ハッピーバースデー
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 ハッピーバースデー トゥユー。

 ハッピーバースデー トゥユー。

 

 朗らかな鼻歌と共に、会長は手にしたボールと泡立て器で生クリームをかき混ぜていた。カタカタとリズム良い音を刻みながら、白い生クリームがまとわりつくように回っているのが、ソファーに座っている私の位置からでも見える。

 テーブルの上には、既に焼き上げたスポンジケーキが、チョコレートの甘い香りをたてていた。

 会長のデスク周辺は、さながら小さな洋菓子店の厨房だ。高価な木製のデスクも今は白いテーブルクロスで覆われ、ケーキ作りに使う道具がボールに入れて並べられている。会長はそこからゴム製のベラを選ぶと、黒いスポンジに白い生クリームを塗り始めた。

 会長の性格から大雑把な味付けかと思いきや、ちゃんと相手の嗜好に合わせて、甘みを抑えたりこってりとした味付けに仕上げている。辛党の私でも美味しいと思う出来だから、パティシエとして自分の店を出さないんですかと冗談半分で訊いてみたことがあった。そうしたら、会長は目を大きく開いて、ニッと白い歯を見せた。

「これは趣味だよ、里中君!」

 そして豪快に笑い飛ばした。

「趣味を仕事にしたらツマラナイじゃないか!」

 ごもっとも。

 私はそう返して、大きく頷いたものだ。

 趣味は仕事にするべきではない。これは数少ない私の持論の一つだ。

 しかし世の中には奇妙な人間も多いもので、趣味どころか今時の小学生でも言わないような絵空事を人生の目標として掲げ、仕事にしようとする者もいる。

 私は、居なくなった後輩を思い浮かべた。

 後藤慎太郎。

 彼は全てが終わった後、無事手術を終わらせた伊達と共にアフリカに渡ってしまった。現在は、伊達を補佐して医療系の学校の建設や運営に関わっているらしい。

 彼の第一印象は「バカな男」だった。

 今時の子供向け番組に出てくる悪の組織だって「世界征服」とは言わなくなっている。それなのに「世界の平和を守りたい」と本気で願い、しかもその為に、勝ち組ルートだった警察キャリアを辞め、誘われるまま会長のとこに来たのだ。私にしてみれば、バカの極みとしか言いようがない。良く言えば純粋なのだろうが、二十歳過ぎてもそんな夢を持ったままだなんて、中二病をこじらせすぎというか、希有すぎるというか。

 しかし世間知らずだった彼は、グリードという怪物との騒動で変わっていった。夢は軌道修正されながらも根本は変わらず、自分と自分を取り巻く世界を知り、そして目標を実現する為の手段を手に入れた。

 けれど、最後の戦いで無茶をしてくれたおかげで、バースシステムは豪快に壊れてしまった。そもそも活動に必要なセルメダルが存在しなくなったし、元通りに直すにはかなりの時間が必要らしい。

 そんなわけで、バースシステムが直るまでとりあえず秘書補佐に戻った彼を私がこき使っていると、伊達明がふらりと姿を現せた。無事に手術は成功し、報告がてら顔を見せに来たという。

 その時に見せた後藤慎太郎の表情で、私は、何故彼がココに残っていたのかを悟った。彼は彼なりに今後の人生設計を定め、その資金を貯める為に秘書補佐に甘んじていたのだろう。

 この時、伊達と後藤慎太郎が何を話したのか知らないが、翌日に後藤慎太郎は辞表を提出し、それは受理されて諸々の手続きを私に手伝わせると、一週間後に彼はあっさりと去ってしまった。

 そうして現在では、定期的に私たち……というか主に会長宛に、報告書のような近況が送られてくる。どうやら伊達明の医療学校建設事業に、ウチの会社も若干援助を出しているらしい。

 私は手にしていた手帳をめくって、絵葉書を挟んでいるページを開いた。

 最近届いた絵葉書には、湖を背景に、半袖姿の三人が仲良く並んでいる。満面の笑みの二人に比べ、後藤慎太郎は少し眉を寄せて笑っていた。上半分の文章のところには、向こうの天気の事や学校建設のことなど近況が綴られ、最後に付け足したように「伊達さんが適当すぎて時々困っています」という一文が書かれている。

「里中君は後藤君のこと、結構気に入っていたみたいだね?」

 スポンジを載せた回転台を回してクリームを塗っていた会長は、手を止めて私へ視線を向けた。

「うーん、どうでしょうかねぇ」

 私は葉書を指先で掴んで、ひらひらと揺らした。

「補佐をやって貰ってた時は随分楽が出来ましたし、端で見てるのには面白かったですからねぇ」

 特に私が彼より上手く武器を扱ってみせた時には、物凄く驚いた表情の後、すぐさま悔しそうに顔をしかめ、しかし何でもない風に装いつつもムキになって練習に絡んできたものだ。

