【まどか☆マギカ】Forever and a day【まどほむ】 |
人類は滅びた。
私はまだ、生きている。
はるか昔に自分が属していた種がどうなろうと、今さら感慨も感動もない。そもそも今この瞬間にも、多くの種が滅んでいる。人類だけを特別視するのは愚かと言われても仕方ないだろう。
では人類はなぜ滅びたのか、と聞かれたなら、私としては「わからない」と言うしかない。私なんかに明言できる理由があるのなら、誰かが(あるいは多くの才能が協力して)その問題を解決し、人はしぶとく生き延びただろう。
もちろん魔獣は、衰退の原因の一つであったとは思う。けれど人類の数が順調に減少するにつれ魔獣の数も強さも右肩下がったので、それが致命的な問題だったということもまたないだろう。
そんなものだ。
なにかが終わるとき、終焉へと向かう電車の中は思うよりずっと静かで、気だるくすらある。
それはそうと、なかには騒々しいのもいて、滅びゆく星を捨て、未知の惑星に旅立った連中もいる。アルファケンタウリを目指したその船がどうなったのか、今となっては知るすべもないが。
「あの原始的な移民船は、まださして大きな問題もなく航行しているよ」
おっと、知るすべがあった。
廃墟の陰から姿を表したインキュベーターは、ちょろちょろと走ると私の肩に飛び乗る。追い払ってもいいが、相変わらずそうする理由も見つからないので、白い獣の姿をした異星人の好きに任せることにする。
「あなたたちは、移民船の支援をしなかったの? あなたたちにとって、いい牧場になりそうなものだけど」
「ボクたちと契約する子がいなかったんだ」
「嫌われたものね」
「あんな乗り物で外宇宙に出るなんて、自殺行為だ。なにか事故がおきたら、ひとたまりもない。それこそ君のいう『まどか』並みの奇跡が必要になるよ。移民船に候補者がいなかったわけじゃないけど、彼女たちの祈りは、エントロピーを凌駕しなかった」
「そう」
「心配には及ばないよ。もしあの船が目的地に到達したら、彼らはそこでどんどん繁殖して、すぐにあの星でも戦争を始めるだろう。そうなれば、おそらく魔獣も現れる。エントロピーを凌駕しうる祈りをもとに、契約してくれる候補者もでるたろうね」
「暗澹とした未来ね」
「でも、真の絶滅よりはいいんじやないかな。あくまで、重大な事故が起こらなかった場合の話ではあるけど」
いちいちもっともな正論は、実にいちいち癪に触るけれど、反論の余地もないので、私は黙って廃墟を歩く。
魔力を使って重力の干渉を最小にした私は、崩れかけたマンションの一室に入る。別段体重が増えたわけではないが、気をつけないと建物が崩壊してしまう。
朽ちたビニールクロスの床を踏み越え、半壊したドアをそっと開くと、灰色に色褪せたカーペットをひいた小さな部屋があった。片足が折れたテーブルの上には、半透明の円盤が散らばっている。
「それは何だい?」
「CD、だったものよ。音楽情報を記録する媒体」
「データは揮発しているね」
「昔からその問題は指摘されていたわ。もっとも、私が魔法少女になった頃には、既に廃れつつあったメディアだけど」
私は腰から特殊な機材を抜き、CDにかざす。測定値は、+78。かなり高い数値だ。持ち主はよほど愛着があったのだろう。
慎重にCDを手にとって、バックパックにしまう。the swan of tuonelaと麗々しく印字されたそのCDはいまやプラスチックの円盤でしかないが、私には重要な価値がある。
「それはキルリアン測定器じゃないか。ポジティブ78とはまた高いスコアだけど、君はそれをどうするんだい、暁実ほむら?」
キルリアン測定器は、インキュベーターがもたらした技術の一つだ。これを用いることで、物に蓄積された感情エネルギーを測定できる。
プラスの数値は愛情や感動、マイナスは憎悪や恐怖が染み着いていることを示す。上下ともだいたい90台が限界で、驚くべきことにグリーフシードで-60〜-70程度だ。-80を越えたあたりから、物ですら障気を吐くようになることが分かって以来、キルリアン測定器は魔法少女(と骨董屋)必携のアイテムとなった。
私はインキュベーターの問いを無視して、マンションの探索を続ける。半日くらいさまよったところで、バックパックはガラクタでいっぱいになった。
