双子の旅立ち・1〜4 |
「ごめんな、レックス、タバサ。僕はもう旅には行けないよ。」
それがアベルがグランバニアに戻って最初に言ったことだった。
「えっ、どうして?一緒にお母さんを探しに行こうよ!」
「タバサ、なんで僕を石像から人間に戻すときに天空の剣を持ってこなかったんだい?」
アベルはレックスの質問には答えず、タバサに聞く。
「それは……サンチョさんがグランバニアを守っているのは天空の剣だから、って……」
「そう。見れば分かるけどグランバニア周辺には魔王によって特に強い魔物が送られてきているんだ。普通の結界だって気にしないぐらいのね。
タバサも魔物たちと話せるぐらいならそれがわかるだろう。
だから、この国を戦わずに守るには天空の剣の結界が必要なんだ。……ごめんな。他の魔物もほとんど連れていけないだろうね。」
アベルは魔物を自分の仲間にすることのできる、珍しい人間なのだ。
「でもそれなら私が天空の剣を持っていかなければ」
アベルはやっと会えた父親とともにいたいと思うあまり、自身の危険さえも厭わず言うタバサの頭に手を置いて優しく言う。
「せめて、それぐらいは心配させてくれないか?君達が生まれて8年も、親らしいことをしてあげられなかったんだ。そして今も……。」
アベルは2人をそっと抱く。
2人の腕に力がこもる。
レックスとタバサはグランバニアを出てすぐにアルカパの町へと飛んでいた。
宿をとるとベッドに腰掛けて話し始める。
「……レックス、良かったの?あれで。」
「うん、いいよ。それに僕、小さい時、夜に寂しくて泣いてたよね。でも、タバサは……イテッ」
タバサは人差し指でレックスの額をピシリと弾くと続けて言う。
「お・ね・え・ちゃ・ん。」
「なんだよタバサ……。僕達双子じゃないか……。」
額をさすりながら言い返したレックスはさらに額を弾かれた。
「私、勇者なんだからね?」
「はいはい、ごめんなさい。暴力勇者のお姉ちゃん。でもね……。」
右手の人差指を立てて言うタバサにふざけた口調で言い返すレックスに
「何よその言い方」とタバサがむくれる。それを気にかけず、レックスがタバサをベッドに押し倒すと言う。
「今はもう、力なら僕のほうが強いんだよ。それに回復魔法だって使えるし。
ともかく……。タバサ、僕が小さい時、夜に慰めてくれてたよね。でも知ってるんだ。タバサもその後泣いてたってこと。」
「え……。」
「タバサは強いな、やっぱり勇者様だからかな、っていつもそう思ってた。でも、その日は……。」
レックスはタバサにいつものように抱きしめて慰めてもらっていた。
「うぅっ……お姉ちゃん……。」
が、そのうち頭を撫でる手が弱まってきたことに気づく。
「お姉ちゃん……寝ちゃった……?」
不意に抱きしめる腕の力が強くなる。
レックスはタバサの様子をおかしいと思い、抜け出そうとした。
その時、腕にふと冷たいものが触った。
なめてみるとかすかな塩の味がした。
「お父さん……。」
レックスは感じた。タバサは自分を会ったこともない父親の姿に重ねているのだと。
そのときレックスは思ったのだ。タバサに守られる存在から、守る存在になりたい、と。
そして、次の日から訓練を始めた。鉄でできた、屈強な兵士のために作られた剣。
それはまだ子供のレックスには持ちあげるだけでも精一杯だった。
「おやめください、レックス様、あなたはこの国の王子なのですから!」
召使であるサンチョがレックスの身を案じて言うが、
「それなら、お姉ちゃん――タバサはどうなの!?勇者だからって理由だけでタバサだけを危険な目に合わせて、僕はただ見てるだけなんて嫌だ!」
そう言い返す。直後、サンチョの大きな手がレックスの頭を覆った。
「そう、私はその言葉を待っていたのです。あなたが確かな決意で剣を振るうのだと示すことを。」
