迷宮のなかの教会 |
□ □ 迷宮のなかの教会 □ □
−1−
桜にみとれていたら、迷ってしまった。
迷うこと自体は、めずらしくない。
それでもさすがに困ったなあと思うのは、今日が入学式だからだ。
いつもなら、ちょっと遠回りになって、時間がかかるだけ。
「さすがに入学式から遅刻は、まずいかも ……」
ひとりごちるのにも理由はある。
一応自分は、特待生なのだから。
奨学金その他もろもろの特典つきで入学してきた。
優等生でいるべきなんだろう、と他人事のように思う。
しかも遅刻の理由が校内で迷ったからとは、ちょっと言いにくい。
でも、この学校がこんなに広いのが悪いんだわと、ちらりと思う。
門までは定刻どおり、むしろ余裕をもって来たのだ。
それでほんのすこし、桜にみとれて歩いていただけだ。
気づいたら、こんな校舎裏にきているなんて、広すぎる。
まっすぐ歩いてきたんだろうから、まっすぐもどればいいだろうと思ったのに。
どこかで間違えたらしい。
このさき何回こうやって迷うんだろう。
ため息がでた。
やっぱりお金持ちの学校なんだなあ、と思う。
人影がなくなるほど敷地が広い。
父親がこの学校への進学にいい顔をしなかったのに、ちょっとだけ納得がいった。
特待生という待遇があってなお、
むしろそれだからこそ、分不相応だと言われたのだ。
この高校への進学は、中学の担任と母親が説得してくれた。
本来なら地元の公立高校に進学しているはずだ。
それだって、地元では一番歴史もあって偏差値だって高いのだけれど。
でも、その高校なら地味だから。
さすがにちょっと、世界が違うかもしれない。
担任の先生がこの高校への進学を強く勧めたのも無理はない。
すでに偏差値うんぬんの問題ではないとわかる。
設備、環境、大学への進学で公立とは格段の差がでる。
自分のクラスから進学してくれる生徒がいれば、喜んであたりまえだ。
ことに特待生で、となればなおのこと。
この制服を仕立ててもらったときも、
指定のデパートのフロアに行くと別室に通された。
何着か仕立ててもらったが、値段は知らない。
でも、いくら世間知らずの学生だって、生地がよさそうだとか、
いつも着ている洋服なんかよりずっと着心地がいいのがわかる。
そういう学校なのだ。
そこで気をとりなおした。
けっこう自分も捨てたものではないと、
この制服を身につけたときの高揚感を思い出した。
せっかくの幸運だ。
やっぱりよかったと思おう。
見回せば何か高い屋根が目についた。
そんなに迷ったわけではないらしいと安堵して、足取りも軽く歩き出した。
背の高い人影が見えた。
さっきまであちこちで見かけた制服だ。
さいさきいいな、と誰とも知らぬその男子生徒に感謝した。
しかし、その後姿を追いかけて行き着いた先にあったのは、
思いもよらぬ建物だった。
これは、講堂ではない。
絶対に。
ステンドグラスの埋め込まれた高い窓、そして尖塔。
教会だ。
この学校は、ミッション系ではなかったはずだけれど。
それでも、これは教会だ。
こんな、校舎裏に。
ひっそりと。
でも、しっかりと感じる。
空気が違う。
どうして、こんなところに ……。
そう思いながら、みとれていた。
建物に。
明らかに宗教画とは異なるステンドグラスに。
そして、その場の空気に圧倒されて動くことを忘れていた。
□ □ 迷宮のなかの教会 □ □
−2−
「そんなところで、何をしている」
突然かけられた声で、われに返った。
振り向こうとして体の平衡を失う。
―― ああ、星を見ていたりするとこうなるんだった。
のんきにそう思いながら、来るべき衝撃に備えた。
しかし、それは少し予想と違うものになった。
痛くない。
自分の下にあるのでは地面ではないらしい。
不思議だなあと感じながら、思いもよらぬ心地よさに身をゆだねた。
「どうした?具合でも悪いのか?」
よくとおる声が間近から聞こえる。
見知らぬ男性が自分の体を支えてくれていた。
「!!す、すみませんっ!!」
とびのいて離れようとして、さらに身体の平衡を失う。
背中に手を廻され、また身体を支えてもらう羽目になってしまった。
「すこし落ち着きなさい」
叱られてしまった。
「…… はい ……」
さすがにうなだれて、顔が上げられない。
耳まで真っ赤になっているにちがいない。
「君は新入生だろう」
冷静な口調で質問された。
「はい」
その声で、自分もすこし落ち着いた。
