新世代の英雄譚 七話 |
七話「到着支度と都」
流石に、都への街道となると、よく整備されていて歩きやすいし、馬も疲れない。
ピューリの蹄はぱからぱからと軽快な音を立て、まだ旅に不慣れなベレンも、休憩を必要とすることもあまりなかった。
国中にこんな街道が通れば、もっと物流もよくなるし、旅も楽になって良いのだが、現実的に考えればそれは無理というものだ。
隊列、というほど大層なものではないが、道行く順番は前からビル、ロレッタ、ルイス、ベレンとなっている。
旅慣れている二人を前に出し、年と体力のない者を固めて、ベレンが疲れを訴える様なら、ルイスが気付いてそれを報せるという役割を持たせた編成だ。
また、物資を多く乗せたピューリを引くロレッタを最後尾にしないのは、賊に備える為だが、流石に四人連れで、武装もしているとなると賊も襲いかかりづらいことだろう。
いざ襲撃してみて、その見返りが美女二人であれば、危険を顧みず攻めて来る者も居るかもしれないが。
都での旅路の中で、新たにわかったこととしては、ベレンが意外にも料理を得意としているということが挙げられる。
ロレッタと出会うまでは、ルイスとビルが男の適当な料理を、ロレッタと共に行く様になってからは、彼女が騎士の嗜み(果たして料理を嗜む必要があるかどうかは不明だ)として身に付けていた、必要最低限の調理技術で騙し騙し、対して上手くもない保存食を食べていたのだが。
ベレンはそんな食卓事情を知ると、腕まくりして調理用の小刀を持ち、調理を始めた。
先の手品の失敗があるので、ルイスなどは気が気ではなかったが、いざ完成したものを見てみると、不安は消し飛んだ。
旅の食糧としては、ポピュラー過ぎる乾物類が、ちょっとした店屋で出される食事にも劣らない見た目と、味に早変わりしてしまっていたのだ。
調理者自らが言うに「我が家では、使用人を雇わず、子供に家事をさせる決まりがあるのデス」とのことだが、この教育には三人とも感謝する他なかった。
結果として、料理する手間が省けたロレッタは、ルイスの剣の鍛練により長く付き合ってくれる様になり、全員が大きな利益を得ることが出来ている。
ちなみにビルの利益というのは、美味い食事もそうだが、ベレンの料理をする姿らしい。
小さな手で小刀を持ち、驚くほど鮮やかに調理して行く様は、ちょっとした見物だ。もしかすると、こちらの方が手品以上にウケる芸かもしれないが、満場一致でそれは伏せておくことにした。
未来が期待される奇術師少女の夢をここで断ってしまうのは、あまりに非情過ぎる。
順調に旅路は続き、都までもう一両日の距離となった。
その日の夜。適当な場所で馬を止め、野営の準備に入る。
「早速、夕食の準備に入ってしまっていいデスカ?」
「おう、頼む」
すっかり調理係となったベレンが食材袋にまで駆けて行った。
「じゃあ、あたしは他の荷物の整理をしておくわ。街に着いたら補給すべきものを書き出しておかないと」
「あ、それなら僕も手伝うよ」
ビルとの二人旅の時は、物資の管理はルイスの仕事だった。ビルは旅慣れているが、色々と大雑把にしてしまうきらいがある。
決して財力が豊かではない傭兵団に居た所為か、旅人にとっては消耗品であり、物々交換の材料でもある服を新しく買い入れるのを渋る事も多く、ボロを着せられそうになってからルイスがその管理を始めた。
「ありがと。じゃあビル、いつも通り、監視はお願いね」
「おうおう、この俺様に任せとけって」
そこに居るだけで存在感のあるビルは、賊の監視役だ。
腕を組んでその辺りで胡坐をかいていると、それだけで小物は逃げて行く。他には何もしないのだから、役割は悪魔の石像(ガーゴイル)と同じかもしれない。
旅の荷物は、ピューリに括り付けてあるものが大半で、後はビルが鞄に入れて背負っている。といっても、こちらは主に食料でその中身は今ではベレンが誰よりも知っている。
