならば、警備がいな

いが、そこは頑丈な電子ロックで閉じられている。裏口から内部に侵入するためには、カードキ

ーが必要だ。それも将校クラスの。

 

 だからセリアは、裏口からデータ管理センターへと入った事は無かったのだが、そのからくり

だけは知っていた。

 

 セリアは、裏口の電子ロックのかけられた扉を前にし、携帯電話を取り出してある番号をプッ

シュした。

 

 すぐにある人物へと電話が繋がる。

 

「はい、もしもし?」

 

 随分と眠そうな声で、女の声が聞えてきた。まだ若い女の声だったが、眠そうな声が、そんな

声の魅力を台無しにしてしまっているかのようである。

 

(もしもし、フェイリン?こんな時間に悪いんだけれども、どうしてもお願いしたい事があるのよ)

 

 セリアは電話で話しつつも、周囲の様子を警戒しながら話していた。

 

「セリア。久しぶりに電話をかけてきて、いきなりお願い事?もう、わたしにお願いなんてするこ

と、無いって言っていなかったっけ?」

 

 セリアが、フェイリンと呼んだ女は、まだ眠そうな声で話してきている。だがセリアは構わず話

を続けた。

 

「この電話にスクランブルはかけられる?」

 

「スクランブル?一体どうしてそんなものを?」

 

 フェイリンに質問されてしまったが、セリアは良い言い訳や嘘が思いつかなかった。本当の事

を話さなければならないだろう。

 

「今、軍の基地からかけているの。私の元職場の空軍基地。それで、あなたとの連絡は軍に傍

受されるわけにはいかないから、スクランブルをかけて欲しいの」

 

 少しの間。フェイリンは何を考えているのだろうか。

 

「分かった。オーケー。あなたの現役時代と同じにして欲しいって訳なのね。でも、軍は辞めた

って言ったでしょ?どうしてまた軍の基地になんかいたりするの?」

 

 セリアの耳の向こうから、聞えて来るキーボードの音。さっそくフェイリンは携帯電話にスクラ

ンブルをかけてくれているようだ。

 

「ちょっと、元職場から招待があってね。パーティーよ」

 

 皮肉めいた言い訳を考えて、セリアは待っている間に答えた。

 

「へええ、それはよかったわね?もう携帯にはスクランブルがかかっているわよ。ところで、わ

たしに電話をかけてきたっていう事は、何かをして欲しいんでしょ?」

 

「ええ、この基地のデータ管理センターに侵入したいの。裏口からね。私の一時的なパスだけじ

ゃあ、裏口からは入れないから」

 

「表玄関から入ればいいじゃあない。だってあなたは、ゲストなんでしょ…?」

 

 さっきの眠気に包まれてしまった声はどこへ行ってしまったのか、フェイリンは好奇心に満ち

溢れたかのような声でセリアに話しかけてくる。

 

「ちょっと訳アリでね。誰にも知られたくないのよ。ここのデータ管理センターのシステムには侵

入できるでしょ?」

 

「待っていて」

 

 フェイリンが電話口でそう言った後、一分ほどの時間が掛かった。

 

 本来ならば、軍のデータ管理システムは、ハッキングなどできない代物だ。国の安全に関わ

るほどのシステムだから、万が一でも、ハッカーに侵入されてしまうことがあってはならない。

 

 そして、ハッカーが、軍のシステムに侵入できるという事は、テロリストも同様にして、このシス

テムに侵入できるという事でもあったからだ。

 

「できたわ。以前、あなたに教えてもらったコードを使えば、簡単にね」

 

 フェイリンも、セリアが認めるほどの優秀なハッカーではあったが、やはり、一ハッカーに過ぎ

ない。 『タレス公国軍』のシステムの中核に侵入することなど、彼女でさえできない。しかしな

がら、内部からセリアが手引きをすることができれば別だった。

 

「あなたの持っているパスで、その建物の裏口から侵入できるはずだけれども」

 

 そうフェイリンが言ってくるなり、すかさずセリアは行動を開始した。データ管理センターの裏

口に素早く近づくと、自分の持っているパスをスロットへと挿入した。

 

「ああ、やっちゃった」

 

 悪戯っぽい声が、携帯電話の中から聞えて来る。それを聞いて聞かずか、セリアはさっさと

建物の中へと入った。

 

「知っているでしょうけれども、パスで侵入したっていう事は、その管理センターのシステムの記

録に残るのよ。あなたのレベルじゃあ、そのパスでは侵入できないはずだから、きっと怪しまれ

るわね」

 

「ええ、分かってやってんのよ」

 

 セリアは管理センターの内部の構造を熟知しており、ほとんど迷わずに進んでいった。彼女

が目指すのは、センターの端末だった。

 

 一つの部屋の前まで来ると、セリアは再びパスを通して部屋の中へと入り込んだ。部屋の中

はコンピュータシステムを管理するための部屋となっており、幾つかの端末が設置されてい

る。

 

 その端末の一つ一つは、両手で持てるほどの大きさの箱になっており、幾つかのスイッチが

並んでいる。

 

 丁度、数十年前まで一般的だった、モバイル端末に似ていた。今ではその端末に画面が付

いていることは無く、セリアがスイッチを押せば、部屋全体の何も無い空間に幾つもの画面が

出現する。

 

 端末は、部屋全体にその画面を出現させるように設定されていた。個人で使う場合は、目の

前の空間だけに画面を出現させれば良い。特に、公共機関の中や、カフェでこの端末を使うと

きは皆そうしている。

 

 だが個室や、限られた空間でこの立体光学技術と情報処理技術の結晶を使う場合は、今、

セリアがしようとしているように、部屋全体を仮想空間に切り替えることが出来る。

 

 部屋全体が、旧時代のスクリーンになるようなものだ。部屋の微妙な凹凸も、上手く隠されて

いて、部屋全てが仮想空間になり、その中に多くの画面が出現する。

 

 現在においては、仮想空間の中で仕事や、メディアの情報を入手することは当たり前だっ

た。

 

 限られた画面の中で操作をしていくのではなく、擬似的にだったが、仮想空間は無限の広が

りを見せている。部屋全てをその空間にしてしまうことによって、より直感的に、そして感覚的

に情報の世界に繋がることができるのだ。

 

 それは、『タレス公国』と『ジュール連邦』の静戦が起こる何年も前からあった技術だが、一般

に広まったのは、十数年前に過ぎない。

 

 世界規模の戦争が起こるか、起こらないか。世界がそんな緊張に覆われている中でも、この

コンピュータ端末は、センセーショナルかつ華やかに登場し、先進国の一般家庭にまで広まっ

たのだ。

 