その日、レックスが初めての訓練を終えると、サンチョは分厚い本を持ってきた。
「剣を振るうのはやはり危険です。それにタバサ様は勇者としては珍しく回復魔法との相性が悪いようですから、回復魔法も覚えてください。」
「……うん、わかったよ。」
レックスは本の分厚さに一瞬げんなりしたが、タバサを守るためでもある、とその本を読み始めた。
こうしてレックスは晴れた日の昼間は兵士と共に訓練し、その他の、タバサと一緒にいない時間は回復魔法を覚えるためにサンチョが持ってきた本を読むという生活を続けた。
「……そう、ありがとう。」
「ごめんね。言ってなくて。」
「フニャ〜」
部屋の隅で丸くなっていたゲレゲレが鳴き声を上げる。
ゲレゲレはアベルとは子供の頃からの付き合いのキラーパンサーであり、また、2人の旅に唯一ついてくることを許された魔物である。
魔物や動物とも話ができるタバサは、小さい頃はゲレゲレからアベルについての話を聞き、レックスにそれを伝えていたものだった。
「ゲ、ゲレゲレ!余計なことは言わなくていいの!」
その鳴き声の意味を理解して赤くなったタバサのその言葉にゲレゲレは逃げていく。まさに猫という俊敏性にタバサはため息を付いた。
その日、二人は夢をみた。
「私、ビアンカって言うの。あなた達何歳?」
「ビアンカ?私たちのお母さんと同じ名前ね。」
「僕達8歳だよ。双子なんだ。」
二人はビアンカと名乗る少女に口々に言った。
「そう、2人とも8歳。じゃあ、私と同い歳ね。私と同じ名前のお母さんならさぞかし素敵な人なんでしょうね。」
「うん……きっとそうだよね。」
「きっと?どういうことなの?」
「お母さん、私たちが生まれてすぐに悪い魔物さんに連れ去られちゃって……。」
「ごめんなさい。悪いこと聞いちゃったわね……。」
ビアンカは目を伏せる。
「ううん、いいの。それよりこの子は?」
金色の毛並みに黒い斑点模様の猫の名前を聞く。
「この子、ゲレゲレって言うの。私たちが助けてあげたのよ。」
「ゲレゲレ?それも僕達と一緒にいるキラーパンサーと同じ名前だよ!」
「キラーパンサー!?そんな恐ろしい魔物なんて……」
「大丈夫よ。私たちのお父さんの子供の頃からの友達なんだから。」
「そう……。じゃあ大丈夫ね。お話できて楽しかったわ。またね。」
そして子供の頃のビアンカが消えたあと、若い女性の姿が現れた。
2人ともすぐに先ほど話していた、自分たちと母親となったビアンカだと気づく。
「お母さん!」
「お母さん……私たち、寂しかったのよ……。」
レックスは飛びつきながら、タバサはビアンカの懐に入ってから言う。
「ごめんなさい……レックス、タバサ……。2人とも、会いたかったわ……。」
ビアンカもまた、しっかりと抱き返して伏し目がちに言う。
「大丈夫!僕達が助けてあげるから。」
「今度は夢の中じゃなくって本当に会いたいな……。お父さんにも、会わせてあげるからね……。」
「アベルも……。そうね、愛しているわ、2人とも……。」
自分のの顔を見上げて口々に言う2人に微笑みを向けてビアンカは言った。
だんだんと光が強くなりビアンカの体が光りに包まれて消えて行く。そしてしっかりとした感触も頼りないものになっていく。
「だから……またね。」
せめて母親に元気である姿を最後まで見せようと2人は笑って、言った。
次の朝、
「おはよう、レックス。」
「ん〜ん、タバサも……。」
「フニャ〜オ」
ゲレゲレがあくびをするのを見て、レックスとタバサはお互いに夢のなかで本物のビアンカと会えたのだ、と思い顔を見合わせて笑った。
「もう少しじゃよ。失われた呪文がもうすぐ復活するのじゃ。」
ベネットはレックスとタバサの前で大鍋をかき混ぜながら言った。
「やっぱりルーラの時と同じくタバサに教えたほうが良さそうじゃのう。」
そして鍋の泡立ちが激しくなってきて、
