Cha_Noir(シャ・ノワール) 前編
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1.

小さな手が、リュウの制服の短い上着の裾をつかんで、ひいた。

下層街の見慣れた路地裏のパトロールで、遅れているボッシュを待っていたリュウは、すばやく振り向き、己の間違いに気づいて、あわてて視線を下に下げた。

リュウの半分ほどの背丈しかない、黒い巻き毛の少年が、まんまるい眼でリュウを、見上げている。

リュウは、自然とひざに手をつき、腰をかがめる体勢になった。

「ん? どうしたの?」

「おまわりさん。」

「そうだよ。きみは迷子?」

まだ5つか6つ。

年のころでいえば、初等学校に入るか入らないかくらいの年齢だろうか。

少年は、まだつかんでいたリュウの上着のすそを、小さな指でもてあそびつつ、小さくつぶやいた。

「ぼくじゃない。猫。」

「きみの猫?」

「黒い猫。追われてる。さがして、助けてくれる…?」

最後のほうはおずおずと、確かめるような響きになった。

リュウが答えようとしたとき、いらだった調子の声が飛んできた。

「おい、リュウ! 行くぞ、何してる!」

振り向くと、今朝もまた不機嫌な相棒が、腰に手を当て、リュウをねめつけている。

「なんだ、そのガキは。」

リュウの背後の少年に、ボッシュは目を留めた。

「あ、あれは相棒。だいじょうぶ、きみを怒ってるわけじゃ、ないからね…。」

あわてて、リュウが笑顔で振り返ったけれど、もう少年のすがたも形もなかった。

「もうボッシュ! こわがってにげたじゃないか。」

「…なんだ? 迷子かよ?」

「そうじゃないけど。猫をさがしてくれ、って頼まれたんだ。」

「…おい、寝言は寝て言えよ、リュウ。」

寝不足で不機嫌なのは、自分のくせに、とリュウはこっそりおもう。

でも、寝不足になっている理由を、リュウは知りすぎるほど知っていたから、本気で怒ることはできないのだけれど。

「それともペットさがし屋にでも転職するか? 明日から。」

「子供相手に大人気ないよボッシュ。」

「ふん。ガキは嫌いだ。ほら、さっさと行くぞ。」

「わかった。でも、さがしてるのは、…黒い猫だそうだ。」

ボッシュは、金色の毛を逆立てた。

「今朝のパトロールの間で見かけたら、朝飯に食ってやる。」

朝食前の早番のときは、いつもボッシュの機嫌はマックスに悪い。

でも、少年が小さな手で上着をつかんだ感触は、リュウの背中にまだ残っている。

リュウはそれが気になって、さっきの路地裏を一度だけ振り返った。

 

 

 

「リュウ!と、エリートさん。今朝はえらく早いな。」

「早番パトロール終了、今朝も下層街は異常なし。」

リュウがふざけて軽く敬礼すると、マックスという名のサードレンジャーの同僚の少年は、朝食のプレートをリュウの前の席に置き、ただでさえがたついている安物のスチールいすに、騒々しく腰をかけた。

