誕生日 |
「不二〜!誕生日おめでとー!」
がば、と音がするくらいの勢いで英二が飛びついてくる。首に回された手の中には何やらリボンの付いた四角い包み。
「ありがと、英二。これは僕に?」
そうだって事くらい判ってるけど、こう言えばきっと英二は照れたように笑うから。
その顔が、僕は好き。
「うん。へへ。凄く悩んだんだけどねー、これにしたッ!」
開けてみて、開けてみて、と英二が楽しそうに僕の顔を覗き込む。僕は英二に笑顔を向けながら、出来るだけもったいぶって包みを開けた。
目の前に、広がる緑。
「これ………」
「へへ。本屋で見てるの見たからさ。嬉しい?不二!」
それは、僕の好きな写真家の写真集だった。森林を題材にした作品を多く出していて、これはその中でも僕が特に好きなもの。
買おうと思っていたものだった。
「嬉しいよ、英二。凄い嬉しい。ありがとう」
「にゃはは。どういたしまして♪」
お礼は倍返しでね、なんてふざけて言ってたけど、本当にそうしたいくらい嬉しかった。
本当に英二は凄い。
不機嫌だった僕をこんなにも上機嫌にしちゃうんだから。
………見習ってよ、手塚。
君は全く、僕をもどかしい気持ちにしかさせないよね?
**********
『不二、待ってたのか』
『うん。帰ろ?』
『今日は、寄るところがあるから先に帰ってくれないか』
『一緒に行っちゃ駄目?邪魔しないから』
『………駄目だ』
『ふうん?どうして?』
『お前には関係ないだろう』
『………ふうん。そっか。そうだよね関係ないよね』
『――おい、不二』
『関係無い僕はもう帰るね。―――じゃあねッ』
そうやって、飛び出してきてしまった昨日のことを思う。
さっきまでは昨日のその手塚とのやり取りのせいで不機嫌だったけど、今になってみると僕が悪かったかな、なんて思う。
手塚にだって都合があるんだし。ただ僕は手塚のことを何でも知りたいって思うから。
つい、手塚は何もかも僕に知られたいわけではないことを忘れちゃう。
………手塚に悪いことしたな。
こう思えるのも英二の―――あの写真集のおかげかな。見てると心が安らぐから。
その日の授業もHRも全部終わって、英二が先に部活に行ってしまっても、何となく名残惜しくて僕は席についたまま写真集を眺めてた。
手塚と顔を合わせ辛いっていうのもあるけど。
………何て言って謝ればいいかなぁ。
僕はあまりにぼんやりとページをめくっていたので、目の前に誰かが立って、しかも随分と驚いた顔をしていることに全く気付かなかった。
「不二」
「……うわ」
突然の声に顔を上げればそこにいたのは案の定手塚で。いつものように眉間にしわが寄っている。
でもいつもより心なしかそれが深い様な気がするなぁ。……昨日のせいかな。
「早く部活に出ないか」
訂正。昨日のせい+僕のやる気の無さのせい。余計怒らせちゃったかな?
謝罪の言葉は、意外にも直ぐに口から滑り出た。
「ごめん、手塚。すぐ行くよ。それに、昨日もごめんね。君の都合も構わず無理言って」
「気にするな。………それに、今となっては何の意味も無いことだ」
僕から目を逸らすように手塚が言った台詞は、僕にはよくわからなくて。手塚に聞き返したけど答えてくれなかった。しつこくして嫌がられるのも嫌だから、僕は大人しく部活に行く準備を始めた。手塚が待っていてくれるから早くしないとね。
開いていた写真集をバッグに仕舞いながら、何となしに会話を始めてみる。
手塚といつまでもギクシャクするのは嫌だもの。
「これね、英二が誕生日プレゼントにくれたんだ。本屋で見てたの気付いてたみたい」
「………随分熱心に見ていたからな」
「あれ?手塚も気付いてたの?マズイなぁ、そんなに物欲しそうにしてたかな?」
冗談めかして言ってみたけれど、いつもみたいに手塚は表情を柔らかくしてくれなかった。
呆れたみたいに息を吐く君が、好きなんだけどな。
気にするな、って言ってたけど、手塚自身もまだ気にしてるんだろうか。
僕のせいだけど、僕のせいなんだけど、嫌、だなぁ………。
準備が済んで部活に向かう間、僕達はほとんど喋らなかった。
手塚の顔もよく見てない。――――だから、僕は。
手塚の表情が厳しいことも、厳しい表情の理由も、そもそも何故手塚が僕のクラスに来たのかも、何も気付くことが出来なかった。
**********
真剣だけれども、何となく気分が乗らない状態で部活は進んでいく。英二が心配そうにこちらを見ているのにも気付いてたし、大石がさり気無く気遣ってくれてるのも気付いてた。
乾は直接、探りを入れるように様子を窺ってきたけど、僕はその全てをのらりくらりとかわしてしまった。ただ、この時間が早く終わることを、願っていた。
………君のせいだよ、手塚。
この僕が、君の傍に立つことを躊躇うなんて。
近付くことすらも、出来ないだなんて。
常日頃の近寄りがたい雰囲気そのままに、ただ僕だけを顧みない手塚を見遣る。
もう、いい加減元に戻ろうよ、手塚。
いつまでもこんな状態で、君だって嫌でしょ?
………嫌、だよね?