タバサの目に見えたのは鍋から上がる炎だった。
「タバサ!起きて!起きてよ!」
「ん……レックス……?」
レックスの顔はすすまみれだった。
同じくベネットの顔もすすにまみれており、仰向けになっても座って鍋に座ったときの姿勢のままだ。
「せ、成功じゃ!成功じゃー!」
よほど興奮しているのか足と手をバタつかせ始める。
木べらから紫色の液体が飛び散り、そのうちの一部がレックスにかかった。
「う、うわっ何これ、臭いよ!」
もろに顔から紫色の液体をかぶったレックスが言う。
「色々混ざってるから……。」
「古代の呪文!パルプンテの完成じゃー!」
「それで、そのパルプンテってどんな呪文なの?」
「わからんのじゃ。」
「じゃあ、どう使えばいいの?」
「わからんのじゃ。」
「文献に載ってなかったの?」
「わからんのじゃ。」
「載ってるかどうかぐらいわかるんじゃないの?」
「文献にも使っても何が起こるかわからんと書いてあるんじゃ。」
「つまりは?」
「まるで役に立たんということじゃな!」
レックスとタバサは思い切り項垂れた。
「ククク……お前たちが勇者の双子だな?」
ルラフェンの町を出るとそこにいたのはミニデーモンの群れだった。
「お前たちを追ってグランバニア近くの洞窟から追ってきたんだよ!」
「そう、でもあなた達なんか怖くないんだから!イオナズン撃とうとしても魔力が足りないんじゃない!」
「それはどうかな?イオナズン!」
ミニデーモンの指先で魔力が渦を巻き、レックスとタバサのもとで爆発を起こす。
「そ、そんな……どうして……!?」
すんでのところで回避したタバサが見ると見るとミニデーモンたちは黒っぽい豆のようなものを食べていた。
「いいもんだよなあ、このコーヒー豆ってやつは!苦いが魔力の塊みてえなもんだ!」
「そ、そんな……まさかコーヒー豆で……!?くっ、とにかく……ライデイン!」
たちまち暗雲が立ち込め、天空を青い稲妻が突き刺す。
が、それでも倒せたミニデーモンはわずか。
これではすべてのミニデーモンを倒す前にイオナズンを次々と打ち込まれるだけだろう。
「タバサ、こっちもコーヒー豆を食べるんだ!」
レックスがいつの間にか奪ってきたのであろうコーヒー豆をタバサに差し出すが、
「嫌!苦くて酸っぱいもん!」
「そう。じゃ、これ飲んで。」
レックスは瓶に入ったすこしばかり茶色がかった白い液体を差し出す。
「……甘い!それに魔力が出てくるみたい!」
「それならできるね?」
「うん!ライデイン!」
タバサが次々とライデインを放ち、ミニデーモンを殲滅していく。
数分もしないうちにミニデーモンは全て倒された。
「レックス、あれなんだったの?」
「コーヒー牛乳!」
そうしてしばらく道を行くとメタルライダーがいた。
「あのメタルライダー、なんだか動きが変ね……。それにお酒臭い!飲酒運転なんかしちゃ駄目でしょ!」
タバサが叱りつけるが、
「飲んでるのは俺じゃない、メタルスライムの方だ!」
「どっちにしろ酔っ払ってるじゃない!」
「じゃあ酒で動く機械を作ってそれに乗ったら俺が飲酒運転してることになるのか!?」
「屁理屈を言わない!」
その言葉と同時にタバサが斬りかかる。
が、それをメタルライダーは軽々と避けきる。
と同時に斬りつけるがそれを今度はタバサが天空の剣で防ぐ。
が、それを予想していたのか逆から斬りつけ、それをタバサが盾で防ぐ。
と、メタルライダーは横に跳び、タバサにとどめと剣を叩きつけようとするが、
「2対1でタバサを襲うなんて卑怯だ!」
とレックスが横から声を上げたことでタイミングが遅れる。
「お前たちも2人で掛かってきてるじゃないか!」
「勘違いするな!僕は勇者の力も持っていない、ただの単なる絞りカスだ!」
「そ、そうなのか……。」