 向こうの方はどう思っているか分からないが、素直で分かりやすい反応を返す彼は、確かに嫌いではなかった。

「ははは、伊達君に取られてしまったね!」

 ヘラでクリームの形を整えながら笑う会長に、私は小さく息を吐いた。

「あの人は正直苦手です」

「どうしてだい?」

「暑苦しいというか、調子が狂うというか……」

 会長のノリに平気でついていける上に、それを上回るノリを持っている。

 横から見ている分には平気だが、巻き込まれるのは御免だ。

「それに髭面は趣味じゃないですし」

 そう告げると、会長は楽しそうに笑った。そして再び、クリームを塗る作業に没頭する。

 私は、手にした写真に目を落とした。

 伊達と後藤慎太郎に挟まれて、左腕が赤い異形となった青年が笑っている。

 火野映司。

 彼も変わった男だった。

 伊達や後藤慎太郎と違い、そんなに接点がある人間ではなかったが、資料で彼の経歴などを見る限り、彼は世間を知る前に世界を知り、そして世界に揉まれていた。この点は後藤慎太郎と段違いだろう。

 彼は偶然にもグリード復活に居合わせた結果、私たちと関わることになった。

 この会長室でも何度か会ったことがあるが、同い年にしては飄々としすぎていた。パッと見はお人好しだけど、あの会長と平然と渡り合っていて、妙な貫禄がある。それは彼の生まれとこれまでの人生経験から来ているのだろうが、油断すると足下を掬われるような強かさを感じた。

 バカのようでいて、馬鹿ではない。

 でも報われるとは限らない夢を追い続ける以上、やっぱり彼もバカなのだろう。

 彼はよく「欲望を持っていない」人間と評されている。

 だからオーズに変身出来たし、紫のメダルにも選ばれたたのだと。

 だが、欲望がない人間は、死んでいるのと同じだ。

 これは、会長がよく口にする持論だった。

 確かに、欲望なしに存在しているとしたら、それは御仏だろう。しかし御仏すら「誰かを助けたい」という欲望を持つのだから、それを欲望と呼んでいいかどうかはさておいて、会長の主張はあながち間違っていないと思う。けれど自分の命すら執着していないという点では、やはり彼は御仏の心境に近いというべきなのか。

 だが結論から言うと、彼はグリードになった。

 私はその場に居合わせなかったので、カンドロイドやバースからのカメラ映像や、後藤慎太郎の報告書で知ったことだ。

 事の始まりは、真木博士が紫のメダルだけでなく、他のグリードのメダルまで取り込んでしまったことだという。

 グリード達との戦闘中、まず左腕だけのアンクが、自分の本体に取り込まれた。そのまま消滅したかのように思えたが、内部での激しい主導権争いの末に、意識を勝ち取ったらしい。

 しかし、他のグリード達を取り込んで黒いグリードと化した真木博士は、圧倒的な強さだったという。バースは大破し、ついにはアンクも取り込まれた時、何故か博士の身体から紫のメダルだけが抜き出て、火野映司の体内に入ったのだという。

 そして異形の怪物と化した火野映司は、アンクの指示通りオーズのベルトを博士に取り付け、封印した。

 最後の最後になって、アンクは火野映司を庇ったという。

 何故、グリードにはあり得ない自己犠牲を見せたのか。

 それは本人に直接訊かねば分からないだろうが、本人は決して口を割らないだろう。もしかすると本人でさえ、分かっていないかもしれない。

 そして火野映司が伸ばした腕はアンクの左腕を掴んだらしく、結果、アンクは封印から逃れることが出来たものの、再び左腕だけの姿に戻ってしまったのだという。

 つまり、600年前とは同じでいて、逆の結末になったとも言える。

 そして火野映司は、自らの左腕にアンクを乗り移させて、二人で旅に出た。

 とりあえずは、伊達に誘われた事業に携わるつもりらしい。

 彼ら二人はこれから、この世界で何を見ていくのだろうか。

 そして二人で、どんな長い長い時間を過ごしていくことになるのだろう。

 

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 一方、アンクが乗り移っていた泉刑事は、アンクが抜けた後は無事に意識を回復し、暫くして職場に復帰した。

 アンクに乗り移つられていた間の記憶は半分以上が朧げにしか残っていないようだが、何故か終盤の方は鮮明に残っているのだという。どうも妹を守る為にアンクとシンクロした部分があるらしく、それで覚えているらしい。

 しかし、1日1本はアイスを口にしないと落ち着かないという後遺症が残ってしまった。

 そしてその妹の泉比奈は、回復した兄と暫く一緒に暮らしていたが、火野映司が旅立ったのと同時期に、兼ねてから誘われていたデザイナーの元へと旅立ち、フランスに留学した。兄離れして、自分の夢に向かって進んでいる。

