バニちゃんがんばって |
あんな醜態を晒したのは後にも先にもあれ一度きりだ。
そもそも僕と先輩の出会いはいつだっただろうか、三ヶ月ほど前、いや、それよりももっと前から知っていただろうか、ただそれは同じ専門学校に通う生徒くらいの認識であったのだが…だから明確にお互いを認識しあったのはあの日だったに違いない。
とても寒い日だったことは覚えている。
***
ひと足早くクリスマスパーティーをしようと言いだしたのは、共同制作課題で一緒に作業を進めているうちの一人だ。
この男は何を考えているのだろうかクリスマスなんてまだ三週間も先じゃないか。
パーティーなどと言ってはいるがそれは便宜上で、ただ単に飲んで騒ぎたいだけなのは気が付いていた。
人付き合いは苦手ではないが、自分からは進んで関わり合いになろうとは思わないたちだ。必要があればそうするだけ。今回もそうだ。
まとめ役の男が言うには、つい先日グループ分けされたばかりで交流も浅いし、机にかじりついてるよりも飲みながらの方が意見交換もスムーズにできるだろうとのこと。
本心かどうかは分からないが、課題を進めるにあたり、まぁ最初くらいは顔を出しておいた方がいいかもしれないな思っただけだ。
場所はダイニングバーだった。
それにしては格安で気軽に飲める店であったし、大学や専門学校が集まっているという場所柄もあるのだろう中は学生らしき人で溢れていた。
奥の方に見知った顔を見つけたので近づいていくと、なんだか人数が多いように感じる。どうやら当初のメンバーだけでなく、他のグループや別の授業を取っている人間たちまで参加しているようだ。
すでに飲み会は始まっているらしくテーブルには酒が溢れていた。やはり話し合いなどとは口だけだったのか。
はぁ…無意識のうちに溜息が洩れた。着て早々帰るわけにもいかないし…きりのいいところで席を外せばいい。
とりあえずのどが渇いているし何か飲もう、そう思った時だった。
タイミング良く斜め前の席からメニューを差し出されたのだ。
顔を上げるとそこには線の細い体つきの、酷く整った顔をした青年がいた。
自慢ではないが自分は良くハンサムだのカッコいいだの言われるのだが、この青年はきれいだとか美人だとかいう言葉が合う顔立ちだった。
男に対してその表現はどうなのかとも思うが、その通りなのだから他に言いようがない。確かこの人は…講義クラスの方で一緒だった…。
やわらかく輝くプラチナブロンドの髪と珍しいアメジストの様な瞳が印象的で見覚えがあった。
こういった場にはあまり慣れていないのだろうか、おずおずと控えめな様子で言う。
「これ…良かったら。」
僕は渡してきたそれを素直に受けとった。
「どうも…。」
たったこれだけのやり取りだったがこれが僕と彼の初めての会話だった。
どこで間違ったのだろう。
いくらのどが渇いているからといって空腹のままでアルコールを一気に煽ったのがいけなかったのだろうか。
斜め前の彼がおいしそうに飲んでいたのにつられて、身体が慣れていない日本酒を同じように飲んだのがいけなかったのだろうか。
酒には弱い方ではなかったが、だからと言って強いわけでもない。
いつもより大分酔うのがはやく、これはまずいなと思いつつも頭が思うように回らない。気が付くと周りにはいつのまにか女性ばかりが集まっていた。
あぁ…本当に面倒くさい。心の内でそう悪態をつきながらも適当に取り繕って会話をする。こんな時でも外面はいいのだ。
しかし本心ではその状況から逃げ出したかったのか、無意識にグラスに口をつける回数は増えていった。
これは…本当にまずい…僕としたことが……ここまで来てしまってはどうしようもない。なんであの時すぐに帰らなかったんだ。
いまさら悔いてもしょうがないのだが、完全に酔ってしまった。
うっ…気持ち悪い……吐きそうだ…グルグルした頭でトイレを探す。
しかし酔ってみっともない姿を他人にさらすのはどうしても嫌だった。
だがもう限界だ、これ以上は危険だろうと思い立ち上がろうとした瞬間、ふと視線があったのは心配そうにこちらを見つめるアメジストの瞳の彼だった。
そして……非常に情けないことにそこで僕の記憶はストップした。
ガチャン。
ドアの閉まるような音がして眼が覚めた。
あぁ…頭が痛い…はぁ…これは完全に二日酔いだ。
だからと言っていつまでもベットにもぐっているわけにはいかない。
午後からではあるが、今日は授業がある。それまでには少しでもすっきりしておきたい。シャワーを浴びようと服を脱ぐ。
脱いだ服は直接ランドリーの中に放り込むのだが、その中には既に昨日着ていた服が入っていた。後はこれを乾燥機にかけるだけという状態だ。
洗濯をした記憶は一切ないうえ着替えた覚えすらない。おかしい。
熱いシャワーに打たれながら昨夜のことを必死に思い出す。
そもそも何で自分の部屋にいるのだろうか?酔い潰れた後何とか自力で自宅までたどり着いたのか…。
そうっだったらいいけれど…。頭からお湯がかかる状態でしばらくじっと考えていた。
記憶の糸を辿る。すると断片的だがぽつりぽつりと思いだされてきたのだ。
そうだ…あの時立ち上がったはいいが足がもつれて歩けなくて……トイレに付き添われたあと盛大に吐いて…気持ち悪くて苦しくて…
あぁ本当に情けない…酒を覚えたての学生じゃあるまいし…
思い出さない方が幸せだったのかもしれないな……。
あとは…誰かが僕の背中を優しく擦ってくれていた…こちらを案じて何か声をかけてくれていた気もするが誰だったのだろう…。
それで…タクシーに揺られて家までいったのか…自分よりも小さな身体にもたれかかりながら夜道をふらふらと歩いたきもする…
記憶が曖昧だが無事に玄関までたどり着いた覚えはある…それで…それで…?