「そうだよ!僕なんか勇者じゃなくて……。仮に魔法攻撃なんかしてたらいらない子呼ばわりされるんだ!」
「レックス!そんなに落ち込まないで!私は、その、あなたのこと、必要だから……!それにそんな事言ったらなんだか私も苦しい……。」
タバサは一度顔を赤くしたあと、胸が痛むかのように胸に手を当てた。
「そ、そう落ち込むなよ……。例え絞りカスでも……生きてればいいこと、あるさ……。」
メタルライダーはレックスを慰めてやろうと声をかけるが、
「レックスを絞りカス扱いするなんて許せない!」
その言葉にタバサは逆上した。
「えっ、えっ、えええっ!?」
「ていっ!」
「うわっ!」
タバサの蹴りにバランスを崩して倒れてしまい、
「飲酒運転はバランスを崩すから危ないのよ。」
それがメタルライダーが気を失う前に聞いた最後の言葉だった。
「あの、ね……レックス、あんな飲酒運転するようなチンピラライダーの言ったことなんか気にしないで……。
もし、レックスが負い目に感じるなら私は天空の剣や盾なんかいらないから……。」
その言葉と一緒に天空と剣と盾を投げ捨てる。
「うん……タバサ……。その、僕ね……タバサのことが……、」
レックスの赤くなりながらの言葉の続きをタバサは待ったが、
「誰が要らないだってケン?」
「我等伝説の装備を捨てるとはタテ、」
「とんでもないやつだケン!」
突然天空の剣と盾がしゃべり始める。
「素人はメタルキングの剣使ってるケン!」
天空の剣が斬りかかってくるのをかろうじて避けるが、
「テルパドールにある天空の兜だって起こるに違いないタテ!」
盾に思い切り頭を打たれる。
そしてさらに2、3発。タバサは意識を手放した。
「タバサ!起きて!起きてよ!」
「ん……レックス……?」
レックスの顔はすすまみれだった。
同じくベネットの顔もすすにまみれており、仰向けになっても座って鍋に座ったときの姿勢のままだ。
「せ、成功じゃ!成功じゃー!」
よほど興奮しているのか足と手をバタつかせ始める。
「レックス!危ない!」
タバサの声でレックスは木べらから飛び散った紫色の液体を避けることができた。
「じゃあ、次はどこに行く?」
「お願い!今日はこの町に泊まるの!」
「なんで?このあたりの魔物って弱いじゃない。それにまだ昼だし……」
「だってなんだか悪い予感しかしないもん!
それより明日、テルパドールの天空の兜をもらいに行くための準備しようよ、ねっ!」
「それで、テルパドールってどこにあるの?」
付け合わせのポテトを頬張りながらレックスが聞いたのは宿屋で夕食をとっている時のことだった。
「レックス、お行儀悪いから食べ物を頬張ったり食べながら聞いたりしないの。
ずっと南の方ね。砂漠になっている大陸にある国だから船に乗って行かなきゃならないわ。
と言っても、今は魔物が出るかもしれないから船が出るかわからないし……。そうだわ!」
突然タバサはテーブルを叩いて立ち上がる。
「どうし……」
「お父さん、サラボナって街のルドマンさんってお金持ちの人に結婚式挙げてもらったこと、知ってるわよね。
サラボナはここから南に行ったところなんだけど、お金持ちならテルパドールとも交易をしているはずよ。
ルドマンさんの船に乗せてもらえば行けるかもしれないわ。」
レックスが驚いて聞くにも構わずタバサは興奮した様子で一気に言いきった。
「そ、そんなふうに一気に言われても……。それにいきなり立ったら周りの人も……。」
唖然としながら、先ほど自分が注意されたことと同じようなことを注意するレックスの言葉を聞き、
「あっ……す、すみません……。」
周囲にいた人々に頭を下げ、座りなおしてからタバサは続ける。
「いろんなことが繋がってピーンって一本の糸みたいになった時ってすごく気持ちいいから……。
そう言えば、途中に短いけど洞窟があるらしいの。それほど強い魔物さんも出てこないとは思うけど……。」
