店主と少女の関係は?
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 周りを見れば、古い壷や皿などの焼き物が棚にところ狭しと並べられている。そうかと思えば、別の棚にはいつ仕入れられたかさえ分からないぬいぐるみが置いてある。マイクや工具、しゃちほこなんかも置かれていた。

 これだけの品揃えなのに、なぜだか客は来ない。つい先日、駅前にできたデパートのせいであろう。きっとそうに違いない。

「大型店舗め。妬ましい……」

 呟くが、返ってくる言葉は無い。せいぜい聞こえてくるのは、年中無休で稼動している扇風機の音くらいだ。

 ポケットから煙草を取り出し、口にくわえて火を点ける。なぜ店舗内で煙草を吸えるのか? 理由は一つ、

「客がこねえ」

 客が居ない。それに限る。

 開店当初がこの状態ならまだ良いだろう。だが、俺の店はかれこれ数年はこの状態だ。

 口から灰色の煙を出す。同時に溜息も出てきた。そして、唸る。

 唸っている間、扇風機が首を回すたび商品からは埃が舞う。数年間の実績である。数年の営業で、積もったものが栄誉でも常連客でもない。ただの埃とは呆れる話だ。

「……まあ、自分のことだが」

 豊富な品揃え。日当たり良好な店舗。気の良い店主。なぜこんな良い店が流行らないのか? 全く分からない。……いや、本当は分かっている。だが認めたくないのだ。

 思考が若干ネガティブに向かいかけた時、普段は客が通らない出入り口が音をたてて開いた。

「いらっしゃいませ!」

 自分でも驚くほどの、活気的な声がでた。だがしかし、入ってきた人物は客とは呼べる者ではなかった。

「こんちはー」

短く切った黒い髪。健康的な小麦色の肌。半袖半ズボンの活発的な格好。そこから見える引き締まった腕とふともも。見知った姿の少女がそこに居た。

「……何の用だ? 神酒ちゃん」

 神の酒と書いて、みき。最初に出会ったとき、彼女にそう言われたことを思い出した。

「ちゃん付けはやめてよ。おっちゃん」

 頬を少し赤くしながら、神酒は言った。

 相変わらず、照れ癖は治っていないようだ。……一昨日も会ったから分かってはいるが。

 くわえている煙草を手で掴み、商品棚にあった灰皿に入れた。商品だけど、今日から俺の物にしよう。

「分かった、分かった。それで? 何の用だ?」

「えーっと、おっちゃんの生存確認かな」

「俺はこのとおり生きてるからな。冷やかしはお断りだ」

「冷やかしじゃないよー。むしろ、おっちゃんを温めに来たんだよ」

 言うやいなや、俺の腹辺りに腕を回して抱きついてくる。昔は抱きつかれるたびに動揺したが、今ではもう慣れたものだ。

「暑い。離れろ」

 神酒の両肩を手で押し、強引に離す。抱きつかれたせいか、なにやら体感温度が上がった気がする。汗が額からにじみ出てきた。

「もう。せっかく若い女性が抱きついてるんだからさー、もっとこう、反応をしてよ」

「今のが大人の反応だ」

 神酒も暑いのか顔を赤くしている。暑いなら抱きつくなよ……。

「えっと、突然なんだけどさ。おっちゃんは、事務の仕事できる?」

「突然すぎるな。……まあ、できるにはできるが」

 そう答えると、神酒は笑みを浮かべてまた抱きついてきた。

「何がしたいんだよ、おまえは?」

「いーじゃん、いーじゃん」

「良いなら早く離れろ」

「あと少しだけさ」

「胸が当たってんだよ」

「成長の証なのさ」

「……アホう」

 呆れるを通り越してしまいそうだ。なぜこうも無防備なのか。

 少ししてから、神酒は名残惜しそうに俺から離れた。そして、「明日もくるよ!」と言って、帰っていった。

 店の出入り口に鍵をかけ、俺は店舗の二階にある自室へと向かう。自室に着き、引きっぱなしの布団に寝転がった。あくびが出てくる。

 今日店に来たのは、数年間変わらず神酒だけであった。まあ、良いか。全く居ないよりかは。

 そう思い、俺は眠りにつこうとする。そうえば、神酒の事務がどうこうの話は、何だったのだろうか?

