festa musicale [ act 2 - 5 ]
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「……で、なぜかボーカルをやることになった、と」

「その通りで御座います」

「で、それは俺のせいだと」

「その通りで御座います」

「何かほかのこと言ってくれよ…」

「はいはいそうだね」

「…えっと、ゴメンなさい?」

 何、これ。

 

 

 

 こういう極めてめんどくさい状況になったのは、学校の秋学期が始まる前日、たまたまウインドが休みで、バイトが午後からの日曜日だった。

 突然俺の部屋にものすごいふくれっつらで遊びに来た灯は、部屋に上がっていきなり、

『馨のせいだ』

 という相当意味不明な非難を浴びせてきた。

 何がどう『俺のせい』なのかを説明してもらおうとして擬似コミュニケーション不全に陥っている目の前の灯となんとか会話すること三十分、やっとここまで聞き取ることに成功した。 聞き出せた情報は『ボーカルやることになった』という、ただそれだけなのだが。

「もっとちゃんと説明してくれよ」

「馨のせいでボーカルやります場所は今度あるイベントですバンドはそのイベントのために組まれるスペシャルバンドです一夜限りですヒャッハァ」

「最後おかしくないか」

「うるさい」

 どう考えてもツッコミ待ちにしか聞こえなかったのだが、違ったらしい。

「うーむ。 なんで怒ってるのか皆目見当も付かん」

 本当に分からないのだからしょうがない。 ちょっと切り口を変えてみようか。

「昨日は誰と会いましたか灯さん」

「新見君、あと神前さん」

「へぇ新見。 ま た あ い つ か」

 一度絞めておくべきか。

 と、考えたところで、もう一人名前が挙がっていたことに気付く。

「って、智代? なんで智代?」

「へぇ、呼び捨て」

 …あぁ、なんだ。

「なんだ焼きもちか」

 グーで殴られた。

 

 

 

 

 

 

「……スミマセンデシタ、痛いですモウヤメテ」

 本当に痛い。 なんか二の腕がギシギシ言っている気がするし、頭から血が流れている気がする。 下手したら貧血とかで倒れるかも。 俺貧血ってなったことないから一回くらいなっておいても良いかもしれない、何事も経験だ。 自分でも何言ってるのかわからなくなってきた。 いよいよ持って現世ともおさらば、これからはニルヴァーナから灯を見守ることに

「しねぇよ!」

「ノリツッコミは痛々しいよ」

 そんな灯は今はもう機嫌も治り、美味しそうにさっき俺が死ぬ前に淹れたコーヒーを飲んでいる。

「だから殺すなって!」

「誰と会話してんの?」

 あぁ、どうやら幻聴だったらしい。

「ふぅ…まぁいいや。 ほら、智代ってバンドやってんじゃん。 うちの店にもCD置いてあるし」

「あ、そうなんだっけ」

 本当の話だ。

 実は智代は前にも言った、『この街にはSLEEKより上手いバンドがいくらでもいる』うちの、特に上手いバンドのギターボーカルだ。 つまり、全国クラスで有名なバンドのギターボーカルということになる。

 そんな人間と、今までバンドの『バ』の字も知らなかったような灯が会話して、灯をボーカルに推薦するなんて、何かの奇跡か神の思し召しとしか思えない。

「そんなことあるんだなー」

「なんのこと?」

「いや、なんでも」

 灯の音楽家としてのセンスは一流だし、未経験だったオーボエも今ではしっかりと芯の通った、ハッキリしたサウンドになっている。 センスがあって、努力する才能がある。

 これ以上音楽をやるのに必要な才能は必要ない。

 多分ボーカルを言い渡されても何の問題も無いだろう。

「良い声してるしな、灯は」

 正直な感想を言っておく。 以前一緒にカラオケに行ったことがあるから分かるのだ。 まぁ、サマーコンサートの打ち上げのオール組だったからものすごい泥酔状態だったけど。

「お前あの時エコー切ってただろ」

「エコーかけると自分の声じゃないような気がして」

 いや、上手く聞かせるためのエコーなんだけど…なんて言うのは無粋だろう。

「なんにしても、引き受けちゃったの。 馨のせい!」

「いや、そこは自己責任だろ」

「いやいや」

 と、一呼吸置いて、

「だって、主催者の彼女が目立たないなんて、とか言われたんだよ? まだ彼女じゃないのにね」

 と、なぜか恨めしそうな声で言う。

「なぜそんな声で言うんだ。 そして俺は主催じゃねぇぇぇぇぇぇえええ!」

 