不足があれば、彼女がちゃんと申し出てくれるから安心だ。
「ベレンが居てくれるお陰で、薪を節約出来るのは本当に嬉しいわね。一応、用意だけはしておかないといけないけど」
後何回の焚き火に使えるか、という確認をする必要のない薪を示しながら、ロレッタは料理の最中のベレンに目を向ける。
彼女は料理にも魔術の火を使うのだが、発生させた火は、木に燃え移らせる必要がなく、独りでに空中で停滞し続けている。
まだ冬場ではないので、暖を取る為に炎を燃やす必要もないし、今のところは全く薪を使用する必要がない。
ただ、この国では魔術は異邦の妖しげな術、としか思われない為、それを使っているという事実を隠す必要がある。
その為、使わなくても良い薪を用意しているのだが、これも今では湿気て使い物にならないかもしれない。
いつか雨に降られて、乾かしてもいないからだ。
「後は、服は大丈夫?ちょっとほつれているぐらいなら、あたしが直せるけど」
「ロレッタ、裁縫も出来るんだ?」
暗に、ベレンに料理の腕で負けているのに、という含みを持たせていると深読みしてしまったのか、ロレッタは渋い顔をしたが、直ぐに機嫌を直して返した。
「こっちは結構好きだし、得意なのよ?王都に居た頃も、ちょっと服の裾がほつれたぐらいで親は仕立て直すと言ったけど、自分で直していたぐらいだもの。ほら、新しい服ってなんだかごわごわして、着にくいじゃない?」
「あはは、確かにそうだね」
裕福でないルイスは、全く新しい服を着たことは少ないが、それでも型の崩れていない服は堅苦しい感じがして苦手だ。
生まれも育ちも違うロレッタと同じ考えだとわかり、なんだか嬉しい。
「それに、下着も慣れないものだと、なんか嫌なのよね。ちゃんとサイズ合わせて買っても、形が合わなくてきつかったり」
「へぇ、色々あるんだ」
今までなら、これだけで顔を真っ赤にしていた自信のあるルイスだが、流石に女性二人と旅をしていると、耐性も出来て来る。
もう、簡単に恥ずかしがることもなくなったし、何かの折に手と手が触れ合って、一方的に赤面することもない。
ただ、どうしても少し気取った様な態度を取ってしまうのは、直らないのだが。
「うん、僕とビルのは大丈夫。そっちは?」
「目立った汚れや傷みはないわね。……ベレン、服がきつくなったりはしていない?」
一行の内、ルイスとベレンは成長期にある。
極端な話だが、一日一日体型が変わって行きかねないので、衣服の管理は重要だ。
幸か不幸か、ルイスはあまり身長も伸びないし、極端に痩せたり太ったりもしないのだが、ベレンはまた違う様だ。
「あ、はいー。ちょっと腰周りが危なくなって来たのデスガ、最近ちょっと食べ過ぎなだけなので、大丈夫と思います」
「あら、そうは見えないけど太ったの?じゃあ、身長した方が良いんじゃない。女の子は無理に落とすより、少しぐらいあった方が良いわよ」
「うー、そうでしょうか?」
「私の知っている貴族令嬢は、抱いた時に骨と皮ばっかりで気持ち良くない、ってだけの理由でフラれてたわよ」
「ええっ!?じゃ、じゃあ、ワタクシもっと太ることにしますデス!」
……こんな風に男子禁制の会話がすぐ傍で始まっても、涼しい顔をしていられる。
「唐突だけどルイス、ベレンにはどんなスカートが似合うと思う?」
「な、なんで僕?」
「年の近い人の感性を大事にしていかないと。あたしとベレンは四歳も違うじゃない?それに体型も結構違うし」
「じゃあ、本人に……」
慣れたとはいえ、直接その話を振られるのには、まだまだ経験が不足している。
しかも、それが女の子の服装に関するものなんて、ルイスには高度過ぎる。
「ベレンは遠慮しちゃうから駄目よ。絶対、一番安いのが良い、って言うわ」
旅慣れていないのは、ルイスも同じだが、ベレンはもう一つ三人から浮いた特徴がある。
金銭感覚の相違。
そもそも、通貨単位の時点で違う筈だ。この国での安い商品とは何で、高い商品とは何であるか、その基準すら彼女の中には存在しない。
