朝市
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 早朝、宿から出て歩き出す。

 空気は冷たく、吐く息は白い。

 少し歩いたところに朝市が出ていた。

 近づくにつれ、まだこんな時間だというのに次第に賑やかさを増していく。

 布の天蓋を張っただけの簡素な露店が軒を連ね、一足早く準備を終えた露店商たちが朝の買い物客や通勤、通学する人たちを相手に商売を始めていた。

 掛け声や呼び込み、威勢のいい売り声はまだ眠気の残る頭を覚醒させていく。

 私は、朝市の活気ある光景が好きだった。

 新鮮な魚の尾を掴んで道行く人に勧めるおじさんや、収穫して間もない果実を試食用にと切り分ける青果店のお婆さん。焼きたてのパンを紙袋に詰めて手渡す若者。みんな活き活きとしていて、見ているこちらもなんだか気分が高揚してくるのだ。

 私はカメラを構えて市の何気ない光景を写していく。

 しばらく回っていると、うまそうな匂いが鼻腔をくすぐった。

 ファインダーから目を離すと、肉饅頭にかぶりつきながら歩いてくる少女たちの姿があった。これから通学だろうか。カバン片手にじゃれあいながらやってくる。行儀は悪いが楽しそうな彼女らを見ていると、自分が学生だったころを思い出して懐かしかった。

 それにしてもおいしそうな物を食べていた。どうやらこの先で売っているらしい。

 まだ朝食を済ませていないし私も一つ買ってみようと思い、店を探すことにした。

 市の中でも南の外れのあたりには、ジャンクフードを売ったり軽食を取ったりできるような店が並んでいた。火を使う店も多く、食材を扱う店と違い一店舗あたりの間取りが広めになっている。

 目的の店はすぐにみつかった。

 恰幅のいいおばさんが切り盛りするその店は、なかなか繁盛しているようだった。

 これから労働や勉学に勤しまんとする人たちが何人か並んでいる。店主は手際よく注文された品を袋に詰めて御代をいただき、一声かけて見送っていた。

 私もさっきの女の子たちと同じ肉饅頭を注文した。すぐにおばさんの「あいよ!」という勢いのある返事が返ってきた。さらに「あんた、これから出勤かい?」との問いが続く。

「いえ、私は旅の写真家で、決まったところに勤めているわけじゃないんです」

「そうかい。じゃあ、これも食べな。サラダだよ、サラダ。栄養摂らないと。旅人だったら体調管理にも気をつけないといけないよ。急いでないなら横のテーブルで食べたらいいからさ。それからお茶もよかったら」

 勧められるがまま肉饅頭と木皿に盛られたサラダ、お茶まで買ってしまった。

 周りの客がすでに店から離れているのを確かめたおばさんが、小声で「ちょっとおまけしとくよ」と割り引いてくれたのでいくらか安くついた。

 店の横手に置かれた簡易テーブルでいただくことにした。先客のおじいさんに一声かけて相席する。

 出来立ての肉饅頭から白い湯気が立っている。早速かぶりつくと、ふわふわした生地の中からじゅわっと肉汁が滲みだしてきた。餡が口のなかでとろけるようにほぐれていく。サラダに使われている野菜はみずみずしく、シャキシャキとして歯ざわりがいい。

 私は夢中になって食べた。

 最後にお茶を飲み干してホッと一息つく。うまかった。

 いっぱいになった腹を軽くさすっているとおじいさんが話しかけてきた。

「満足したかい?」

「ええ。思ったよりも量があったのでもうお腹いっぱいです。それに、すごくうまかった」

「だろう? わしも毎日のように来てるよ。長いこと職人やってきたが、仕事前にここの飯を食うとなんだか力が出て来るんだよ」

 おじいさんは何度もうなずいた。

「それにな」

 店のおばさんのほうをじっとみつめる。

「わしも含めて店に来る客はみんな、あのお上さんに元気をもらってるんだ。男勝りだが情もある。分け隔てなく背中を押してくれるのさ。今日も一日がんばってきな、てな」

 私は首肯した。この老人の言うとおり、私も御上さんに今日一日分の力を充填してもらったような気がする。細かい体調への気遣いもありがたかった。

 彼女はただの商いとして客と向き合うのではなく、どこか母親のような優しさと強さをもって接するのだ。だから、短いやり取りの間にも、不思議と気分が上向いてくる。

 彼女の豪快な笑顔には、鬱々としているのが馬鹿らしく思えてくる魅力があった。

 この感覚、何かに似ている。

 それは、そう、まるで活力あふれるこの朝市そのもののようだ。

 私は満足して席を立った。

 たまには市での朝食も悪くないもんだ。

 

説明
2010年12月30日作。偽らざる物語。
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掌編 オリジナル カメラ 写真 大人の童話   肉饅頭 露店 朝市 

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