駄目だ、これ以上は思い出せそうもないな。
シャワーを終えて出かける支度をする。食欲はないので何も食べずに薬を飲みこんで学校へと向かった。
今日は講義だけで助かったと思いながら教室の前方、いつもの席に着く。
ざわざわとうるさい室内に不快感を覚えながら頭を押さえた。この授業は講師が人気なので受講する生徒は多い。
「昨日は大丈夫だった?」
肩を触られて振り向くと知らない女性が立っていた。おそらく昨日の飲み会で一緒だったのだろう。
「急に帰っちゃったからビックリしちゃった。」
妙になれなれしく話しかけてくる声は甲高く、二日酔いの頭に良く響いた。
「あぁ、大丈夫です。ご心配かけてすみません。」
当たり障りなく笑顔で対応する。都合がいい。聞きたいことがあるのだ。
「あの…昨日僕に付き添って帰った人のことってご存知ですか?」
「え?知り合いじゃなかったの?」
知らないから聞いているのに。だめだ、頭が痛くて少しのことでイライラしてしまう。
「イワンっていうんだけど…イワン・カレリン。あたしと同じ年度だからバーナビー君の一個上。ていうかこの講義あの子もとってるじゃん。」
教室を見渡し、声を上げる。
「あっ、ほら!今入ってきた子!」
視線の先をたどると見覚えのある人物に行きついた。一番後ろのドアから入室してきたのは…あの綺麗な青年だった。
じっと見つめてしまう、彼女が何か言っているが内容は頭に入ってこなかった。
僕は彼のもとへ行こうとしたのだが、直後に講師が現れ授業が始まってしまう。
仕方なしに前を向いておとなしく話を聞くふりをしていたが頭の中はそれどころではない。
あの人が昨日…もう一度顔を思い浮かべてみる。
すると、なんと人間の脳は不思議なのだろうか、一瞬にしてあの夜のことを鮮明に思い出したのだ。
一瞬にして顔が上気する。もう頭痛なんて消し飛んでいたが、具合の悪いふりをして机に突っ伏した。
そうだ、そうだそうだ!家まで何とか僕を運んでくれたあの人を僕は…。
お人よしなのか心配症なのか、玄関に放り出すことはせずに寝室まで連れて行って、僕にミネラルウォーターを飲ませたり、少し汚れてしまった服を着替えさせてくれたりと手厚く世話をしてくれたのだ。
そうしてやっと落ち着いた後、ようやくベットに横になって。
そうして何と言ったのだったか…お礼の言葉だった気がする。
毛布に押し込こまれた僕は介抱してくれた彼を見上げ声をかけたのだ。
「ありがとう…ございます。」
そう言うと彼は一瞬キョトンとした後、眼をそらし小さく返してきた。
「あ…いえ、別に…その…大丈夫です。」
何が大丈夫なのだろう、まだぼやけた頭でそう思いつつ見つめていると、そろりとこちらを覗き見た綺麗な顔と目が合った。
なぜだか目をそらすことができない。
相手もそうなのか瞬きを忘れたようにじっとこちらを見つめていた。
そうしてどのくらいたっただろうか、彼はそっと僕に手を伸ばし、汗で顔に張り付いた髪の毛を払いのけたのだ。
そのまま添わせるように頬に触れてくる。
細いが筋張ったそれは女性のものとは似ても似つかなかったが、冷たくて吸いつくような感触はアルコールでほてった体には酷く心地よかった。
それからは何とも言えない不思議な時間が二人を包んだ。
しんと静まり返える冷え込んだ部屋に男性が二人、互いに見つめ合っている。
他人が見たらさぞ異様な光景だろう。
「もっとそばに…。」
そう言って僕は彼の手首を掴んだ。
一体何をしているのだろうかとぼんやりと思ってはいたが、身体が勝手に動くのだ。
ただ流れに身を任せて行動していた。本当に何が何だかわからない。
まるで二人とも催眠にかかったようだった。
ベットに引きずり込んだ身体を当然のように抱きしめる。たやすく自分の腕の中に収まる相手になぜだか疑問はわかなかった。
人の温もりが身体をじわじわと、アルコールではない熱で優しく温めてくれる。
首筋に顔を埋めると深呼吸をして優しい香りを胸一杯に吸い込んだ。
なんだかとても気持ちがいい。酔いと相まって強烈な眠気に襲われる。
もっとこうして心地よさに身を任せていたいのに…。意に反してどんどんと瞼が下がり意識が遠のいてゆく。
眠りに落ちる直前唇に何か柔らかいものが触れた気がした。
あの夜を思い出してから彼のことが気になってしょうがなかった。
とにかく彼に会いたい。こんな衝動に駆られるのは初めてで自分自身の気持ちが掴みきれなかった。
