festa musicale [ act 2 - 6 ] |
「さて、最初の練習なわけですが」
そう言ったのは絢斗だ。
「うむ、一応今日が最初の練習のはずだ」
と、俺も頷き返す。
「だがなんだこれは」
絢斗がそう疑問を口にする。
「なんなんだろうな」
俺にも分からない。
「なんでこの人たち、こんな完璧なんだろうな」
というわけで、最初の練習である。
時は流れ、もう十月。 学校も始まったし、平日の真昼間に大学生が大量に大手を振って街を闊歩することもなくなったし、この街の昼間を支配するのはビジネスマンのみになった。
そろそろ練習スタートしなければなるまい、ということで自分のバンドのメンバーに招集をかけ、今日練習をすることになったのだ。
なったのだが。
「……メチャクチャ上手いな」
「いや、むしろ巧いな」
「意味わかんねぇよ」
そんなくだらない会話をしてしまうくらい、目の前にいるバンドは上手かった。
ギターは早すぎて指だけ残像拳みたいなことになってるし、ベースのうねりは半端ないし、ドラムなんか下半身にもうひとつ脳みそがあるんじゃないかって言うくらい手足がばらばらに動いていて、はっきり言おう、このバンドは気持ち悪い。
いや、それだと御幣がある。気持ち悪いくらい上手い。
それだけならまだ、なんとかなる。
その先だ。
今回やるのは俺のオリジナルが一曲と、某有名スカバンドのご機嫌な曲を四曲なのだが、全ての曲の作られた背景、グルーヴ感、旋律やバッキングの美味しいところ、そういった曲を構成する全ての要素を完璧に把握しているとしか思えない、って言うくらい、原曲を見事にトレースしている。 その上で自分なりのサウンドに置き換えているのだ。
圧巻。 そのくらいの形容しか思いつかない。
「えーっと、どうする?」
「…とりあえず、やるか」
そういって自分の楽器を取り出す。絢斗は今日バイトも練習も無くて暇だというので遊びに来ているだけなので、適当なイスに座って見学モードである。 まさに見学。
「じゃ、始めますよー」
と、俺はマイクを持って言った。
「待ちくたびれたぜ」
と、ドラムの人が言ってきた。 というか、既に汗だくである。 もはやアップどころの話ではなかった。
練習してみて思ったが、やっぱりぶっちぎりに上手かった。
一応俺率いるトランペット、トロンボーン、テナーサックスの三人は、主催者権限を発動して一番上手いと思われるバンドと組むことになっていた。 そのほうが成長できるだろうという俺の超個人的見解によるものだ。
でもこれは反則だろう。
「あんたら上手いな! そんなにうまく楽器吹けんならバンドでも組んでやったらえぇ」
と、このバンドの中心であるベースのいぶし銀な兄ちゃんが言ってきた。 なぜか関西弁である。 聞いたところによると、高校を中退して国内の様々なところを日雇いで働かせてもらいながら転々として、一度大阪に辿り着いたときに気付いたら関西弁になってしまっていたらしい。 ちなみに一番長く居たのも大阪で、二十六の頃まで約五年間居たそうだ。 現在二十八歳、バンドをこっちで組んでから二年になる。
勿論、全てついさっきまでの練習で収集した情報だ。
「そっちこそ、メチャクチャ上手いじゃないですか。 どうしてCDにしないんですか」
「んなもん、ライヴの方が楽しいからに決まっとる!」
と、二カッと笑った。 いい笑顔だ。
「そんなもんですよね」
全く、恐れ入る。 こう言うバンドが世に出ないって言うのは、業界の矛盾だろうとすら思う。
「まぁ、お前の場合はもっと良い理由がありそうやけどな」
と、ニヤニヤと笑う。 はっきり言おう、気持ち悪い。
「なんのことでしょう」
この手の話にはもう慣れつつある。 出てくれることになったバンドすべてから似たようなことを言われれば、それは慣れないわけが無いのだ。
「またまたとぼけおって! 彼女、出るんやろ? しかも結構なバンドさんのボーカル。 そら自分も上手くならなあかんな」
と、小指を立てつつ語る。 非常に親父くさいとは言わないでおいた方が良いのだろうか。
「いや、関係ないですよ」
「そうか?」
「えぇ、俺が上手いのは俺自身がもっと上手くなりたいと思って練習を続けてるからです。 ある意味当たり前のことです」
「でもちょっとは思うやろ?」
「いえ、ちっとも」
俺はただひたすらに自分の力を磨き続けて、誰も追いつけないどころか前人未到の場所に達して、そこまで行ったらすっぱりやめて自分のカフェでそういう人間の手助けをするのが夢だ。 だからちゃんと練習もするし、新しい知識は貪欲に吸収する。
そんなことを話すと、「そうかー」と言ってそれ以後何も返ってこなくなった。
まぁ、さすがに呆れ返るだろう。 そう言うのは音大に行った限りなく少数の、その中のさらに限りなくゼロパーセントに近い数の人間がやるもので、しかも前人未到というのはひとつの世代に一人いるかいないか、最悪百年経っても出てこないこともある。
