秋桜
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 彼は滴る汗を手の甲で拭った。拭った汗が手の甲に移り、それは陽光を綺麗に反射し、彼の顔を照らした。空は雲ひとつない秋晴れ。濁りの無い水のように青い空が彼の目前には広がっていた。どこまで続いているのだろうと彼は一人、走りながら思う。

 かわいた空気が頬を撫でていく。川は水面を跳ねさせながら、それでもゆっくりと海へと流れを作っている。彼にとっては日課で走り慣れている川原。それが今日はまた一段と違った景色のように感じていた。どこが違っているのだろうと、息を吐きながら考える。上下にぶれる視線で必死に彼は模索していた。

 いつの間にか彼は立ち止まっていた。じゃれあって遊んでいる子供達、スーパー帰りの主婦が自転車に乗りながら通り過ぎていく。日常的なことだった。彼は辺りを見渡した。前だけではなく、横も後ろもこの川原の全てを見ようとした。

 だが、全てを見るには川原は広すぎた。大雑把には見ることのできる広さであったが、細かく全てを見ることは彼には不可能であった。しかし、それだけでも充分だったようだ。彼は走った道を戻っていく。戻っていくにつれ、その変化はしだいに彼の瞳に明確に、はっきりと浮かび上がる。

 それはほんの些細な変化だった。赤、白、紫、黄色の秋桜(コスモス)。実際に十色とまではいかないが、十人十色でそれぞれに色を主張していた。彼はそれに見惚れてしまった。吸い込むような八つの花弁。そこに彼と同じように吸い込まれた蜜蜂が一匹舞い降りた。

 密を吸って花粉を尻につけ、元の巣へと戻っていく様子を彼は終止、見つめていた。彼の琴線に触れるに至る何かがそれにはあったのかもしれない。彼はそれを抜いて家に持ち帰ろうという衝動にも駆られたが、すぐに振り払った。このわずかながらも変わった景色に他の人にも気付いて欲しいと彼は考えたのだ。少しずつ移り変わっていくのが季節というもの。彼は日々だけではなく、季節も少しずつ変化しているという事実を再認識したのだった。

 もう一度、あの秋桜を眺めた。淡い色でありながらも、どこか目立つ色。素晴らしい自然のコントラストがそこにはあったのだ。昨日にはなかったこの変化。彼は家に帰ったらその変化を家族にも伝えようと思い、満足げに走り出した。

 

説明
 障害を持った客の前に書いた三人称。
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三人称 秋桜 掌編 

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