「それにしても、そろって食堂で朝飯食ってる風景って、めずらしいな。」

「たまには、いいだろ?って誘ったんだけど。」

テーブルに両手をつき、ボッシュがいきなり席を立った。

「…先行ってるぞ、相棒。」

「全然食べてないじゃないか、ボッシュ。」

「食欲がない。」

「そんなこと言って、またパトロールの途中で腹が減っただの、こんな屋台ものは食えないとか言い出すんじゃないの?」

「いつ、だれがそんなこと、言ったよ?」

「確か先週、倉庫街の張り込みに行ったとき…」

「そんなことじゃない。俺は黙れと言ってんだよ!」

「まあまあ、朝からそうどなるなって。」

ボッシュの剣幕に、マックスが割って入ろうとしたとき、

「…今朝はずいぶん元気がいいな、ボッシュ。」

雑談や笑い声で騒々しい朝の食堂の空気が、突然引き締まった。

レンジャーの隊長ゼノは、いつものようにまっすぐな歩調で、リュウとボッシュのいるテーブルに歩み寄る。

クロームの床がかちかちと正確な音を立てた。

リュウは急にまじめな顔をして、いすをひき、静かに立ち上がる。

反対に、ボッシュは、むっつりと黙り込み、どさりといすに身を投げた。

「ボッシュ、それとリュウ、お前たちに特別任務だ。」

「それは重大任務ですか、隊長?」

いすに身をもたせかけたまま、フォークに突き刺した朝食をつまみあげ、くるくると回しながら、ボッシュが問う。

「重大事件ではない。個人的な依頼というやつだ。

だが、恩を売っておけば、損はない相手だぞ。」

フォークを皿の上にほうり投げ、ボッシュが口の前で両手の指を組んだ。

「その気なら、わたしのオフィスへ。リュウ、剣の腕はどうだ?」

「はい、隊長。」

「ふむ、今度みてみよう。声をかけてくれ。」

「…はい。」

ゼノは、きたときと同じように、機敏な動きで戻っていく。

雑然とした朝の食堂の雰囲気も、ゼノが通る瞬間だけは道を譲るように、ぴんと張り詰める。

リュウの顔を見つめるボッシュの視線に気づき、ゼノを見送ったリュウが、ボッシュを振り返った。

「個人的な依頼だって?…受ける気なんだ?」

「ま、依頼主によりけりさ。」

「重大事件じゃなくて、残念なんだろ?」

「派手な手柄が必要なんだ、知ってるだろ。

けど、人脈になるなら、話は別だ。

どのみち、サードに頼む程度の仕事だ。さっさと済ませようぜ。」

「そうだね、ボッシュ、」

…だと、いいけど…。

そう付け加えようとして、リュウは首をかしげた。

なぜそんな言葉を言おうとしたのか、自分でもわからない。

「ちっ、いつまでこんなまずいもん、食ってんだ。行くぞ。」

「ちょ、待てよボッシュ!お前、またろくに食ってないだろ!」

二人分のプレートを両手に抱え込んで、リュウが見慣れた背中に叫び、同僚はそんなリュウに、両手を広げて見せた。

 

 

 

「これが、捜査対象だ。」

ゼノから受け取ったプロファイルデータを一瞥したボッシュが、リュウに手渡した。

3D写真とプロファイルの表示された4センチくらいのカードの角を押すと、カードの上数センチの高さに、生まれて間もない赤んぼうがホログラムで表示される。

リュウの手の上で、その赤ん坊はみるみる成長し、5−6歳くらいの少年の姿になった。

まっすぐに立った少年の現在の姿のかたわらには、ちょうど胸の高さあたりまでの高さのある黒い動物がいっしょに写っている。

半ば透き通った、小さな映像でも、そのディクのもつ鋭い目が、みどり色にぴかりと光る。

黒い毛皮で全身が覆われた、しなやかな体つきの、リュウが見たこともない美しい動物だった。

「この子は…。」

リュウの目が丸くなった。

「少年と、この…ディク…ですか?」

「そっちはペットだ。対象は依頼者の子息のサミュエル1/256、6歳になったばかり。

先週上層区にある屋敷からいなくなった。

上層、中層区とさがしたが、見つからずに、それで…。」

「下層のレンジャーまで、話が来た、と。俺たちの捜索期間は?」

「2日間。発見、もしくは事件性の有無を、報告せよ。」

「ふん、短いな。」 ボッシュが誰にともなくつぶやく。

「おそらくただの迷子だろうと考えている。貴重な戦力をそれ以上は避けないと、丁重に断った。

だが、お前たちの捜査で迷子でないとわかれば、すぐに広域捜査に切り替える。

さて、お前たち、やるのなら、残り時間は47時間だぞ。」

「ボッシュ1/64、了解しました。」

「リュウ1/8192、むかいます!」

二人は同時にかかとを鳴らし、敬礼して、ゼノのオフィスを出た。

「ほら、子供には親切に、って意味、わかったろ?」

「うるさい。見失ったのはお前だろ。」

「依頼者は誰?」

リュウがカードを見つめながら、気のなさそうなボッシュに尋ねる。

「スタイルズ1/128。一応省庁区の高官というところか。なかなかの強硬派ってうわさのやつだ。

だが、ひとつの庁の長官をやってるやつだから、確かに恩を売って損はない。」

最近こそおとなしくなったものの、かつてスタイルズが、強硬ともいえるD値至上主義で知られた官僚のひとりであったことを、ボッシュはリュウにはくわしく語らなかった。

「親子で住んでた上層街の屋敷からいなくなったんだね。あの子の足じゃ、まだそんなに遠くには行ってないはず。」

「あれから約2時間、子供の足なら半径4キロ内か。ただ移動手段がある。」

対象地区には、駅が含まれていることをボッシュは指摘した。

「それにしても、これが黒い猫か。まいったな…。」

見た目は確かに猫に似ていたが、その子自身と変わらない大きさの黒いディクの映像を見て、リュウが苦笑する。

「ま、俺たちは飼い主のほうを、片っ端からさがすだけさ。そうだろ?」

「うん。対象区内のどこでもいいなら、俺たちがさっきあの子…サミュエルと出遭った場所のそばの店からはじめようか。」

「なんの店だ?」

「下層区の迷い人のための店だよ。」

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2.