 しかし、軍が管理システムに投入しているコンピュータ端末は、一般家庭にある端末とは比

較にならないほど複雑で時代の先を行っている。静戦や、来る世界規模の戦争に備えて、軍

は、コンピュータ産業から極秘でその技術を提供してもらっている。

 

 セリアの目の前に現れた、端末の生み出す画面の複雑さ、そして無機質さの中にも、そんな

軍の姿勢が良く現れていた。

 

 耳にした携帯電話から、思わずフェイリンの感嘆の声が漏れる。

 

「何度見ても、軍のシステムって凄いわねえ。まあ、わたしの敵じゃあないし、わたしの構築し

たシステムの方が凄いんだけどさ」

 

 一流のハッカーで、コンピュータ技術者であるフェイリンを唸らせるほどのシステム。この『タ

レス公国』のコンピュータシステムは、セリアが退職してから、さらに一層強化されていたようだ

った。

 

 軍の管理システムのウィンドウが幾つも出現する。クリアメタリックで空間に現れる平面の画

面は、その使用者によっては、パンクなものにできるし、レトロ調のものをコンピュータ世界に

も導入したい人は、かつての城の窓のようにしてしまうものもいる。

 

 中には自分で旅行した風景の写真を取り込み、仮想空間でもその世界に迷い込んだかのよ

うに設定している場合も少なくない。

 

 だが軍のコンピュータではそのようにするわけにはいかないし、無駄な壁紙に容量を割く必

要も無い。

 

 だからセリアの前に現れて射る画面は、緑のラインで構成された、非常に原始的なコンピュ

ータ画面にも似た仮想空間だった。

 

 セリアは、軍のコンピュータのトップ画面から移動しようとするが、そこには、IDとパスワード

が必要だった。

 

「どうするの?あなたのパスワードはすでに失効しているでしょ?それも新たに発行された

の?」

 

 と、フェイリンが耳の中から尋ねて来る。

 

「いいえ、失効したままよ。だから、ある人物のIDとパスワードを使おうと思っているの」

 

 と、セリアは囁くようにフェイリンに言った。

 

「本部に連絡してでもして、新しいIDを発行してもらえばいいじゃあない。わたしまで駆り出して

面倒な事をしないでさ」

 

 だがセリアは、フェイリンの言葉を遮るかのように言った。

 

「今、ここでしようとしている事を、誰にも知られたくないの。上は、私の事を良く知っているから

ね。IDとパスワードを手に入れようとしたら、そのIDで何をやっているか、必ず監視されるわ」

 

 セリアはそう説明しながらも、部屋の中に現れている画面の前を行ったり来たりしながら、光

が生み出している平面の画面を見つめる。

 

 それはあくまで仮想空間が生み出している、平面の画面でしかなかったが、まるでセリアの

前に立ち塞がるかのように聳え立っていた。

 

 壁の真中には、二つの窓だけがあり、その横には、ID、パスワードとだけ現れている。

 

「それじゃ、どうやって侵入するのよ?適当な奴のIDとパスワードでも使うの?」

 

「そう。そうするわ。でも適当な奴じゃあなくって、私は、ある人物のIDとパスワードを使って、こ

のコンピュータに侵入したいの」

 

 そうセリアはフェイリンに言うと、画面前の椅子に腰をかけた。

 

「ある人物?」

 

「リー・トルーマンという男が、新しい私の上司でね。彼のIDから侵入しようかと思っているわ」

 

 セリアがそのように言っても、フェイリンはピンと来ないらしい。だがセリアは椅子の上で腕組

をし、脚をクロスさせて答えていた。

 

「はあ? でも、IDか、パスワードどちらかが分からないと」

 

「リー・トルーマンのIDは、『LITTLEBOY44』よ。あいつが、作戦会議をしている時にはっきりと

キーボードの上の指の動きを見させていただいたから」

 

「分かったわ。そのIDのパスワードを調べれば良いわけね。IDさえ分かっちゃえば、こちらのも

のよ」

 

 電話の向こうで、フェイリンが、ソフトを起動させているのだろうとセリアは想像する。そのソフ

トは、フェイリンが自作したもので、何の痕跡も残さず、パスワードを調べることが出来る。銀行

の暗証番号から、金庫の番号まで可能なはずだった。

 

 フェイリン側で入力したのだろう。セリアの目の前にある画面に、隠された状態でパスワード

が流れていく。そのパスワードはセリアも知る事は無い。

 

「でも、そいつのIDでこのコンピュータにアクセスしていることは、管理センターで分かっちゃう

のよ?本人に知られたら、すぐにばれるわ」

 

 フェイリンが再び言ってくる。彼女がそう言い終わる前に、セリア側の画面では軍のデータベ

ースへのアクセスが始まっていた。

 

「大丈夫。本人に知られる前に済む仕事だから。簡単に終わるわよ」

 

「何を調べるの?このIDのレベルならば、核ミサイルの在り処から、マークしているテロリスト

の情報まで知れるわよ?」

 

 少し考えた後で、セリアは口を開いた。

 

「私を今日、パーティーに呼んでくれた人について調べたいの。それこそ、まさにこいつよ」

 

 

 

 

 

 

 

 データ管理センターの正面玄関には一人の男が現れていた。既に午後11時だったが、軍の

人間は、この時間でも全く昼間と同じような活動をし、24時間体制で軍の作戦に就いている。

故に眠そうな様子も、それを隠そうとする様子も見せない。

 

 それは、センターの建物に、自分のIDで入ってくる人間も同じだった。

 

「トルーマン少佐。夜分遅くにいかがなさいましたか?」

 

 データ管理センターの前で、常に人の出入りをチェックしている当直係が言った。他にも、警

備の作戦についている軍の兵士が2人、武装した状態でそこにはいる。

 

「セリア・ルーウェンスの姿が見えない。こちらに来ていないか?」

 

 と、リーがそのサイボーグのような表情を向け、当直係が尋ねた。すると係の者は、まるでリ

ーを安心させるかのように言ってくる。

 

「いいえ、姿は見ていません。ですが、待てよ?これはおかしい?」

 

 そんな当直係の態度は、彼の目の前を流れる電子モニターを見た瞬間に消え失せた。

 

「何がおかしいんだ?」

 

 リーは、カウンターに身を乗り出し、当直係と共にそのモニターを覗き込んだ。

 

「リー・トルーマン大佐。あなたは、ここのコンピュータから、すでにデータ管理センターにアクセ

スをしている事になっています」

 

「何だと?」

 

 リーは、表情を変えることなく、そう当直係に言い放った。

 

「既に5分間、アクセスしています。これは、人事部のデータです」

 

