【DQ5】遠雷(3)【主デボ】 |
デボラの望むものはいつまでも手に入る気配はなかったが、月日は流れていった。
成長とともに洗練されていく己の容姿は、自分でもほれぼれするほどだ、と思っていた。艶やかで豊かな黒髪と、真夏の空の様に活力に満ちた蒼い目、象牙細工の様な指先に均整の取れた脚の線は、一度でも目にすれば虜にならない者はいないとまで言われた。勿論、デボラ自身もそのように自らを賛頌した。
街の男どもが、言辞を尽くして己を褒め称え、財を尽くして己にかしずく。以前は腹立たしいばかりだったが、大の男が、己の足の下にひれ伏すのは、心地がよいと思えるようになった。
―― 私だけを見て、私だけを慕い、私だけを崇める存在が欲しい。
この望みは、ほとんど叶えられた。だが、心の底では、それを面倒だと思い始めてもいた。
そんなデボラに対して、ルドマンは「慎みを持った振る舞い」をするように説教を繰り返した。
デボラは、ルドマンが説教をするたびに、こう言った。
「ねえ、パパ、慎みってなぁに?具体的かつ手短に教えて?納得できたら言う事を聞くわ。」
こう言えば、ルドマンは何も言えなくなるのを、デボラは知っていた。
「おまえ、親に向かって……!」
デボラは、男どもと戯れるよりも、父の説教の揚げ足を取る方が面白い、と思うようになった。
やがて、どれほど言葉や財を尽くしても靡かないデボラを、男たちは悪し様に罵るようになった。
「なんて面倒な生き物なのかしら。」
結局の所、本心から己に懐いているのではないのだ。もしかしたら、自分を愛し、あわよくば所有物になってくれまいか、という願望があるからこそ、彼らは懐く。そして、その願望が叶えられないと知れば、掌を返す。
「くだらないわ。」
―― 相手に対してくだらない幻想を押しつけるなんて、本当に愚か。
周囲を見下しながら、デボラはうちひしがれる。真に愚かなのは、己だ。それが、よく解るのだ。
デボラは、離れていく連中を引き留めず、むしろ、自分から放り出すようになった。そうしているうちに、デボラの素行が良くなった、と思ったらしいルドマンは、説教をしなくなった。
「つまんないわね〜。」
デボラは、父が説教をしない所為か、張り合いが無くなったように感じた。
つまらない、と思うと、寂しくなってくる。
―― フローラ、帰ってこないかな。
聡明で、素直で、かわいらしい妹は、己に対して余計な願望など持たない。ただ姉であるが故に愛してくれる。そして、デボラも、妹を大切に思う。
だが、妹は、一生を神に捧げるという覚悟でいる。デボラは、そんな風に思える妹が羨ましくもある。
「つまんないわ。」
本当に、つまらない。誰も彼も、己も。
デボラは、自室にこもりがちになった。
デボラがぞんざいに扱った男の一人が、ルドマンの仕事の邪魔をしたらしいという話を耳にしたのは、そんな時だった。
「おまえという奴は!」
そう言って、ルドマンはいつもの説教を始めた。デボラは、説教を聞き流しつつも、己の所為でそういう事態を招いたことについては、素直に謝罪するつもりだった。自分の言動によって、自分が面倒に巻き込まれるのは構わない。けれども、自分の所為で“父親”に迷惑をかけるのは、気が引けた。
ところが。
「全く。少しはフローラを見習って、慎ましやかに出来ないのか。」
ルドマンが言ったことは、デボラにとっては聞きたくない言葉だった。
「今、フローラのことが何か関係あるの?私も、フローラみたいに修道院に行ってしまえば善かったってこと?」
「そんなことは言ってない。」
「言ってるじゃない。」
喉がつぶれそうだと思った。泣きそうな時に無理に声をだすと、喉の奥が痛くなるのだ。自分は一体何を悲しいと思い、何に怒っているのか、デボラには解らなかった。ただ、言わずにはおれなかった。
「そんなに私が厭なら、修道院と言わず、座敷牢でもなんでも閉じ込めてしまえばいいのよ。」
言い放った瞬間、義父は、眉根を寄せ、顔を歪めた。そして、小刻みに震え、右手を振り上げた。
殴られる、とデボラは思った。けれども、ルドマンは、振り上げただけで、何もしなかった。大きく息を吸いこんで、また、はき出して、
「向こうへ行っていなさい。」
そう言って、黙ってしまった。
しばらくして、東の大陸から手紙が来た。
フローラからだった。丁寧に整えられた筆跡を、フローラらしい、と思いながら、デボラは、手紙を読み進めていった。
修道院での生活のこと、毎日の勉学のことを記している。デボラは共感できなかったが、静かに慎ましく自給自足の生活のなかで、神のための学問を修めることに喜びを見いだしている妹の様子が、嬉しかった。妹が嬉しいなら、己も嬉しい。ただ、やっぱり自分にはそういう生活は合わないな、と思う。でも、嬉しい。
最後に、こう書いてあった。
―― 今度の安息日をはさんで、帰省しようと思っています。一週間くらい滞在するつもりです。久しぶりにお姉さんに会えるのが楽しみです。
フローラが帰ってくる!