「なんだ、リュウ。仕事がらみか?」

「探してるのは、この子なんだ。」

薄暗いカウンターに上半身を乗り出して、リュウが店の主人に写真を見せている間、ボッシュはぶらぶらと店の中を見回した。

下層街の中でもとくに暗い地域にある、すえたにおいの場末のバーで、背を丸めた客たちは、酒のつがれたグラスの上におおいかぶさるようにうつむいて、だれもカウンターに近づくボッシュのほうを見ようとはしない。

暗い店の中では、くすんだようなオレンジ色の照明が、ピンスポットのようにキープされたボトルを照らし出していて、カウンターのスツールにかけた客の顔も、10いくつかしつらえられたテーブル席の客の顔も、ちょうど翳になって、その表情が読み取れないようになっている。

店全体がうわわんと鳴るような、雑音に満ちていて、だれの会話もボッシュの耳には、届かない。

それでも、店中のぴりぴりとした注意が、自分に向けられていることを、肌で感じる。

ボッシュは、そんな男たちの頭上30センチばかりのところをぐるりと一瞥し、カウンターに身をもたせかけた。

誰もがこちらを気にしているのに、誰も視線も声も向けてこない。

そんな雰囲気をボッシュは鼻で笑った。

ふん、せめて飛びかかってくるやつがいたら、ひまつぶし程度にはなるのにな。

いまにもその導火線がともりそうな、一触即発の危険な空気の中に、リュウが戻ってきた。

「待たせたね。」

「どうだって?」

「う…ん、みんなに聞いても、この子は見たことないそうだ。

でも気になることがある。」

「なんだ。」

「とりあえず、店の外で話そう。」

リュウがボッシュの肩に手をおいて先導し、店を出る間も、つきささるような視線がボッシュを追ってきた。

がやがやというノイズにまぎれて、低い口笛が、リュウの耳に届いた。

店から半ブロックほど離れた、ジャンク置き場のフェンスの前で、リュウはようやくつめていた息を吐き、ボッシュを振り返った。

「ああ、もう。ひやひやしたよ。こんなことなら連れてくんじゃなかった。」

「なんだ。お前、俺があんな連中に負けるとでも思ったのか?」

ボッシュの口調が少し早くなる。

リュウはボッシュの鈍感さにほっと、おかしくなって身をかがめ、ひざに手をついた。

「だれも、下層街じゃ、ボッシュみたいな金髪を見たことないんだよ。だから、みんな気にしてたんだ。」

「は? なんだ、そんなことかよ?」

ボッシュが少し腹立たしげに言い捨てた。

この気の強い相棒は、どうしてもすべてを揉め事にしてしまいたくなるらしく、自分を種にした下品な冗談が耳に入りでもしたら、あの店をまるごと壊してしまいかねない。

「それで、気になることって?」

「そうそう。あの子のことは知らないけど、なぜか、こっちのほうは知ってるっていうんだ。」

リュウは、くるくると回転する立体映像の少年のそばに立つ、スレンダーな黒い動物をかざして、ボッシュにみせた。

「闇ブローカーに、注文書が回ってた。

すごいレア種で、このディクを見つけたら、高額で買い取るって。

かなりの額だそうだよ。」

「そのペットを?」

「あの店は、下層区のおたずね者やハンターやブローカーが集まる場所だから、

あそこにいた連中は、みんなそのことを知ってると考えていいと思う。」

「お前、いよいよペット屋に転職かよ、リュウ。

だが、俺たちのターゲットは飼い主のほうだ。ペットが捕まったら、どうなる?」

「見つけたディクは商売物だから引き渡せないけど、見つかったと知らせが入ったら、

すぐその場所を教えてくれることになってる。」

「よし。まあ、手がかりがゼロよりはましか。」

「まあね。あと何軒か、回ってみよう。」

「無駄足に決まってる…。あんな連中を相手にするのは5分だって無駄だろ。」

「じゃ、さっさと行こう。」

リュウと、金髪の相棒が、上層区から来た6歳の少年を、さがしてる。

せまい下層区で、その話はすぐに伝わるはずだった。

人が集まる場所には、情報も集まる。

噂は広まり、情報はあちらからやってくるし、

リュウがさがしてるとわかれば、ひとりぼっちで出歩いている少年にふりかかる危険も少しは確率が減る。

ここは上層区や中層区ではない。

闇の中には、それなりの危険が潜んでいる街だった。

残り46時間。

この街にいるのなら。

リュウは、腕にともるリミットをそっと心に刻みつけた。

 