「どこのコンピュータからだ?」

 

 リーが言い放つと、係りはすぐにチェックした。

 

「地下1階。データベースの管理室です」

 

「よしお前達、一緒に来い!私が直接調べる」

 

 すかさずリーは指示を飛ばし、屈強そうな警備兵2人を伴って、データ管理センター内に入っ

ていった。

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「リー・トルーマン。プロタゴラス国立大学卒。専攻は政治学で、成績は、トップクラスの下くらい

か。優秀ではあるけれども、目立った存在では無かったようね…」

 

 セリアは、目の前の画面に大写しにした、リー・トルーマン少佐の情報を読み取っていた。軍

の人事部は、データベース上に、全ての兵士、将校、そして軍の食堂で働いている、雑用係ま

でのデータを記録している。

 

 アクセスすることが出来れば、どんな人物のデータをも見ることができた。

 

「ねえ、セリア?聞いている?あなたが、データにアクセスしている事はもうバレちゃったみたい

なのよ。早く逃げないと!」

 

 フェイリンが電話の先から焦ったような声で言ってくる。

 

「へええ、そんなこと、どうやって分かったの?」

 

 セリアは半分聞いていないという様子でフェイリンにそう答えた。彼女自身の目線は、リー・ト

ルーマンのデータの方へと向けられており、外で起こっている事になど、まるで無関心な様子

だった。

 

「監視カメラにハッキングして見ているのよ。今、管理センターに、誰だか知らないけれども、人

が3人向かったわよ」

 

 フェイリンがそのように伝えても、セリアは動じなかった。まるで、誰かがやって来ることなど

当然と言った様子で、目の前に流れる画面をスクロールさせている。

 

「待っていて、もうすぐ済むから。それともあんた、このデータをダウンロードできる?」

 

「む、無理よ。もう時間が無いんだもん。セリア。こんなところを見られたらまずいんでしょ、早く

脱出を、ってああ?コレは?」

 

 フェイリンの突然の叫び声をセリアは聞き逃さなかった。

 

「何?どうしたの?」

 

「このデータ。この、リー・トルーマンとかいうヒトのデータ。何度かアクセスして書きかえられて

いるわ。更新記録がずいぶん新しいし、何度も書き換えられて」

 

「書き換えられている?」

 

「セリア!もう部屋の前まで来ているわよ!」

 

 フェイリンのその声にはっとして、セリアは、自分のいる部屋の入り口へと目をやった。

 

 

 

 

 

 

 

 リーは、セリアがいると思われるデータベースの管理室へと、銃を構えながら突入していっ

た。

 

 中には誰もいなかった。だが、リーは、ここについ数分前、いや、数秒前まで誰かがいたとい

う事を知った。

 

 コンピュータが起動しっぱなしで、部屋全体に光で創り出される、立体的な仮想空間が出現し

ていた。軍のデータベースにアクセスしている。それがリーにもすぐに理解できた。

 

「誰がここにいたのかチェックさせろ」

 

 中に誰もいない事を知ると、リーは銃を下ろし、管理室の中へと入っていく。ここにいた何者

かは、軍のデータベースへとアクセスしていた。それも、自分のIDとパスワードを使って。

 

 部屋の中央に開かれている画面を見やり、リーはそれが誰であるのか、すぐに理解した。

 

 思わずリーは苦笑していた。そこに現れていたのは自分自身のデータだったからだ。この《プ

ロタゴラス空軍基地》に配属される前の詳細なデータがそこに現れている。

 

 どこの大学卒で、どこの士官学校に入学したのか、そしてどのような作戦に就いたのかは、

一つの画面だけで表す事はできないが、同じデータベース内にリンクが張られており、幾らでも

閲覧することが出来る。

 

 すると、自分が連れてきた警備員が、リーの前に立って言ってくる。

 

「トルーマン少佐。監視カメラのデータをチェックしましたが、どうやら外部から妨害があったら

しく、一時的に映像が乱れています。申し訳ありませんが、侵入者が誰であるのかは」

 

「構わん」

 

 相手の言葉を遮ってリーは言った。

 

「はい?」

 

「侵入者が誰であるのかは分かっている。こんな危険を冒して、このデータを調べようとする奴

など、一人しかいない」

 

 リーはそれだけ言うと、目の前に現れていた、自分の経歴書のウィンドウを閉じた。

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4月7日 8:11A.M.

 

 

 

 

 

 

 

「昨晩は、随分な危険を冒したものだな、セリア?」

 

 翌朝、リーは空軍基地のテロ対策本部、作戦会議室に現れたセリアに対して、挨拶代わりに

そう言っていた。

 

「何の事?それが、あんたの挨拶?」

 

 セリアはぶっきらぼうな様子でリーにそう言った。

 

「しらばっくれるな。データ管理センターに侵入して私の情報を調べていただろう? もう少し時

間があれば、侵入したという事すらバレないようにもできたか?」

 

 リーは、特に怒った様子も苛立った様子もセリアには見せていなかった。ただじっと彼女を見

つめている。リーの眼は、まるで人の目ではない、義眼ででもあるかのようにその心のうち内を

読み取ることが出来ない。

 

 彼の眼の中には奥深い深淵しか存在していないかのようだった。

 

 だからセリアは、彼の眼を覗いて、何を考えているのか探るのは止めにした。

 

「私は、昨日ずっとこの軍の客室の部屋の中にいたの。だから、データ管理センターなんかに

行って、あんたの情報なんて調べようが無いわ」

 

 セリアはリーとは目線を外して、さっさと作戦室の中に入っていった。

 

 セリアの後に続くように背後からリーも部屋の中に入る。

 

「言っておくが、例え軍の職員であっても、上官のIDやパスワードを偽ってデータにアクセスす

るのは重大な規則違反だ。もしそれが、国に対して脅威を及ぼすような事だったとしたら、国家

反逆罪にも問われる」

 

「もし私がしたら、の話でしょ?」

 

 と言って、作戦会議室の席の一つに座るセリア。

 

「どうやら君は、私の存在自体が気に食わんようだな?でなければ、管理センターのデータか

ら、私の上げ脚を取るような真似はしない」

 

 リーはそんなセリアの座った椅子の前のテーブルにすわり、彼女の顔を覗き込んだ。

 

「そう思うんだったら、作戦の詳細について、ゼロから私に教えて欲しいわ!」

 

 突如、セリアの声が作戦室に響き渡る。丁度作戦室に入ってきたリーの部下であるデールズ

は、その声に驚いたようだった。

 

 だがリーは動じない。

 

「よかろう。セリア。次は君がバックアップにつけ。私が潜入する」

 