そんなものだから、彼女の買い物は常に人任せだ。そして、遠慮がちになってしまう。
「でも、僕じゃあんまりそういうのは……」
「キミの好きな服を着せちゃえば良いんじゃない?」
「だから、そういう知識が……」
面白い玩具を見つけたとばかりに、ロレッタは追求して来る。
それを避けきることも出来ないので、何とか被害を最小限に留めようと奮闘するが、長槍を防ぎ切る防具は存在しない。
「色で良いわ。この際だから、上も新調してしまいましょう。都なら、色々あるわよ」
「色……?」
男の、しかも安い服となると、その色は地味なものに限られる。
革そのものの色を活かした茶系統や、安い占領で染められる紺ぐらいだ。
その中から、ベレンに似合う色は見つかりそうにない。
「まあ、普通に考えれば同系色か、その逆か、でしょうね。たとえばほら、あたしのこの上着」
ロレッタは自分の着ている、ベストを示した。先の町で買った、薄い黄土色をしている。
金糸かと見間違うほど見事な黄色を出せる染料は、かなり高値が付いているが、これぐらい落ち着いた黄色ならば、一般市民でもぎりぎり手が出せる値段だ。
余談だが、ロレッタは暑い暑いと言いながらも、必ずベストかボレロか、何かしら上着を羽織っている。
理由は体型を隠す為だそうだが、残念ながら彼女の体型は上着を着たぐらいでは隠れていない。町中では男衆の視線が外れることはないのだから、スタイルが良過ぎるのも問題か。
「それは、髪と同系色だね。で、それ以外によく来ている青色が、髪と反対色になるんだっけ」
「そう。あたしの髪、オレンジとの同系色は黄色や赤、反対の補色は青や紫になるわ。ベレンの場合はそれより黄色に近いから、一個ずれて同系色がオレンジと黄緑、補色が薄めの青って感じになるかしら」
色相環の図というものが、ロレッタの頭の中には入っているらしい。
なんとなく経験的にしか色同士の繋がり合いというものを理解していないルイスだが、今の貴族の学問では、色についての授業もあるというのだからすごい。
「それなら、やっぱり青系、かな。ベレンの髪は光沢が少なくて、茶系に近いよね?なら、紺色っぽいのも良いんじゃないかな」
「これからの暑い季節に、寒色というのは確かに相性が良さそうね。でも、それだとあたしも被って……なんて、そんなのはどうでも良いか。そうね。ちょっと探してみましょう」
寒色というのは、青色がなんとなく冷たい印象を受けるという、アレだろうか。
用語を知らないルイスも、なんとなく想像で補完する。
ベレンぐらいの身長とスタイルでは、ロレッタと同じぐらい服選びには苦労してしまいそうだが、そこは都の品揃えの良さに期待するとする。田舎町と同程度の品揃えだったら、この国の商人はあまり良くない、ということだ。
「後は道具類ね。一応、何かの為に火口箱も使える……わね。ルイス、他に何か不足はある?」
「多分大丈……あれ、この瓶は?もう二分目ぐらいまでしか残ってないけど」
小物を入れてある革の物入れを探ってみると、小さな瓶が手に当たった。
中身は透明の液体で、薬の様にも見えるが、瓶に使用の目安である線が入っていない。
「ああ、それは香水よ。お気に入りだったのだけど、都で似たものが見つかるかしら」
柑橘系の香りは、ルイスにも身に覚えがある。
彼女に近づくといつも香る、上品で爽やかな良い匂いだ。
ベレンにも匂うものがあったし、女性とは皆そういうものかと思い始めていたが、然るべきものを付けていたらしい。
「珍しいものなの?」
「オレンジはもう少し南に行かないと手に入りづらいものだし、それで作られた香水はもっと少ないのよ。これも、本当に偶然手に入れたものだしね」
この辺りでは、どうしても気候の問題でオレンジの栽培は難しいらしい。南の砂漠地域の様な雨が少なく、温かい所が名産地だ。