 

 

「よし、引き続き監視。データはすぐに転送しろよ?」

いなくなったサミュエルの情報をさがして、下層の繁華街の路地をほとんど歩きとおし、足を棒のようにして、二人は町外れの倉庫街に出た。

中心街とは違い、倉庫街は電力の節約のため、いつでも夜のように薄暗い。

数メートルおきに取り付けられたオレンジ色の街灯のまわりに、燐虫が光を求めて、ただよい集まっている。

短く指示を終えたボッシュが通信機を口元から離す間も、その目立つ金の髪を、リュウはなんとはなしに見ていた。

倉庫街のはずれにあるジャンク置き場の街灯の下で、無機質の光に照らされたボッシュの髪は、ほとんどハレーションを起こしたように白くまぶしく光る。

それがいつもそばにいる自分の相棒であることを、リュウはいまさらのように不思議に思う。

だって、そういうのを、ほとんど奇跡って、いうんじゃない?

「なんだよ、ぼっとして。結果を訊かないのか?」

「なにかわかった?」

「下層街にあるすべての監視カメラ、IDレコーダーを監視させてる。

もしもこの街であのガキがどこかを通れば、すぐにIDがひっかかるさ。」

もちろん、ボッシュがやっているそれは、違法行為だ。

たとえレンジャーとはいえ、政府の設置した以外の、私有地や個人情報データを入手するのは、盗聴行為、ハッキングなどの犯罪にあたることはいうまでもない。

だが、ボッシュが下層街にきてすぐに、自分専用の諜報網を整え始めたことを、リュウも気づいていた。

その準備のために、毎日遅くまでコンピュータと取り組んでいるから、ボッシュはいつも寝不足なのだ。

ここへ来たその日から、ボッシュは下準備を始めていた。

いつかそう遠くない日、上へ戻る日のために。

「で。ここからが面白いんだ。お前、あのディクがどうのと、言っただろ?

だからさっき、捜査対象にあのペットも加えてみたんだ。

そしたら、つい6時間ほど前の映像データを見つけて、移動経路を推測させた。ほら。」

ボッシュが突き出して見せた携帯用のディスプレイの、緑色の格子の間に点々と赤い点が明滅している。

赤い点を結んだ軌跡は、ほとんど狂ったかのように、行ってはもどり、立ち止まり、また急速に走り出していた。

「うん、とりあえず、猫のほうは見つけたね。

じぐざぐに移動してる。どのあたり?」

「ジャンク街。そう遠くない。」

「わかった。じゃ、行こうか。近道がある。」

「ふん、このあわてたようすじゃ、さぞかしあの店にいた連中に追われてるのかもしれないぜ?」

 

 

 

リュウとボッシュのいるジャンク置き場の入り口付近から、ディスプレイが示したディクの予測到達地点までは、直線距離にすれば、約3キロほどあった。

だが、リュウはまっすぐそちらにはむかわずに、ジャンク置き場の長いフェンスを左手に見ながら歩いた地点、ジャンク街の端にある、うす暗い街灯のほうへとボッシュを導いた。

ボッシュはといえば、肩をすくめて、リュウの後をついていくしかない。

なにしろ、ここは、リュウの街だった。

そのことがこの何ヶ月いっしょに行動して、ボッシュにはよくわかった。

先導するリュウの背中を見つつついていくボッシュに向かって、フェンスの中に放たれた威嚇用ディクが激しく吠え立てている。

鼻の曲がるような強い油の匂いの中、ぴちゃぴちゃと汚水を踏んだ先の街灯の影にかがみこむリュウにおいついたボッシュは、身をかがめたリュウが地面からひっぱりあげている、薄汚れた丸いハッチをやれやれというように、見つめた。

