遺書
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 もしもある日突然、私が死んでしまったら──

 

 

 ──貴方は、泣いてくれるでしょうか?

 

 貴方がこれを読んでいるということは、きっと私の命はもう尽きてしまったのだと思います。

 これを書いているのは、医者から末期癌で余命三ヶ月だと告知された日の夜ですから、たぶん貴方が見るまでに、あと三ヶ月は机の中で眠っていると思います。

 三ヶ月後の貴方へ送る、最後の手紙。

 

 そう思えば、少し趣も違ってくるのでしょうか?

 

 そんなこと、ないですよね。

 役割は変わりません。

 私の最後の気持ちを、意志を綴るものに変わりは無いのですから。

 これは私の最後の想いをどうするか悩んだ末に、面と向かって言うことが恥ずかしいことまで全部書き綴ってしまおうと、そう決めたから書き残しているものです。

 

 今までちゃんと伝えられなかった想い、それと、ほんの少しだけ、意地悪を交えて。

 最後に、愛しい貴方へ送ります。

 

 

 

 貴方に初めて会った時、実はそれほど貴方のことは気にしていなかったんです。

 気持ちが恋愛感情に向いていなかった、というほうが正しいかもしれません。

 それが、毎日のように言葉を交わし、何度も会う度に感情の揺れ幅が大きくなっていって、気が付けば貴方のことばかり考えるようになっていました。

 

 なかなか告白は出来ずにいて、やっとの思いで告白したときの貴方の顔は、今でも覚えています。

 すごく、興味なさそうでしたよね。

 その後の台詞も。

 興味ないから。でしたよね。

 結局あのあと何度も何度もあの手この手を試してみても……最後まで、私に振り向いてはくれませんでしたよね。

 今では、正直ほっとしています。

 

 だって、もしも貴方が私に振り向いていたら、私はきっと今日の診断結果をまともに受け止めることすら出来なかったでしょうから。

 正直に言えば、貴方の隣に居られないというのが、悔しくてしょうがないです。

 けど、何時か貴方の隣に現れる人を見なくてすむと思えば、それはそれでよかったのかもしれませんね。

 貴方の前でぐらい、いい人でいたいけど、きっとそうなったら私はいい人でなんて居られないでしょうから。

 

 どうするか考えて、決めたんです。

 私の病気のことは、最後まで貴方に黙っていよう、って。

 

 心の準備なんてさせてあげません。

 ある日唐突に、私は消えます。

 貴方は強いひとだから、私が居なくなっても大丈夫ですよね?

 でも、本当に平然とされてても悔しいから、心の準備なんてさせてあげないんです。

 ごめんなさい、意地悪ですよね。

 でも、許してください。私の最後のわがままです。

 

 私の病気を知ったとして、貴方がどんな反応をするか予想がつかないから、それなら教えないで今まで通りで居るほうがいい。

 そんな、私のわがままなんです。

 

 死ぬのが怖くないのかといえば怖いです。

 すごく怖い。

 叶うなら、貴方に抱きしめてもらって、慰めてもらいたいけれど……

 

 絶対にそんなことしてくれないと思うので、夢に見る程度にしておきます。

 でも、貴方のことを思いながら死ねるのなら、それはそれでいいんじゃないかなとも思います。

 だってほら、最後の瞬間まで愛した人のことを思って生きて、死ぬ。

 ちょっと、素敵だとおもいませんか?

 

 ……たぶん、貴方はそんなこと思わないって、はっきり言うでしょうね。

 

 今日から私の命が尽きるまでの三ヶ月余、貴方にきちんと隠し通すことが出来るでしょうか。

 今私の胸の中にある心配が、そんなものだなんて、自分でもちょっと以外です。

 なんだかとりとめなく書き綴っていますが、いいですよね。

 

 遺書なんて形をしてますが、片思いの友人への最後の手紙だと思えば、こんなものでしょう。

 

 貴方が好きです。大好きです。

 出会えて良かった。

 私と出会ってくれて、ありがとう。

 ……さようなら。

 

 愛してます

 ずっと

 

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「さようなら、愛してます。ずっと」

 

 耳まで真っ赤になった私は、手近にあるクッションをつかんでソファに撃沈した。

 

「さて、もう一回読むか」

「やめてえええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 死ぬ、死んでしまう。これ以上の羞恥は死に至る。

 私のバカ馬鹿ばか、なんでちゃんと処分しなかったの、っていうか忘れていたの。

 きまってる、あのあとの出来事があまりな展開過ぎたからだ。

 それならそれで、死ぬまで出てこないで欲しかった。

 誰だ大掃除しましょうなんて言ったのは、私だよばーか。

 

「へー、ほー、こんなこと書いた翌日に人の目の前でぶっ倒れたわけね」

「そ、それは……その」

「ねーねー、ままー。あいしてる、ってなにー?」

 

 今年二歳になる娘は無邪気だ。

 

「今お父さんはお母さんと大事なお話をしてるんだよ、おじいちゃんとおばあちゃんにあそんでもらいなさい」

「はーい」

 

 あぁ、しまった。今が最後の逃げ道だったんじゃないかしら。

 ひょいと、男の力でクッションを奪われてしまえば抵抗なんてできないわけで、私は真っ赤になってうつむくしかない。

 

「ちったぁ懲りたか?」

「なんで怒られなきゃいけないのよぅ」

「ほぅ、あと三回ぐらい読み返すか」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

 

 うぅ、結婚して知ったけどこの人すごいSだよ。まぁ、その人にいじめられてそれでも嬉しい私はまごう事無きMなのだろうから相性はいいのか。

 いや、今はそんなことを考えている場合じゃなくて。

 

「だって、何度好きだっていっても興味がないって一蹴されてたし……私のことなんてそもそも意識するに足らないってみてたんじゃないの?」

「それだったらそもそも相手にしとらん。なんで意識するに足らないような相手と毎日毎日かかわらないといけない?」

「じゃあなんで……」

「秘密です」

「ずるいー!」

 

 よく、尻に敷かれるとかいうけれど、うちの場合私が完全に首輪につながれている気分……。

 はぁ、この人私のことを妻じゃなくてペットかなにかだと思ってるんじゃないかしら?