会ってどうするのかは分からないがとにかく関わりを持ちたかった。
彼に声をかけようと思っても入室は講義が始まる直前だし、終わってから彼を探しても既に姿を消した後なのだ。
そんなことが2度続くと、何事も素早くスムーズに進めたい僕としてはいい加減焦れてきた。ただの偶然か…もしや避けられてる?…まさか…。
今日こそはと、そそくさと教室を出ていく彼を荷物もそのままに追いかける。
ちょうど階段を降りようとしているところで声をかけた。
「イワン先輩!」
すると彼は大げさなくらいビクッと肩を跳ねさせて立ち止った。近づきながら声をかける。
「やっとお会いできました。直接お礼が言いたくて。あの時はご迷惑をおかけしました。」
手すりを掴んだ彼の手はかすかにふるえている。
あぁ、分かりやすいなぁ…自分の口角が上がったのに気付いた。
彼が踏み出そうとしていた階段を3段ほど下りて振り返れば、下から顔を覗き込む形になった。
白く透き通るような肌には赤みが差し、目は潤んでいる。
あぁ、なんて顔をするのだろう。自然と手すりを掴む彼の手を上からそっと握り閉めていた。
すると彼はさらに頬を真っ赤にさせて俯く。
そんな様子を見て、どこからどう見ても男性なのに可愛らしいと感じてしまった自分に少しばかり動揺し、眼鏡のフレームを人差し指で持ち上げることでごまかした。
普段周りからクールだなんだと言われている自分はどこかへ行ってしまったらしい。
実際に対面するとあの夜のことを思い出してしまって落ち着かなかった。
何か言わなければ…聞きたいことはある…しかし本当のことを言ってしまえば逃げられると思った僕はとっさに嘘をついた。
「あの…実はあの日ずいぶん酔ってしまって…恥ずかしいのですが、何も覚えてないんです。」
そう告げるとあからさまにほっとした顔を見せる彼。なぜだか少しばかり苛立った。
「何か失礼なことをしてなければいいのですが…。」
困ったような顔を作って問いかける。
「あ…別に失礼なことなんて…。あの時みんな酔っていて意識がはっきりしていたのは僕だけだったし。ただ勝手に世話を焼いただけなので…。」
当然だが彼からあの時のことは話されなかった。
なかったことにしたいのだろうか、だがあいにくこちらにはその気はない。もちろん酔いに任せた過ちなんてことにさせる気もない。
何をムキになっているのだろうと思う自分もいるのだが、この焦燥感は嫌いじゃなかった。
もう少し近づけばこの気持ちが何なのかはっきりと分かる気がする。
いやもう薄々分かってはいるのだ。
「あの…お礼と言っては何ですが、食事でも一緒にいかがですか?」
笑顔でお伺いを立ててはいるが、掴んだ手には力がこもる。
ここで離してはいけない。
「謝罪の言葉だけでは僕の気がすみませんから。」
一段階段を上がると2人の距離はぐっと縮まる。
揺れる瞳はあの夜と同じ様に僕を見つめていた。どうか頷いて欲しい。
「お願いします。」
自分でも驚くくらいに切羽詰まった声が出る。
それを聞いた彼は少しの間逡巡した後、形のよい唇を開いた。
「…はい。」
そう小さく呟き、照れたようにはにかんだのだ。
たとえお互い演技だったとしても、何の気もないふりをしてゼロから始めればいい。
戸惑うことはない。大いに可能性はあるのだ。
初めはまずは自己紹介からだろうか。
そこで僕は初めて相手に自分の名前を告げたのだった。
***
そうか…あれから3ヶ月も経ったのか…。
外を眺めながら2人の出会いを思い出していた。
こうして先輩の授業が終わるのを待つのは嫌いではない。
あれからどうなったのかと言うと…
まぁ授業後に互いの家に行き来することができる位の仲にはなったとだけ言っておこう。
あの時のように焦ることはない、理想の関係になるまであともう少し。
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〔注意事項〕 ・腐向け兎折 ・パラレルです ・タイトルと内容は関係ありません ・バーナビー視点 ・急展開の尻切れトンボ ・所謂少女漫画思考 ・とんでも展開 ・ファッションまたは美術系の学校をイメージしてます ・ただ知識が一切ないので言及していません ・なので色々と曖昧です 以上問題ないと思われた方はお進み下さいませ(*^_^*) |
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