「注意しないとね。ごちそうさま。」
タバサよりも先に食べ終え、部屋に戻ろうとしたレックスだったが、
「あ、レックス。」
「何?」
呼び止められて振り返ったところでタバサの手が顔に伸びてくるのを見た。
「ご飯粒、ついてる。」
「あ、ありがと。」
レックスはタバサの手を両手で掴むと人差し指についたご飯粒を直接口で取った。
「それじゃ、部屋にいるから。」
「れ、レックス……もう。」
「フーッ」
レックスの行動は特に意識したものでないことはわかっていたが、タバサは赤くなり、
そしてゲレゲレがため息のような音を出して息を吐いたので睨みつけた。
次の日の朝、タバサが窓から外を見ると小雨が降っていた。
「レックス、起きてよ!」
そろそろ出発の準備をする時間だというのに起きてこないレックスの体をタバサは激しく揺さぶる。
「ん……タバサ、おはよ。」
脳天気に寝ぼけた表情のレックスにタバサはため息をついた。
朝食を終え、出発する。
「レックス、嬉しそうね。」
「動いてると体が熱くなってくるじゃない。これぐらいの雨なら涼しくて好きなんだ。」
タバサと違って傘もささずに歩いているレックスは言う。
ゲレゲレも機嫌が良さそうだ。
「でも、ジメジメしてかえって暑く感じない?」
「そんなことないよ。」
こうした会話と、少しの魔物との戦いを経て昼頃にはつつがなくサラボナへの洞窟についた。
「暑い……。」
「こういう、建物の中に来るともっとね……。」
もうすぐ出口というところで突然の電撃。
「タバサ!」
「ん……大丈夫、ちょっとかすっただけ……。」
やけどを負ったタバサの腕をベホイミで回復しながらレックスが構える。
視線の先にいたのはその風貌はまさに雷の龍といえる巨大なモンスターだった。
「……デススパーク……。魔力の塊だから集まれば大きくもなれるってことだよね……。」
「でも、核の大きさによって集められる魔力は限られてるはずだからきっと核を砕けば……。」
タバサは次の行動を決した。
天空の剣を目の前にかざし凍てつく波動を放たせる。
その時に巻き起こる風で魔力をあたりに撒き散らし、斬りつける。
が、核も膨大な魔力により結合しているため簡単には砕けない。
そのうち、撒き散らされた魔力が再び集まってくる。
反射的に両腕で顔をかばってバックステップするが、
「きゃっ……」
ベホイミで回復するにしてもしばらくはかかりそうな火傷を負う。
デススパークは好機とばかりに更に追撃しようとするが、
「ガウッ」
横から飛び出してきたゲレゲレがその毛皮を焼きながらもタバサを掬い上げたことで阻まれる。
着地と同時に崩れ落ちるゲレゲレ。
デススパークはそこへ再び稲妻を走らせようとするが
「やめろ!」
レックスがデススパークの前に立ちはだかった。
そしてレックスの体を強力な稲妻が、貫かなかった。
タバサの目にはデススパークが怯えて稲妻を出すのをやめたことがわかった。
「フバーハ!」
レックスを中心としてタバサ、ゲレゲレもその守護の力を受ける。
次々と稲妻を受けながらも、レックスは後ろにいるタバサの腕を治す。
「タバサ、凍てつく波動を使い続けて。1人じゃダメでも、僕がいるから。」
そして、タバサが構え、レックスが振り下ろすことで必然の決着。
二人がサラボナについたのは夜遅くだった。
「もう、ルドマンさんのところに行く時間じゃないよね……。ふああ……。」
「そうね、明日に……。」
タバサは、レックスがあくび紛れに言ったことに同意する言葉の途中で突然崩れ落ちた。
ゲレゲレが受け止め、驚いたレックスが駆け寄る。
規則正しい、穏やかな呼吸を聞いて寝ているのだと思ったレックスはタバサをおぶって宿屋まで行くことにした。
(もう安全な街だし、いつも面倒みてあげてるんだから少しぐらいレックスに甘えたっていいよね……?)