 結局のところ、私は一度もこの人から好きだとか、愛してるとか言われたことがない。

 結婚して、子供ができて、今に至るも、一度も。

 この人は、私のことをどう思っているのだろうか……。

 

「今後何かあった場合こういう馬鹿なことはしないですぐに言うこと」

「……はい」

 

 もう、四年前の私に遺書を書くなと言いに行きたい。

 結局のところ、私は遺書を書いた翌日に、気まぐれにも会おうと言い出した現夫と会った先でぶっ倒れた。

 そりゃもう、人混みの中で盛大に。

 まるで電源が切れたかのように意識がぶつりときれたから、夫がどういう反応と対応をしていたのかはわからないけれど、そこで全てバレてしまった。

 情けないにも程がある。

 結果として、ダメもとで治療を受けることになり、現夫の家のツテで外国で試験運用中だった遺伝子治療によって劇的な改善が発覚。

 抗癌剤の投与もなしに半年でほぼ完治してしまった。

 その矢先に、就職した現夫が婚姻届を持ってやってきたのだ。

 最初は見届け人にでもなれと言うのかと思ったが、妻の欄に混乱するまま記入させられ、気が付けば夫婦になっていた。

 今に至るもこの人が何を思ってあんなことをしたのか理解不能。

 まぁ、私としては嬉しい……んだとおもうんだけど。

 夫の気持ちというのがさっぱり理解出来なくて困惑することのほうが多い。

 出来る限りいい妻であろうと躍起になっているのだけど、それに対しての反応もない。

 結局のところ理解出来ない所が多すぎて不思議な人なのだ。

 そこまで含めて好きになったのだから、もう私の負けなんだろうけど。

 

「……やっぱあと一回ぐらい読んどくか」

「やめてぇ〜」

 

 夫の服の裾をつかんで懇願するけど、聞き入れてはもらえなかった。

 

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 あの日、目の前で突然倒れた時から、正直気が気じゃない。

 いつまた同じ事をするのかと思うと手綱をしっかり握るぐらいしか対応出来る方法は無いんじゃないかと思うのだ。

 病院に運ばれて、末期癌だと聞かされた時最初に思ったことは、ふざけるな。だった。

 

 もうすぐ大学も卒業する、就職先も決まってる。

 共働きなら一緒になれるかと考えて、それまではと我慢してきたのはひょっとしたら、いや確実に裏目に出ていたのかもしれない。

 どうして言わなかったのかと問い詰めることも出来なかった。

 好きだなんて恥ずかしくて言えないし、愛してるなんて言ったらきっと二三日まともに顔も合わせられなくなる自信がある。

 いや、二三日ですむ自信がない。一ヶ月は尾を引くんじゃなかろうか。

 だからずっと言えなかったし、今後も言える自信なんて皆無なのだが、それがまずかったのだろうか。

 ちゃんと気持ちを伝えていれば、もっと頼ってくれたのだろうか。

 

 そんな後悔と不安を一旦全部うっちゃって、親親戚兄弟友人すべてひっくるめて使える人脈をすべて洗い出し、なんとか治療法をさがして、ほぼ完治だと言われるまでの半年間、ずっと迷っていた。

 どうすればいいのかと。

 

 結局、半ば強制的に婚姻届にサインさせて、結婚して既成事実を作って、縛ってしまうことしか思いつかなかったけれど、果たして成功しているのだろうか。

 いや、それ以前にそれは妻の望む形だったのだろうか?

 

 そんなことを考えている矢先、どうやら余命告知をされたときに書いたらしい遺書が出てきた。

 妻に何だこれはときいたところ、大慌てしていたからそのまま抑えつけて中身を見たというわけだが、こんなふうに思われていたとは思わなかった。

 此処まで想われていると、正直むず痒くもある。

 嬉しいなんて素直に言うことは当然、できない。

 けれど気持ちは正直なもので、出来る限り応えてやりたいとは思うのだ。

 妻の気持ちに、どれほど応えられているのか、わからないけれど。

 言葉にして言っていないせいもあるのだろうが、妻はいつもおとおどして反応を伺ってくる所がある。

 そういう所が逆に苛めたくなるというか、そそるわけだが。

 出来る限り態度と行動で表しているつもりなのだけれど、やはりそれだけでは足りないのだろう。

 

 とりあえずこの遺書のことについてはいじめるのは確定として、ちゃんと言えるよう、がんばろうかと思う。

 恥ずかしいけれど。

 

 抱き寄せて、そっと頭を撫でてやると、嬉しそうに身を委ねてくる。

 そこで、愛しているよと言うことができたら、妻はどんな顔を見せてくれるのだろうか。

 考えただけでも恥ずかしすぎるので、まだ当分こんな関係が続きそうだ。

 

説明
末期癌で余命三ヶ月だと告知されました。 となったとき、あなたはどんな行動を取りますか? 愛する人との時間を、どのように過ごすことを選びますか? なんとなく最近欝がひどくてそのへんの思考を勢いだけで1時間ほどで書き上げたものです。
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