それを、たとえ音大からのオファーがあったとはいえ、普通の四年生総合大学に通う俺が成し遂げるなんて夢のまた夢、本当に夢物語なのだ。
しかし、その練習が終わった後、彼はこう言った。
「お前なら行けるかもなー。 なんか、オーラが違う」
と、一言だけ言い放って帰って行ったのだ。
「って言うことがあったんだ」
「それ夢だと思うよ? ちゃんとほっぺたつねった?」
なんと平和でバカな会話だろう。
“空”にてコーヒーを飲む灯と、そのコーヒーを淹れる俺。 いつもの構図である。
「まぁでも、馨には他人にそういう風に思わせるエネルギーって言うか、オーラみたいなものがあるって言うのは分かるよ」
と、ちょっと真面目な風に灯が言う。 ちなみに灯は真面目な話をするときは片方の腕だけテーブルの上に置いて、人差し指でテーブルをリズミカルにトントンと叩く癖がある。 いまそれをやっているので、本気で真面目な話なのだろう。
「へぇ、新たな一面だ」
「でしょ?」
六月や七月のあの頃よりも一歩踏み込んで、相手のことを考えていく関係になってから、灯の癖とか俺の知らなかった灯のこととかが明確に見えるようになってきた。
だからかもしれない、俺も今日あったことや明日やりたいこと、昔のことをたくさん話すようになってきた。 これまではそんなことはなくて、親友だといいながら昔のことを多くは語らなかった。今はそうじゃない。
友達以上、ほぼ恋人、そして親友って言う微妙なポジションにいる灯だけど、このままでも十分に楽しい生活を送れる、ということがなにより嬉しい。
「そんな馨さんはプロを目指す気はないの? 前も聞いた気がするけど」
「ないな」
これは昔から考えていたこと。
プロになって、金を稼ぐためだけに音楽をやりたくない。 音楽は趣味だ。
勿論音楽を使って金を稼ぐことが悪いわけじゃないということも分かっている。 感動させられる音楽は金を払ってでも聴くべきだし、そうして触れたものを自分なりの解釈で吸収することで自分のスキルをさらに磨くことにもなる。
ただ、金を稼ぐことに終始するとそれだけで成長しなくなってしまうんだと思う。
だから俺は金を稼ぐための音楽はやらない。 そんな音楽はつまらない。
どうせやるなら自分が楽しんで、周りを楽しませて、その結果自分が上手くなって相手が満足して、その対価として金をもらう。 これが一番なんじゃないか?
こんな話をしてみると灯は、
「ふーん。 うん、それもそうだね」
と、理解を示してくれる。 灯も俺も音楽に対する根本的な意識は同じなのだ。 だからこそここまで数ヶ月間だけど一緒にやってこれたし、お互いに惹かれあうものがあったんだ、と思う。 俺の独りよがりでなければ。
「で、どうにかなりそうなの? バンドの方は」
「バンドはどうにかなるって言うか、むしろ俺が頑張って追いつかなきゃいけないくらいに考えてるよ」
本当にその通りで、俺やほかのホーン隊が頑張らないと、リズム隊に申し訳が立たない。
「うーん、まぁ気張りすぎないでね。 やりすぎると馨って自滅しちゃいそうな気がするから」
「それくらい分かってるって。 前にもやったからな」
と、口を滑らせてしまった。 すかさず灯が食いついてくる。
「前? なにやらかしたの? お願い聞かせてー」
「…まぁ、良いか。 前に高校のときも指揮者だったって言う話はしたよな?」
「うんうん」
こんな感じで、最近は俺の昔話を灯が楽しそうに聞いている、というのが”空”の日常風景になっているのだ。
「たまには自分のことも話せよ」
いつも俺ばかり話しているのが不満なので、そんな風に灯に振ってみる。
「私の話なんてつまんないよ?」
「それでもいいんだよ、聞くことに意味がある」
好きな相手の昔の話はやっぱり聞きたくなるものなんだ。 今までは良く分からなかったけど、今は本当にそう思う。
「うーん、特に音楽やってたわけでもないし、あ、でも歌うのは好きだったよ」
「じゃぁバンドで歌えるのは願ったり叶ったりだな」
「それとこれとは別だよー…メチャクチャ緊張するじゃん…」
まったく持ってその通りだ。 俺だってあのMCには本当に緊張したし、恥ずかしい思いもした。だけど、
「乗り越えれば確実にコンミスやる度胸はつくよな」
「…うん」
来年からコンミスとして、サークル全体を引っ張っていく立場にある灯としても、これはまたとない成長のチャンスなのだ。 それを本人も自覚していて、だからこそ今回の件は引き受けたのだろう。
「まぁ、頑張ってみようかなーって。 それに…」
「それに?」
「……」
「灯?」
「なんでもない!」
なぜか突然機嫌が悪くなった灯に、戸惑うばかりの俺。
なんか悪いことしたっけ?
説明 | ||
ついに初練習。一緒に組むことになったバンドは、全国クラスの実力を持つ本格派だった! | ||
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