 彼らが下宿し、バイトしていたレストランは、彼らが抜けた後も新たなバイトを雇い入れて、それなりに繁盛しているようだった。店長さんがたまに旅行で居なくなるが、美味しくて安いので私も休日にはよく利用している。

 変わっていないのは、私と会長と、あのレストランの店長さんくらいだった。

 私が絵葉書を再び手帳に挟んで仕舞うと、会長はボールを台の上に置き、薄く切られた苺を載せた皿を手にした。そして私の方に顔を向けると、歌を紡ぐように呟いた。

「私はね、里中君。王になるつもりだったのだよ」

 王というのは、かつてオーズシステムを作り上げた古の王様のことだろう。その王様は、神になろうとして全てのメダルを吸収し、制御しきれず暴走し、封印されたのだという。

「自分でベルトをつけて変身されるおつもりだったんですか?」

 私がそう尋ねると、口元を大きく持ち上げ、目を細めた。

「そのつもりでメダルなど色々買い集めていたのだがねぇ」

 そして白いケーキの上に苺を載せていく。

「王様になってどうするつもりだったんです?」

「そりゃ勿論、アレしかないじゃないか」

 何だろう。

 当然だと言わんばかりに頷く会長に私が小首を傾げると、会長は皿をテーブルの上に置いて、オペラ歌手が歌うような仕草で両手を広げた。

「永遠の命を手に入れるんだよ!」

 なるほど。

 しかし、社会的成功者にありがちな欲望だ。

 そう口にすると、会長は苦笑いを浮かべた。

「それこそ人類が求め続ける永遠のロマンじゃないか!」

 始皇帝の時代から存在する欲望。

 そして誰も叶えたことのない欲望。

 けれど、そんな事を望みもしなかった彼が、結果的にそれを手に入れてしまったのは皮肉だろうか。

「だが残念ながら、失敗してしまった」

 本当に悔しそうに、会長は唇を尖らせた。

「せっかくここまでメダルや資料を集めたのに、また他の方法を探さなければならない」

 しかしその表情はうきうきとしていて、妙に楽しそうだった。

「あるんですかねぇ、永遠なんて」

 私は、肩をすくめた。

「永遠なんてつまらなさそうじゃないですか」

「里中君はあっさりしているね」

「まさか」

 私は笑って否定した。

「楽していいお給料を貰いたいって思ってますし、残業なんてまっぴら御免です」

 それに永遠の命を手に入れられたって、一人きりだと多分つまらない。

「結構強欲ですよ、私」

 そう結論づけると、会長は心底嬉しそうな笑みを浮かべた。

「流石里中君だ。君のそういうところが大好きだよ!」

「それはどうも」

 そう、私は欲深い。

 だから彼らのようにバカな生き方は出来ないし、しようとも思わない。

 

 ハッピーバースデー トゥユー。

 ハッピーバースデー トゥユー。

 

 会長が再び鼻歌を歌い始める。

 どうやら作っていたケーキが完成したらしい。

 会長は空になった皿を置いて、白い大きな箱へとケーキを移した。

 そしてその箱を持ち、私の方へと歩み寄ってくる。

 白い箱の中には、苺が多く散りばめられた白いケーキが入っていた。

 苺は赤いメダルの模様に象られている。

 タカメダル、だろうか。

「映司君とアンク君、二人のグリードの新たな門出に!」

 会長は満足げに頷くと、ニッと白い歯を見せて笑った。

「そして、後藤君と伊達君の未来に!」

 歌うように朗らかに叫び終わると、会長は私の方へ向き直った。

「さぁ里中君、一緒に食べよう!」

「会長も、ですか?」

 普段、会長は作るだけ作っておいて、あとは私や社員に食べさせて自分は口に入れない。

 初めての事に目を丸くしていると、会長は片目だけつむってみせた。

「私の欲望の、新たな計画のスタートだからね!」

 

 ハッピーバースデー トゥミー。

 ハッピーバースデー トゥミー。

 

 会長の豪快な歌声が、部屋中に響いた。

 

 

説明
夏コミ原稿中にふと思いついた、最終回(というか各キャラのエピローグ)を予想してみたお話。里中君視点です。
会長がラスボスだと思っていた時期が私にもありました……。
でも夏の上様参戦オーズ映画でのスチールを観てると、そういう展開はなさそーだなーと。あと里中君は、後藤さんのことは結構気に入ってるんじゃなかろうかと思ったり。あと元自衛隊員だったとか。
ハイテンションな会長が好きです。

6/24に書き上げてpixivにUPしていたのですが、予想よりもかなり早くアンクが吸収されて戻ってきました……(ノ∀`)
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