 代わりにまるで自信に溢れたかのような声でそのように言うと、机から降り立った。同時にリ

ーは、作戦室にあるモニターをリモコンで操作し、画面を出現させた。

 

 セリアが昨日見ていた、軍のデータベースのウィンドウと同じものが現れ、そこには、何かの

資料と、どこかの企業のビルを移した写真だった。

 

「潜入?」

 

「そう、潜入だ。昨晩だが、捕らえたジョニー・ウォーデンの部下の一人が吐いた。あの場にい

たスーツ姿の連中についてな」

 

 リーは、画面をスライドさせていく。するとそこには、スーツ姿の二人の男女の姿を写した写

真が大写しになった。

 

「どこの連中なの?見た感じ、ごろつきには見えなかったけど?」

 

「『グリーン・カバー』という大手軍需産業を知っているか?」

 

 まるで言い聞かせるかのように言ってくるリー。彼の言ったその名前にはセリアも聞き覚えが

あった。

 

「確か、非破壊・非殺傷兵器を開発している軍需産業でしょ?この基地にも関わりがあるはず

よ」

 

「この男女は、『グリーン・カバー』の連中だ。しかし不思議なことに、軍のデータを探っても、こ

の二人は該当しない。この世に存在していない人物となっている」

 

「『グリーン・カバー』が、ジョニーのようなごろつきに何で興味を持ったの?」

 

 セリアはリーの義眼のような目を見つめて尋ねる。

 

「ジョニーがごろつきかどうかは大した問題じゃあない。『グリーン・カバー』は、ジョニーが『能

力者』であるという点に目を付けたのだ。『能力者』、君も私もそうだが、『能力者』であるという

ことはつまり、どういう事だ?」

 

 セリアは少しも考えることなく答えた。

 

「『能力者』はその者自体が、兵器であるという事ね?」

 

「今まで、軍が『能力者』に関心を持たなかったわけではない、我が軍でも積極的に『能力者』

のスカウトと契約を行なってきた。だが、『グリーン・カバー』のような軍需産業が『能力者』に興

味を持つのは初めてだ」

 

「『グリーン・カバー』と言えば、いろいろといわくつきな所も多いものね。以前は、核兵器を他国

に密売していたなんていう話も」

 

「ともかく、『グリーン・カバー』は企業だ。政府機関じゃあない。『能力者』を雇うという事は、良

い意味であっても悪い意味であっても、結局は私利私欲のためだ。調査する価値はあるだろ

う」

 

 リーの言葉にセリアは疑問を持つ。そもそも肝心な事をこの男は忘れていやしないかと。

 

「でも、これが、近年頻発しているテロ事件といったい何の関係があるって言うのよ? 『グリー

ン・カバー』は、『タレス公国』内の企業であって、『ジュール連邦』とは取引なんて」

 

 だが、セリアの言葉はリーによって遮られた。

 

「これも、ジョニーの部下が吐いた事だが、『グリーン・カバー』に引き渡された連中は、国を出

るのだと、ジョニーが言っていたそうだ」

 

「国を、ねえ?」

 

 セリアは、リーの背後に流れている、『グリーン・カバー』の企業ビルの写真を見やった。それ

は、一見すれば、コンピュータ産業のビルのような、モダンなデザインにされており、とても軍需

産業の企業ビルには見えない。

 

「君が今言った、『グリーン・カバー』で噂されていた、核兵器の密売だが、輸出先はどこだと思

われていたと思う?『スザム共和国』さ」

 

 リーは、まるで謎をかけてくるかのような口調でセリアに言った。

 

「『ジュール連邦』から独立をしようとしている地域ね。『ジュール連邦』でテロが起きれば、大抵

そこの国の連中って言う国よ。さすがに私が隠居していた間、核兵器のテロは無かったでし

ょ?」

 

「ああ、なかったよ。だが、とっくに『スザム共和国』は、内戦状態のようなものだが、これで『グ

リーン・カバー』に興味が持てたか?」

 

 セリアの答えは決まっていたが、リーの顔を見つめ、数呼吸を置いた。ただ、すぐはいはいと

頷いているようでは、相手のペースに乗ることになってしまう。

 

「まんざらでもないようね」

 

「『グリーン・カバー』への潜入は本日行なう事を予定している。潜入するのはこの私だ」

 

 リーは堂々と言った。

 

「軍の制服組の少佐が、潜入捜査なんてできるの?デスクワークの方が似合っているんじゃあ

なくて?」

 

 と、セリアが言ったときだった。

 

「トルーマン少佐は十分、潜入捜査をすることができる」

 

 作戦室の扉が開き、そこに、リーのさらに上司に当たるゴードン将軍が姿を見せた。

 

「彼は、陸軍士官学校をトップの成績で卒業した。さらに、本部でも軍の捜査作戦についてい

た。だから問題ないだろう」

 

 リーの身を保障するゴードン将軍だったが、

 

「失礼ですが将軍。トルーマン少佐のことは以前からご存知なのですか?」

 

「いや。直接会ったのは3ヶ月前だが、経歴書を読ませてもらった」

 

 セリアはリーの目をちらりと見た。彼の目線はどこにも泳がず、ただ義眼のような目を向けて

いる。

 

 本当か嘘かも分からないような目だ。

 

「ともかく、ゴードン将軍の許可も、本部の許可も下りている。私が『グリーン・カバー』に潜入す

る理由は、内部にコネがあるからだ。君は、ジョニー・ウォーデンの組織に対してコネがあっ

た。だからここへと呼んだ」

 

「今度は、あなたがそのコネを使う番だって言うの?」

 

「ああ、そういう事だ。バックアップは、君とデールズ、その他数名の捜査官に任せるが、構わ

ないだろう?」

 

 セリアは、また再び数呼吸を置いた。この男の口に乗って、すぐに返事をする気はセリアに

は無かった。

 

 だが、リーのロボットのような無機質な目を見ていると、頷こうにも頷けなくなってくる。

 

 セリアは感じていた。この男は、『グリーン・カバー』にただ潜入するつもりはない。さらにもっ

と大きな何かを『グリーン・カバー』でしようとしているのだと。

 

 今度は、どうやらそれを探らなくちゃあいけないようだな。そう彼女は思った。

 

「ええ、もちろんじゃあないの」

 

 セリアがそう答える事ができたのは、1分近くも経った頃だった。

-5ページ-

『タレス公国』《プロタゴラス》

 

『グリーン・カバー』本社ビル

 

γ0080年4月7日 10:53A.M.

