おあずけ愛紗と世話焼き桃香 〜真・恋姫†無双SS 第五話 |
おあずけ愛紗と世話焼き桃香 〜真・恋姫†無双SS
第五話
一刀を探し疲れた愛紗は中庭の隅で独り、月を見上げていた。
整理しきれない心を持てあました彼女は部屋でじっとしていられず、さりとて誰かと顔をあわせるのも嫌だった。警備の兵の巡回経路からも外れたここは今の愛紗にはうってつけだ。
(結局、私はここに居るしかないのか)
壁にもたれ、欠けた月を瞳に映しながら嘆息する。視線こそ夜空に向いているが見ているのは全く別の物だった。
(ご主人様を信じることもできず、さりとて本当のことを確かめようともしない……いつから私はこんなに臆病になったのだろうか)
そうして思いおこすのは昔のこと――――といってもそんなに古い記憶ではない。
一刀に仕えるようになって間もない頃だから、まだあれから一年も経っていない。ただ、それまでにない経験を多く積んだために随分と時が過ぎたように感じられるだけだ。
あの頃、一刀への好意と桃香への遠慮、それに加えて様々な建前や外聞――――そういったものにがんじがらめにされて身動きが取れなくなっていた。
あの時は一刀には心配をかけ、星には相談相手になってもらい、桃香に励まされてようやく乗り越えられた。
想いのたけを告白し受け入れてもらえた時、確かに自分は変わったのだ――――愛紗はつい昨日までそう思っていた。
だが、行き先を決めかねて立ち止まったままあたりを見回しているような今の自分を見れば、それが身びいきだったことがわかる。
(人はそう簡単に変わらない、ということなのだろうか。あの生まれ変わったような感覚は錯覚だったのか……)
毎日が充実していると感じていただけに今の心境との落差に全身を打ちつけられたようになる。
愛紗自身も小さなことを大げさに考えすぎだということは分かっている――――頭では。
元々あちこちをふらふらとしてばかりいる一刀を捕まえられなくてもおかしくはないし、朱里にしても居ながらにして千里――――今回は眼と鼻の先の出来事だが――――を見通すとまでは行くまい。彼女が知り得るのはあくまで耳目が届く範囲の事だけだ。
また、そうした理屈を抜きにしても一刀の人柄からして仲間をないがしろにするなど万が一にもあり得ないだろう。
だが、もし仮に、その万に一つだったらどうなるのか。
(もしご主人様の寵愛が失われたのであれば、私はもうこの国には居られないだろう……皆が許しても私自身が境遇に耐えられそうもない。そして……この国を出たとして、いや、違うな……桃香様やご主人様と離れてなお私は今の理想を追い続けることができるのか?)
彼女の理想は彼女自身の中から生まれ出たもの――――とは、残念ながら言えない。
もともと力無き人々の涙を少しでも止められればと諸国を旅していたのは確かだ。だが、目の前の事件を解決するだけで満足していた愛紗にもっと大きな視野を与えたのは桃香だった。
国全体が乱れているとき、村ひとつを賊の手から守ったとしてどうなるというのか。
確かに感謝はされるだろう。
だが、すぐにまた別の悪人に目をつけられるだけのことだ。そして、その時おそらく愛紗はそこにいない。
人々が平和に暮らすためには国全体を良くしなければ駄目なのだ――――だが、愛紗は小さな感謝に満足してついにそこから考えを進めることができなかった。
(桃香様とご主人様……理想を体現したようなお二人がいたから私も迷いなく進めた。ただお二人の向いてる方を目指せば済んだ……だが、肝心の地図や道しるべを無くしたらどうなる……)
そこまで考えたとき――――すぐそばの茂みが音を立てた。
普段の愛紗ならばここまで近寄られる前に気配を感じ取れただろう。
まさに
(不覚……)
と言うほかない。
「何者だ。おとなしく出てくるがいい。出てこないのなら……」
愛紗は鋭く言い放った。自らの不調をこれ以上ない形で思い知らされ内心では歯ぎしりしたいほど苛立っているのだが、少なくとも声音からは伺いしれない。
「待って待って……私だよ」
放っておいたら今にも斬りつけてきそうな愛紗の様子に、物音の主が慌てて出てきた。
「あぁ、びっくりした……こんばんは、愛紗ちゃん。こんなところでどうしたの?」
「桃香様!?……桃香様こそこのようなところで何を……」
質問をさらに質問で返すような非礼は普段の愛紗からは考えられないが、桃香は別段それを気にする風もない。
「私はね、誰か落ち込んでるんじゃないかなーって探してたの……それで愛紗ちゃんは?」
「私は、その……いいではないですか。私とてたまには月見くらいします」
「ふーん、そうなんだ――――」
そこで桃香は一度言葉を切った。
一瞬の静寂が現れた時から浮かべている微笑とあいまって、奇妙な迫力をもって愛紗をたじろがせる。