デボラは素直に喜んだ。
フローラが修道院へ行ってしまってから、帰省したことなど一度も無かった。だから、デボラは、フローラに会えるのがとても嬉しかった。
勢い余って修道院まで行こうとしたが、ルドマンに反対された。デボラは、腹を立てたが、父の言う事はもっともだと思った。
近頃、世の中の様子がおかしい。魔物たちが急に凶暴化して、街を襲うようになったのだ。また、魔物の襲撃で土地や家屋を失った人民が山賊化して旅人を襲うこともあった。
サラボナは、ルドマンをはじめとする名士たちが私財を投じて傭兵を雇い、防備を強化していたから、魔物や山賊の襲撃はない。けれども、街を一歩出てしまえば、安全ではなくなる。
更に、大陸間連絡船が魔物に襲われて沈没する事件が起きた。その年に入って、もう三度目だった。大船主でもあるルドマンは、その件について忙殺されていたのである。デボラは、多忙な義父に間近に接する内に、反抗するのを控えるようになった。すり減っていく神経を象徴するかのように徐々に減退していく頭髪のありさまには、憐れみすら感じた。
ルドマンは、フローラを無事に帰省させるために、神経を尖らせていた。魔物に襲われぬように海路の調査を入念に行い、また、船の改造を行った。船首から聖水が流れるという最新の機構を取り付け、更に、魔物に襲われても対処出来るように、屈強な傭兵を一個中隊ほど雇い入れた。
それでも、ルドマンの気は収まらなかった様だった。
「パパ、心配しすぎじゃない?」
ある日、デボラは、ルドマンに対して苦言を呈した。デボラの本心は、義父がフローラの迎えに対して金を使いすぎていることへの苦情ではなく、義父の憔悴ぶりへの心配であった。
デボラは、フローラのことを巡って義父と口論したり、その後に寂しさから素行が悪くなったことに対する引け目があった。本当は、自分たちを拾ってくれて、何の不自由もないどころか常人よりも遙かに恵まれた生活を送らせてくれるこの義侠心あふれる富豪を、父親として愛していた。けれども、それを態度に出すのは気が引けた。デボラは、そのように怯える己を、このときほど後悔したことはなかった。
ルドマンは、デボラの言葉を額面通りに受け取り、また、激しく叱責した。
「おまえは、妹が心配じゃないのか!!」
連日の激務から血走った眼と、怒りで紅潮した顔は、下手な魔物よりもよほど迫力があった。
「心配だけど……。」
ルドマンの気迫に押され、口ごもった。ルドマンは、吐き捨てる様に言った。
「ならば、口出しするな。」
「なによ、パパのバカ!そんなんだから、禿げるのよっ!」
暴言を吐く。本当に言いたいことから、どんどん離れていく。デボラの心の中は、己の本心が義父に伝わらなかったことに対する悲しみと失望でいっぱいだった。
義父は、ため息を吐いた。
「本当に、どうしておまえは、そうなんだ。儂の気も知らんで……」
悲しそうに、悔しそうに、義父は呟いた。
「パパこそ!私の気も知らないで!」
とは言えなかった。ただ、乱暴にドアを閉めながら、その場を退出することしか、デボラにはできなかった。
フローラの帰省のための迎えは、まるで魔物の討伐軍のような威容で、東の大陸に向かった。ルドマンは、徐々に伝えられる情報を確認しながら、喜んだり不安そうにしたり、顔色を何度も変えた。
デボラは、もう、義父には何も言わなかった。
代わりに、幼なじみのアンディに八つ当たりをした。
アンディは、フローラのことが好きだと言ってはばからない男だったので、デボラはそれも腹が立った。たかだか幼なじみにすぎないやつが、何で己の妹を案じるのか、不思議でならなかった。
説明 | ||
5主に出会う前のデボラ様をねつ造した話の3発目。ルドマンさんってすごいよね、かっこいいよね。プレイ中はただの強引なおっさんだけども。 今までの→(1)http://www.tinami.com/view/266952 (2)http://www.tinami.com/view/270315 |
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