 

 

 

 

 

 

 

 『タレス公国』を代表する、軍需産業の重役の一人、ベンジャミン・オットーは、自分のオフィス

内で、対面している男からあるメモを受け取った。

 

 目の前の男は、ダークスーツに身を包んで、サングラスをかけており、全く近寄りがたい様子

だ。体も特別大柄でもなく、相手はただ一人しかいないと言うのに。

 

 オットーはその男とたった二人でオフィスにいた。

 

 その男は、オットーに一枚のメモを渡す。

 

 オットーに渡されたその紙切れには、『5』という数字以外には何も書かれていなかった。

 

「5人も、だと?」

 

 オットーは、少し驚き、サングラスの男に聞き返した。

 

「相手方がそうおっしゃっているのですから、我々は応じるしかありません。相応の金額も払

う、と」

 

 サングラスの男は、静かに言った。無機質な声ではない。しかし形式張った義務的な態度

は、ビジネスマンの交渉術のそれだった。

 

「5人だぞ。あいつらに払う事などできるのか?」

 

「一人当たり、この前の、倍の金額を出すと言っていました」

 

 そのサングラスの男の言葉に、オットーは、メモを握る腕を震わせざるを得なかった。

 

「随分、気前が良いのだな、奴らも。その話、乗ってやると答えておけ。後始末はお前に任せ

る。一切の痕跡も残さないようにな」

 

「承知しております」

 

 そのサングラスの男の言葉が、オットーの揺らぐ気持ちをさらに後押しした。

 

 オットーは自分自身に言い聞かせた。これは、ビジネスなのだ。金を払われて、我々がその

金額に見合うだけの“商品”を“販売”しているだけに過ぎないのだ。

 

 我々は、ビジネスマンだ。金で動いて何が悪い。どうせ、誰も死んだりしないのだ。得をする

者しか、この取引にはいない。

 

 例え、それが非人道的な行いであったとしても、だ。

 

 

 

 

 

 

 

「機材の再チェックをして、いざって時に捜査がおじゃんになってしまわないようにね!」

 

 セリアが、きびきびとした様子で、バンの中の技術官に言っていた。

 

「はい」

 

 その技術官は、『タレス公国軍』の人間だったが、義務的に動き、無駄口を叩かず、ただただ

仕事をこなしていた。

 

 だがセリアとしてみれば、大切な作戦を前にして、無駄な言葉を叩かない仕事のパートナー

の方がやりやすい。

 

 一歩のバックアップのミスが、命取りになる捜査なのだから。余計なものは何も必要ないの

だ。

 

「リー?そっちは、ちゃんと繋がっている?」

 

 セリアがヘッドセットのマイクに向って話した。ヘッドセットと言っても、耳に付けるイヤホンの

大型のもので、マイクは少しイヤホンから口側に突き出している突起の部分でしかない。

 

(ああ、問題ない。それより心配なのは君の方だ。セリア)

 

 耳にしたイヤホンの中から、リーの声が聞えて来る。彼の声ははっきりと聞えており、一切の

雑音も紛れては来ない。

 

「私が心配?一体どうしてよ?」

 

 とセリアは言いつつ、バンの中のベンチに腰掛けた。彼女の目の前のモニターには、リーと

共に潜入する予定のデールズが映っている。

 

 それは、リーがたった今かけている眼鏡から撮影されているものだった。

 

 リーとデールズは、外の通りにいる。《プロタゴラス》市内でも高層ビルが立ち並ぶ、オフィス

街に二人の軍人。さらにはバックアップをするため、部隊も配置されている。

 

 部隊は、目立たないバンの中に控えており、いつでも突入できる構えが出来ていた。

 

 リーか、セリアか、デールズの合図があれば、このオフィス街も、あっという間に戦場のような

様相と化すだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「何が、心配か?だと?セリア。君は、じっとしてはいられないタイプだろう? 大人しくそこでバ

ックアップをやっていられるのか?という事だ」

 

 リーは皮肉るような態度でセリアに言った。オフィス街内のベンチで、デールズと共にスーツ

ケースを開き、捜査の準備に余念が無いリーだが、同時に周囲へと警戒の目を走らせる。

 

 リーの目線は、彼がしている眼鏡の極細カメラによって、セリア達の乗っているバンへと映像

を送る。だからセリア達もリーの視点で映像を見ることができた。

 

(大丈夫よ。あなた達がヘマでもやらなければ、の話だけれどもね。一日中ロッカーに入ってい

るような訓練だって受けた事があるわたしに、良く言うわね?)

 

 そのセリアの言葉に鼻を鳴らし、リーはスーツケースを閉じた。

 

「例の、国防省のデータベースで、君の娘を捜索するという約束だが、この作戦が終わってか

らで良いか?いつでも使わせてやる事はできるが、今はちょっとな」

 

 スーツケースを閉じたリーは、オフィス街のベンチから立ち上がり、デールズに一緒に来るよ

うに指示し、あるビルの方へと歩いていく。

 

(へえ、覚えていてくれたの?まあ、今は作戦に集中してもらわないとね)

 

 と、聞えて来るセリアの声。

 

「ああ、君が作戦に集中できるようにな」

 

(そんな事、気遣わなくたって、十分に集中しているわよ。だけど、作戦が終わったらしっかり

と、約束は守ってもらうわよ)

 

 セリアのぶっきらぼうな声が、リーの耳の中に響いてきた。構わずリーは歩き続ける。

 

「話を作戦に戻そう。私達がこれから会おうとしている人物は、『グリーン・カバー』の重役の一

人だ。非殺傷兵器開発部門の総括で、EMP(電磁パルス)兵器などを我々軍に提供してくれて

いる。対テロ対策作戦の都合上、本部にいたときに何度も接触している人物だ」

 

 リーとデールズは、オフィス街を真っ直ぐに進んでいき、目の前に聳え立つ高層ビル、敷地の

入り口に、『グリーン・カバー』という電子表示が現れている建物へと向う。

 

 リーも何度か『グリーン・カバー』の本社ビルは訪れていたが、ここは、円筒型の30階建ての

ビルだ。兵器開発を行なっている会社であるという事を知らなければ、先端産業のモダンな本

社ビルにしか見ることはできないだろう。

 

『グリーン・カバー』イコール『タレス公国軍』に兵器を販売している会社。という事実は、軍本部

と『グリーン・カバー』の一定階級以上の社員でしか知らない事だ。

 

(わたし達が捜査をするという事が、相手方に知られていないでしょうね?)

