願いの叶う鏡
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 世界のどこかにあるとされる「願いの叶う鏡」――――

 これはその鏡にまつわる物語だ。

 

 

 メデューサを殺したと云われる鏡、「願いの叶う鏡」……それをついに手に入れた。

 目の前の机に置かれた木箱、その中にその伝説の鏡が入っていると考えるだけで不思議な気持ちになる。言い伝えでは、その鏡に向かって願いを言うとその願いはすべて叶えられるという。それが真実かどうか確かめる時が来た。

 骨董屋で眠っていたのも頷ける。何故なら、「願いの叶う鏡」は普通の鏡と変わらない風貌だからだ。

 高値で売り付けられたが、どんな願いも叶うというのなら金などいくらでも手に入るだろう。

 骨董屋がご丁寧に包装してくれたが、それらはただまどろっこしいだけのものだ。木箱から紙で包まれた鏡を取り出し、机の上に置いた。丁寧に解くのも煩わしくて紙を破り捨てた。たんなる真逆の世界を映すだけの鏡が姿を現す。

 伝承によるとこの鏡は喋るらしい。

『鏡よ鏡よ鏡さん』と、呼びかけると鏡は喋りだし、願いを叶えてくれるらしい。

 じっと、鏡に映る自分の顔を見つめ、その合言葉を口にした。

「鏡よ鏡よ鏡さん」

 燃え上がるように鏡の周りに蒼白の粉塵が舞い上がり、木箱や紙くずを吹き飛ばす。あまりの衝撃に男の身体まで風で煽り、辺り一面を青で染めた。青はやがて白となり、眩い光を放つ鏡を見ていられなくなった男は思わず目を瞑ってしまった。高すぎて聞き取れない高周波が耳をつんざき、苦痛のあまり耳まで塞いだ。

 

 

 ――――――――私を呼ぶのは誰ですか?

 

 

 唐突な静寂。

 しんと静まり返った部屋に、低くどよめく、男性の声。

 男は恐る恐る目を開き、耳から手を放した。鏡に視線を送ると、ぼう、と真逆の世界を映していただけの鏡面に青白い炎が灯った。これは本物だ。

 まさか本当に――

「願いを言いなさい」

 本当に喋っている。これは間違いなく本物だ。

「どんな願いも叶えてあげましょう」

 興奮を抑えきれず、男は誰もが真っ先に思い付く願いを口にした。

「で、ではっ、俺を億万長者にしてくれっ!」

 鏡面に浮かぶ蒼白の炎が蠢く。

 おおお、これで俺も『億万長者』だ! そんな風に男は金の有り余った無駄な状況を想像し身を震わせた。

「そうですか。それではあなたは今日から『オクマン・チョウジャ』です。苗字が『チョウジャ』で名前は『オクマン』です。他に願いはありますか?」

 

 

 ……………………。

 

 

「は?」

 思わず口に出た言葉。

「他に願いはありますか?」

 こいつは今なんと言ったのだろうか。良く聞こえなかった。

「今なんて言った?」

「『他に願いはありますか?』です」

「その前だっ」

「それよりも願い事を言ってください。オクマンさん」

「俺はオクマンじゃない!」

「それではあなたは『オクマン・チョウジャ』ではなくなりました」

 こいつはふざけているのか? それとも偽物か?

 拍子抜けも良い所だった。ここまで興奮させておいて後は知らないとは言わせない。金ばかりが目的の娼婦じゃないのだから、最後まで責任持ってほしい。

「お前は本当に『願いの叶う鏡』か?」

 疑わしさのあまり、鏡に向かって一人で話している男の姿は傍から見ればかなり滑稽だ。

「そうです」

「証拠を見せろ」

「願い事を言ってください」

「ああ? じゃあ一万ゴールドだせ」

「かしこまりました」

 じゃらららららら。

 天井から大量の金貨が降ってきた。これだけの量なら一万ゴールドくらいあるだろうが。どうしてわざわざ頭の上から降ってくるんだ?

