Secret Lover's |
【ヒュパスパート抜粋】
遠くへ行きたいと思っても、団体行動をしている以上はこの街を出ることは出来ない。
とにかくパスカルさんから離れようと宿屋の前まで戻ってみたけれど、そんなことで根本的な解決が出来るわけもなく噴水の前で立ち尽くす。
あのロボットが完成すれば、ぼくらは旅に出る。
そうなれば、こうして距離を置くことも出来ないし、戦闘中にまで引きずることがあれば命の危険に繋がるだろう。
彼女はこちらの気持ちなど微塵も気付いていないんだ、ぼくが折れて軽く謝罪をすれば問題無く済むだろう。
(でもそれは、自らの気持ちと向き合うこともせずに逃げているだけじゃないのか?)
時間が無い今は、それで繋いでおくことも策としてはありだ。ただ、それに自分自身が納得出来るか、それだけだ。
「よっ、悩んでるな青少年。若いモンが暗い顔をするのは頂けないな」
買い物もせず辺りをぶらついていたのか、目的があって外出したようにも思えないマリク・シザーズが声をかけてくる。人生経験こそあれ、人を小馬鹿にした態度はあまり好感を持てる物でもなく、ぼくは眼鏡の位置を整えながら彼の出方を窺った。
「若いうちの苦労は買ってでもしろと言いますし、悩み無く日常を過ごすよりは、よっぽど有意義かと思いますよ」
「ほう、恋の悩みが有意義に感じるとは中々の強者だな。オレにも一つコツを教えて欲しいものだ」
やっぱり、この人は苦手だ。
上から覗き込むようにぼくの顔色を窺って、動揺するのを楽しむかのように反応を待つ。そう簡単に恥を晒してたまるものかと、敢えてぼくは腰に手を当てて彼を見上げる姿勢で言い返してやった。
「お言葉ですが、この状況下で恋愛に現を抜かす暇があるとでもお思いですか? ラスタ・カナンの攻め方、万が一の場合に被害を最小限にする方法……悩みなど、いくらでも出てくるものでしょう」
「だからこそだ。今日と同じ明日は来ない、いつでも見守ってやれるわけじゃない。死に際の告白が美しいのは物語の中だけだ、現実は相手に枷をかけるだけで伝えなければ自分が後悔する」
「言われなくても! ……そんなことは、わかっているんです」
世界を救う旅だなんて、聞こえは良くても保証のない旅だ。いつどこで強敵と闘うことになるかも分からず、また一時の平和に終わって次の旅が始まるのかも知れない。自分が後悔したくないと言うだけの理由なら、気になっている気持ちをぶつければいいに決まってる。
【アスシェリパート抜粋】
執務室に籠もっていても手紙の内容は仕事絡みのことになってしまいそうで、俺は一度自分の部屋に戻った。子供の頃の思い出や半年という旅の話。そこから何か話題を膨らませることは出来ないかと思ったのだが……。
「はあ、また新しいのが増えてないか?」
机の上に置かれる、見合い写真の数々。ただでさえ散乱したままになっていた机の上で、気持ち程度整えた部分に積み上げられたそれは、存在に気付きながらも一度も目を通したことはない。
旅から戻って来てからと言う物、領主として仕事を覚えるのも大変な俺に母さんは執拗に縁談の話を繰り返す。もちろん領主となるからには跡継ぎのことを考えろという母さんの意見は分かるし、いつまでも子供でいられないことぐらいは理解している。
けれどどうしても、半人前な自分が誰かと共に歩んでいくなんて想像出来なくて、ずるずると逃げ回ってばかりだ。
(そういやシェリアだって年頃なんだし、こういう写真の一つや二つ送ってたりするのか?)
それとも、救護団の中に良い人でもいるから帰ってこないのか。幼なじみとして気になるところではあるが、それをわざわざ問いかけるようなことが出来るわけもなく。考えるのに疲れた俺は、そのままベッドに倒れ込んだ。
たまたまフレデリックとシェリアの話をしてから、ずっとシェリアのことを考えている。ラントに帰ってきてから、こんなにも考えたことは無いだろう。
気になって気になって、そんな心配する気持ちを綴れば良いのだろうか。
(幼なじみとして心配するのはおかしくないと思うけど、今さらって感じだし。それに――)
これじゃあまるで、シェリアのことが好きみたいじゃないか。そう考えた瞬間、まるで水を飲み込んだみたいにストンと言葉が落ちてきて、じわじわと胃に染み渡るように恥ずかしさが俺を襲う。
好きとか嫌いとか、その二つで分けるなら決して嫌いじゃない。幼なじみで、半年も旅をして、何があっても一緒にいるのが当たり前になっていて。
……だから少しばかり特別に思ってもおかしくはない、よな?
例えば、そう例えばの話だ。あの見合い写真の中にソフィがいたら?
守るべき女の子だとは思うけど、日常のことを教えるのが精一杯で女の子というよりも、どうしても娘っぽいというか……見た目的にも妹みたいな感じかな。とてもじゃないけど奥さんに、なんてことは考えられない。
じゃあ、パスカルならどうだ。あの技術があればラントも発展するだろうし、そういった意味合いでは視野にいれるべきかもしれない。
だけど、相手はあのパスカルだ。ヒューバートみたいに人を指揮するのが上手いならともかく、やっと腰を落ち着けたような俺には到底かないそうにもない。
――なら、シェリアだったら?
使用人の孫という点では良家の息女でも無いから何かと衝突はあるかもしれない。
だけど、母さんだって小さな頃からシェリアのことを知っているのだから人となりは言うまでもないし、俺が面倒を見たいソフィの理解だってある。お淑やかと言うより勝ち気で元気な部分があるから、尽くしてくれると言うより互いに引っ張っていけるような、そんな関係になれるかもしれない。
「――だから、なんで俺はシェリアだと否定しないんだよ!」
「アスベルはシェリアが嫌いなの? どうして?」
頭をかきむしりながら飛び起きると、丁度心配そうな顔をしたソフィが入ってきたところだった。
どうやら摘んできた花のいくつかを押し花にしたくて書斎にある本を借りたいということらしいが、俺がそうやって話題を逸らしたにも関わらずソフィはまた心配そうな顔をする。
「アスベル、シェリアが嫌いだなんて嘘だよね? アスベルもシェリアが好きだよね?」
わたしは好きだよ、と力説されても俺が考えていたのはソフィとは違う好きのことで。
きっと今のソフィに教えるには難しいだろうし、寧ろ俺自身が良く分かっていないので、難しい話なんてこれっぽっちも出来はしないんだけど。
「そうだな、俺も好きだよ。ソフィもラントのみんなも……シェリアも」
誤魔化すように言ってみたのに、やっぱり好きという言葉とシェリアの名前を並べるにはまだ抵抗があって、俺は先に部屋を出る。後を付いてくるソフィのほうは振り返らずに、ただ今が平和であることに頬を緩めた。
説明 | ||
8月12日、コミックマーケット80合わせの新刊。 ヒュシェリ・アスシェリ・ヒュパスの短編3本詰め合わせ。 ややシリアス目のほのぼの恋愛小説です。 通販は【http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0020/02/11/040020021190.html】 【http://www.c-queen.net/ec/products/detail.php?product_id=63364】より。 イラスト担当:あまの |
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