 

 『グリーン・カバー』のゲートを潜るリーとデールズに、セリアが言ってきた。

 

「正直の事を言うと、何とも言えない。以前私がこの本社に来たときは捜査目的だった。だか

ら、オットーも私がまた来た事を知れば、警戒するかもな」

 

 リーは堂々と言って、『グリーン・カバー』の正面回転ゲートの中へと入っていった。デールズ

もそれに続いたが、

 

「少佐。その事については、既に解決済みだとおっしゃいました。先方には連絡を取ってある、

と」

 

 だが、リーはデールズの言い分には構わず、『グリーン・カバー』の中へと入っていく。

 

「ホーム・ゲート内に、銃火器探知機と、社員証の照合機があったわ。あなた達は今、訪問者と

して扱われている」

 

 それは、軍の技師が、リーに持たせた携帯端末から読み取った電磁波の情報だった。セリア

はその詳細なデータを読み取った機器の情報を、リーに口頭で伝える。

 

「ちょ、ちょっと、少佐」

 

 セリアの通信機からの声に、デールズが割り入った。

 

「相手方に連絡は取れていたんじゃあ」

 

 リーは脚を止め、まるで彼の言葉を説き伏せるかのように答えた。

 

「ああ、連絡は取れている。だが、ちょっと話し合いたいことがある、としてだ。この企業の秘密

の地下室に案内しろ、などとは言っていない。下手な内容は、相手を警戒させることになりか

ねんだろ?」

 

 そうリーは言うと、『グリーン・カバー』の受付警備員へと、手に持ってきたスーツケースを置い

た。

 

「リー・トルーマンだ。オットー氏に会いたくてやって来た。既に連絡は行っているだろう?」

 

 と、リーがスーツケースを差し出したカウンターには、人はおらず、完全に無人化されている。

 

 ただ、画面が現れており、カウンターに備え付けられているセンサーが、リーがやって来た事

を探知した。

 

「只今、ベンジャミン・オットーは、別件が入っております。誰ともお会いになれません」

 

 カウンターの音声はただそのように答えた。落ち着いた女性の声ではあったが、はっきりと発

せられた言葉。その言葉の意味は完全に言い切ってしまっているものだ。

 

「ちょっと待て、そんなはずはないぞ。私は、オットーに連絡を入れた」

 

 リーは、カウンターに向ってそう言った。

 

「申し訳ございません。また改めて連絡を取り、お越し下さい」

 

 だが、リーが大きく出ても、相手の音声はしっかりとした響きと、変わらない口調でそのように

答える。

 

「オットーに連絡を取らせろ。こう伝えておけ。リー・トルーマンがここに来た。軍本部からの大

切な連絡だとな」

 

 リーはカウンターに身を乗り出し、モニターに向ってそう言った。

 

 周囲を見張っているデールズは、『グリーン・カバー』本社の1階フロアを行きかう、他の社員

に気が付かれないかとひやひやしている。

 

(リー。どうすんのよ? きちんと連絡を取ったのは、あなたでしょう?)

 

 リーの耳元の通信機でセリアが言ってきた。

 

「只今ベンジャミン・オットーは、誰にもお会いになられません、また改めて…」

 

「ようし、私はこういう者だ。この身分証をスキャンして、偽者でないと分かったら、さっさとオット

ーに会わせろ」

 

 そう現れているモニターに言い、リーは身分証をかざした。

-6ページ-

「オットー部長。1階メインフロアに、リー・トルーマン氏がお見えになっております」

 

 ベンジャミン・オットーのオフィスに、彼の秘書代わりのコンピュータの声が響いた。

 

 だが、オットーは座っている椅子から立ち上がらず、目の前の、サングラスの男を見つめた

ままだ。

 

「オットー部長。1階メインフロアに、リー・トルーマン氏がお見えになっております」

 

「ああ、分かっている。今、考えているところだ」

 

 この秘書システムの良くないところは、問いかけに返事をしなければ、何度も同じ言葉を、全

く同じ音声で言ってくる事だな、と、オットーはつくづく思うのだった。それは実に苛立つ性質だ。

 

 自分で一番気に入った女の声を、ネットの電子秘書サービスからダウンロードして設定して

いるし、普段聞いているときは不快でも何でも無いのに、今日に限って、死刑宣告を受けるよう

な声に聞えてしまうのは何故なのか。

 

「承知いたしました」

 

 と、聞えてきた声は別段不快でもないというのに。

 

「どうするんです?オットー部長?」

 

 サングラスの男が再度尋ねて来た。どうするかなんて、オットーには決められることではな

い。まさかあいつが来るなんて。

 

 だが、彼はその場から立ち上がった。

 

「いいや、逃げも隠れもせん。このまま奴に会う。偽物の情報ならば幾らでも出す準備はできて

いる。いざとなったらそれを」

 

「やれやれ、軍に裏づけを取られて、あっと言う間に、証拠を捏造した罪で捕らわれてしまいま

すよ」

 

 サングラスの男は、椅子に実を埋めたまま、まるで他人事のようにそのように言うのだった。

 

「そういうお前は、ずっとそこにいるだけなのか?」

 

 と、オットーが尋ねた。

 

「分かりましたよ。一緒に行きましょう。ただ、私はあなたと一緒にいれば、先日の事がありま

すから、顔がバレちゃあまずい。離れた所で隠れていますけれどもね」

 

「高見の見物か」

 

 呆れたようにオットーは言ったが、そんな彼の言葉を見越していたかのように、サングラスの

男は言葉を続けた。

 

「あなたは、そのリー・トルーマンという男に、真実だけを話せば良い。分かりますか?真実だ

けで良いんですよ。嘘をついちゃあ駄目です。下手にはぐらかそうとしても、あなたはすぐに顔

に出ますから」

 

「そんな事をすれば、私達が逮捕されるだけだ」

 

「だから、我々がいるんでしょう?私はいざと言うときのために対処しますが、リーという男の対

処については、彼女に任せましょう」

 

 サングラスの男がそのように言うと、オットーのオフィスの入り口から、一人の女が姿を現し

た。

 

 その女は、サングラスの男と同じようにダークスーツに身を包んでいたが、サングラスはかけ

ていなかった。そのため、どんな顔をしているのかがはっきりと分かる。

 

 だが、はっきりと分かったからと言って、どうという事は無い。この女は、化粧気もない顔だっ

たし、表情も無ければ、特徴も無かった。

 

「彼女が、どうにかしてくれると言うのか?」

 

 オットーは、その女の顔を見つめてそう言った。

 

「ええ、彼女ならば、そのリーという男を、始末することができるはずです。但し、リーと言う男を

一緒にいる男と引き離し、一人にすることが絶対条件です。一人でないと、彼女は対処がし切

れませんので、それには私が対処しましょう」

 

 そういって、サングラスの男は立ち上がる。

 

「任せたぞお前達だけが、頼りだ」

 

 

 

 

 

 

 