「――――それで、どうしてそんなことしようって思ったのかな?」
桃香にそう言われた時、愛紗は自分の抱え込んでる不安も含めて今日の出来事を語ってしまいたい衝動に駆られた。
だが、心のどこかで目の前の相手に『泣きつく』ことに抵抗を感じてもいた。
綱引きをするふたつの感情は愛紗の舌の上で膠着状態を作り出し、簡単には動きそうにない。
結局出てきたのは
「あ……ぅ……」
という言葉の断片ですらない無意味な呻きだった。
そんな愛紗の様子をしばらく見守っていた桃香であったが、やがて、待っていても一向に答えが返ってきそうにないと思ったのか自分で先を言ってしまう。
「ひょっとして、ご主人様が見つからなくて落ち込んでるんだったりして」
その冗談めかした、それでいて見透かしたような言い様に心の綱引きは均衡を崩し桃香に反発する側に軍配が上がった。
彼女の心理状態が見抜かれているようで――――非常に惜しいところではあったが――――その実、不安の原因を悟られてはいないこともひょっとしたら関係があったかもしれない。
「たまたま巡り合わせが悪かっただけでしょう。たかがこれくらいのことでいちいち落ち込んだりなどしませぬ」
「そっかー……愛紗ちゃんは強いんだね。私だったらものすごーく落ち込んじゃいそうだよ」
話していて共感したのか、実際にそんな目にあったわけでもないのに桃香はすこし肩を落としているようだ。
そんな仕草にも女の子らしさがにじみ出ていて、同性の愛紗の目から見ても可愛いと思わされた。
「そうでしょうか……私などより桃香様の方がよほど……」
愛紗も反発していた心をなだめられ、幾分柔らかな口調で言葉を返している。
「そんなことない!……だって一月もご主人様に会えなかったんでしょ。それでようやくお話しできるかと思ったらお部屋に居なくて、あっちこっち探しても全然見つからなくて……私なんかがっくりきて寝込んじゃうかも――――」
くるくると表情を変えながら話を続ける桃香。
「――――でも、愛紗ちゃんはめげないで探して、街中走りまわって……」
「それは、私が他にやり方を知らないだけです。もっと要領の良い方法がいくらでもあるのかもしれませんが、私に出来たのはただ、それだけ……」
「愛紗ちゃんが思いつかないならきっと私にだって無理だよ……私、愛紗ちゃんみたいにしっかりしてないし」
言葉だけなら自虐とも取られかねない台詞だ。
しかし、そこに籠められているのは紛れもなく相手を思いやる気持ちだった。
「……私じゃあんまり力になれないかもしれないけど、それでも愛紗ちゃん一人の時よりはいいと思うの」
真摯に紡がれた言葉の端々から愛紗を慰め、元気づけようとする桃香の心は十分に伝わっている。
仮にも鈴々と三人、ずっと旅をしてきた仲だ。血は繋がっていないとはいえ、お互いのことは実の姉妹以上によく分かる。
桃香相手なら気持ちを余すところ無く吐露しても受け止めてもらえるに違いない。
それでも愛紗は目の前の人物に頼ってしまっていいものか迷っていた。
この場に現れた桃香が現れた時から感じていた違和感は、むしろ話せば話すほど増している。
愛紗の戸惑いを自分に対する遠慮と取った桃香は優しく彼女の手を取った。
柔らかな手のひらで包み込まれていると愛紗の主君であり、義理の姉であり、恋敵でもある女性の温もりが触れ合った場所を通じて心にまで染みこんでくる。
「だから……明日はきっと大丈夫だよっ」
きっとこのまま流されてしまえば楽なのだろう。
訳のわからない違和感など無視してしまえばいい。
だが、そう思う頭とは裏腹に胸の奥から響いてくる声はいつしか全身を満たし、ついに口から飛び出す。
「……お待ちください、桃香様」
その一言が無邪気な笑顔を凍りつかせた。
説明 | ||
愛紗メイン恋姫SSの第五話目です。 色々な意味でターニングポイントな話でした。 〜前回までのあらすじ〜 一刀を探すうちに愛紗は猜疑心を抱きはじめる。そうとも知らず対面を避ける一刀。いつの間にかすれ違う二人はどうなる? |
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コメント | ||
>cupholeさん 丁寧、という割には誤字が多いです。今回は特に執筆から投稿までの間が短いのでヒドイもんです、ハイ。(さむ) >ryuさん 変なとこで切れてるのは調子に乗って書いてるうちに2話分の分量になってしまったからですよ……orz(さむ) さむさんの作品は本当に丁寧で読みやすいですねー。羨ましい。(cuphole) さて、どうなるやら(ryu) |
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