レックスの後ろを行くゲレゲレからは、タバサの頬が赤く染まっているのが見てとれた。
レックスとタバサは港町ポートセルミにいた。
「ふふっ、お父さんと同じ魔物さんたちと仲良くなる力、私も持ってるんだね。」
タバサは仲間になったホイミスライム、スラッポの額を指でつつきながら言った。
「いいなあ、タバサばっかり勇者の力も、魔物と仲良くなる力もあって……。」
「何言ってるの。追い詰められた時に一番頼りになるのがレックスじゃない。」
むくれるレックスの前に立って中腰で言う。
ルドマンの屋敷に行ったのはもう2週間も前のことだった。
ルドマンがその条件として出したのは「北の小島の壺の色を見てきて欲しい」というもので、それはすぐに終わった。
壺の色が青かったことを伝えると、ルドマンは安堵した様子で2人にゆっくりしていくように言ったのだった。
「そうか、あのアベルがグランバニアの王子で今は王とは……。そしてアベルと共にビアンカさんもさらわれてしまったのか……。
それで親玉が魔族だからビアンカさんを助けるため、天空の兜を受け取りに行きたいと言うんだね?」
「はい。」
「ところでだ、レックス君。テルパドールには、私たちとは正反対の習慣があるんだ。」
「テルパドールでは双子は後から生まれたほうが上、なんですか……?」
タバサはフローラに聞き返した。
「そうなの。グランバニアのあたりの地域もここと同じでしょ?
でもね、テルパドールは後から出てくるほうが先に入ったから、ってことでそうなるらしいの。」
「そうなんですか……。ところでフローラさんのご主人のアンディさんって……。」
「幼なじみだったの。それでいつも好きだって言われて、たまにうんざりしちゃってたこともあったのよ。」
「へえ、いいですね……。」
何が「いい」のかを読み取ったのか、フローラが言う。
「そういえばレックス君って素敵な子ね。」
「はい、そうなんです。自分は勇者じゃないのに、勇者の私をいつも守ってくれて……。
あ、絶対にあげませんよ。私の大事な双子の弟で……。」
そこまで言って我に返る。フローラの誘導尋問にのってしまったことに気づき、みるみるうちに顔が赤くなっていく。
「タバサちゃん、結婚式をあげることになったらこの街にいらっしゃい。私がお父様に頼んで豪華なのにしてあげるから。」
「ふふっ……。」
「た、タバサ?」
自分の前で微笑むを通り越してにやけるタバサを見て、レックスが声をかける。
「大丈夫、どんなに仲間が増えても……、一番はレックスだから。
……明日交易船が出るんだし、今日は思い切り夜更かししてから船に乗り込まない?」
「うん、そうしよう!ちょうどお祭りをやるらしいしさ!」
「え〜、レックス、あんこの乗った氷なんか食べるの?」
「だってさ、美味しそうじゃない。……、あ、ほんとうに美味しい!タバサも食べる?」
タバサの前にあずきとともにスプーンの上に乗ったかき氷が差し出される。
「ん……、本当!レックス、私のイチゴの、あげる。」
代わりにイチゴ味のシロップがかかった氷を乗せたスプーンをレックスに差し出す。
「このたこ焼き、入ってるのと入ってないのがあるみたい。レックス、運試しにどう?」
「……ハズレだ……。この焼きそばっていうの、紅しょうがと一緒に食べると少し酸っぱみがあっておいしいよ」
「レックス、すごい!また落とした!あ……、私、あのぬいぐるみ欲しいな。」
「よし、行けっ!」
「……わたあめって普通、交換して食べる?」
「いいじゃない、こういうふうにしたほうが楽しいよ。」
爆発音が次々と鳴り響き、空に様々な色の光が映し出される。
「レックス、花火やってるのにどこ行くの?」
そんな中、食べ物をいくつも抱えたレックスはタバサと共に走っていた。
レックスが立ち止まる。
「すみません!ルドマンさんに乗せてもらうようお願いしたレックスとタバサです!」
「そうか、乗って来い!」
船乗りの声に従うレックス。
「ここなら、食べ物広げて見られるでしょ?」
「レックスったら、まだ食べ足りないの?」
「だっておいしいじゃない。」
その船旅も何事も無く終わりを告げた。
「暑い……。」
「うん……。」
商団の中にいるレックスとタバサは完全に暑さにへばっていた。
だが、そう言えたレックスとタバサはまだいい方のようだ。