「いったい、この街はいくつ抜け道があるってんだ?」

どうやら、下は排水溝になっているらしい。

手元のデータにはない隠し通路が、どれだけあるんだか、とボッシュはこっそり舌打ちした。

「ここはちょっとわけありでね。施設やホームが嫌で逃げ出した下層街の子供たちが住処にしてるんだ。

ここなら直線でつっきっていける。

あ、勿論、基地のみんなには内緒だよ?」

地上にできた穴をのぞきこむリュウは、そのときだけ目を上げて、ボッシュを見、いたずらっぽく人差し指を口の前に当てて見せた。

ようやく体ひとつ分が通るほどの丸い穴にするりとリュウが入り込むと、靴底で浅い水をはじく音がして、すぐに穴の底でオレンジ色のライトがともるのが見える。

ボッシュがのぞきこむ通路の先は闇にまぎれて見えないが、凍るような風がかなりの距離を流れて、ボッシュの短い髪を乱すのを感じた。

暗い水の匂いがする。

ボッシュは、足元の闇に躊躇することなく、通路の底へと飛び降りた。

通路のコンクリートに着地したと思うと、思いがけず、ふわり、とボッシュの背に手が触れる感触がした。

暗闇の中で、腕をしっかりとつかまれ、ぐいと引っ張られる。

「何だよ。見えなくても落下距離くらい音でわかるぜ。離せよ。」

あわてて腕を振り解くと、前に立つリュウの表情は見えないが、ふっ、と緊張がほどける気配がした。

ぽん、と肩をたたく感触がして、すぐにまた離れていく。

せいぜい2メートルほど先しか照らすことのない灯りのたよりなさに物怖じすることなく、暗い通路をリュウはすたすたとなれたようすで足早に進んでいく。

ボッシュは、手元の丸いディスプレイの厚いガラスの底に表示される緑色のグリッドを見ながらその後を追いかけた。

「対象地点まであと50メートル、そろそろだ、リュウ。」

「待って、対象地点の手前にあるマンホールがそこ。それから、その400メートル先にもうひとつある。」

「よし、お前は先にある出口へ回れ。俺がこの出口から地上へ出る。」

「時間は?」

「2分待つ。急げよ。」

ボッシュは、通路の天井にあたる部分にあるマンホールの下から伸びた、7段ほどの梯子を見上げ、身をかがめると、その一番下の段に飛びついた。

そのまま身軽に梯子に足をかけると、腰からレイピアを抜き、よごれたマンホールの蓋の下で息を整えた。

それを見届けたリュウは、手にしたライトを消し、水のたまった通路を駆けて、先にもうひとつある出口の下へと立った。

通路の天井にぶら下がった梯子の上段にとびつき、マンホールを背で押し上げる。長い間使われていない蓋は重く、大きな音をたてた。

「おい、そっちで音がしたぞ!」

「逃がすなよ!」

擦過音。ついで、金属に跳ね返るうわーんという反響がリュウの頭上あたりに鳴る。

一呼吸待って、リュウはマンホールを跳ね上げて飛び出した。

予想通り、ジャンク置き場のはずれに出た。

熱湯をかけたストローのようにぐにゃぐにゃに解けた金属の塊が、ぐるりと取り囲み、積み上げられたジャンクの濃く赤黒い影が、リュウのいるその場所を、周囲からの死角へと変えていた。

ただひとつ、そこにリュウが予想していなかったもの。

リュウの降り立った数メートルの闇の中に、ライトよりも鋭い小さな丸い光が2つ、きらりと見えた。

2つの光は、緑色を帯びている。

リュウは、剣を強くにぎり、赤黒い闇に目を凝らす。

黒いくしゃくしゃの巻き毛と、おびえた表情が少年を別人のように見せている、けれど。

「サミュエル…!!」

幼い少年は服も着ないで、ジャンクの山の影になった凹みに身を隠しがたがたと震え、体を固くしたまま、リュウの動きをただ目で追っている。

「きみを、さがしに来たんだ。俺のこと覚えてる?」

リュウが一歩を踏み出すのを見て、少年は鋭く息を呑んだ。

「きみのお父さんに、きみをさがすように頼まれたんだ。ほら。」

少年を驚かすことのないように、ゆっくりとリュウは腰のケースから、少年のプロファイルカードを取り出した。

リュウの手の上で、繰り返し、赤ん坊が少年になる映像が浮かび上がった。

少年の目は、それを見て、驚き丸くなった。

「これはきみだろ?」

突然何かを思い出したかのように、おびえたようすから少年の顔つきが変わり、いままでとは違う目でリュウを見る。

すがるような目の色を、リュウは見た。

「…コ、ワ…。」

「なに?」

「…イ……。」

どこからか、か細い光が射して、少年の目の緑色がしゅう、とすぼまった。

「でかしたよ、リュウ。」

リュウが振り返り、声の方を見上げると、目を刺すようなまぶしく鋭い光の後ろに、細いシルエットが縁取られている。

積まれたジャンクの山の上に立ち、逆光に暗く翳るボッシュの表情を、ここから読み取ることはできない。

「今度は、逃がすなよ。」

 

 

(後編へつづきます)

説明
ゲーム「BOF5 ドラゴンクォーター」二次創作小説です。レンジャー時代、リュウとボッシュがふたりで迷子の黒猫をさがすお話。前編です。
※女性向表現(リュボ)を含むので、苦手な方はご注意を。
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