「入学式がはじまる。講堂へ急ぎなさい」
ああ、そうだった。「はい。 …… あの ……」
「何だ?」
「校門はどちらですか?」
少し間が空いた。
「講堂へ行くのに、どうして校門へ行く必要がある?」
「ここがどこだかわからないので」
また、すこし間が空いた。
「つまり、君は学園の敷地内で迷っていたということか?」
「はい」
ひと呼吸のあとに返答があった。
「講堂はここからこの方角にある。その校舎の脇を抜け、図書館を右手にすすめば、いずれレンガ造りの建物が見える。それが講堂だ」
「…… はい」
このひとは、方向音痴ではないらしい。
わたしは、基点となる一点からしか移動できない。
地元の繁華街でも、高い時計塔で有名な店のある交差点からしか歩けない。
必ずいったん基点に戻ってから次の目的地に向かうことにしている。
それぞれの位置関係を把握しているつもりでも、
とんでもないところに行き当たってしまう。
いちど、大きく道を外れて怪しげな通りに出てしまってから冒険するのをやめた。
だから、校門の位置を聞いたのに。
ちらりと見上げると、眼鏡の奥の切れ長の眼がじっとこちらを見ている。
……。
あきらめよう。
指示されたとおりに移動するしかない。
(校舎の脇を抜けて、図書館を右手にしてすすむ)
心の中で復唱する。
「すみません。助けてくださってありがとうございました」
そう言って、指さされた方角に向かった。
□ □ 迷宮のなかの教会 □ □
−3−
「待ちなさい!何をしている!」
自分の腰ほどの高さのフェンスに手をかけたところで声がかかった。
「講堂へ行くところです ……」
「わかった、質問を変えよう。君は今、そのフェンスを乗り越えようとしているのだな?」
「はい」
「フェンスというものは、乗り越えさせないために設置されているものだ」
わたしも別に『山があるから登る』なんてつもりは毛頭ないのだけど。
スーツ姿の男性は、一点を指差した。
「何故、あちらから出ようとしない?」
10mほど先でフェンスは終わっている。
「講堂に向かう方角を間違えると困るので」
また、一瞬間があいた。
「君は、まさか校舎の壁までつっきるつもりではあるまいな」
「えっ!?」
つい、吹きだして笑ってしまった。
まじめな顔のまま、何を言い出すのだろう。
相手は憮然とした表情だ。
申し訳ないと思いつつ、笑いが止まらない。
「わたし、そんな破壊的なことはしません。方向音痴なので、極力進行方向を変えたくなかったんです。ええと、ちょっと、お行儀は悪かったです。すみません」
そのとき、眉間のしわが深まったと同時に、逆に柔和な印象になった。
その表情の移り具合ははじめてみるもので、とても不思議だった。
厳しい顔つきになったはずなのに、やさしいと感じるのは変だろうか。
「わかった。講堂まで私が案内する。だからフェンスを乗り越えるのはやめなさい」
「あ。あの ……」
さすがに笑いが止まった。
「何だ?質問には道々回答するから早くついて来なさい」
「ごめんなさい。すみませんでした、笑ったりして。ひとりでいけます、大丈夫です」
深く頭を下げた。
本当に、失礼なことをしてしまった。
助けてくれたひとだっていうのに。
そう、さっきのは間違いじゃない。やさしいひとだ。
「謝る必要はない。校内で迷った新入生を正しく導くのも教員の職務のひとつといえる」
先生だったんだ。
当たり前のことに、やっと思い当たった。
「それに、君は『大丈夫』だというが、私の判断では君が入学式の開始までに講堂に到着するには、校内の地理を熟知したものの案内が必要だ。ここにはそれに該当する人物がほかにいない以上、私がその役割を担おうというだけのことだ。」
「はあ ……」
「『はあ』ではない、急ぎなさい」
もう先を歩いている。
「はいっ!」
とても嬉しくなった。
「ありがとうございますっ」
その背中を追いかけながら、自然と笑顔になるのを抑えられなかった。
背の高いひとなんだなあと、気づいた。
自分の目線に見えるのは、背中ばかりだ。
こんなことはめったにない。
男の人の背中ってきれいなんだな、と思っていたときに声をかけられた。
「先ほどの君の発言だが」
「は、はい?」
まさか、ばれることはないだろうけれど、さすがにどきりとした。
「『破壊的なことはしない』と言ったが、『できない』が正しいと思うが、どうか?」
あ、校舎の壁をぶちぬくハナシ?