身体のほとんどが水分のスラッポにいたっては言葉もなくぐったりとして、ゲレゲレの背中にうつぶせの状態でかけられていた。
「えっと、その……ねえ、お兄ちゃん。」
「えっ?」
「テルパドールでは双子の順番、グランバニアと逆なんだって。」
「う、うん……?ああ。」
レックスもサラボナでルドマンから聞いた話を思い出す。
「だから、この大陸にいるときはお兄ちゃん、それでいいでしょ?」
「う、うん……。」
タバサの言葉に他意はなかった。ただ、普段より少しだけ甘えたい、そう思っている以外は。
だが、
「タバサ、暑くない?」
「うん……大丈夫……。」
それから数分して、
「タバサ、すごい汗だよ。飲んで。」
自分の水筒を差し出す。
そしてそれから数十秒後
「あ……忘れてた。フバーハ。ごめん、タバサ。」
そして続ける。
「タバサ、僕がおんぶしてってあげようか?」
レックスをものすごく張り切らせてしまったことにタバサは気づいた。
「う、ううん、私は大丈夫。だからレックス、気にしないで。」
「そ、そう……。」
見るからに気を使いすぎたかとばかりに落ち込むレックスを見て、
「べ、別にレックスの気遣いが鬱陶しかったわけじゃないから、気にしないで。」
ようやく立ち直るレックス。
それからは特に何かが起きるわけでもなく、テルパドールに到着。
そしてテルパドール城の中の意外な涼しさにレックスは驚く。
「あれ?涼しいね。」
「きっとヒャドの呪文を応用してるのよ。」
ところどころに吊るしてある魔法石を見てタバサが言う。
「あなたが天空の勇者、タバサですね。」
テルパドールの女王、アイシスは続ける。
「しかし……親元を離れて子供だけで旅をしているとは……。辛くはないのですか?」
「平気です。だって、お父さんもお母さんも小さい時からいなかったので、慣れてますから。
それに……私にはお兄ちゃんがいましたから。」
「僕も、タバサのおかげで一人ぼっちになることがなかったから。」
「そうですか……。しかし、まだ天空の兜を差し上げるわけにはいきません。
あなたたちはまだ弱い子供です。そのような方々に世界の運命を背負わせるわけには……。」
「大丈夫。僕達は8歳だから、2人合わせれば16歳。むかし世界を救ったという勇者と同じ年です。」
「それに私たちがやらなきゃ、世界が滅ぼされてしまうんです。そうなってから世界の運命を背負うも何もないでしょう?」
「なるほど、そこまで言うのなら、2人だけで砂漠のバラを持ってきなさい。そうすれば天空の兜を与えましょう。」
「砂漠のバラ……ですか……?」
「はい。朝に特定の場所にできる、砂でできたバラの形をしたもののことです。」
「あ、あなたがタバサちゃん?」
タバサは女の子に話しかけられる。
「あなた、すごいわね。私とそんなに変わらないのに勇者様なんて。私とお友達になりましょう、ねっ!」
完全にレックスを無視して言う。
「え、えっと……そうね。考えておくわ。」
若干引いた様子で言うタバサ。
宿屋に入り、部屋を頼む。
いつもはタバサがしていたことだったが、今は自分が兄という自覚があってのことだろうか、レックスが頼む。
「はい、その部屋で。一人用の部屋でお願いします。ベッドもシングルで。」
レックスはタバサが「そのほうが安くなるから」とそう頼んでいたことを覚えていたのだ。
レックスにはわからないが、スラッポが明らかに怪訝そうな顔になる。
子供とは言え、1人分の寝床で2人が楽に寝られるものなのか、と考えているのだろうか。
ゲレゲレが寄っていって何事かを囁く。
スラッポの表情からまるで感情が感じられなくなったことに気づいたタバサがレックスには見えないように2匹を睨みつける。
早朝、
「起きて、ねえ、タバサ!」
レックスがタバサの体を揺らす。
外はまだ薄暗い。
「ん……お兄ちゃんが私より朝早いって珍しいね。」
一面の砂漠を風が吹き抜けていく。
「タバサ、寒くないよね?」
フバーハをかけてやったレックスが言う。
2人は砂漠の中を探しまわる。
と、なにか大きなものを見つけ、不思議に思い近づいていく。
山を背にして、1匹の竜がいた。
金色の大きな竜だ。
おそらくまだ気づいていないだろうが、出ていけば気づかれてしまうだろう。
タバサは言う。
「グランドドラゴン……。ほとんど見ない魔物さんね。本当は緑色のはずなんだけど。砂漠のバラが希少なのも多分あの魔物さんが守っているから。」