 少し頭に引っかかったが、俺の意識は、睡魔に襲われて遠くなっていった。

 

 

翌朝。日曜日。

「おはよう。おっちゃん」

 目が覚めると、なぜか神酒が居た。

 周りを見ても、いつも通りの自室だ。つまりは、……どういうことだ。

「もう、だらしないな。昨日の服のまんまじゃんか」

「昨日は店を閉めた後、すぐに寝たからな」

「まったくもう……」

「こっちの台詞だ。何で俺の部屋に居るんだ」

「えっと……。昔さ、合鍵を貰ったんだよね」

 合鍵? 神酒に俺が渡したんだろうか。全く覚えが無いが……。

「鍵屋さんに」

「ちょっと、行ってくるわ」

「落ち着いて、落ち着いて。私にしか渡してないから」

 当たり前だ。俺の店の鍵が町中にばら撒かれたら、訴える。鍵屋のやろう。覚えてやがれ……。

「そんな怖い顔しないで。今日は真剣な話をしに来たんだよ」

「入店方法がふざけてるけどな」

「茶化さないでよ。本当に真剣な話なんだから」

 じろりと俺を睨む神酒。なにやら真剣な話らしいが、睨まれても愛らしいいだけだ。

「おっちゃんは、この店を続ける気があるの?」

「ああ?」

 脈絡の無さ過ぎる質問に、つい聞き返してしまう。

「だからさ、おっちゃんはこの店やめないの?」

「やめねえよ。おまえは地上げ屋かなんかか?」

「茶化さないでってば。昨日私が訊いたこと覚えてるよね。事務ができるか、っていうの」

「ああ、覚えてるな。それで?」

「お父さんがね、事務ができる人を探してるらしいの」

「へえ。そいつは大変だな」

 段々と話が見えてきた。つまり、それを俺にしろと言いたいのだろうか。

「だからさ、おっちゃんが――」

 神酒は愛らしい笑顔で言おうとする。俺はそれを遮って、言った。

「嫌だ」

「……どうして」

「俺には、この店をやる理由がある」

 昔からそれだけは変わらない。俺は今も、その理由があるから店を続けている。

「その理由って、……何なの?」

「言うわけがないだろう」

 というか、言えない。他のやつにも言えないが、特に神酒にだけは言えない。

「なんでさ」

「俺にも事情があってな」

「…………帰るよ」

「ああ」

 神酒は立ち上がり、扉を開けて出て行った。部屋は一転して静かになる。

「店。やるか」

 呟き、立ち上がる。何かしないと泣きそうだ。

 この日。神酒は来なかった。

 

 