 リーとデールズの前に現れた、オットーという男は、普通のビジネスマン風の男だった。た

だ、着ているスーツの高級感がリーやデールズが着ている、軍の支給品のものよりも遥かに

高級だ。そこに両者の違いが大きく現れている。

 

 オットーの顔にも大企業の上役としての、やり手の表情が伺える。だがその表情は、引きつ

っているように見えなくもない。

 

 セリアは、バンの中のモニターに出現している、オットーの個人データと合わせて、リーがか

けている眼鏡のカメラから映し出される彼の顔をチェックした。

 

 個人データの写真の方も、無愛想な表情をしている男だったが、リーが送ってきている映像

の方も、相当に無愛想な表情だった。

 

「なかなか良いキャリアを積み上げているみたいだけれども、その表情じゃあ、女性には好ま

れないわね」

 

 と、ぼそりとセリアは言っていた。

 

 彼女が見ているモニターに写っているのは、リー、デールズ、そしてオットーだけで他の人物

の姿は見えない。

 

 オットーは誰も引き連れることなく、リー達の元へとやって来ていたのだ。

 

(やあ、トルーマン君。久しぶりだ。前にお会いしたのは、確か、新型の対兵器対策技術につい

て報告した時だったかね?)

 

 社交辞令と共にオットーが言ってくる。リーは相手の握手に応じた。

 

(ええ、そうです。ですが、今回の要件は、前回とは少し異なる。是非、直接会ってお話がした

かった。ああ、こちらはデールズ・マクルエム。私の部署の者です)

 

 と、リーも、オットーに応じた。

 

(よろしく、マクルエム君)

 

(ええ、ああ、はい)

 

 デールズは、こういった場は苦手らしく、握手をする姿がどことなくぎこちない。

 

(ここで、話すべきかね?悪いんだが、私は今、少し忙しくてね。オフィスには)

 

(出来ればオフィスで話したい。周りに聞かれるわけにはいかない話です。軍の、機密事項な

ので)

 

 リーの口調が変わった。相手の言葉を遮るように響くリーの声。オットーの表情が強張ったの

は、機密という言葉だったか、リーが言い切ったときだろうか。

 

(いや、しかし、先客がだね)

 

(では、どこかの会議室を使っていただいても良い。誰もいないところで話す必要があるので

す)

 

 リーは食い下がらない。相手のペースに惑わされるどころか、逆に自分のペースへと引き込

んでいる。

 

 その強引さが、あなたの売りよ。とセリアはリーと初めて会話したときを思い出し、心に思って

いた。

 

(じゃ、じゃあ、私のオフィスに上がってくれ。先客には帰っていただこう…)

 

 オットーは、リーとデールズの顔を交互に見比べながら、その目線を泳がせていた。

 

(そうしてください)

 

(では、上がりたまえ)

 

 オットーの不自然な態度、明らかに動揺しているような態度は、リーのメガネに付けられた微

細のカメラ越しに、セリアが見ている姿からも明らかだった。

 

「あとは、あいつが、下手な事を言って、捜査をおじゃんにしない事を祈るだけ、ね」

 

 と、再びセリアはぼそりと言った。

 

 

 

 

 

 

 

「オットーからのご連絡です。“本日はお引き取り願いたい”との事です。申し訳ありませんが」

 

 ベンジャミン・オットーのオフィスに響き渡る、事務的ながらも落ち着いた女性の声。彼が秘

書として設定している、コンピュータシステムからの声だ。

 

「ああ、分かっているよ、オットー。このオフィスへと連れてくるのだな。いい判断だよ。君が動

揺して、目を泳がせてでもいなければ、きっと相手には怪しまれない」

 

 先ほどまで、オットーのオフィスでサングラスをかけていた男は、天井のスピーカーから流れ

て来た、秘書の声に答えるかのように、そう声をかけていた。

 

 サングラスを外した彼は、ダークスーツとブラックネクタイと言う姿になっている。見た目もま

だ若々しい男で、30歳になったばかりの顔つきだった。

 

「なあ?君もそう思わないか?オットーの判断は、その時その時は、正しい。だが、全体を見る

と、綻びだらけだって?」

 

 そのように言って、スーツ姿の男が見下ろした所には、さっきからオットーのオフィスに、男と

共に女がいた。

 

 女は何も答えることはせず、スーツ姿の男を見上げた。それだけでも、スーツの男は相手の

言いたい事が理解できた。

 

「やっぱり君もそう思うかい?オットーだけにやらせていちゃあ駄目だ。今度の計画だって、私

達がいなければ、きっともっと前の段階で失敗していただろうよ」

 

 見上げてきた女の眼に向って、まるで訴えるかのような口調で、スーツの男は言った。

 

「あいつは、資金と、取引の場を我々に提供しているに過ぎない。もしかしたら、何かしら理由

をつけ、我々を裏切るかもしれないね」

 

 そう言って、スーツの男は、オットーのデスクの上にある、操作板の一つを、まるで、自分の

オフィスであるかのように操作した。

 

 すると、オットーのオフィス内の空間に、画面が現れる。それは、この『グリーン・カバー』内に

ある監視カメラからの映像で、エレベーター内の監視映像だった。

 

 エレベーターの中には、3人の男が立っている。一人はオットー。更にリーとデールズという男

だ。

 

『グリーン・カバー』の正面玄関を通過した者は、社内での会話は全て監視装置によって筒抜

けになっている。もちろんリー達も同様だ。

 

「このリー・トルーマンとかいう男。軍の関係者と言っていたが、どうも匂う。どこか、別のところ

で会っていたような気がするが、昨晩の件のもっと以前だ」

 

 スーツの男は、監視映像に目を落とし、リーの表情を伺った。リーはエレベーターに乗ってい

る間も、見られている事に気がついているかのように、監視カメラを見上げてくる。

 

「まあ、いいさ。もしもという時は、君がリー達を始末しろ。それで万事片がつく」

 

 と、スーツの男が言うと、女は黙って頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 エレベーターの扉が開き、リー、デールズ、そしてオットーが外へと出る。

 

「いい加減、何故、ここに来たのか教えてくれたまえ。どうせこのフロアには我々しかおらんよ」

 

 エレベーターから降りるなり、オットーはいらいらした様子でリー達に尋ねて来る。

 

 リーとデールズは、彼が言った言葉が本当であるのかを確かめるため、周囲を見回したが、

確かに誰かがそこにいるという気配はない。

 

「良いでしょう。実は昨晩、我々が行なった、国内テロリストの、一斉摘発の件で参りました」

 

 リーがそのように言うと、オットーの顔には明らかな動揺が走った。

 

「一斉摘発、ほう、そんな事が?」

 