 さきほどの蒼白の炎とはわけが違うが、男にも蒼白の「青筋」なら出すことができた。これは世界最高の鏡さんにお礼を言わないといけない。

「わざとか?」

「いいえ」

 何だこの鏡。はっきり言って不快意外の何者でもない。

 本物のようだが、皮肉混じりの喋り方や、素直に願いを叶えない辺り、まともな人間が作ったとは思えない。そもそもこの鏡を作った奴の顔が見たい。

「お前を作った奴の顔を見せろ」

「この人です」

 こういうどうでもいい願いはすんなり叶えてくれる辺り、ふざけている。

「うわ。きたねえ顔」

「お互い様です」

「壊すぞ」

「出来るならどうぞ」

 この野郎。

 頭に来るが本物であることは変わりはない。

「取り敢えずこのボロ家をキレイに豪華にしてほしいな」

 男は、天井を見上げ両手を広げて辺りを見渡した。それなりに散らかってるし、それなりに汚ければ、それなりにボロい。そして脆い。

「掃除しなさい。その一万ゴールドで新しい家を買いなさい」

「死ね」

「私は生きていませんが?」

 真剣な口調の裏に、人をバカにしたような韻を含んだ鏡の言葉遣いにだんだん我慢できなくなる。男がバカであることは間違いないものの。

「では、俺を世界一の美男子にしろ」

「人の価値観はそれぞれです。国や地方の風習に左右されます。それをすべて平均化すれば『美男子』というものが出来るでしょうが、あなた好みの顔ではないと思います」

「どんな顔になるか見せろ」

「これです」

 鏡に映し出された顔は、なんとも何の特徴も面影もない、のっぺらぼうと言っていいような平凡な顔だった。

「うげ」

「理解できましたか?」

「では俺好みの顔にしろ」

「絵を描いてください。それを忠実に再現します」

「俺に絵の才はない」

「誰かに頼みなさい」

 いちいち偉そうに。

「態度を慎め」

「はい、慎みました」

 この鏡、使えるようでまったく使えないじゃないか。だが、まだ使えないという判断を下すのは早い。もう少し試して見ても悪くはない。せっかくの本物だ。

「死んだ両親を甦らせることも出来るのか?」

「ゾンビみたいになら」

「不死の病も治るのか?」

「その病を治す薬が存在するなら」

「人を呪い殺すこともできるのか」

「呪い殺す方法なら知ってます」

「過去や未来に行けるのか?」

「私は一緒に行けないので、戻ってこれませんよ」

「俺を神にしろ」

「死になさい」

 使えねえ。まったくもって使えねえ。結局、自分自身が何かしなければらならないということではないか。しかもこれといって夢のない方法ばかり、現実の塊だ。

 これでは廃棄処分は決定だ。もしくはさっき買った質屋に売りに行こう。

 最後の最後でいい願い事が思い付いたので、これを言ってからでも遅くは無いと思った。

「そうだ。俺に最強の力をくれ」

「はい、あなたは最強です」

 こいつは本当に……っ!

「冗談はもうやめろ!」

「冗談ではないです」

「なんだと!」

「あなたは最強です」

「嘘を吐け!」

「嘘じゃないです」

「ああっ?」

 沸点に達した男の怒りがやや弱まりつつあったが、鏡がトドメを刺した。

 

 

「この部屋の中で」

 

 

 ぶちぃぃぃいいいいっ!

 何かがキレる音が男にだけ聞こえた。

「お前なんかなあ。お前なんかなあ……」

 ガッ、と男は鏡を鷲掴みにして――

「死んでしまえええええええええええ!」

「――――生きて」

 鏡が「生きてません」言い切る前に、鏡は窓から放り捨てられ男の前から消えた。男は納まらない怒りを何かにぶつけようとがむしゃらに蹴って見たが家具の角に小指をぶつけてしばらく悶絶した。

「な……何がこの部屋で最強だ…………」

 家具のほうが強いじゃないか……。

 あー、高い金払ったのに……もう、人生おしまいだ……(一万ゴールドのことはすっかり忘れている)。

 でもよく考えてみると、喋る鏡というのも珍しくて面白いかもしれない。コレクターに高値で売れるかもしれないと思い付いたのはすでに鏡を投げてから一分以上経ってからだった。

 鏡の行方が気になって窓の外を見る。割れているだろうと思った鏡は少女が見事にキャッチしていて鏡と何か話しているようだった。

「あーあ、あの子もいいようにあしらわれるんだろうな」

 ついさっきの自分の姿を思い出す。

 しばらく鏡と少女のやり取りを眺めていた。それはあまりに少女が楽しそうに鏡と話しているからだ。なんであんな皮肉ばかり言う奴と話しをして楽しいのだろうか。謎だ。

 腕を組んで静観していた男の表情が一瞬で仰天に翻ったのは少女が宙に浮いてからだった。

「!」

 飛んでる――

 ゆっくりと上昇する少女を上から見下ろして、それが鏡の力だということに気付いた。

 丁度、男の位置と同じくらいに少女が浮き上がってきた時に話しかけた。

「お、おい!」

「あ、もしかしてこの鏡を落としました? 駄目ですよーこんな良いもの落としたら。はい、返します。大事にしてくださいね」

 窓越しに鏡を渡され、無言で受け取ったが思いついた疑問がそのまま口を突いて出た。

「な、なんで返す!」

「えー。だって私はもう空が飛べるようになりましたし、それはあなたのですよね。ここから落ちてきましたから」

「あ、いや、まあ、そうだけど」

「それでは」

 そう言うと少女はさらに上空へ飛んでいってしまった。

 ……………………。

 この鏡の力をもう一度考え直さなければならないようだ。

「鏡」

「はい」

「お前最高だな」

「いえいえ」

「よし、俺も空を飛べるようにしろ」

「デブには無理です」

 

 

 ――完――

 

 

 男はその後、ダイエットに励み、空は飛べるようになったそうだ。

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世界のどこかにあるとされる「願いの叶う鏡」
これはその鏡にまつわる物語。
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