ふと心をよぎった不吉な想いに、思わず顔を背けた。
「………じ、不二?」
暗い方の思考へ行きかけた僕を引き戻したのは大石の声だった。
振り返ると、大石は手塚の隣に立っていた。手塚は、視線を逸らして僕を見ない。
また、心の中でため息をついた。
「何?大石」
「悪いけど、手塚のバッグからメニュー表持って来てくれないかな?」
――何でそれを大石が言うのかな。
一瞬、彼の隣に立つ大石に嫉妬めいたものを感じたけれど、大石の表情から、僕達のギクシャクした空気を何とか取り持とうとしているのがわかったから、「自分で行けば」なんて悪態もつかずに、せいぜいにっこり笑って快く引き受けてあげた。
―――でも、やっぱり手塚は僕を、見ない。
部室に置いてある荷物の中から、見慣れた手塚のバッグを見つけ、開ける。
別に悪いことをしているわけではないのに、何だか罪悪感を覚えてしまうのは、僕の中に手塚に対して後ろめたい気持ちがあるからだろうか。
本当に、嫌だなぁ。
一応、今日は僕の誕生日なんだけど、なぁ………、って、あれ?
手塚が迂闊にも忘れたメニュー表をそっと取り出すと、ラケットや授業道具の他に何やら四角いものが入っていることに気付いた。
………珍しい。
手塚が、学校に関係無いものを持ってきているなんて。何の気なしにそれを取り出してみると、手触りからして本らしく、包装紙に包んであった。そして、貼られたシール。
「まさか」
つい、声に出してしまう。
まさか、そんな筈は、無いよねぇ?でも―――――。
金のシールには英語で「Happy Birthday」の文字。
手塚の近くで、今日辺りが誕生日な人っていたかな………僕のほかに。
いたっけ?いないよね。手塚、僕は期待してもいいのかな、もしかして?
「不二ッ!」
バタン、と勢いよく部室のドアを開けて、焦って言った手塚の様子はどんな言葉よりも雄弁だった。僕が包みを抱えているのを見て肩を落とした様子もまた。
「手塚。これ僕にでしょ?酷いなぁ、今日あんまり冷たいから、プレゼントなんて用意して無いと思ってたのに」
肩をがっくり落とした手塚が、本当に余りにもがっくりしていたので、少し甘えるように詰ってみた。さっきまでの嫌な気持ちなんてどっかに消え去ってしまっている。
すると手塚は観念したようにゆっくりと顔を上げ、包みを手で示した。
「………開けて見ろ」
後で渡す筈だったプレゼントを見つけられてしまった落胆だけにしては、手塚の眉間の皺は深くて僕は訝しく思ったけれど、手塚が僕にプレゼントを用意してくれていたことが嬉しくて、深く考えることをしなかった。
開けてみて、やっとその意味を知った。
「これ………」
「とても、渡せんだろう?」
困ったように、手塚が言う。
そう、手塚が用意いてくれていたプレゼントは、英二が僕にくれたものと同じもの。
緑の、写真集だった。
それが判ると、昨日の手塚の態度もまたその謎が解ける。
昨日の部活の後、手塚はこれを買いに行くつもりだったんだ。
僕がいちゃ、いけなかった。でも口下手な手塚は上手い言い訳が出来なくてあんな風に言ってしまったんだろう。
そして、今日部活の前に僕のクラスに来たのも、きっとこれを渡すため。
でも、僕は手塚の目の前で、手塚の用意したものと全く同じものを嬉しそうに眺めてた。
「ごめん、手塚……」
「お前が謝ることじゃないだろう。たまたま同じ物を買ってしまっただけだ。気にするな」
優しい手塚はそう言ってくれるけど、君の気持ちを誤解してたのは事実だから。
「ごめんね、手塚。これ、貰っていいんだよね?大切にする。ありがとう」
「二冊も同じ物はいらんだろう」
だから明日また別のものを用意しようと思っていたんだ、と優しい優しい手塚は言う。
僕はかぶりを振った。包装を解いた手塚の贈り物を腕に抱き締める。
「ううん、これがいい。本当に嬉しいんだ、手塚。本当に、ありがとう」
「………気を遣わなくてもいいんだぞ?」
これを手塚以外の人が言うなら、きっと拗ねる響きを含む台詞なんだろうけど、手塚は本当に心からこの台詞を言っていて。
胸が温かくなる。
手塚に出会えてよかったと、思える。
この人に出会えて、惹かれて、惹かれ合って。
そのことが、譬えようも無いほどに、幸せ。
「僕が手塚に気を遣うなんてことある筈無いでしょ?」
本当は君の様子を窺ってばかりの僕だけど。
真っ直ぐな君にはきっとそれは見えていないから。
我儘で、自己中心的で、君を思うままに振り回しているのだと。
思っていて、手塚。
君がそう思っていてくれる限り、僕は僕の好きな「僕」でいられるから。
「ねえ、手塚。これ買うとき、僕のこと考えてくれたよね?」
「…………当然だろう」
照れ屋な手塚が絞り出した答えに、僕は自分でも可笑しい位、満面の笑みを浮かべたと思う。
「本当に、幸せだよ、手塚。ありがとう。……大好きだよ」
手塚を見上げながら言うと、手塚は顔を真っ赤にして、僕から視線を外した。
視線を外して、ぼそり、と小さな声で呟いた言葉。
手塚本人に、僕に聞かせるつもりがあったかどうかわからないけれど、僕にはしっかり聞き取れて――――その首に、抱き着かずにはおれなかった。
手塚国光というひとを、確かにこの手に?むために僕は彼をしっかり抱き締めた。
……僕は君のものだから。本当に僕を動かせるのは君だけだから。
だから、きっと僕はこれからも君を困らせるだろう。
ただ僕は確信している。それでも君は僕を受け止めてくれると。その真っ直ぐさで。
……任せたよ?手塚。
少し意地悪な気持ちを抱きながら、僕は自分が最高の笑顔を浮かべていることを自覚していた。
『………俺も、お前が好きだ』
最高の誕生日プレゼントをありがとう!
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やっぱり以前やっていたテニスサイトからサルベージ。 | ||
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