 もっともらしい答え方に、リーは相手にわからない程度に鼻を鳴らした。

 

「正確に言えば、テロ組織に協力している、地元のギャンググループですがね。彼らが、ある人

物達と手を組み、テロ活動に加担していると、我々は見ています」

 

 リーははっきりとそう言い、相手の様子を見た。オットーは、動揺しているような素振りを変え

ない。先ほどから時々目線が泳ぐ。

 

「昨日、捕らえたギャンググループの一人が、テロに関与している組織の一つとして、貴社の名

を上げました。そのため我々は、あなた方に、情報の開示を求めます。秘密情報も含め、全て

を」

 

 リーがそのように言い切ると、オットーは明らかに動揺して答えた。

 

「秘密情報の開示など、そんな事は、司法長官の命令でも無い限り、できん!例え、軍が相手

でも!」

 

「司法長官の命令書ならば、こちらに」

 

 と言って、デールズが、スーツケースの中から、一枚の書類を取り出した。

 

 オットーはそれを乱暴に受け取ると、唾を飲み込む。

 

「い、いいだろう。来い。私のオフィスだ」

 

 ベンジャミン・オットーのオフィスには3人の男達が現れる。部屋に誰かいた形跡はあったも

のの、今は誰もいない。

 

「秘密情報の開示と言ったが、具体的にはどのような事を知りたいのだね?」

 

「こちらです」

 

 デールズは再びスーツケースの中から、今度はメモリースティックを取り出した。人の指ほど

の大きさと太さを持つそれは、データ端末で、ハードウェアを必要とせずに映像を空間に表示

することが出来る。

 

 映写機も何も要らず、どんな画面にでも、写真等を表示することが出来た。

 

 デールズが表示させた映像には、2人の男女、そして、所属不明の船が映し出されている。

それは、昨日の、ジョニー・ウォーデンら、ヤング・ソルジャーのアジトで行なわれた作戦時に、

部隊員が撮影した写真だった。

 

「捕えたギャング組織のメンバーが言うには、この二人の男女が、こちらの会社の人物だと言

います。ご存知ありませんか?」

 

 デールズが、感情を押し殺したかのような言葉で尋ねる。

 

 リーは、二人の男女の映像をはっきりとデールズに表示させたまま、オットーに近付く。真横

から見る彼の表情は、嘘を見抜かれまいと強張っていたが、眼は明らかに泳いでいる。

 

「さあ、知らんな。うちの社員ではないのかもしれん」

 

「捕えた連中は、はっきりと、貴社の名を名指しにしました。本当にご存知に?」

 

 と、デールズが、オットーの背後から言う。

 

「知らん!社員の管理は私の管轄じゃあないんだ。人事部に行きたまえ。人事部のデータベー

スにアクセスして」

 

「こちらからも、アクセスできるでしょう?あなたは重役だ。全部署のデータベースにアクセスで

きるし、権限もある。私どもの空軍基地からもアクセスを試みたのですが、貴社のブロックは非

常に頑丈なため、あなたに権限を行使していただけた方が早く、確実だと分かりましてね」

 

 リーがオットーの言葉を遮り、そう言った。

 

「か、勝手に調べたまえ。私は、知らんよ」

 

 まるで開き直ったかのようにオットーは言った。そして、自分のデスクの上に置いてある、掌

サイズほどのデッキを指差した。

 

「そこのコンピュータデッキを使って、調べろ」

 

 と言って、まるで自分は知らないという様子で、落ち着かない様子で、じっとリー達の方を向

いていた。

 

「それでは、失礼致しますよ」

 

 リーは、オットーの態度を不審に思いつつも、コンピュータデッキに近付いていき、そのスイッ

チをオンにしようとした。

 

 その時彼は、デッキの横、オットーのデスクに埋め込まれている、ある装置に目がいった。

 

 その時、突然、オットーの部屋の扉が開かれ、一人の男が入ってきた。

 

「いやいや、失礼致しました。オットー部長から連絡を頂きまして、只今、人事部から参りまし

た。トルーマン氏はあなた?お手間を取らせてしまってすみません」

 

 そのように、オットーのオフィスに響き渡るような声で入ってきた男は、ダークスーツを着込ん

でいる。背は高いが、体格は痩せていて、デールズの方が大柄なくらいだった。

 

「あなたは?」

 

 リーよりも前に、デールズが、入ってきたスーツの男に尋ねた。

 

「私、人事部門で、『グリーン・カバー』の人事を管理しています、スペンサーと言う者です。あな

たがマクルエムさんですね?さきほど、オットーから」

 

「人事だったら、私達が、自分で調べる。IDとパスさえ教えてもらえればな」

 

 スペンサーにそのように言い放ち、リーは、どんどんオットーのコンピュータを操作してしまっ

ていた。

 

「いえいえ、リー・トルーマンさん。駄目です。オットー部長のコンピュータからではアクセスでき

ないのです。わが社では、人事も機密扱いですからね。外部に漏れるわけにはいきません」

 

「ほう、そうか。だったら、早く言ってもらえれば助かったのにな」

 

 リーは、鋭い眼で相手を見つめ、そう言い放った。多分、普通の人間がそんなリーの眼を見

たら、その鋭い視線に震え上がってしまうことだろう。

 

「こちらです。ご案内いたします」

 

 だが、スペンサーと名乗ったこの男は動じなかった。代わりに、リーをオットーのオフィスから

外へと出そうとする。

 

 リーは相手の顔をじっと見た。この男、どうも臭う。あのジョニー達の前に現れた、サングラス

をかけた男の顔がちらついた。

 

 あいつではないのか。サングラスをかけていなければ、はっきりとは分からない。

 

 だが、オットーのオフィスを出て行くときリーは、素早くデールズに耳打ちした。

 

「監視カメラの映像が、さっきからずっと再生されたままだ。秘書システムが作動しっぱなしに

なっているから、今机の上を見てみたんだが」

 

「それが、どうかしましたか?」

 

 小声で言ったリーの声に反し、デールズの声は少し大きかった。

 

「我々は、誰かに監視されている。分かり切った事だがな。オットーを見張っておけ、人事部に

は私一人で行く。何かあったら、すぐにな」

 

「ええ、分かりました」

 

 デールズがそのように言った直後、リーとスペンサーは部屋から出て行ってしまった。

 

 オットーのオフィスに残ったデールズは、無表情のまま、部屋の中で落ち着かない様子で歩

き回っているオットーを見張った。

 

説明
テロリストと繋がるギャング、ジョニーを逃してしまったセリア達。セリアはどうも自分を呼び寄せた軍の男、リー・トルーマンが怪しいとのことで、彼に探りを入れます。
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