「つまり砂漠のバラを持って来いっていうのは……、」
「私たちがあの金色のグランドドラゴンを倒せることを証明しろってことよね。」
二人は別々の方向に走りだした。
グランドドラゴンを両側から叩くつもりだ。
だが、グランドドラゴンは2人の剣を片手で受け止める。
その鱗は剣を通さなかった。
続けて剣を通してタバサはヒャドの冷気を送り込む。
腕が薄い氷に包まれ始める。
が、それも大した効果はなく、2人共弾き飛ばされる。
グランドドラゴンの右腕がパリパリ、と音を立て、まとわされていた氷が砕けるのと、タバサに追撃をはじめようとするのは同時だった。
タバサも手をこまねいて攻撃されるのを待ってはいない。
ライデインの呪文を唱える。
だが、何も起こらない。
タバサは空を見上げ、雲がないことを知った。
タバサはグランドドラゴンの腕が振り上げられるのを見る。
だが、その間に鈍重なグランドドラゴンに向かって走ってきたレックスが跳躍し、その剣を以て肩を打つ。
当然、鱗に覆われたその体に剣は効かない。
だがその剣を支点として、そして剣を当てた反動でレックスは自身の体を持ち上げた。
一瞬、グランドドラゴンはその気迫に呑まれかけるが、レックスの身体をタバサの側へと叩き落とす。
固くしまった砂がレックスの身体を打ち、レックスは一瞬唸った。
「ヒャダルコ!」
タバサが呪文を唱え、グランドドラゴンの動きが阻害される。
タバサは呪文の詠唱を続ける。
「ベギラマを撃って!」
タバサの指示に応え、立ち上がったレックスがベギラマを放つ。
氷が閃熱呪文で溶かされ、そして水蒸気となる。
そして、
「ライデイン!」
水蒸気が一瞬にして上昇し、上空で雷雲を作り出す。
稲妻が視界を灼き尽くす。
グランドドラゴンは倒れた。
「これが、砂漠のバラね……。」
去り際にタバサはレックスに言う。
「お兄ちゃん、あの魔物さんにベホイミかけてあげて。」
「いいの?」
「だってあの子、別に悪いことしてるわけじゃないでしょ。私たちが勝手に入っていったんだし。」
「うん。」
天空の兜をかぶったタバサと一緒にレックスが階段を降りてくる。
「あなた、すごいのね。将来私が結婚してあげてもいいわよ。」
そうレックスに話しかけたのは昨日の女の子だった。
「駄目っ!レックスは私のお兄ちゃんなんだから!
それにあなた、昨日はレックスのことなんてどうでもいいって顔してたじゃない!」
女の子の言葉とタバサの言葉の前半は全く話がつながっていないが、ともかくタバサはレックスを押してテルパドール城から出ていくのだった。
「タバサ……、好きなもの頼んでいいよ。」
テルパドールを去る前に最後に兄としてしておきたかったのだろうか、レックスが自分の小遣いから出すのだそうだ。
「じゃあ……これ!」
タバサが指さしたのは巨大パフェだった。
「一緒に食べたいな。」
運ばれてきたアイスクリームとクリーム、それにフルーツの山を上から崩し始める。
「お兄ちゃん。」
「うん?」
タバサはレックスの頬についたクリームを指で取ると自分の口に入れた。
「タバサ、ほっぺたにクリーム付いてるよ。」
レックスも同じように拭い取り、タバサの前に突き出す。
それをタバサは直接舌で舐め取る。
次の目的地をエルヘブンに決めた2人はルーラでグランバニアに飛んだ。
「ねえ、お姉ちゃん。」
城門前でレックスが言う。
「その、さ……お兄ちゃんって、大変だってこと、わかったんだ。
でも、お姉ちゃんはずっとその大変なことしてくれたんだよね。
だから、たまには、その……僕がお兄ちゃんになってあげてもいいよ。」
「ありがとう……。ん……ふふっ……。」
「どうしたの?」
「「お姉ちゃん」って呼んでくれるの……久しぶりだなって思って……。」
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DQ5の双子がもしふたりだけで旅をすることになったら、という前提での話です。別の場所に投稿したものをまとめただけですが。続き:http://www.tinami.com/view/279413 | ||
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