【よんアザ】眠る人、目覚める人【べーさく】 |
1ページ目と2ページ目で主軸となるキャラクターが変わっています。
『そして眠りにつく前に』
「・・・」
昼間だというのに、病室は外の雨音以外静かすぎて耳が痛くなるほどだ。
目の前の白いベッドにできた小さなふくらみは、規則正しく上下している。
「さくま、さん」
目の前の人間を呼ぶ声が、変に掠れて笑えてしまう。
個室だから誰かが入って来ない限り気にする必要はない。
「さくまさん」
少し近づいて、彼女の頬に触れてみる。暖かい。
当然だ、と先ほどまでいた悪人顔の人間の声がフラッシュバックする。
さくまさんは何をどうしたらそうなるのか、風邪をこじらせて入院していた。
先ほどまで起きていたが、今は眠ってしまっている。
治療の甲斐あってか、とても落ち着いているようで、幸せそうな寝顔だ。
す、と頬を撫でると、ふにゃんと顔が緩んだ。
それにつられて、私の顔まで少し緩んでしまう。
「この私をここまで心配させたのは、貴女が初めてですよ」
最初呼び出された時は、あまり良い印象はなかった。
それでも、回を重ねるにつれ惹かれていく自分がいた。
私自身の能力を使えば、彼女がどう思っているかなんてすぐ判るだろう。
どうしてだか、彼女にそうするのは気が引けた。
『好きです』
そのたった一言が聴けた瞬間、表情には出さなかったが泣きそうだった。
愛しさと嬉しさと不安が綯い交ぜになって、涙があふれそうだった。
「・・・・・ベルゼブブさん・・・」
小さく名前を呼ばれて振り返ると、まだ彼女は眠っていた。どうやら寝言らしい。
「貴女は私を煽るのが天才的に巧いらしい」
いつか、彼女は私よりも先に消えてしまうだろう。
悪魔使いは地獄に堕ちるというが、それも良いかもしれない。
そうなれば、彼女をずっと私の手の中に閉じ込めておけるだろうから。
そうなる前に、私の子を孕むのは確定事項なのだろうが。
「愛していますよ、りん子さん」
雨音に隠れて、彼女がいない世界を振り払うように、口付けをそっと落とした。
『こうして目覚めたその後で』
「んぅ・・・・」
夢を見た。
内容ははっきり覚えていないけれど、とても幸せな夢。
覚えているのは、ベルゼブブさんがいたという事くらい。
目を開いて見えたのは、真っ白な天井だった。
「そっか・・・病院・・・」
風邪をこじらせて入院していたんだったか。
情けないなぁと思いながら、体を起こしてぎょっとした。
椅子に座ったまま、ベルゼブブさんが眠っていた。
時計を見ると今は夕方の5時。昼過ぎに芥辺さん達がきた事を考えると、
最低でも2時間は寝ていたという事になる。
「おや・・・、目が覚めましたか?」
少しして目を覚ましたベルゼブブさんの第一声はそれだった。
「あ、あの」
「二人なら帰りましたよ、とうの昔に」
いつもの顔で、さらりと言い放つ。
芥辺さんの手配で個室になったけれど、また借金が増えるのかと頭が痛い。
頭を抱える私の耳に、ぎっ、というベッドの悲鳴が落ちた。
気がつけば、私は抱きしめられていた。
「え?あの、ベルゼブブさん?」
「全く、貴女はいけない人だ」
視線の横にあるのは、絹糸のように細いベルゼブブさんの髪。
金色の髪が光を透かして綺麗だな、と雰囲気に似合わない事を思う。
「良いですか?私は貴族である前に、悪魔である前に、ただ一人の男なんです」
耳元に、掠れた彼の声が落ちてきた。
「ベルゼブブさん?」
「貴女が今病人で、弱っているという事も、無茶をさせてはいけないという事も判っています。
判っているんですが、貴女が欲しいんです」
「え、あの、ちょ・・・」
顔を上げる事も無く、しばらく私を抱きしめたまま。
「・・・無謀な事を言ってしまいましたね」
ベルゼブブさんにしてはとても珍しい、困りきったような笑顔で言う。
プライドが高い彼の事、こんな顔見れるとは思っていなかった。
「ただ、せめて、二人きりのときは名前で呼んでください」
「名前で、ですか?」
「はい」
「・・・・何かありましたね」
私の手を握ったまま、ピクリと表情がちょっとだけ変わった。
また私の肩に顔をうずめて、より強く抱きしめたままぼそりとつぶやいた。
「貴女が居なくなった後のことを、考えていました」
「・・・」
「貴女は人間です、私よりもずっと先に死んでしまうでしょう。
そうなったときに、私はどうなってしまうのか・・。
考えただけで、ぞっとしたんです。
悪魔使いは死後地獄に堕ちると言う話を聴いた事がありますが、
貴女がそうなる迄に、私は耐えられない。
狂ってしまいそうな程に、あなたを愛しているんです、りん子さん」
普段の彼からは本当に想像ができない言葉ばかり飛び出して、私はぽかんとしきっていた。
私が失敗してしまえば、やれビチグソ女だの発禁物の侮辱用語で攻め立ててくるのに、
今目の前に居るのは、外見は同一でも中身はまるっきり違う誰かなんじゃないかとすら
考えざるを得ないほどだった。
でも、そこまで想われていることに嫌な気分は全くしない。むしろ嬉しい。
私の方ばかり好きだと思っていたのに、その上を軽く行っていた。
「確かに、私は貴方よりも早く死んでしまいます。
それでも、貴方を愛している事に変わりはありませんよ、優一さん」
ぽろっ、という擬音語がぴったりくるくらいに零れ落ちた。
肩口にうずめられた金色の髪が動くのに、そんなに時間はかからなかった。
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Pixivで投稿していた小説の移植版です。 | ||
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