夜の帷が降り、私は簡単に野営の準備を終える。屋根が残っている建物は魅力的だが、そこで寝るのはあまりにも危険だ。幸い、生き残っている気象衛星のデータをみる限りでは、 今夜は雨の心配はいらなさそうだ。律儀に「圏外」を主張するソーラー充電式の携帯端末を閉じ、焚き火をかきまわす。軍用のレーションが程よく温まった頃だ。
私がもそもそと赤飯を食べていると(念の為に言うと、何かめでたいから赤飯なのではなく、栄養のバランスがよく、かつ手軽に摂取できるからこその赤飯だ)、焚き火の向こうにインキュベーターが姿を見せた。
「あなたの分まで温めてないわよ」
「それは残念だ、暁実ほむら」
私は無言で食事に集中し、インキュベーターは小首を傾げてそんな私を見つめていた。焚き火がパチパチとはぜる音だけが、世界に響いている。
「なぜボクたちが君につきまとっているのか、理由は分かっているんだろう?」
食事を終えると、そうインキュベーターがきりだした。私は肩をすくめる。
「私が未使用のグリーフシードを大量に備蓄しているから、でしょう?」
「うん。今となっては、グリーフシードは貴重品だからね。ボクたちとしては、すべてを回収したいと思っている」
私はぬるい缶コーヒーに口をつけた。
「ボクたちは、君の持っているグリーフシードを無理に奪おうとは思わない。現状では最後の魔法少女である君の魔力を回復させた、いわば使用済みのグリーフシードでなくては意味がないしね。
君はいまや、生命機能のすべてを魔力に依存している。魔力を駆動させる効率の良さは素晴らしいものだけど、やがて君は手持ちのグリーフシードを使い切るだろう」
「そうなるわね」
「だから、ボクたちにとって最大のリスクは、君がグリーフシードを使い切る前に、自ら命を絶ってしまうことだ。それが、こうやって君を監視している本当の理由だね」
「わたしが今さら自殺を?」
「統計的には、高確率で発生する事態だ」
「……そうかもね」
「暁実ほむら?」
「大丈夫よ。私にはまだ、やることがある。大量の魔力を使って、ね。
なんなら、あなたたちも私の計画を手伝う? 成功すればあなたたちにとってもプラスだし、失敗しても私が魔力を使い果たすだけよ」
「君は……いったい、何を企んでいるんだい?」
次の日から、インキュベーターは廃墟探索を手伝うようになった。あいつらの瞳にキルリアン測定器がしこまれたのか、それとも最初からそういう機能を持っているのか、彼らはあちこちから測定値の高い品々を集めてくる。一人でコツコツやるより、圧倒的に効率がいい。
こんなことなら、最初からこうすればよかった。馬鹿とインキュベーターは使いよう、だ。
3ヶ月ほど、あちこちの廃墟をさすらって遺留品を集めたところで、私の資産ではこれで十分と言えるだけの材料が集まった。私たちはかつて見滝原があったあたりに赴き、最後の作業を始めることにする。
最後の作業と言っても、やることは地味な単純労働だ。乾ききった地面に小さな穴を掘り、そこに遺留品を一つ、そしてグリーフシードを一つ埋める。まだアクティブなグリーフシードは2000個くらいあって、これを全部埋めるのに一週間ほどかかった。手元には、必要最低限のグリーフシードが残るのみ。
「今さらだけど、本当にやるんだね、暁実ほむら?」
「当然よ」
「確かに、理論上は上手くいく可能性がある。でもそれは、奇跡を起こすのと変わらないレベルだ」
「魔法少女は、奇跡を起こすものよ」
私は髪を纏めていた赤いリボンを解き、最後に残しておいた穴にそれを入れると、グリーフシードと一緒に埋めた。
「そのリボンの測定値は見なくて良かったのかい?」
「必要ないわ」
インキュベーターは何かを言おうとして、言葉を飲み込んだ。珍しいこともあったものだ。
2000の墓に囲まれた私は、まどかの弓を具現化させ、残されたすべての魔力をかき集める。生命維持に使っていた魔力も惜しまず注ぎ込んだため、体が捩れるような苦痛が襲ってきた。
大丈夫。すぐ、終わる。
まどかの弓を地面に差し、私は祈る。この大地に眠るすべての美しいもの、愛おしいものが、あるべき姿を取り戻すように。
そしてまた、祈る。この大地に眠るすべての醜いもの、憎悪に満ちたものが、あるべき姿を取り戻すように。
愛の連鎖が世界を紡ぐのであれば、憎悪の連鎖もまた世界を紡ぐ。いくら負の連鎖が厭わしくも悲惨だからと言って、では負の連鎖は何も伝えなかったか? 何も遺さなかったか?