「はい、そのとおりです」
くすくすと、また笑ってしまった。
「何故、笑う?」
形のよい眉がすこしひそめられ、振り返って見つめられた。
いけないと思いながら、笑顔は抑えられないまま答えた。
「とても楽しいからです」
「何がだ?」
「先生とのおしゃべりが、です」
先生は立ち止まった。
あ、いけない。
「あ、あの、すみません。また、笑ったりして …… あの ……」
「いや、謝る必要はない。少し驚いただけだ」
「え?」
「そうだ。謝る必要はない。君は先ほどから、謝ってばかりいるが、その必要はない」
「…… そうですか?」
「ああ、まったく、必要ない」
そうして、また歩きはじめた。
「こうしている暇はない。急ぎなさい」
「はい」
こころなしか微笑んでいるように見えたのは気のせいだろうか。
「そして」
「……?」
「君は笑ってばかりいる」
「はい」
「私の前で笑っている生徒は、大変めずらしい」
…… そうなのかな?
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−4−
オニ教師なのかなあ?
こんなに背が高くて、きれいな顔してるのに。
もててそうだけど。
ファンクラブとかありそう。
こういう学校にはそういうの、ないのかな。
この学校の先生、みーんな美形だったりして。
校長先生……理事長だっけ、あのひと、とってもダンディだったし。
面接のとき、どうだったかな?
普通だったと思うんだけど。
うう〜ん。
よっぽど怖がられてるとか?
やさしいと思うんだけど。
おしゃべり、楽しいし。
エコひいきしない先生ならいい。
……
嫌なことを思い出した。
中学2年の担任は音楽の先生で、ピアノや声楽を習っている子をひいきした。
わたしを『鼻持ちならないいい子』だといい、
成績があがることさえ神経を逆撫でただけだった。
そして、この学校に推薦されるべき生徒はほかにいる、と言ったのだった。
もう忘れよう。
わたしは、いま、ここにいる。
それでも、あのときのことを振り切るのは難しい。
わきあがってくる暗い気持ちは、なかなか胸から去らない。
いやだな。
きれいな気持ちのまま、すごしていたいのに。
嫌な思いをしたことなんて、忘れていたいのに。
ああ、そういえば。
こういうとき、教会にいけたらいいと思っていた。
さっきの教会、いつでも入れるのかな?
「…… あ」
突然、思いだした。
「どうした?」
「さっき、教会のまえで、男の子を ……」
途中まで口にして、何か告げ口をしてしまったような気になった。
「やはり、そうか」
「……?」
「彼は私の担当学級の生徒だ。彼を見かけたというものがあるのに、講堂に現れないので、探していた」
あっ。
「ごめんなさい、先生!ほかに用事があったのに」
「だから、謝る必要はないと言っている」
「だって ……」
先生はわたしをじっと見下ろして言った。
「彼には入学式に参加する意思がない。君には入学式に参加する意思がありながら難儀していた。どちらを優先すべきかは明らかだ」
……? 入学式に参加する意思がない ……?
「あのひと、札付きの不良なんですか?」
そんなふうには見えなかったけれど。
先生も即座に否定した。
「いや、そういうわけではない」
また、すこし笑ったように見える。
「そして付け加えるなら、私も遅れるわけにはいかない。刻限が近い」
また真面目な顔に戻って、歩きはじめた。
あのひと、先生のクラスの生徒なんだ。
有名なひとなのかな?中等部から通ってたんだろうな。
そして、わかったことがもうひとつ。
わたしは、この先生のクラスではない。
ちくりとするものを感じながら、先生の背中を見つめて歩いていた。
さすがに笑顔が消えていたと思う。
だから、先生が振り返ったとき、自分がどんな顔をしていたのか、わからない。
「さあ、講堂だ。行きなさい」
レンガ造りの建物が見えていた。
学内見学のときに見ていたけれど、やっぱり素敵な建物だ。
この学校に来てよかった。
「はい!ありがとうございました!」
そのときには、きちんと笑顔でお礼が言えたはずだ。
そう、そのはずだ。
その後間もなく、入学式の開始を告げる鐘の音が響き渡った。
(エピソード完)
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ときめきメモリアルGirl's Sideの二次創作です。オリジナル主人公が入学式で氷室先生に出会うエピソード。ごめんなさい、まだサイトで未完なのです(>x<) | ||
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