 

 

 灯が帰って、俺はそのままバイトに行く。

 ここ最近俺が働いてるときに限って変なイベントが起こりやすいと、他のスタッフに言われたことがある。

 今日もそのパターンで、なぜか小野寺さんたちがケンカしていた。

 なんでケンカしてるのかは知らないけど、とにかくケンカしていた。

 場を収めた方が良いのか。 でも今日客いないし。 好きなだけやってしまえば良いんじゃないかとも思う。

 でも、

「あのイチャイチャしながらケンカするの、止めてきてくれない? 見てて腹立たしいから。 もう世界中のカップルは破滅すればいいんだ!」

 と、一人身のスタッフ(二十三歳男性彼女いない暦二十三年)に言われてしまっては行かないわけにはいかない。 仕方なく二人の傍に近寄ってみる。

 話の大筋はこうだ。

 

 

 

「最近冷たい!」

「冷たくないよ…むしろ遥の方こそ一方的にメール切ったりしてるじゃないか」

「あ、あれはちょっと用事が…覚だってそうじゃん!」

「いや、俺にだって用事くらいあるんだよ。 それを言ったら、遥はいつもじゃないか」

「いつもじゃないよ! 覚の方が回数多いよ! 私数えてるもん」

「数えるなよ…」

「とにかくー、最近冷たいの! だからデートを所望する!」

「だからデートって文脈おかしいし、課題やれよ…卒業出来なくなっても知らないぞ? というか僕は今卒業かかってる論文があるの。 て言うか、遥はもうすぐ就活だろ? 準備しなくて良いのか?」

「話をすり替えないの!」

 

 

 

「……」

 なんて、不毛なんだ。

 俺と灯には絶対に出来ない言い争いだ。

「あのー」

「「なに」」

「ここ、店なんで。 ケンカなら」

「ケンカじゃなくてディスカッションだもん」

 と、言い訳してくる加藤さん。 どう考えてもただの屁理屈ですね。

「その通りだ」

 いや、小野寺さん、あんたもか。 なんでこう若年化してるんだ二人とも。

「なんて言うか、仲良いですよね」

 喧嘩をするほど仲が良いとはよく言ったものだ。

 そう思って俺が言うと、二人は目を丸くして固まった。

「…? 俺なんか変なこと言いました?」

「…なんかケンカしてたのアホらしくなってきた」

 そういって加藤さんが足を投げ出す。 今日はスカートなのでめくれないか心配になってしまうが、幸い店内には客は他にいない。

「もうちょっと恥じらいを持ってくれよ」

「あぁ、はいはい」

 そう言って少し居住まいを正す。 なんだかんだで小野寺さんの言うことは聞くんだな。

「まぁ、客他にいないんですけどね」

「一応公共の場所だから」

 小野寺さんは時々こうやって固い…といってはなんだけど、そういう感じで人をたしなめてくる。 元々そういう性格なのか、加藤さんがだらしないからこうなってしまったのか。 どちらにしても二人はお互いのことをしっかり考えている、良いカップルなのだ。

「それにしても、今日は灯ちゃん来てないんだねー」

「いや、そんなにいつもいるのって逆に気持ち悪くないですか」

「そんなことないんじゃない? だって二人ともお互いのこと好きなんだし、いつも一緒にいたいって思うのは普通だと思うよ」

 と、コーヒーをすすりながら加藤さんが言う。

「それは恋する乙女的発言?」

「そう」

 力強く頷く。 この人がそう言うなら、そういうことなんだろう。

 何しろこの人は初めてこの店に来たときからずっと、恋する乙女なんだから。

「まぁ、なんにしても大事にしてあげるのが一番だね、指揮者とかイベント主催とかそういうのばっかりに捕らわれてたら、今度は灯ちゃんが夏休み前の君みたいに奔走することになりかねないよ?」

「まぁ、その通りですね」

 以前と同じ過ちを繰り返すのは人間だけだけど、同じ事を繰り返す人間は愚かだ。

 大学に入って最初に学んだこの言葉の意味を、俺はもう一度反芻するのだった。

説明
なぜか焼きもちを焼いている灯に殴られる馨。
なぜか"空"に来て喧嘩をする遥と覚。
喧嘩をするほど仲がいいとは言うけれど…
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