インキュベーターは、合理的だ。彼らは恐らく、彼らの文明から、いや彼らの概念そのものから、「負の連鎖」を切り捨てた。そしてその結果、彼らは負の連鎖を外に必要とするようになってしまった。インキュベーターがwish granterでもあるのは、ただの偶然だろうか?
まどかの弓が、荒れ果てた大地に根を張っていくのを、私は感じる。
喜びも、悲しみも、愛も、憎悪も、勝利も、敗北も、偉大さも、卑小さも。
すべてを、抱き締めて。
「時間遡行者、暁実ほむらが、鹿目まどかの力を借り、いまここに願う!
世界よ、かのごとくあり給え!」
かつてない量の魔力が、体から放出されていく。けれど、もう、何も見えない。何も聞こえない。
そして、突然なにもかもが光の中に溶けていって。
私は、私が失われたことを知った。
■
とても、緊張する。私はこの学校に、このクラスに、馴染めるだろうか? 授業についていけるだろうか? いつもみたいにとんでもないドジをやって、みんなに迷惑をかけないだろうか? いじめられたりしないだろうか?
カチコチになったまま、教室のドアを開けた。まだ朝会は始まっていないようで、みんな三々五々に集まってお喋りをしている。でもそのうちの一人が私を見て「あっ、転校生」と大声をだした途端、みんなの視線が私に集中する。
はうう、ど、どこかに入れる穴はありませんか……
真っ赤に顔を染める私に、ピンクの髪の女の子が手を差し伸べた。赤いリボンがとっても似合ってる。かわいい。すごくかわいい。私は顔が一層赤くなるのを感じた。
「だめじゃない、転校生さんを困らせちゃ。
初めまして、私はこのクラスの保健委員をしてる、鹿目です。暁実さんのことは先生から聞いてるから、困ったことがあったら何でも聞いてね!」
勢いに飲まれた私は、赤くなったり青くなったりしながらひたすら頷く。
「あ、そうだ! まだ時間あるから、暁実さんに保健室の場所、案内してあげる! ほら、鞄置いて、早く早く!」
鹿目さんは私の鞄を取り上げると、青い髪をしたボーイッシュな女の子に手渡した。「いってらっしゃい、遅刻すんなよー」と、明るい声。私は大混乱。
でも、鹿目さんが私の手を握ったとたん、なんだか心がすうっと落ち着いた。そんな私を知ってか、鹿目さんは私の手を引いて廊下を走り出す。
「ティヒヒ、ちょっと急がないと危ない時間なんだよね、実は。ほむらちゃん、走れる?」
「そ、そんなに早く走れませんけど、頑張ります、まどかさん」
ふと、鹿目さんの足が止まった。私も立ち止まる。
「……あれ、暁実さんって、名前は、ほむらちゃんで良かったっけ?」
「あの……鹿目さんのお名前、まどかさん、で、あってますよね? なんでわかったんだろ……」
鹿目さんは、ううん、と悩み顔になったけど、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「きっと、なにかのアニメで見たんだよ!」
私たちは顔を見合わせて、ティヒヒと笑う。
「走るよ、ほむらちゃん!」
「はい、まどかさん!」
(完)
参考
Forever and a day (Double N feat. Maria Rubia)
http://www.youtube.com/watch?v=t8hrdk6IZWc
虚数霊(むらかわみちお)
アルファ・ケンタウリ(Electric Arts)
説明 | ||
改変後の世界でのまどほむです。ほむほむ視点。個人的に初のまどほむですが、たぶんこれでまどほむを書くのは最後っす。なんと火薬兵器がでてこないという驚愕の展開。Forever and a day (doubleN feat M.rubia)はほんといい曲なのでみんなも聞くといいと思うの。 | ||
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