 三日後。お昼ごろ。

 小麦色の肌をした少女が入店した。

「お父さんが、事務員の募集終わったってさ」

 そして悲壮感漂う顔で、俺にそう言った。

「そうか。残念だな」

「本当にそう思ってる?」

「いや。安心した」

「……そう」

 神酒は溜息をつくと、商品である椅子に座った。

「残念だなー。おっちゃんが事務員になってくれればなー」

「俺は店が性に合ってるんだよ」

「いるのはせいぜい閑古鳥のくせに」

「理由がある限りは店をやんの」

 商品の椅子に、俺も腰を掛けた。神酒とは相対する位置になる。

「……理由って、なんなの」

「言って欲しいのか?」

「聞かないと納得できないし」

 ふくれっ面の神酒が言う。言いたくねえなあ。

「神酒ちゃんは、好きな人とかいんの?」

「急にどうしたのさ?」

「理由を言いたくないから、話をそらしてんの」

「あっそ。私はいるよ」

「……へえ」

 いるのか。意外だな。……ますます理由を言いたくなくなった。

「おっちゃんはさ、好きな人とか、……いるの?」

「いるよ」

「……そう、なんだ」

 神酒は俺と目線を合わさず、そっぽを向いている。……頬は少し赤い様だが。

「……それで、店を続ける理由って何? もしかして、その好きな人とやらが絡んでるの?」

 さっきよりも、なぜかなげやりに訊いてくる。興味が薄れたなら聞かなくてもいいだろうに。

「まあ、確かに好きな人が絡んではいるな」

「そうなんだ」

「神酒はどうなんだ?」

「なにが?」

「俺を事務員という茨の道に誘った理由」

「……事務員になってさ。お父さんの近くで働いたら、認めてくれるって思ったんだ」

 それなのに、おっちゃんは。と呟き、神酒は溜息をつく。俺はそこまで悪いことをしたのか?

「おっちゃんの理由、聞かせて。やっぱり納得できない」

「……はあ。分かったよ。一度しか言わねえからな」

「うん」

 こんな状況で言うことになろうとはな。

「だからな」

「うん」

「おまえが来てくれるからだ」

「うん。……へ?」

 神酒が目を丸くして、呆けた言葉言う。

「なんだよ」

「そ、それってさ。つまり」

「おまえが好きな人なんだよ。納得したなら――」

「おっちゃん!」

 神酒は俺の愛称を叫び、抱きついてきた。どうしたっていうんだよ。

「なんだよ。どうした?」

「おっちゃん。おっちゃん。おっちゃん!」

「ああ?」

 神酒が俺の腹に顔を埋めて、叫んでいる。この状況はなんだ?

「私もさ、おっちゃんの、ことが」

 神酒が今言おうとしていることを理解する。つまりは、

「すいませーん。ここにしゃちほこが売ってる聞いたんですけどー」

 そんなとき、店の出入り口が初めて客を通した。

 入ってきた客らしき青年は、俺と神酒を見て固まっている。

「……すみません。今日は閉店なんで、また今度」

 俺は客に一言、そう言った。青年は無言で頷き、出て行った。

 

 

 一週間くらい、後。

「おっちゃんー。この貯金箱ってどこに置けばいいの?」

 神酒が俺に訊いてくる。冷やかしではなく、店員として。

「適当に置いとけ。そして、本名で呼べ」

「おっちゃんはおっちゃんじゃんか」

「おまえは俺の本名を知ってるだろうが」

「いいじゃん。私はおっちゃんって呼びたいの」

 そう言って、神酒は貯金箱を適当な棚に置く。そして、俺に近づき抱きついた。

「おっちゃんは私だけの、おっちゃんなんだよ」

「何を言ってんだか。……そうえばよ」

「なに?」

「俺を事務員にすれば、お父さんが何を認めてくれたんだよ?」

 気になってはいたが、忘れていた。ついでに訊いておこう。

「えーっとね、それは」

「ああ」

「結婚」

「はあ?」

 聞き返してしまうほど、おかしな言葉だ。結婚?

「それにさ、お父さんの職場に居るなら、安心じゃん」

「お父さんが?」

「それもあるけど、私が」

「……何で?」

「だってさ」

 神酒は俺の首に手を回し、顔を近づける。何をする気だ?

「ここじゃあ、分からないから」

 そして俺の唇に、何か柔らかいものが触れた。

「おっちゃんが、誰と会って、誰と話して、何をしてるか」

「全部知りたいだもん。おっちゃんのこと」

 そう言って、俺の彼女は笑った。

 ……今なら悪くないかもしれない。事務員なんて退屈な仕事も。

「そうかよ」

「うん!」

 この子といっしょに、居るためにも。

 

説明
初めて書いた作品。
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