といっても、それをルイスが知っているのは人伝に聞いた知識上の話であり、オレンジの実物をちゃんとした形で見たことはない。
薬の一種として、乾燥させたものを見たことはあるが、そこから生の形は想像も付かなかった。
「お互いの下着姿だって知っている人との旅なのに、香水付けるなんて変だと思われるかもしれないけど、旅をしているとどうしても服を着回してしまうでしょう?だから、それがどうしても気になるのよね。あんまり臭くなったりしてないのは、キミ達がそうだからわかるんだけど」
ロレッタはそう言うと、ぬっ、とルイスに顔を近付けて来た。
互いの息遣いまでわかる距離。
やはりロレッタは、爽やかで甘酸っぱい良い匂いがした。
「ベレンもそうなのかな?」
「でしょうね。あの子は百合の香水かしら。やっぱり、女性は誰でも気にするみたいね」
ベレンの香水は、爽やかなオレンジの香りよりずっと甘ったるく、ずっと嗅いでいたら眠くなってしまいそうな香りだ。
見た目からしてファンシーで、ふわふわ、甘々なベレンに似合う女の子らしい匂いで、ロレッタのとはまた違った魅力があった。
「って、ルイスの女子力を更に上げる様な話をしている場合じゃないわ。もう今でも十二分に女の子らしいのだから、無意味ね」
「女の子らしくないよ!」
とは口で言っていても、ロレッタが同性に話しかける様に相手をしてくれるのは嬉しかったりもする。
現にビル相手には、性別の違いを意識して、どこか一線を引いている様な雰囲気があるのだ。
……といっても、ロレッタは多分に男勝りなところがあるので、物怖じをするとか、そういうことはないのだが。
「後は念の為に……ビル、ベレン、これだけは欲しいってものはない?都に着いたら、優先的に買うから」
「お前の下着」
「えーと、ないデス」
「了解。とりあえずビル、刺し殺されたくなかったら、自決しといて」
「どうあがいても死ぬのか!?」
「その方が世の為、女性の為。都会の女の子を引っかけようとか、考えてないでしょうね」
ギクリ、と音が聞こえて来そうなぐらいわかりやすくビルが青褪める。
彼ほどわかりやすい男も居ないだろう。ルイスでもまだもう少し、自分の内面を隔したり、演技をすることが出来る。
「ルイスも大丈夫?都なら、武器も良いのがあると思うわよ。刃こぼれはしていない?」
「うん。あの剣、すごい良いのだからね。それに最近は剣を使う機会もなくて、素振りだけだから大丈夫。これも、人数が倍になったからかな」
男二人、女二人、しかも内三人は、戦闘技術を持っているとは思えないほどに華奢な、軟弱そうな一団だが、意外にも男二人旅の時よりも厄介事に巻き込まれることは減っていた。
ベレンと出会った町での事は自分から突っ込んで行ったのだし、それを除けば今まで賊の襲撃に遭ったことは一度もない。
「そうね。じゃあ、後は都に着いてから、色々と考えましょう。きっと、欲しいものが沢山出て来るわよ」
都について話した後、ロレッタは必ず最後にそう言っている気がする。
そう何度も繰り返されると、一度も都というものを見たことがないルイスの期待はどんどん膨れ上がって行った。
きっと、町を何倍にも大きくしたもの、というだけではないのだろう。
前の町にも旅芸人は居たが、きっと所狭しと芸人や商人が店を開いているに違いない。
人も何倍と居るのだろう。四人が散り散りになってしまいそうで、少し不安だ。
ベレンなんかは身なりも良いし、少し気の抜けているところもあるので、変な男にさらわれてしまわないか心配だ。ちゃんと監視しておかないと。
そんなあれこれを考える。
――都は、近い。
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いつもより少し短めです 香水や花の知識はまるでないのですが、ヤフー先生に頼りながらなんとか書きました…… |
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